回復した内科医(京平目線)
「ふう、寝付いてくれたか」
俺のせいで、亜美は入院までする事に。
しかも、不味いご飯を食べる羽目になってる。
院長に、入院食の改善を求めるライムを送っとこう。
なんなら、俺が監修してもいいしな。
カロリー低めで美味しい飯なんていっぱいあるのに、それが出来てないなんて有り得ない。
亜美も寝付いたし、俺も帰るか。
風邪を治さないと、亜美を悲しませるし。
自分だって寂しい癖に、いつだって俺を優先させる。
亜美が甘えられるように、元気にならないと。
「深川先生、お疲れ様です」
「落合くんお疲れ、今日は遅番か」
「や、中番すけど、亜美が入院したって聞いて」
そうか、亜美の様子を見に来たのか。
「亜美はもう寝てるから、静かにな」
「了解です。深川先生の風邪がうつったそうですね。そんなやつに、ますます亜美を任せられないです」
「その通りだ。全部俺のせいだよ」
何も言い返す気はない。事実だし。
俺が普通に薬飲んで、亜美を別室に移動させて、なるべく風邪を引かないよう配慮していれば、亜美は笑っていられたのに。
「でも、亜美にそれ言うなよ。あの子は優しいから、逆に怒られるぞ。俺には何言ってもいいけど」
「もう言う気はないです。深川先生らしくなくてつまんないぜ」
「はは、風邪引いてるからかな。亜美も風邪引いてるから、マスク付けて病室入るんだぞ」
確かに俺らしくないな。亜美の病室に入ろうとしている落合くんを、睨みつけるでも叱るでもなく、気遣うなんて。
でも、今の俺には何も言う資格はないから。
俺はその場を後にした。
帰ったら無理矢理晩御飯食べて、さっさと寝よう。
それが風邪を治す1番の薬になるしな。
◇
「ただいま」
「兄貴、お帰り。亜美、目覚めて良かった……」
「すぐに気づけたから、もうご飯も食べられるらしいし、退院もすぐだな」
俺が亜美を診ている間に、のばらさんと海里くんは帰ったようだ。
もう22時45分だし、そりゃそうだよな。
「兄貴、食欲はある?」
「あんまりないけど、亜美に風邪治すって約束したから普通に食べるよ。ありがとな」
「じゃあ、準備しとくね」
信次が俺の食事を準備してくれてる間に、院長からライムが届いた。
『君の感想も聞きたいから、明日は糖尿病食を食べて、改善点を教えてくれ』か。
あー、俺も舌肥えてるからなあ。耐え切れるかな。
でも、亜美だって食べたんだし、俺も食べなきゃだ。
「兄貴憂鬱そうだね。はい、晩御飯」
「ありがとな、信次。亜美が入院食不味いって言うから、改善するよう院長に言ったら、俺も食う羽目になってな」
「亜美可哀想……」
「だよな、亜美はそうでなくてもシックデイで悪化しやすい身体だから、次の入院もありうるし、早めに改善してやらないとだ」
「僕も協力するよ。うちはご飯にこんにゃく米混ぜてるよ」
信次の協力は心強いな。しかし、我が家の白飯、こんにゃく混じってたのか。気付かなかった。
「改善点は、おおよそ不味い! だろうけど、どうしたら美味しくなるかは意見欲しいし、昼までにライムで送ってくれ」
「了解。なんなら兄貴が寝てる間に送っとく。ご飯食べたらお風呂入ってすぐ寝るんだよ」
「おう、早目に寝るよ」
ああ、信次のご飯は美味いなあ。
食欲なかったはずなんだけど、バクバク食える。
栄養も考えられてるし、風邪もこれで治りそう。
「ごちそうさま。美味かったぞ、信次」
「それなら良かった。はい、薬と水ね」
「ありがとな」
俺は薬を水で流し込んで、すぐ風呂に入る。
信次が俺の為に沸かし直してくれてたようで、温かい湯船に浸かる事が出来た。
本当にしっかりしてるよな、信次。
俺、めちゃくちゃ家族に支えられてるわ。
亜美の存在、信次の存在。
何があっても、俺は絶対守り切るからな。
お前達に逢えて、本当に良かった。
俺のが救われてるよ、いつも。
って、考え事してたら、また長湯しちまった。
軽くのぼせちまった。
まあいっか。あとはもう寝るだけだし。
「信次、風呂ありがとな」
「兄貴またのぼせたの? 部屋で横になったら、すぐ寝るんだよ」
「おう、そうするわ」
ふー、頭がぼーっとする。
下着とパジャマを持って部屋に入ると、否が応でも亜美が居ない事を実感した。
なんだか寂しくなって、亜美の布団にタオルを敷いて寝っ転がる。
亜美の匂いに、ちょっと癒された。
火照りが引いたら着替えて、亜美の布団で寝よう。
そうしなきゃ、眠れそうにないから。
◇
「んー。おはよ、亜美……は、居ないんだった」
アラームで目覚めた俺は、改めて亜美が居ない事に寂しさを覚えた。
亜美が居なくてダメなのは、俺の方なんだよな。
信次の弁当作ったら、すぐに出勤して、亜美の所に行こう。
耐えきれない。亜美に、会いたい。
あ、風邪……鼻は落ち着いたけど、熱はどうだろう?
体温計で測ると、36.8度。良かった、平熱だ。
信次の飯強すぎる。これから風邪引いたらしっかり飯食べよ。
部屋から出ると、既に信次が起きていた。
「おはよ、信次。早くないか?」
「兄貴おはよ。兄貴は昨日亜美の看病してるからね。しばらくは弁当も僕が作るよ」
「受験生なのに申し訳ないな」
「早起きは苦じゃないから気にしないで。朝ごはん出来てるよ」
「ありがとな、早目に出たかったから助かるよ」
「すぐ持ってくね」
信次の優しさに有り難さを感じる。
俺に飯を食わせたら、また勉強するんだろう。
次の休みは、信次の勉強見てやらないと。
俺が出来るのはそれ位だしな。
「はい、おまたせ。コーヒーも淹れたよ」
「お、ありがと。コーヒー嬉しいな」
信次、気が利きすぎだろ、昨日から。
亜美に風邪を引かせてしまった事を責めたっていいのに、俺をこんなに気遣ってくれて。
ありがとな、信次の優しさも、俺を強くしてくれてるよ。
朝ごはんもコーヒーも美味しい。風邪の時は飲めなかったから尚更。
「あー、今日も美味しい。昼が憂鬱になってくる」
「亜美のが可哀想だよ。朝も不味いご飯なんだし」
「そりゃそうだ。俺が頑張らなきゃだな」
「糖尿病は入院食しか食べられないしね」
亜美、そして俺が担当している患者様に、少しでも快適に入院生活を送って貰えるように、すぐ改善しなければ。
回診の時に聴けば良かったな。でも、患者様も不味いとは言い辛いか。
亜美だから正直に教えてくれたのはある。
「ごちそうさまでした」
「食欲も戻ったようで良かった」
「信次と亜美のお陰で、風邪もバッチリ回復したぞ」
「今日は診察の日だもんね。頑張ってね」
「ありがとな」
俺は朝の支度をして、すぐに病院に向かう。
向かう前に信次から、寝癖がひどい! って怒られたけど。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
◇
「亜美、お待たせ」
そう言って亜美の病室に入ったんだけど、まだ亜美は気持ちよさそうに寝ていた。
風邪も引いてるしな。それならそれで、時間になるまで亜美を眺めるか。
可哀想に、氷枕が微温くなってる。念の為、替えの氷枕持って来て良かった。
特早番の看護師居なかったのかな? 後で聞くか。
今日は診察の日だから、昼休憩にまた会いに行こう。
俺も糖尿病食を食べなきゃで、こっちの病棟には来なきゃだし。
でも、亜美が辛そうな顔してなくて良かった。
亜美、愛してるよ。また、会いに来るからな。
う、キスしたいけど、ここは病室だから我慢我慢。
◇
「深川先生、宜しくお願いいたしますわ」
「担当はのばらさんか。宜しくな」
「今日は珍しくミーティングいらっしゃらなかったですもんね」
「時が経つのを忘れててな」
亜美の病室を出たのは7時。出勤出来てるから良いんだけど、まさかこんなに時間が経ってたなんて。
亜美はいくら見てても、飽きないよ。
「マスクしてらっしゃいますし、亜美に逢いにいったんですね」
「流石にバレたか。亜美は寝てたけどな」
「私も勤務終わったら、亜美のお見舞い行きますわ」
「ありがとな、亜美も喜ぶよ」
亜美も良い友達が出来て良かったな。
今までは亜美が入院しても、友達がお見舞いに来る事なんてなかったし。
「のばらさんならちょい早でも行けるね。キツかったら教えて」
「問題ありませんわ。今日も頑張りますわ」
さあ、診察の始まりだ。
◇
「昨日から急にウサギの耳が生えて来まして。しかも勝手に出て来て、フラフラするんです」
「明らかに異能ですね。止める方向で宜しいですか?」
「はい、こんなの要りません」
「こちらはぶどう糖です。今すぐ飲んでください。血液検査の結果も出てますから、身体に合わせて薬を処方しますね。また来月お越しください」
「有難うございます」
「薬を飲んでも異能が止まない場合は、すぐに来てください。異能が出てしまった場合は、甘い物を摂取してください」
一発目から異能、しかもコントロール不可か。
この人の体重、血液検査の結果を踏まえたら、通常の停止薬で大丈夫。
異能が出てしまう可能性も考慮して、今月分は異能をコントロールしやすくなる成分も入れておこう。
「お大事にしてくださいね」
「また来月宜しくお願いします」
よし、俺も問題なく回せているな。風邪の影響はもう無い。
亜美はそろそろ朝ごはんの時間かな?
辛いだろうけど、ちゃんと食べるんだぞ。
「よし、次の患者様呼ぶからね」
「かしこまりましたわ」
◇
「よし。午前中の診察完了。休憩行っといで」
「お疲れ様ですわ。深川先生は亜美の所に行くんですの?」
「ああ、顔も見たいし、今日は院長の指示で入院食食べなきゃだし」
「あれ不味いらしいから、可哀想ですわね」
「それを知ってたなら、早く教えて欲しかったぞ。亜美はそのせいで不味いご飯を……」
「看護師は皆知ってるから、医師も知ってるかと思ってましたわ。意外と患者様、言わないものなんですわね」
そうか、巡回する看護師にとっては周知の事実だったのか。
俺達が見逃している点も、まだまだあるかもしれないな。
こういった情報共有ができる場も、設けていかないとだ。
それも院長に伝えておこう。
「じゃあ、また午後宜しくな」
「後で亜美の様子、教えてくださいまし」
◇
「よ、亜美」
「京平! 朝に引き続き、昼もありがとね」
「あれ? 朝来たの知ってたのか」
あれ、起こさないように行動したんだけどな。
「身体が怠くて起きれなかったんだけど、氷枕変えてくれたでしょ。ありがとね」
「なんだ、気づいてたのか。体調はどうだ?」
「風邪薬も効いてるし、今は大丈夫。でも、中々完治とは行かないなあ」
とは言っても顔色も良くなって来たし、あとちょっとだな。
血糖値も今朝は少し高かったけど、今は178。
200切って来た。
「時間の問題だ。昼飯食べたら、また寝とけよ」
「そう言えば中々来ないなあ、お昼ご飯」
「配膳に時間掛かるしな」
早急に薬を飲まなきゃいけない、検査をしなきゃいけない患者様が優先になるから、亜美のような普通の患者様は、どうしても遅くなりがちなんだよな。
俺の飯も、亜美の病室に運ぶように言ったけど、すぐには来ないだろう。
「まあいいや、その分京平とお喋り出来るもんね」
「俺も亜美と話せて嬉しいよ」
「病室では1人ぼっちで寂しかった」
「そうか。ごめんな、寂しい思いをさせて」
俺は亜美をポンポンする。
本当は抱きしめてやりたいけど、点滴ついてるし、ここは病室だしな。
退院したら、いっぱい抱きしめるからな。
「あ、でも、今日は朱音が巡回で来てくれたよ。私が入院してるの知らなかったから、びっくりしてたけど」
「そりゃそうだろうな」
「お昼は誰が来るんだろう?」
「知り合いだといいな」
と、話していたら、亜美のインスリンを打ちに看護師さんがやってきた。
誰かな? と、覗いてみると。
「亜美さんこんにちは。インスリン打ちに来ましたよ」
「あ、友くん。まだご飯来てないけど打っていいのかな?」
「インスリン打ち終わったら、僕が持ってきますね」
「ありがとね。中々ご飯来なくてさ」
日比野くんか。俺の事普通に無視してくんの、一周回って笑えるな。
俺はムカつくんだけど、亜美にとっては友達。気晴らしにはなってるだろう。
「あ、失礼。深川先生もいらしたんですね」
「休憩時間だしな」
「そう言えば深川先生、今日は入院食食べるんですよね。改善お願いします」
「ああ、不味いらしいから、改善点を探すよ」
「2人分持って来ますから、少々お待ちを」
そう言って爽やかに、日比野くんは去っていった。
同じ恋敵でも、タイプはそれぞれだ。
落合くんなら、俺がここにいただけでムッとしそうだしな。
「友くん相変わらず優しいな。気持ちに応えられなかったのに」
「まだ亜美のこと諦めてないしな。気を付けろよ」
「私は京平だけだよ。好きになったのも、愛してるのも」
このタイミングで言われると思わなかったから、スッと愛してるが入り込んで、身体が反応してしまった。
本当に亜美は、真っ直ぐに伝えてくれる。
「面と向かって言われると、照れるな」
「ふっふーん」
しかも満面の笑みを浮かべてる。
可愛すぎるんだよ、バカ。
「深川先生が照れてるとこ失礼します。ご飯ですよ」
「ありがとね友くん。昼はマシだといいな」
「朝ご飯そんな酷かったのか?!」
「頑張って食べたよ……」
亜美が遠い目をしてる。嫌な予感しかしない。
「「いただきます」」
「って、日比野くんは他の患者様のとこ行かないのか?」
「亜美さんの経過観察も込みなので、亜美さんがご飯食べ終わったら、次の患者様の所へ行きますよ」
俺居るから、居なくてもいいんだけど、まあいいか。
さて、どんなもんかな。まずはこのワカメの味噌和えから頂くか。
俺達は同じタイミングで、ご飯を食べ始めた。
亜美もおんなじの食べてる。仲良しだな、俺達。
そして、仲良しな俺達は同時に狼狽えた。
「「不味い……!」」
亜美「京平の風邪が治って良かった」
京平「亜美と信次のお陰だよ。ありがとな」
信次「とりあえず兄貴は、入院食の改善頑張ってね」
京平「味噌和え以外はどうなんだ。震える」




