恥ずかしい団扇
「京平、待ってたよ」
私達は、お互いの背中を流し合って、身体を洗って、子供っぽいんだけど、またシャンプーの泡で髪型を変えてみたりした。
「ほら、落合くん」
「ちょ、蓮に失礼……だけど笑える。あははは」
因みに蓮の髪型を作るのは、私達の中でど定番である。何度見ても笑っちゃう。
蓮には申し訳ないけど、ね。
で、一緒に湯船に浸かる。向かい合ってお風呂で話すのも好きなんだよね。
京平がのぼせちゃうから、長湯は出来ないけど。
「京平、なんか嬉しそうだよね。お父さんとの電話で良い事あったの?」
「うん。お父さん、俺の事も息子だと思ってるよって言ってくれて、敬語も抜いてって。俺、今、親居ないから嬉しくてさ」
「お父さん、やっと京平にそれ言えたんだね。今日は相談されなかったから、そろそろかなとは思ってたけど」
「お父さんも今まで、言い出す勇気が無かったんだな。気持ち解るなあ」
そうだよね。京平も、私に敬語止めてって8カ月も言えなかったし、なんなら告白でさえも9年間出来なかったんだもんね。
そう言う私も、そんな父親に似てるから、11年間告白出来なかった訳だけど。
「でも、敬語嫌ってのは、何で言うのに8カ月も掛かったの?」
「今それを聞くんかい。その、ただ単に亜美が俺と距離を置きたいが為の敬語だったら、って思ったら、聞くのが凄く怖かったんだ」
「そんな訳ないじゃん。でも私も、妹扱いされてるって思ってたから、少しでも異性として見られたいなあって気持ちがあったから、本当にごめんね」
「バリバリ異性として見てたわ、バカ」
本当に私達不器用だね。素直になってりゃ、こんな事にならなかったのに、遠回りしちゃってさ。しかも、時間まで掛けちゃって。
でもそれも、私達らしさかもしれないね。
「遠回りしちゃったけど、一緒になれて良かった」
「うん、遅くなり過ぎたけど、亜美に伝えられて良かった」
京平は身体を前に乗り出して、私を抱きしめてくれた。
私も京平を抱きしめ返した。
ん、ちょっと京平の身体が熱いな? まさか。
「京平、のぼせてるでしょ! 早くお風呂から出ないと」
「だって、亜美を抱きしめたかったから」
「お風呂上がりでいいでしょ。私も出るから」
もー、相変わらず、自分ののぼせるタイミングが解らん京平だなあ。
私は京平に肩を貸しながら、京平と一緒にお風呂を後にした。
「はあはあ、あちぃ」
「もうすぐ信次も帰ってくるから、今日は部屋で休むんだよ」
「はあはあ、亜美も一緒にいてよ?」
「しょうがないなあ」
そんな訳で、私達は一緒に部屋に入る。
京平は布団の上にタオルを引いて、息を切らしながら寝そべっていた。
でも、視線は私に向けられているんだよね。甘えん坊なんだから。
取り敢えず私は、団扇で京平を煽いで、火照りを冷ますお手伝いをする事にした。
ただ、その団扇というのが。
「亜美、何俺の団扇作ってんだ?」
「え、観賞用の京平」
「恥ずかしいから違うのにしろよ」
「別の京平になるけどいいの?」
「聞いた俺がバカだったわ」
京平が泊まりの研修に行った時、余りにも寂しすぎて、京平の写真を掻き集めて、団扇を注文しちゃったんだよね。10枚組で。
それから私の団扇は京平一択なのだ。えっへん。
「それ、外に持ち出すなよ」
「えー。夏祭りに持ってこうと思ってたのに!」
「絶対止めろよ!! はあはあ」
えー? 何でダメなんだろう? 彼氏の団扇を持って行くくらい良いじゃんね?
それにお洒落なハート型だし。
私にセンス無いって言うけど、そんな事言う京平もセンスないよね。
「ああもう、余計呼吸が荒くなるわ。もう煽がなくていいよ」
「え、いいの? 遠慮しなくていいのに」
あ、京平がため息吐いてる。私、また何かやらかしたん?!
私ただ京平を煽いでただけなのに! 京平で!
「ただいまー。皆部屋かな?」
「あ、信次お帰り」
「はあはあ、お帰り、信次」
「兄貴どうしたの! なんか疲れ切ってない?!」
信次は周りを見渡して、そして私に対して冷たい眼差しを向けてくる。え? 何で?!
「解った。亜美は叱っとくから、兄貴は休んでなね」
「ありがとな、信次」
「はい、亜美はこっち来る!」
え、ちょっと待ってよ。私、叱られるような事なんて何もしてないけど?!
私達はリビングに移動した。
「亜美、普通はいくら彼氏でも、なんなら好きな人のでも、団扇とか作らないからね?」
「いいじゃん。ハート型だし京平だし」
「兄貴はアイドルかなんかかよ。違うでしょ? 普通に恥ずかしいよ! 兎に角、団扇は全部没収だからね!」
「え、そんなに恥ずかしい事だったの?」
「燃えるゴミの日に捨てるからね。兄貴もドン引きしてたし」
うう、またズレた事をやってしまった。
愛してる人の団扇なら良いと思ってたよ、私。
悲しいけど、京平は嫌みたいだし、燃えるゴミと共に団扇とグッバイだね。
信次はもう一度部屋に入って、私の京平団扇を回収……否、没収してきた。
「ふー、これで全部かな。亜美は変なとこでセンスないからなあ」
「うう、普通だと思ってたのに!」
「てか、兄貴の団扇10枚も作ったの? バカでしょ」
「京平がいない時に部屋に並べたら、寂しくないかなあ、って」
「余計虚しいでしょ、バカ」
確かに実際並べても、寂しいのは収まらなかったんだよね。
最初こそ京平の顔達で癒されたけど、団扇は何も反応してくれないし。ポンポンしてくれないし。
「今は本物がいるんだから、ちゃんとごめんなさいしといで」
「はーい」
そうだね。本物の京平は私の彼氏なんだもんね。嫌がる事はしちゃダメだよね。
他にも普通じゃ無い事あるかもだけど、何が普通じゃないから解らないから、また困らせちゃうかもだけど。
私は、もう一度部屋に入った。
「ああ亜美、お帰り」
京平は呼吸が落ち着いたらしく、もうパジャマに着替えていた。
「ごめんね。愛してる人の団扇作るのは普通だと思ってたんだ」
「悪気が無いのは知ってたけど、普通に恥ずかしいからもうやらないでくれよ」
「うん、団扇は燃えるゴミで信次が捨てるみたいだし」
でもちょっとショック。
普通じゃなかったんだなあ、って事が。
すると京平が胡座をかいて、私を呼ぶ。
「ほら、おいで。亜美だって、本物がいいだろ?」
「うん!!」
私は京平の胸に飛び込んだ。やっぱり本物じゃなきゃ、寂しさは拭えないよね。
私達はそのまま、布団にゴロンと横になった。
「どうせ亜美の事だから、俺が泊まりの研修の時に団扇頼んだんだろ。電話くらいなら架けても良かったのに。待ってたんだぞ」
「研修で忙しいだろうし、迷惑かな、って」
「すぐに出られる、とは言えないけど、余裕が出来たら架け直すよ。っていう俺も、架ければ良かったよな。ごめんな」
「次はちゃんと架けるね。京平が寂しくないように」
付き合う前の話だから、お互いに気を遣いすぎちゃってたんだね。本当は、お互い電話したかったんだね。
本当にいつだって遠回りしちゃうね、私達って。
でもね、団扇を頼んだ夏の日には、それで満足してたんだけど、今はもう欲張りになってる。
コロコロ表情を変えて、照れたり笑ったり、時には嬉し泣きする京平じゃなきゃ、嫌だな。
団扇はずっと同じ顔だしね。京平らしくないや。
「また研修あるだろうけど、次は本物の俺と話そうな」
「眠れないかもだから、子守唄でも歌ってね」
「亜美の為なら、幾らでも歌うよ」
そんな事を言いながら、私達は抱きしめ合った。
そうだね、やっぱり本物がいいよね。
そうじゃなきゃ、暖かくなれないよね。
本物じゃなきゃ、安心出来ないよね。
「暖かい。何だか眠たくなって来た」
「俺も。亜美ってすげえな。俺、寝付き悪いんだけどな」
「電気消すね。おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
それに、本物だからこそ、すぐ眠れるんだよ。
おやすみ、京平。愛してる。
京平「亜美が私物を買ったのは良い事なんだけど、あの団扇はなあ……」
信次「センスというか常識がないよね、亜美」
亜美「だって普通だと思ってたんだもん」
信次「次の燃えるゴミの日に捨てなきゃ」
京平「ありがとな、信次」




