拠り所(京平目線)
「ワカメ茹ですぎだろ、ドロドロじゃん」
「味噌も、お味噌汁の味噌をただ混ぜただけで、相性よくない」
ワカメって、もっと弾力があってプリプリしてるもんだろ。なんだ、このドロドロは。
そうか、そもそも料理に対するいろはが出来てないから不味いのか。
「ワカメの味噌和えだけで、こんなに苦情を聞く事になるなんて。噂通りですね」
「即院長にライムおくろ。こればヤバすぎる」
予想を遥かに悪い意味で超えて来たワカメの味噌和え。
その改善点だけで、ライムの文字数制限ギリギリまで文章が打てた。
業者どこなんだ。これはとっちめたくなるレベルだぞ。
「京平、お味噌汁と玄米ご飯はまだマシだよ……!」
「美味しい訳じゃないんだな。萎える飯だ」
こんな飯じゃ、治る病気も治らない。寧ろご飯が食べれなくなって、悪化するだけじゃねえか。
久々に俺は頭に来ていた。しかも、可愛い亜美にこんな物食わせやがって。
「京平落ち着いて。それを改善するのが京平の役目でしょ」
「そうだな。亜美、気付いてやれなくてごめんな。こんな不味い飯を亜美に……」
「栄養バランスは良いから、私頑張る。大丈夫」
俺が怒っているのを察して、亜美が大丈夫って言うんだけど、大丈夫って大丈夫じゃない時に出る言葉だぞ。亜美。
そうだな。俺は改善する役目を担ってるんだ。不味い不味い言ってないで、きちんと食べなくては。
うん、確かに味噌汁と白米は食べれなくもない。けど、信次のと比べちゃうと美味しくはない。
糖尿病食だから塩分控えめは仕方ないにしても、その分出汁を効かせるとか方法はあるのにな。
白米は炊飯器が古いのか? これも院長に聞いてみよう。
「京平、ライム打つの早」
「改善点がありすぎるからな、この飯」
で、デザートはオレンジか。これが1番美味しいってどういうこっちゃ!
「はあ、オレンジだけは美味しかった。ごちそうさまでした」
「つまりほぼ不味いって事ですね」
「何とか完食。ごちそうさまでした」
「亜美さん、よく頑張りましたね。流石です」
亜美も頑張って食べたか。その分早く風邪が治るといいな。
「じゃあ、僕はこの辺で。後はごゆっくり」
「友くんありがとねー!」
友くんは俺達の食べた皿を下げつつ、部屋を後にした。
「さ、亜美は薬飲んで、寝るんだぞー」
俺は亜美の前に、水と薬を置く。
「これ飲んだら、京平と話せなくなるのか。寂しい」
「休憩時間いっぱいは側にいるよ。寝付くまで話そ」
「ありがとね、京平」
「後、値も安定してきたから、持続インスリンの点滴外すな。佐藤さんに伝言しとく」
これで安定するようなら、亜美の退院も確定だろう。
持続インスリンの点滴は、俺が部屋に出る時に運んでおくか。
「ふー、大分楽になったあ。手が自由」
「風邪治ったら退院も見えてくるぞ」
「ごくごく、それは嬉しい!」
亜美は薬を飲むと、また笑ってくれた。
退院したら、ギュッと抱きしめたいな。
「退院したら、抱きしめてね」
「亜美、俺の心読んだ? 勿論」
そんな話をしていると、亜美がとろんとし始めている。
風邪薬には、多少の睡眠成分も入っているから、それが効いて来たかな?
「なんか眠くなって来た。もっと話したいのに」
「風邪を治す為にも寝るんだぞ」
俺は亜美をポンポンする。
休憩時間が終わるまではこうしてようかな。
俺が亜美に触れたくて、仕方ないから。
「京平にポンポンされると、落ち着く」
「それなら良かった」
「おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
亜美は寝息を立てて、眠り始めた。
寝顔も愛しいよ。亜美。
人を助けるのは当たり前と抜かしてる癖に、人を信じられなかった俺が、今こうして、人を愛するようになるなんてな。
助ける、も、贖罪でしかなかった。
俺自身が生きてもいい理由作りでしか無かった。
それが本当の意味で、人を助けようと思えたのは、亜美に出逢えたからだよ。
亜美に出逢えて良かった。愛したのが亜美で良かった。
ゆっくり寝ろよ、亜美。
◇
俺が持続インスリンの点滴を片付けていると、ちょうど佐藤さんに巡り合った。
「あ、佐藤さん。亜美の点滴外したよ。夜からのインスリンはまた指示送るから、申し送り宜しくね」
「良かった。亜美、寝辛そうにしてたもん。まあ、深川先生が足りないだけかもだけど」
「そっか、昼起きてたのはそういう事か」
そうなると、亜美は夜も眠れないのでは?
点滴外したからまだ眠れるかな?
心配になってくる。
「安心してください。夜は友くんと蓮が亜美を見てくれますからね。蓮なんて、わざわざ遅番にシフト変えて亜美を診るって言ってたし」
ますます不安になった。
あいつら、亜美に変な事しないといいけど。
「ふふ、彼女が他の男に触れられるのは嫌なんですね?」
「まあ、良い気はしないよ」
「深川先生可愛い! じゃ、診察頑張って下さいね」
「おう、ありがとな」
診察に集中出来るかな……。
仕事終わりにも、亜美の顔見にいくか。
本当に亜美が居ないとダメだな。俺。
って、甘えんな俺。点滴戻したら、診察に集中だ。
点滴を返した俺は、診察室に帰って来た。
のばらさんも既に戻っていた。
「お帰りなさいませ、深川先生」
「のばらさんもお帰り」
「亜美はどうでしたの?」
「風邪は治り切ってないけど、顔色は良かったよ。点滴も外れたし」
「後ちょっとですわね。のばらも早く顔を見たいですわ」
少なくとも俺かのばらさんの居る内は、亜美も安全かな。
全く、亜美は隙だらけだし鈍いしモテ過ぎるんだよ。
彼氏としては、気が気じゃないぞ。
「あら、深川先生、ため息を吐いてどうしたんですの?」
「夜の担当が、日比野くんと落合くんって聞いて、内心良い気がしなくて」
「まあ、嫉妬ですわね。亜美は靡かなくても、殿方達が亜美に触れたりはするかもですしね」
「それが怖いんだよ。亜美は隙だらけなんだ」
「ふふ、深川先生が余裕ないなんて、亜美も幸せ者ですわ。でも、今は診察に集中ですわよ」
間違いないな。俺の診察を待つ患者様を、的確に処置しなくては。
「じゃ、始めようか」
「宜しくお願いしますわ」
◇
「予約の患者様はこれで完了だね。予約外の方はいらっしゃるかな?」
「はい、初診の方が後2名いらっしゃいますわ」
「時間が早くて問題ないなら呼んであげて」
「かしこまりましたわ」
俺は17時までの勤務だけど、異能に関しては俺目当てで来る方も少なくない。
なるべく診てあげたいというのが本音だから、勤務時間を越えても診察するつもりだ。
診察担当の時は仕方ないよね、と愛さんにも言われてるし、大丈夫のはず。
「489番の方、23番診察室にお入り下さい」
因みに呼び出しも、五十嵐病院では看護師さんの役目だ。
「こんにちは、天王寺まゆりです。宜しくお願いします」
「初めまして。医師の深川京平です。今回はどのような症状でお越しいただきましたか?」
「異能を維持したいんですが、コントロールが全く出来なくて」
「どのような異能ですか?」
患者様は、若い女性だった。
異能の維持をしたいという患者様は、俺を指名してよくやってくるけど、どのような異能だろうか。
「人の精神を元気に出来る異能なんです。私、この異能で人に元気を与えていきたいんです」
「だけど自由自在には、って所ですか?」
「そうなんです。だから相談に来ました」
精神関与する異能もあるのか。
正直、俺には羨ましい能力だな。鬱状態の時に使いたくなる。
「血液検査でも異常な数値はありませんし、人を傷付ける能力でもありませんから、コントロールをしやすくする薬を処方させて頂きますね。それでもコントロールが効かない場合は、また来院お願いいたします」
と、いつもの流れで診察をしていたら、患者様が神妙な面持ちで語ります。
「あの、深川先生は気持ち悪がらないんですか? 人の精神に関与するんですよ?」
「それも貴方の大切な個性です。その能力で人を助けたいって志も、私は好きですよ」
「深川先生……有難う御座います」
「一緒に治療頑張りましょうね。来月に、予約入れさせて頂きます」
「はい。あたし、頑張ります」
そう言って、患者様は診察室を後にした。
少しは患者様の拠り所になれたかな?
「深川先生らしいですわね。これはまたモテちゃいますわね」
「亜美にだけモテればいいよ。けど、患者様の拠り所にはなりたい」
それが俺の目指す医療なんだ。
患者様が安心して寄り添ってくれる医師になりたい。患者様の拠り所になりたいんだ。
そう言う意味でも、俺は救いになりたい。
「大丈夫ですわ。深川先生のやり方は間違ってませんわ。のばらも助けていただきましたもの」
「ありがとね、のばらさん。じゃあ、最後の患者様を呼んで」
「かしこまりましたわ」
◇
「深川先生お疲れ様ですわ」
「この後は落合くんか。申し送りしてくるよ」
時短になってからは、俺は自分の担当患者様しか診察していない。
自分の患者様はそれで回せてはいるのだけど、通常の診察時間は18時半までだから、その分を落合くんに任せる訳だ。
今日も内科は、風邪、インフル等が多いみたいだしな。
「落合くん、今申し送り大丈夫かな?」
「おっす深川先生。お願いします」
「俺指名の患者様は終わってるから、後は通常の患者様をお願いね」
「了解です。後、亜美はどうなんですか?」
「まだ風邪引いてるけど、顔色は良くなって来たよ。点滴を外したけど、あまりに血糖値が高くなるようなら再度付けてあげて。インスリンの量は、日比野くんから引き継いでね」
日比野くんと落合くんに任せるのは、正直言って腹が立つのだけど、亜美を守って貰う為だから仕方ない。
そんなに仕事人間じゃないけど、こういう時は1日中働いていたくなるよ。亜美の傍で。
「じゃあ、後は宜しくね」
「いってきまーす!」
さてと、俺も亜美の病室に顔を出すかな。
隙だらけだから気を付けろよ位は伝えとかないと。
京平「亜美の顔を早くみたいな」
信次「兄貴、亜美がいないとダメみたいだね」
のばら「愛ですわね」
作者「まあ、あみたん大分落ち着いてきたし、良かったな」
京平「ただ、亜美は隙だらけだから心配だ」
作者「すぐポンポンされるもんな」
京平「と、今日は年末だな。いつもお世話になってます。来年も宜しくお願いいたします」