京平なりの改善策(京平目線)
調理場では、10名位のお年寄り達がタバコを吸ったり、競馬雑誌を読んでおり、調理をしている数名は、時間がない中であたふたしながら作っていた。
そりゃ、うちの病院は大きくないとは言え、100人近くの入院食を作らなきゃいけないのに、数名じゃそもそも人数が足りない。
大体仕事中に、仕事以外の事をするのは宜しくない。苦手なんだけど、叱るしかないな。
俺はタバコを吸ってる奴の肩を叩く。
「すみません、私、内科主任部長の深川と申します。何故タバコ吸ってるんですか? 勤務時間ですよ?」
「けっ、若造が。わしは元内科部長じゃ」
「え、元内科部長?」
よくよく周りを見てみると、ちらほらと顔を見た事がある人が複数居る。
そこに"最近顔を見なくなった"も、付け加わって。
もしかして、この調理場の職員って……。
「気付いたか、深川」
「院長、いらしてたんですね」
「ああ、深川、ちょっとこっち来い」
俺は院長に呼ばれたので、調理場から部屋に繋がる扉を開く。
「もしかして、調理場の職員って、元医師ないし看護師の人達ですか?」
「そうじゃ。主に高齢を理由として仕事が出来なくなった方々だな。希望者は再就職先として、ここを提案していたのじゃが……」
「指導者が居なくて荒れ放題、ですか」
「正確には指導者を付けても、指導者が皆、異動届を出しに来る。だな」
風通しが良くなさそうだし、そりゃ辞めたがるよな。
さっきのじいさんも、元内科部長だった事を盾に俺の言う事聞かなかったし。
「で、水曜日限定にはなりますが、私に指導者になれ、と」
「察しがいいな。深川なら問題ないだろう。元は皆、病院の力になってくれてた方々だから、更生して欲しい気持ちもあってな」
俺、ただの内科医なんだけど出来るのかな。
不安が募る。
「深川は料理も出来るし、誰よりも正義感があるから期待してるぞ」
「有難うございます。不安は有りますが、頑張ります」
院長、俺の事を認めてくれているんだな。
その期待に応えられるように、やれる事はやってみよう。
よし、飛ばしていくか。俺は髪を縛った。
白衣は脱いで、持って来た割烹着と三角巾を身に纏って。
「失礼します。お手伝いさせて頂きます」
信次には禁止されてるんだけど、今マスクしてるし、いいよな?
まずは、単純に間に合わせる為に、俺は調理室に入って、料理する事にした。
「何作ってらっしゃるんですか?」
「きんぴらごぼうです!」
「きんぴらなら、火加減は中火ですね。お手伝いします。あの、お名前は?」
「武市です」
「武市さんですね。宜しくお願いします」
武市さんは焦げないように弱火でやってたんだろうけど、それじゃ火が野菜に入らない。俺は火力を上げて、きんぴらを炒め始めた。
大きな中華鍋だけど、これくらいなら振り回せるな。
俺は中華鍋の取手を、持ってたタオルで掴んで振った。えいや。
きんぴらが宙を舞い、また中華鍋に戻っていく。
よし、味付けして、もう一度、えいや。
「お上手ですね!」
「中華鍋は重いから、箸でわしゃわしゃでも大丈夫ですよ。野菜はもうカット済みですか?」
「はい、さっきやっと切れたとこで……」
「じゃあ、今日は私が炒めますね。見ててくださいね」
「はい!」
周りを見てみると、段々人が集まって来た。
なんだ、皆料理好きなんじゃん。
えいや。えいや。えいや。
きんぴらが炒め上がる度に人は増えていき、気が付けばタバコじいさん以外は俺の周りに居た。
「よし、きんぴら完成。まだ、出来てないのはありますか?」
「深川先生、ほうれん草のお浸しの作り方も見てください」
「わしの味噌汁も、合っているかのう?」
「昼のメニューも見てってください」
およ? きんぴら炒めただけなんだけど、ほとんどの人が、俺の事を信頼してくれたみたいだ。
「料理の腕前は、棚宮さん並みですごいや」
「あ、私、まだ皆さんの名前を把握し切れてないんですが、棚宮さんって?」
「あの人です!」
武市さんが指を差したのは、さっきのタバコじいさんだった。
タバコじいさん、料理上手だったのか!
タバコじいさん、もとい棚宮さんはバツが悪そうに舌打ちをした。
本当は棚宮さんの説得をしたいけど、患者様の朝ご飯の時間まで後僅か。
まずは、間に合わせなければ。
「次はほうれん草のお浸しですね。見た感じ、ちょっと茹ですぎです。茎と葉で茹でる時間を変えなきゃなので、塩を入れて沸騰したお湯に、茎から入れていくと良いかもです! 後、ほうれん草はすぐに茹で上がりますよ」
「手本をお願いします!」
「材料はまだありますか?」
「バッチリです!」
そうか、皆料理に興味があって再就職したのは良いけど、知識が無かったんだな。
料理を教える立場の人は、居なかったのだろうか?
「料理指導者は、ここには居ないのですか?」
「棚宮さんです!」
「指導を受けたことは?」
「聞いても、タバコ吸ってばかりで」
おいジジイ、ちゃんと指導しろよバカ。皆やる気はあるのに可哀想じゃねえか。
まあ、あのジジイは後でとっちめればいいや。
俺はほうれん草の茹で方をレクチャーしながら、茹で終わった後の切り方も、念の為指導する。
「見ているので、やって頂いても宜しいですか?」
「やってみます!」
知識を得たおじいさんは、沸騰したお湯に若干怯えながらも、果敢にほうれん草を茹でてくれた。
茎を30秒お湯に付けてからの、丸ごとドボンで更に30秒。
お湯の側に近付くから、慣れてないと熱いもんな。これは仕方ない。
「えっと、お名前は?」
「春日井です。茹でたのを四等分ですね?」
「そうです。春日井さん、お願いします」
春日井さんは包丁は手慣れていらっしゃり、綺麗にほうれん草を切ってくれた。
「春日井さん、包丁さばきは完璧ですね!」
「なんかやる気が出て来ました」
出来ないと思ってた事が出来るようになると嬉しいし、褒めて貰えるとより頑張れるよな。
そういう指導の基本、飴と鞭さえ、あのジジイやってなかったんだな。頭に来始めていた。
「時間が無いので、手の空いてる方は、ほうれん草のカットをお願いします!」
「よし来た、任せて!」
「やる事が解りやすいから助かるわい」
そうだよな。やる事が解らないと何もしようがないよな。
でも、ちょっと教えただけで、この意識の変わりようは有り難い。良いね良いね。
「味噌汁はもう出来てますか?」
「はい。深川先生、是非味見をお願いしますじゃ」
「えっと、お名前は?」
「加賀美です。宜しくですじゃ」
「宜しくお願いします」
どれどれ? うん、前に糖尿病食を食べた時も思ったけど、味噌汁は悪くは無い。
悪くは無いんだけど、ちょっと煮え過ぎているかな?
「今回はこれで良いと思います。ただ、少し煮え過ぎているみたいなので、お昼から改善していきましょう」
「お昼も見てくれるのかえ?」
「はい、一緒に頑張りましょうね、加賀美さん」
まるで入院食を診察してるみたいだな、俺。
思う以上に、全ては繋がっているようだ。
俺が医師になって学んだ指導法が、そのまま生かされている。
後は白米だな。炊飯器は比較的新しい、いや新しすぎる位だ。
でも白米は、普通の柔らかさにしては、若干硬い。
と言う事は、水の分量かな?
いや、白米に関しては、流動食を食べる方もいらっしゃる都合上、水の分量はキッチリしてるはずだ。
事実、普通の白米、水分多めの白米と、流動食用のお粥と重湯が既に出来上がっていた。
水を測る用の軽量カップも使った形跡がある。
と言う事は、まさか……。
「あの、お米を炊いた人は誰ですか?」
「棚宮さんです!」
「棚宮さん、つかぬ事を聞きますが、お米って洗いましたか?」
「バカか。そんな暇ねえよ。こちとら、何通りご飯炊いてると思ってんだよ」
そりゃあ硬い訳だ。お米のパッケージを見てみても普通米と書かれてるしな。
でも、何種類も炊くのに、そもそも何で無洗米じゃないんだろう?
栄養を気にしてか? いや、白米と無洗米なら正直そんなに変わらない。
「確かに暇はないですよね。院長に掛け合って、無洗米に変えられないか聞いてみます」
「けっ、勝手にしろ」
ふー、これで普通の入院食は出来たかな。
「次は流動食ですね。詳しくないので、教えていただけますか? 棚宮さん」
「んっ」
「な、何ですか?」
「レシピだよ。それ見て作っとけ」
任せてくれたって事は、少しは信用して貰えたのかな?
えっと、今入院されてる方は皆、普通流動食って書いてあるな。
で、必要食数は3食分。とは言え、手間がかかる分時間もかかる。手分けしてやるのが良さそうだ。
幸い、この調理場にはミキサーも複数台あるようだし。
「春日井さん、人参30gと玉ねぎ45gとキャベツ45gを細かく切って貰えますか?」
「かしこまりました!」
「武市さんと加賀美さんは、桃缶の桃2つと牛乳300ccを、ミキサーに掛けて貰えますか?」
「かしこまりましたじゃ」
「了解です!」
よし、流動食の下拵えは、これでバッチリ。
その間に俺は、糖尿病食を作るか。これは10人分必要みたいだ。
全員俺の担当だし、ここは責任持って作らなくては。
えっと、今日のメニューは、白米と味噌汁と春雨と野菜の酢和えと牛乳か。
白米と味噌汁は出来てるし、牛乳も冷蔵庫に冷えた物があるから、作るのは春雨と野菜の酢和えか。
レシピもあるんだろうけど、カロリーがかなり低いメニューだな。
これじゃあ、1型糖尿病の患者様に関しては、インスリン注入に困ってしまう。
栄養バランスも考えて、1型の患者様の分は、卵も少量入れる事にするか。
糖尿病食と一概に言っても、基本薬で対処し、治る見込みのある2型と、一生インスリン注入をしなければならない1型とでは、種類もカロリーも変えなくては。
作り方としては、春雨を戻している間に、野菜を細長く切って、卵を炒っておけば良いな。
最後にそれらを、酢で和えて。
1型は7人、2型は3人。配膳に間違いがないよう付箋も貼っておこう。
でも棚宮さん、元内科部長だったよな?
これ見て、院長に指摘しなかったのか?
ますます頭に来るな、これは。
「春日井さん、野菜切れましたか?」
「はい、切れました」
「じゃあ、鍋に水500ccと刻んだ野菜と鰹節パックと塩0.5gを入れて煮てください」
「かしこまりました!」
これに火が通った後濾せば、スープの完成か。
濾すのは体力がいるから、俺がやるかな。
「武市さんと加賀美さんは、ミキサー掛け終わりましたか?」
「2人とも終わりましたじゃ」
「ではそれを、コップに注いで下さい」
「了解です!」
よし、何とか形になってきたぞ。
◇
「皆さん、お疲れ様でした。皆さんのお陰で、まずは朝ご飯を乗り越える事が出来ました」
「料理ってこんなに楽しかったんですね」
「初めてここで貢献できた気がするのじゃ」
ふー、何とか間に合った。
通りで食事が出てくるのが遅かった訳だ。
配膳じゃなくて、そもそも料理が出来ていなかったとは。
「えっと、朝ご飯を作り終えたら30分の休憩ですね。と、棚宮さんはその前にお話があります」
「おい。休憩いかせろや」
「話の後、休憩はズラして取って頂くので、ご安心を。さあ、こちらへどうぞ」
俺は、棚宮さんを別室へと連れていく。
勘の良い読者様は、俺が何をするかは、もう察しがついてるだろう。
そう、とっちめてやる!
信次「癖のあるおじいさん達だねえ」
京平「後は棚宮ってジジイを何とか出来れば」
亜美「こら。お年寄りを敬いなさい」
京平「ごめん、俺結構ブチ切れてるから」
亜美「次回どうなっちゃうの?!」




