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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
違和感のある京平
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朦朧とする内科医(作者目線)

 その日の深夜0時、亜美と寝ていた京平は、熱が急に上がって意識が朦朧とし始めていた。

 実は9年前にも同じ症状が出ており、麻生愛先生はそれも踏まえて薬を出していたのだが、薬を飲み忘れた京平は、高熱に苦しむしかなかった。

 内科医の癖して、薬"なんか"と発言した罰が当たったとも言える。


 京平は意識が保てず、呼吸も段々と荒くなってきた。発汗も非常に激しい。鼻水も垂れてきてる。

 京平の呼吸の荒さに気付いて起きた亜美は、京平のおでこに触れた。

 亜美はおでこからその体温の高さを察して、すぐに行動を始める。

 まずは京平の呼吸を少しでも和らげる為に、京平のマスクを外した。


「京平、すごい熱……氷枕持ってくるからね」


 亜美は泣きながら、即座に氷枕を持ってくると、京平の頭の下に敷いた。

 

 だが、これだけでは足りない。そもそも薬を飲んでいないから起きている高熱である。

 なんとかして薬を飲ませなければ。

 しかし、意識のない人間に薬を飲ませるのは至難の業である。

 京平の口を無理矢理開けて飲ます事も試みたが、そもそも荒い呼吸だ。

 口を開いたり閉じたりを、頻繁に繰り返している。


 そこで亜美が考えたのは口移しだ。幸い薬は錠剤だった。これならいける、と亜美は頷く。

 亜美は薬と水を口に含むと、深いキスをするかのような要領で薬を水と一緒に京平の喉元まで送る。


ーー良かった。薬を飲ませる事が出来た。


 だが、安心したのも束の間だった。京平の身体が震え始める。

 発汗による身体の冷えと、熱による寒気が同時に来たのである。

 実は京平、冬でも夏用のパジャマを着用している。

 これは、京平の体温が高い事もあるが、それよりも亜美がプレゼントしてくれたパジャマを着続けたかったからだ。

 だが、今回ばかりは京平の優しさが裏目に出てしまう。


「寒い」


 意識朦朧とした京平が呟く。なんとかしなくては。

 亜美は京平のタンスから暖かい服を探し始める。

 そこから、パーカーとジャージのズボンを見つけた。

 これなら寝返りを打っても、苦しくないだろう。

 亜美は京平の服を脱がせ、汗をタオルで拭いて、それらの服を着せた。更に、亜美の布団を京平の布団の上に重ねる。

 それ以降も風邪が悪化せぬよう、氷枕を変えたり汗を拭いたり、ティッシュで鼻水を拭ったり、亜美は寝ずの看病を続けた。


「亜美、看病代わろうか?」


 事を把握した信次が、亜美に向けて言葉を放つ。しかし。


「信次は入っちゃダメ。風邪うつっちゃう」

「亜美が倒れちゃうよ」

「ご心配なく。私は強いからね」


 因みに、亜美の"強い"には、何の根拠もない。

 ないのだが、力強く言葉を放つ姉に、信次は何も言い返せなかった。


ーー何で言い返せないんだろう、亜美は泣いているのに。


 明らかに弱っている亜美なのに。

 ただ心配だったので、ドアをこっそり開けて亜美と京平の様子を見守る。

 こうする事しか出来ない自分自身を、信次は酷く恨んだ。


 やがて、亜美の看病と薬が効いてきた事もあり、京平の熱は下がり、呼吸も落ち着いてきた。

 亜美は京平のおでこを再度触り、胸を撫で下ろす。


ーー良かった。熱、下がってきた。


 亜美はほっと安心する。そして、安心すると同時に京平の布団にうつ伏せで倒れ込んでしまった。


「亜美!!」


 こっそり覗いていた信次は、慌てて亜美の様子を見に行くが、亜美は寝息を立てている。

 そう、亜美は安心して、寝てしまっただけだった。

 今は午前4時。4時間ぶっ続けで看病した疲れも大いにあるだろう。

 信次はお客様用の掛け布団を引っ張り出すと、亜美を布団まで運んで、掛け布団を亜美の上に被せる。


「お疲れ、亜美」


 信次は一言告げ、部屋を後にするのであった。



 ◇


 午前8時。朝の光が部屋に差し込み、穏やかな日を迎えた。

 

「ん、んんー」


 京平は、目覚めながら昨晩の事を思い出す。

 確か夜中に突如高熱が出て、意識朦朧としていた所までは覚えているのだが、肝心のその後が思い出せない。

 ただ、余分に布団が被さっている事と、パジャマがパーカーとジャージになっている事と、今は緩くなった氷枕が置かれている事から、誰かが看病してくれたのは間違いない。

 京平がふっ、と隣を見ると、亜美が疲れた顔をして寝ている。

 

「そうか、亜美が看病してくれたのか」


 ただでさえ風邪で迷惑を掛けたのに、まさか急に熱が上がるだなんて。

 京平は日々多忙な事もあり、9年前の風邪の記憶が全く無かった。

 だからこそ、薬を飲み忘れ、このような事態になってしまったのだが。

 

「兄貴、目覚めた?」

「信次、おはよ。俺……」

「亜美に感謝しなよ。朝4時まで寝ずに看病してたんだから」


 信次は、ポカルスエットを京平にひょいっと投げる。

 が、京平は普通にキャッチし損ねた。地味にダサい京平である。

 慌ててポカルスエットを拾うと、信次が心配そうに見つめてきた。


「昨日はかなり汗かいてたし、ひどい高熱だったかね。ポカル飲んだらもう少し寝てなね。兄貴、最近まとめて寝れてないから、疲れてたんだよ」

「確かにここ最近、色々あったからな」


 先週の水曜日は、亜美の愛してる人がいる発言で一切眠れず。

 土曜日は、明日告白するという緊張感から眠れず、その後日曜日に亜美と漫画喫茶で寝たが、水曜日の睡眠負債を解消出来たくらい。

 今週の木曜日は、精神科に行く為に早起きをしたし……。

 という訳で、京平の休日のルーティンである15時まで気持ち良く寝る。は、最近達成されてなかったのだ。


「兄貴は明らかにロングスリーパーだしね。まだ熱もあるだろうから、ちゃんと寝とくんだよ。食欲は?」

「正直、あんまないから、ポカルと薬飲んどくよ」

「内科医が薬を飲み忘れるなんて、笑えるよね」

「全くだな。そのせいで亜美に迷惑かけちまったし」


 流石の京平も、昨日の自分の行いには反省するばかり。

 亜美が水を取りにいくよ、ってタイミングで薬を飲んでいれば済んだ話だった。

 でも弱りきっており、一瞬たりとも亜美を視界から消したく無かったのも京平の本音なので、難しい所ではあるが。


「水置いとくから、薬はちゃんと水で飲むんだよ」

「ありがとな、信次。飲んだら寝とくよ」

「いいよ。でも次、亜美に無理させたら許さないからね」


 信次は笑っていたが、明らかに京平に切れている。

 切れられてもしゃあねえな、俺だって自分を許せねえよ。

 と、京平は信次の気持ちを汲み取り、寝ている亜美を見つめながら、眠りについた。


 ◇


「という訳で、まだ亜美も兄貴も寝てるんだ。寝かせてあげたいしね」

「深川先生が早退した事は聞いてましたが、まさかそんなに悪化するなんて……」

「兄貴、滅多に風邪引かないんだけど、引いたら引いたで毎回高熱出してるしね」

「京平さんも大変だなあ」


 午前10時、のばらと海里がやって来た。

 目的は勿論、勉強の為である。

 信次が昨日部屋に篭って勉強していたのは、今日の為でもあった。

 教える、という観点でみた場合、どのように伝えたら解りやすいか。

 それも含めて、勉強していたのだ。


「で、海里、ここの解き方は解ったかな?」

「うん。信次すげえや、前より解りやすいもん」

「流石信次くんですわ」


 前回、あまりにも海里が理解してくれず、のばらをも巻き込んだ修羅場と化したのだが、今回はそこまでにはならなそう。

 来月から信次は自分の勉強に集中するので、海里の勉強を見てやれるのも残り僅か。

 ただ、その僅かな期間で海里を伸ばしてやるつもりだった。


 勉強自体は、良い感じに進んだ。進んだのだが、その良い感じとは相反するけたたましい泣き声が部屋中に響き渡る。


「うわああああああああん、京平ーーー!!」


 びっくりしたのはのばらだった。

 のばらは、亜美の叫び声はおろか、泣き声さえも聞いた事はない。


「あ、亜美がまた兄貴の死んだ夢をみたのかな?」

「縁起でもない夢ですけど、毎回こんなに泣くのかしら?」

「うん。しかも兄貴寝てるしなあ。慰めに行くね」

「それが良いと思いますわ」


 信次は亜美の様子を見に、亜美達の部屋に入る。

 するとそこには、ほっこりとする場面があった。


「大丈夫、亜美が助けてくれたから生きてるよ。いつもありがとな、亜美」

「よがっだ。京平ちゃんど生きでる。うわあああああん」


 まだ熱があって怠さもあるだろうに、京平は亜美の泣き声に気付き、起きて、優しく亜美を抱きしめるのであった。


ーー昨日の亜美も、兄貴にもしもの事があったら、って怖がってたんだろうな。


 だからこそ真剣だったし、だからこそ亜美はやり遂げた。

 それだけ亜美は、京平に何かが起きる事を恐れている。泣いてしまう程に。

 そんな亜美に迷惑を掛けまくる京平だが、亜美に助けられた分、いつも亜美を守っている。慰めている。


 何だか羨ましいな、と微笑みながら、信次は亜美達の部屋のドアをそっと閉じるのであった。

京平「亜美、助けてくれてありがとな」

亜美「京平が無事で良かった」

信次「もう薬を飲み忘れちゃダメだよ」

作者「内科医なのに薬なんか、なんて言ってたしな」

京平「しばらくは安静にしなきゃな」

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