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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
京平の決意
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俺が変えてやる(京平目線)

「こんなチンケな部屋にわしを連れてきて、どうしようと言うんだ?」


 俺は5階の面談室に棚宮さんを連れてきたのだけど、減らず口だな。

 もういいや。俺も当に堪忍袋の尾は切れている。歳上だけど知るか。とっちめてやる。


「大体仕事中にタバコを吸うだけじゃなく、調理指導という仕事もあるのに、それさえもまともにやらないってどう言う事なんだ? 皆やる気はあるのに可哀想だとは思わなかったの? それに元内科医の癖して、糖尿病食を振り分けしてない事にツッコミを入れないなんてどういう事なんだ? 患者様目線で考えろよ? そもそも入院食くらいしか、入院中は楽しみが無いのに、ふざけんな!」


 棚宮さんは俺を見てきょとんとしていた。

 今まで全く怒らなかった俺が、急にブチ切れたらそりゃそうなるよな。

 真面目に仕事しない、患者様の事を考えられない奴なんて、痛い目を見たらいいんだ。

 院長にも即刻報告だな。許せん。


「おうおう。言うじゃないか若造。このわしに歯向かう度胸は買ってやるよ。ただな。わしが居ないと、あの調理室は回せないんだがな」

「え、どう言う事だよ?」

「わししか居ないんだよ、調理師免許持ってるのは」


 え、確かこの人、元内科部長だよな? 調理師免許持ってたのか。


「他の奴はそういう努力してんのか? してねえだろ。つまり指示待ちやる気無し人間どもなんだ。そんな奴らと仕事なんか出来るか! まあ、わしが居ないと回らないから、居座ってやるけどな。仲良くやろうぜ、若造が。ケッ」


 そう言って、棚宮さんは部屋を後にした。

 そうか、俺は何という思い違いを。

 棚宮さんは誰よりも努力して、調理師免許まで取って臨んでいたんだ。

 なのに、誰も知識がない、知識を得ようとしなかった事に絶望したんだ。

 そもそもそんな考えをするタイプは、指導者に向いてないんだけど、それも病院側からは配慮もなく。

 

 俺はそんな棚宮さんに、何が出来るのだろうか。

 俺も俺だ。新しい知識を取り入れようとはしてなかった。知ってる事を教えたに過ぎない。

 全然努力出来てないじゃないか、俺。

 

「棚宮さんほどじゃないけど、俺の知識を他の人に伝えて底上げするしか、ないよな」


 俺もその間に、新しい知識を身につける。

 医師だからとか関係ない。努力してる人に失礼のないようにしたいから。

 

「この調理場の環境は、俺が変える。変えてやる」


 と、決意を新たにして、俺は次の戦いに向かった。


 ◇


「深川先生、休憩中に何やっとるんじゃね?」

「ああ、私は休憩時間じゃないので、皆さんへの宿題を作ってます」

「しゅ、宿題じゃと?! 何年振りじゃろ、その単語を聞いたの」

「大丈夫ですよ。参考資料も作ってますから」


 俺が見れるのは、そもそも水曜日だけ。

 だったら、皆の底上げをするには、宿題を出すしかないよな。

 基本知識が付くだけでかなり違うし、カンニングペーパーじゃないけど、教科書も自力で作る。

 俺も知識を付けて、来週はまた更なる知識を皆に共有していきたい。


「昼ご飯を作り終わったら、皆さんに宿題配りますからね」

「ひー、わかる気がせんわい」


 そうだね。でも、頑張って。俺も頑張るから。

 毎日、少しずつでいいから。


「よし、出来た。さあ、皆さん、昼ご飯作り始めましょう。棚宮さんは休憩ズラして貰ってるので、後で来ると思います」

「深川先生、宜しくお願いします」

「昼はコーンスープじゃった。味噌汁は次の機会じゃな」


 昼も忙しくなりそうだ。俺の出来る限りを、全て賭けて挑むぞ。

 皆、着いてこいよ?



 ◇


「昼ご飯も無事終わりました。皆様、有難うございました。昼休憩後も宜しくお願いします」


 昼は、俺を信頼してくれる人達も増えたお陰で、朝よりは慌ただしくならずに済んだ。

 皆でやれば、できる範囲ではあったんだな。

 因みに棚宮さんは、戻っては来てくれたんだけど、やっぱりタバコを吸ってばかり。

 俺が皆を育てていけば、棚宮さんの絶望感も溶けるかな?

 こればかりは、やってみないと解らないな。


「と、皆さんに宿題と参考資料を配ります。来週までに提出お願いいたします」

「つまり、参考資料を見ながら解けばいいんじゃな?」

「はい、毎日ゆっくりで大丈夫ですからね」


 と、話している矢先に、空気を読まない殿方が。


「おら、もう出来たから持ってけ」

「棚宮さん、早々と有難う御座います」

「簡単すぎんだよ、バカめ」

「採点して、お返ししますね」


 調理師免許を持つ棚宮さんにとっては、当たり前のことしか書いてない宿題だもんな。

 そりゃサラっと解けるよね。

 でも、この当たり前が解ってるか、解ってないかだけでかなり違うから、皆、成長してくれよ。

 

「それでは、15時ごろまた来ますね」

「夜は味噌汁じゃ。やっと教われるわい」


 やっと休憩か。

 亜美には13時頃から休憩になる事は伝えてあるけど、もう休憩室にいるかな?

 一応携帯で確認するか。俺は、亜美に電話を架けた。


「もしもし、亜美?」

『あ、京平お疲れ様。今休憩に入ったとこかな?』

「おう、亜美はもう休憩室?」

『今、在庫整理してるから、出来ればこっちに来て欲しいかも』

「了解。迎えにいくよ」


 俺の彼女は、時間ギリギリ、なんならオーバーしてまで仕事するんだから。

 本当に目が離せないな。だからこそ可愛いんだけど。


「亜美、仕事終わったか?」

「あ、京平ありがとね。今ちょうど終わったよ……って、何その格好?」

「ん、今週からの水曜は入院食の改善担当だから、手伝いしてただけ」

「なんか、京平お母さんって感じ」

「なんだそりゃ。俺は彼氏だぞ」


 俺が亜美のお母さんだったら、亜美と付き合えないじゃん。嫌だよそんなの。

 なんとなく切なくなったので、俺は亜美の手を握った。


「ちょ、京平ってば。周りに人いるから」

「ごめん、ちょっと我慢出来なくて」

「早く休憩室行こ。お腹減ったー!」

「待たせてごめんな、行こうか」


 やっぱり亜美と話してると気持ちが落ち着くな。

 まだ改善は道半ばだし、いっぱい亜美を充電しておかなくては。


 こうして、休憩室に着いたはいいものの、やはり遅くなった影響か、席がほとんど埋まっていた。


「あ、京平、あそこ空いてるよ!」

「寧ろあそこしか空いてないな」


 空いていたのは、日向の当たらないトイレの近くの席。不人気だよな、この席。

 でも、亜美と話せるならどこでもいいや。


「今日のお弁当はなーにかな♫」


 それに亜美が楽しそうにしているなら、もう何も要らないよな。

 本当亜美には、毎日救われてるよ。


「「いただきます」」

「んー、今日のお弁当も美味しい。信次ありがとすぎる」

「あの短時間で、よくここまで作れるよなあ。美味いし」


 そして、信次にも毎日救われてる。

 受験生なのに相変わらず家事をしてくれて。

 しかも、寝不足なのに早起きまでして。

 はあ、俺、兄ちゃんとして情けないな。


「あ、そうだ。もしかしたら俺のが帰り遅くなるかもだから、その場合は先に帰れよ」

「ダメだよ、私は京平の見張り役だもん。待ってるからなる早でね」


 病院の夜ご飯作ったら、何時くらいになるかな?

 改善をする以上は、途中で抜けられないし。

 これくらい問題ないよな? 俺の身体。


「なる早で帰れるよう頑張るよ」

「でも、無理はしないでね」

「心配ありがとな。でも、亜美の顔見たら安心したよ」


 棚宮さん問題とか、全体の料理スキルの底上げとか、やらなきゃいけない事は沢山あるけど、亜美の顔見たら、やれる気がするんだよな。

 そう、大丈夫。俺は天才だし。


「でも、京平ちょっと疲れた顔してるよ」

「え、そんな無理はしてないはずなんだけど」

「普段と全然違う仕事してるもん、普通は疲れるよ」

「それもそっか。ね、亜美。ポンポンして?」

「うん、いいよ」


 疲れてるんなら寝たほうがいいよな。

 でも、俺寝付き悪いから、亜美に甘えちゃお。

 

「よしよし」

「なんか落ち着くんだよな。亜美にポンポンされると」

「ふふ、なんか嬉しいや」


 落ち着いてから思ったけど、なんだかんだで俺、疲れてたし眠かったんだ。

 今更気付くなんて、俺もバカだなあ。

 亜美、ありがと。


「ふわあ、おやすみ、亜美」

「おやすみ、京平」

亜美「やっぱりブチ切れちゃったか」

京平「許せないもんは許せないからな」

信次「でも、思いのズレがあったみたいだし、難しくなりそうだね」

京平「今日から勉強しないとだな。後、走らないと」

亜美「なんだかんだあって、走れてないもんね」

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