表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
京平の決意
67/240

京平なりの改善策(京平目線)

 調理場では、10名位のお年寄り達がタバコを吸ったり、競馬雑誌を読んでおり、調理をしている数名は、時間がない中であたふたしながら作っていた。

 そりゃ、うちの病院は大きくないとは言え、100人近くの入院食を作らなきゃいけないのに、数名じゃそもそも人数が足りない。

 大体仕事中に、仕事以外の事をするのは宜しくない。苦手なんだけど、叱るしかないな。

 俺はタバコを吸ってる奴の肩を叩く。


「すみません、私、内科主任部長の深川と申します。何故タバコ吸ってるんですか? 勤務時間ですよ?」

「けっ、若造が。わしは元内科部長じゃ」

「え、元内科部長?」


 よくよく周りを見てみると、ちらほらと顔を見た事がある人が複数居る。

 そこに"最近顔を見なくなった"も、付け加わって。

 もしかして、この調理場の職員って……。


「気付いたか、深川」

「院長、いらしてたんですね」

「ああ、深川、ちょっとこっち来い」


 俺は院長に呼ばれたので、調理場から部屋に繋がる扉を開く。

 

「もしかして、調理場の職員って、元医師ないし看護師の人達ですか?」

「そうじゃ。主に高齢を理由として仕事が出来なくなった方々だな。希望者は再就職先として、ここを提案していたのじゃが……」

「指導者が居なくて荒れ放題、ですか」

「正確には指導者を付けても、指導者が皆、異動届を出しに来る。だな」


 風通しが良くなさそうだし、そりゃ辞めたがるよな。

 さっきのじいさんも、元内科部長だった事を盾に俺の言う事聞かなかったし。


「で、水曜日限定にはなりますが、私に指導者になれ、と」

「察しがいいな。深川なら問題ないだろう。元は皆、病院の力になってくれてた方々だから、更生して欲しい気持ちもあってな」


 俺、ただの内科医なんだけど出来るのかな。

 不安が募る。

 

「深川は料理も出来るし、誰よりも正義感があるから期待してるぞ」

「有難うございます。不安は有りますが、頑張ります」


 院長、俺の事を認めてくれているんだな。

 その期待に応えられるように、やれる事はやってみよう。


 よし、飛ばしていくか。俺は髪を縛った。

 白衣は脱いで、持って来た割烹着と三角巾を身に纏って。


「失礼します。お手伝いさせて頂きます」


 信次には禁止されてるんだけど、今マスクしてるし、いいよな?

 まずは、単純に間に合わせる為に、俺は調理室に入って、料理する事にした。

 

「何作ってらっしゃるんですか?」

「きんぴらごぼうです!」

「きんぴらなら、火加減は中火ですね。お手伝いします。あの、お名前は?」

「武市です」

「武市さんですね。宜しくお願いします」


 武市さんは焦げないように弱火でやってたんだろうけど、それじゃ火が野菜に入らない。俺は火力を上げて、きんぴらを炒め始めた。

 大きな中華鍋だけど、これくらいなら振り回せるな。

 俺は中華鍋の取手を、持ってたタオルで掴んで振った。えいや。 

 きんぴらが宙を舞い、また中華鍋に戻っていく。

 よし、味付けして、もう一度、えいや。


「お上手ですね!」

「中華鍋は重いから、箸でわしゃわしゃでも大丈夫ですよ。野菜はもうカット済みですか?」

「はい、さっきやっと切れたとこで……」

「じゃあ、今日は私が炒めますね。見ててくださいね」

「はい!」


 周りを見てみると、段々人が集まって来た。

 なんだ、皆料理好きなんじゃん。

 えいや。えいや。えいや。

 きんぴらが炒め上がる度に人は増えていき、気が付けばタバコじいさん以外は俺の周りに居た。


「よし、きんぴら完成。まだ、出来てないのはありますか?」

「深川先生、ほうれん草のお浸しの作り方も見てください」

「わしの味噌汁も、合っているかのう?」

「昼のメニューも見てってください」


 およ? きんぴら炒めただけなんだけど、ほとんどの人が、俺の事を信頼してくれたみたいだ。

 

「料理の腕前は、棚宮さん並みですごいや」

「あ、私、まだ皆さんの名前を把握し切れてないんですが、棚宮さんって?」

「あの人です!」


 武市さんが指を差したのは、さっきのタバコじいさんだった。

 タバコじいさん、料理上手だったのか!

 タバコじいさん、もとい棚宮さんはバツが悪そうに舌打ちをした。

 本当は棚宮さんの説得をしたいけど、患者様の朝ご飯の時間まで後僅か。

 まずは、間に合わせなければ。


「次はほうれん草のお浸しですね。見た感じ、ちょっと茹ですぎです。茎と葉で茹でる時間を変えなきゃなので、塩を入れて沸騰したお湯に、茎から入れていくと良いかもです! 後、ほうれん草はすぐに茹で上がりますよ」

「手本をお願いします!」

「材料はまだありますか?」

「バッチリです!」


 そうか、皆料理に興味があって再就職したのは良いけど、知識が無かったんだな。

 料理を教える立場の人は、居なかったのだろうか?

 

「料理指導者は、ここには居ないのですか?」

「棚宮さんです!」

「指導を受けたことは?」

「聞いても、タバコ吸ってばかりで」


 おいジジイ、ちゃんと指導しろよバカ。皆やる気はあるのに可哀想じゃねえか。

 まあ、あのジジイは後でとっちめればいいや。

 俺はほうれん草の茹で方をレクチャーしながら、茹で終わった後の切り方も、念の為指導する。


「見ているので、やって頂いても宜しいですか?」

「やってみます!」


 知識を得たおじいさんは、沸騰したお湯に若干怯えながらも、果敢にほうれん草を茹でてくれた。

 茎を30秒お湯に付けてからの、丸ごとドボンで更に30秒。

 お湯の側に近付くから、慣れてないと熱いもんな。これは仕方ない。


「えっと、お名前は?」

「春日井です。茹でたのを四等分ですね?」

「そうです。春日井さん、お願いします」


 春日井さんは包丁は手慣れていらっしゃり、綺麗にほうれん草を切ってくれた。

 

「春日井さん、包丁さばきは完璧ですね!」

「なんかやる気が出て来ました」


 出来ないと思ってた事が出来るようになると嬉しいし、褒めて貰えるとより頑張れるよな。

 そういう指導の基本、飴と鞭さえ、あのジジイやってなかったんだな。頭に来始めていた。


「時間が無いので、手の空いてる方は、ほうれん草のカットをお願いします!」

「よし来た、任せて!」

「やる事が解りやすいから助かるわい」


 そうだよな。やる事が解らないと何もしようがないよな。

 でも、ちょっと教えただけで、この意識の変わりようは有り難い。良いね良いね。

 

「味噌汁はもう出来てますか?」

「はい。深川先生、是非味見をお願いしますじゃ」

「えっと、お名前は?」

「加賀美です。宜しくですじゃ」

「宜しくお願いします」


 どれどれ? うん、前に糖尿病食を食べた時も思ったけど、味噌汁は悪くは無い。

 悪くは無いんだけど、ちょっと煮え過ぎているかな?

 

「今回はこれで良いと思います。ただ、少し煮え過ぎているみたいなので、お昼から改善していきましょう」

「お昼も見てくれるのかえ?」

「はい、一緒に頑張りましょうね、加賀美さん」


 まるで入院食を診察してるみたいだな、俺。

 思う以上に、全ては繋がっているようだ。

 俺が医師になって学んだ指導法が、そのまま生かされている。

 

 後は白米だな。炊飯器は比較的新しい、いや新しすぎる位だ。

 でも白米は、普通の柔らかさにしては、若干硬い。

 と言う事は、水の分量かな?

 いや、白米に関しては、流動食を食べる方もいらっしゃる都合上、水の分量はキッチリしてるはずだ。

 事実、普通の白米、水分多めの白米と、流動食用のお粥と重湯が既に出来上がっていた。

 水を測る用の軽量カップも使った形跡がある。

 と言う事は、まさか……。


「あの、お米を炊いた人は誰ですか?」

「棚宮さんです!」

「棚宮さん、つかぬ事を聞きますが、お米って洗いましたか?」

「バカか。そんな暇ねえよ。こちとら、何通りご飯炊いてると思ってんだよ」


 そりゃあ硬い訳だ。お米のパッケージを見てみても普通米と書かれてるしな。

 でも、何種類も炊くのに、そもそも何で無洗米じゃないんだろう?

 栄養を気にしてか? いや、白米と無洗米なら正直そんなに変わらない。

 

「確かに暇はないですよね。院長に掛け合って、無洗米に変えられないか聞いてみます」

「けっ、勝手にしろ」


 ふー、これで普通の入院食は出来たかな。


「次は流動食ですね。詳しくないので、教えていただけますか? 棚宮さん」

「んっ」

「な、何ですか?」

「レシピだよ。それ見て作っとけ」


 任せてくれたって事は、少しは信用して貰えたのかな?

 えっと、今入院されてる方は皆、普通流動食って書いてあるな。

 で、必要食数は3食分。とは言え、手間がかかる分時間もかかる。手分けしてやるのが良さそうだ。

 幸い、この調理場にはミキサーも複数台あるようだし。


「春日井さん、人参30gと玉ねぎ45gとキャベツ45gを細かく切って貰えますか?」

「かしこまりました!」

「武市さんと加賀美さんは、桃缶の桃2つと牛乳300ccを、ミキサーに掛けて貰えますか?」

「かしこまりましたじゃ」

「了解です!」


 よし、流動食の下拵(したごしら)えは、これでバッチリ。

 その間に俺は、糖尿病食を作るか。これは10人分必要みたいだ。

 全員俺の担当だし、ここは責任持って作らなくては。


 えっと、今日のメニューは、白米と味噌汁と春雨と野菜の酢和えと牛乳か。

 白米と味噌汁は出来てるし、牛乳も冷蔵庫に冷えた物があるから、作るのは春雨と野菜の酢和えか。

 レシピもあるんだろうけど、カロリーがかなり低いメニューだな。

 これじゃあ、1型糖尿病の患者様に関しては、インスリン注入に困ってしまう。

 栄養バランスも考えて、1型の患者様の分は、卵も少量入れる事にするか。

 糖尿病食と一概に言っても、基本薬で対処し、治る見込みのある2型と、一生インスリン注入をしなければならない1型とでは、種類もカロリーも変えなくては。


 作り方としては、春雨を戻している間に、野菜を細長く切って、卵を炒っておけば良いな。

 最後にそれらを、酢で和えて。

 1型は7人、2型は3人。配膳に間違いがないよう付箋も貼っておこう。


 でも棚宮さん、元内科部長だったよな?

 これ見て、院長に指摘しなかったのか?

 ますます頭に来るな、これは。


「春日井さん、野菜切れましたか?」

「はい、切れました」

「じゃあ、鍋に水500ccと刻んだ野菜と鰹節パックと塩0.5gを入れて煮てください」

「かしこまりました!」


 これに火が通った後濾せば、スープの完成か。

 濾すのは体力がいるから、俺がやるかな。


「武市さんと加賀美さんは、ミキサー掛け終わりましたか?」

「2人とも終わりましたじゃ」

「ではそれを、コップに注いで下さい」

「了解です!」


 よし、何とか形になってきたぞ。


 ◇


「皆さん、お疲れ様でした。皆さんのお陰で、まずは朝ご飯を乗り越える事が出来ました」

「料理ってこんなに楽しかったんですね」

「初めてここで貢献できた気がするのじゃ」


 ふー、何とか間に合った。

 通りで食事が出てくるのが遅かった訳だ。

 配膳じゃなくて、そもそも料理が出来ていなかったとは。

 

「えっと、朝ご飯を作り終えたら30分の休憩ですね。と、棚宮さんはその前にお話があります」

「おい。休憩いかせろや」

「話の後、休憩はズラして取って頂くので、ご安心を。さあ、こちらへどうぞ」


 俺は、棚宮さんを別室へと連れていく。

 勘の良い読者様は、俺が何をするかは、もう察しがついてるだろう。

 そう、とっちめてやる!

信次「癖のあるおじいさん達だねえ」

京平「後は棚宮ってジジイを何とか出来れば」

亜美「こら。お年寄りを敬いなさい」

京平「ごめん、俺結構ブチ切れてるから」

亜美「次回どうなっちゃうの?!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ