情けないよな(京平目線)
「おう。そいつ、寝てんのか?」
「しー、今寝付いたとこなんです。疲れてるんです」
「けっ、情けねえぜ」
「情けなくないです。京平は頑張ってるんです。疲れてる事も自分じゃ気付かないくらいに」
「だけど、寝る程の事か?」
「京平は、双極性障害なんです。無理は禁物なんです!!!」
「マジか。失礼したな、嬢ちゃん」
「何あのおじいさん! 信じらんない!」
◇
「京平、そろそろ時間だよ」
「んー、よく寝た。ありがとな、亜美」
亜美のお陰ですぐ眠れたのもあって、大分疲れも取れたな。
入院食の夜ご飯作りも、この体力なら問題ない。
「そう言えば、見知らぬおじいさんが京平の事、情けねえなんて言うから、ごめん、病気の事言っちゃった」
見知らぬおじいさん? 誰だったんだろう。
あ、でも俺、調理場の職員に病気の事言えてなかったな。
長い付き合いになりそうだし、休憩明けに伝えておかなきゃ。
「恐らく調理場の職員の誰かだとは思うけど、俺も病気の事言えてなかったから、改めて言うよ。ありがとな、亜美」
「京平は頑張ってるもん、頭に来ちゃった」
でも情けない、か。
確かにこの程度で疲れてるようじゃ、仰る通りだ。
風邪引いたりして走れてないし、今日こそは走らなければ。
体力勝負な所もあるもんな、料理って。
「さて、そろそろ戻らないと」
「京平はもっと自分を大切にしてね?」
「亜美に大切にして貰ってるから充分だよ」
「もー、また誤魔化すんだから!」
誤魔化したつもりはないんだけどな。
それに今は頑張らなきゃいけない時だから、ごめん亜美。ちょっと無理させて。
「亜美こそ、無理すんなよ」
「無理なんてした事ないもん!」
「サラッと嘘吐くんじゃないよ」
「てへ。じゃあ、また後でね」
全く、油断の隙もない彼女だな。
俺以上に無理する癖に、さ。
そんな事を思いながら調理場に戻り、手を洗い直した俺は、自分の病気の事を皆に告げる。
「夜ご飯も皆で頑張りましょう。それと、話せてなかったのですが、私は双極性障害を患っています。水曜日しか入らないので、そのような事はないように努めますが、状況次第では休憩させていただく可能性もあるので、ご理解お願いします」
あ、静まり返った。
皆、元医師か元看護師だから、この病気の事は知ってるよな。
そんな沈黙を打ち破ったのは、あの人だった。
「けっ、精々ぶっ倒れんなよ」
「頑張ります。棚宮さん、有難う御座います」
「無理はするんじゃないぞえ。お若いの」
「加賀美さんも有難う御座います」
棚宮さんも優しい所があったんだな。
そうだね、ぶっ倒れないように頑張らなくては。
加賀美さんも、気遣ってくれて本当に嬉しいや。
「では今から、夜ご飯の準備を始めましょう」
「遂に味噌汁があああ!」
「加賀美さん、落ち着いて」
でも、加賀美さんは、今後の成長が楽しみだ。
時間あるし、出汁から味噌汁作ろうかな。
それだけで美味しさがかなり違うし。
「じゃあ早速味噌汁作りましょうか。加賀美さん」
「楽しみじゃー!」
こんな事もあろうかと、出汁パックも持って来て良かった。
「まずは、出汁をとりましょう。水を、必要な分だけ入れてください」
「うー、鍋が重いのじゃ」
「あ、私が水を入れます。少々お待ちを」
鍋だけでも重量あるし、更に水を入れた鍋は、お年寄りが持つにはキツイよな。
今まではどうしてたんだろう。
「今まで、お鍋はどうされたんですか?」
「棚宮さんが水だけ入れて、置いといてくれてたんじゃ」
意外と優しいのかもな、棚宮さん。
いやいや、だったら指導くらいやってやれよ。
中途半端な人だなあ。
「よっこいしょ。次に、この出汁袋に鰹節100gを入れてください」
と、加賀美さんに説明していると……。
「けっ、若造が。昆布も入れとけや」
「昆布もあるんですね。棚宮さん、有難う御座います。あ、あった。じゃあ、この長い昆布3枚を鍋に入れてください」
およ? 初めて料理の指導らしきものをしてきたな?
何にせよ良い傾向だ。タバコ吸ってるにしても。
「昆布はそのまま1時間置く必要があるので、今の内に具材を切りましょうか」
「今日の具材は、あぶらげとわかめじゃ」
「じゃあ、油揚げを食べやすい大きさ。縦に6等分で切りましょう」
「了解なのじゃ」
6等分なら、お年寄りの方でも誤飲はないだろう。
「あ、あたいもやっていい?」
「えっと、お名前は?」
「鞍田です。宜しくお願いします」
「じゃあ、鞍田さんはまず、わかめをお願いします。ボウルに水を張って、乾燥わかめを5分だけ入れてください。タイマーかけときますので、タイマーが鳴ったら、ザルであげてくださいね。終わったら、油揚げを切ってくださいね」
鞍田さんは、タイマーをキッチリ確認してくれて、問題なくわかめを戻してくれた。
「わかめは私が切っておきますね」
こうして俺がわかめ、2人に油揚げを切って貰っていると、早くも1時間が経過した。
俺はわかめを切り終えた後は、他のおかずを作っている人を見て回ったり、お米を炊いたり、色々出来た。
そろそろ水を火に掛けるかな。
「では、鍋に火を掛けてください。中火でお願いします」
「中火じゃな。てやっ!」
加賀美さんは、コンロの火を掛け声と共に点けてくれた。
加賀美さんの掛け声がなんか可愛いなあ、と思ったりもして。
亜美以外で可愛いと感じたのは、信次が最初の頃の料理で、砂糖と塩を間違えた以来かもしれない。
この後は、沸騰直前まで煮立つのを待つ。
「水が沸騰直前になったら呼ぶので、それまで2人は食器洗いをお願いします」
「あ、あたい手が荒れてるから、火の管理でもいいかい?」
「解りました。じゃあ、沸騰直前になったら声掛けてくださいね」
そんな訳で俺は、加賀美さんと食器洗いを行った。
鞍田さんを信用してない訳じゃないけど、ちょっと心配だったので、チラホラと鍋を見ながら。
「深川先生、沸騰直前だよ!」
「有難うございます、鞍田さん。加賀美さん、さっき作った出汁パックを、鍋の中に入れてください」
「沸騰直前のタイミングで入れるんじゃな。へいや!」
加賀美さんは元気よく出汁パックを入れてくれた。お湯に出汁パックが溶けだして、良い感じに出汁が出始めている。
「沸騰したので、一旦火を止めましょう」
「了解じゃ!」
「有難うございます。では、昆布と出汁パックを取り出してください。熱いのでトングで取りましょう」
「じゃが、どのトングも短いぞえ?」
本当だ。短いトングしか見当たらない。
しまったな。変に拘ったせいで、こんなとこで躓いてしまうとは。他の策はないだろうか。
「頭の悪い若造だぜ、長い菜箸使えばいいじゃねえか。手間は掛かるがな」
棚宮さんが、アイデアをくれた。でも、疑問が残る。
「そんな特殊なものあるんですか?」
「ほらよ、ここに入っとるわ!」
棚宮さんは、キッチンの引き出しから長い菜箸を取り出してくれた。
確かにこの長さなら、奥に沈んだ昆布と出汁パックも取れるだろう。
「有難うございます。棚宮さん」
「けっ、こんくらい探せや」
また助けてくれた。棚宮さんの中で、何か心境の変化でもあったのかな?
いやいやいや、どうせ気紛れだろう。変化があったなら、料理作るの手伝ってくれてるよな。
取り敢えず、加賀美さんじゃこの菜箸は扱えないだろうから、俺が出汁殻を出すかな。
と、思っていたんだけど。
「お、菜箸があったのじゃな。これで出汁殻が出せるわい」
加賀美さんは菜箸を持つと、器用に出汁殻を取ってくれた。
加賀美さん、普段から料理をされているのかな?
いずれにしても、思った以上にスキルが高いみたいだ。
「有難うございます。加賀美さん器用ですね」
「昔は外科医だったからのお。ほっほっほ」
「私、天然すぎて外科医になれなかったので、羨ましいです」
成る程、道理で器用な訳だ。
加賀美さんも俺と同じで、経験が活きたんだな。
「続いて、具を煮立てましょう。火を掛けて具を入れましょう。火は中火で、まずは油揚げを入れてください」
「あぶらげさん、いってらっしゃいなのじゃ」
加賀美さんは具材をサラサラと入れていく。
「次は味噌を溶きます。おたまに味噌を600g入れてください。普段はどなたが?」
「あ、あたいだよ。力は自信あるんだよ」
「鞍田さんでしたか。では、お任せします」
鞍田さんは、大きなおたまを取り出して、慣れた手つきで味噌を溶いていく。
結構な量なのに、すごいなあ。
「ふー、溶き終わったよ」
「最後にわかめを入れて、一煮立ちお願いします」
「完成が見えてきたのう」
「よし、完成!」
でも、出汁から作るのは最初で最後かな。
時間が掛かり過ぎてしまう。
俺が居る時じゃないと難しいだろうし。
味噌汁が作り終わったと思ったら、他の所からも助けて欲しいとお呼びが掛かる。
「深川先生、こっちもお願い!」
「はい、今行きます」
と、行こうとしたら、誰かが俺の肩を掴む。
「おい、役立たず。もうてめえは帰れ。味噌汁に時間かけ過ぎなんだよ。バカか」
「患者様に喜んで貰いたくて、料理しただけですが?」
「時間配分が解っちゃいねえんだよ。帰って勉強でもするんだな」
やばいな、棚宮さん本気で切れている。
「深川先生、棚宮さん怒ってるから、今日は帰った方がいいよ。後はあたいがやるから」
「わしもやるぞい」
「でも……」
ここで帰ったら、改善にならない。けれど。
「早く帰れって言ってんだろ!!!」
「解りました、今日は帰ります。また来週、宜しくお願いします」
改善よりも、今現状のが大事だ。
この空気を変えるには、俺が帰るしかないよな。
はあ、少しは仲良くなれたと思ってたのに。
貢献出来ていたつもりだったのに。
追い出された俺は、他の事をやろうと思ったんだけど、時計を見るとちょうど17時。あ、定時か。
こんな気持ちのまま帰るのは、本当に苦しい。
取り敢えず、亜美の所に行くか。亜美に携帯を架けた。
「亜美、俺終わったけど、上がれそうか?」
『え、京平普通に定時じゃん。すぐ行くから、緊急外来の前で着替えて待ってて』
「待ってるよ」
亜美、早く来てくれよ。
俺、自分が情けなくて、出来損ないすぎて、苦しいよ。
京平「貢献出来てるつもりになってた」
亜美「あのおじいさん、まじむかつく!!」
信次「兄貴、大丈夫かなあ……」
武市「深川先生は頑張ってくれてるのにな」
春日井「んだんだ。若いのにやりおるわい」
鞍田「棚宮さんが短気すぎるんだよ、全く」
作者「京平はどうなっちゃうのだろう」




