常識のない内科医
「時任さん、深川くん。そろそろ起きた方がいいわよ」
ん? 誰かの声が聞こえる。こんな時間、中庭に誰か居るなんて珍しいなあ。
でもアラーム掛けたから、ギリギリまで寝ちゃおう。
ふにゃあ京平温かいなあ。すやすや。
「はよ起きんかい!あほんだら!!!」
思わず私達は起きた。目の前には、麻生愛先生がノートパソコンを持って、鬼の形相で佇む。
「もう13時50分よ! 早くカウンセリングさせてよ」
「あれ、私、アラーム」
携帯を見ると、14時45分に設定されてる。やば、間違えてた。起こして貰えて良かった。
「時任さん、ドジったわね」
グサッ。た、確かにドジったんだけど、直接言われると切ないね。
「ラブラブしてた中、申し訳ないけど、深川くんはカウンセリングやるからね」
「ふぁーい」
京平は眠そうに返事をしている。結構寝たはずなんだけど、やっぱり心の調子が良くないのかな?
「時任さん、急いだ方が良くない?」
「はっ! じゃあ、京平をお願いします! 京平、恥ずかしいから、そろそろ下りて?」
京平ったら、麻生愛先生来てるのに、まだ私の膝で寝そべっていた。
「身体怠いから、まだ横になってたい。亜美の膝枕……」
「家帰ったら、いくらでもやるからね。ごめんね、仕事始まるから」
その様子を見ていた麻生愛先生は、ため息をつきながら呟く。
「いいわ、そのままで。看護師長に連絡しといてね」
「やったー」
「京平は恥じらいなさいよ」
私は京平に突っ込みつつ、看護師長に携帯で連絡する。終わり次第巡回にいくのよ、と言われた。
とてもじゃないけど、今の状況は看護師長に見せらんないけど。
「まず、カウンセリングをする前に話があって」
「な、なんでしょうか?」
「深川くん、何か隠してるでしょ?」
「何も隠してねーよ、ふぁあ、眠い」
京平が何か隠してる? 私は嫌な予感がして、京平のおでこに手を触れた。
熱い。普段の京平より、明らかに体温が高い。
そう言えば、冬なのに京平は温かったし、さっき怠い、って言ってた。と言う事は。
「京平、風邪引いてるでしょ?」
「朝は、ちょっと来てるなあ。くらいだったんだけど、悪化してんな。あはは」
「あははじゃないでしょ! 明らかに落ちてる原因それじゃない。人騒がせな」
全くだ。風邪引いてんなら、素直に休めば良かったのに。
せめて私にはこっそり教えてくれても良かったじゃん。おバカ。本当におバカ!!
「時短にして貰ってんのに、休める訳ないだろ」
「無理しない為に時短になってんの! 無理したら意味ないでしょ!」
「話が終わったなら午後から緊急外来なんで、失礼させて頂きます」
「いいから、てめえ帰れよ? 病原菌がタラタラ動いてんじゃねえよ?」
「相変わらず辛辣だな、愛さん」
本当だ。風邪引いてんなら、さっさと帰ればいいのに。大体、京平、起き上がれるのかな?
「はい、口開けて」
「えー」
「良いから開けろやごるあ!」
麻生愛先生は、強引に京平の口を開け、診断する。
「ふー、ただの風邪ね。風邪薬処方しとくから、今日はもう帰る事」
麻生愛先生は、パソコンをささっと入力して、風邪薬の処方を行い、処方箋を私に渡してくれた。
諦めの悪い京平は……。
「まだ働けますよ、ほら……」
と、身体に力を入れてるんだけど。
「う、立てない」
「京平、もう帰ろ。風邪は仕方ないよ」
「内科医が風邪なんて恥ずかしいだろ、バカ!」
「今の状況のが恥ずかしいわよ、深川くん」
間違いない。膝枕を人に見せるほど、恥ずかしいものはないだろう。
それを見せるのは良しで、風邪引いてるのは恥ずかしいとは、京平は良く解んないね。
「解ったよ、帰ればいいんだろ?」
「その通り。時任さん、薬の受け取りと、深川の肩支えてやってね」
「はい、そうしないと帰れないですもんね」
現時点で立てない京平に、薬の受け取りと1人での帰宅は確かに厳しい。
それだけは私もサポートしなくちゃ。
「今日は時任さんも帰るのよ。深川の看病してやって」
「え、いいんですか?」
「だって時任さん居ないと、素直に寝なそうだもの、深川くん」
確かに。なんやかんやで家事とかやりかねない。
病人はさっさと寝るしかないというのに。
「また看護師長に連絡しなきゃ!」
「亜美、すまんな」
「大丈夫。でも、今後は体調悪かったら素直に休むんだよ?」
「気をつける……」
看護師長に連絡すると、看護師長からは、バカ深川の看病頑張ってね。って言われた。
ほれみなさい。風邪引いてんのに出勤するのはバカなんだよ、京平。
ふう、でも原因がただの風邪で良かった。
今日、明日としっかり寝とけば治るだろうしね。
でも風邪引いてたのに、お弁当完食したんだよ? 無理したのかな?
私の為なら無理しちゃうからな、京平。
後で気持ち悪くならないといいけど。
「京平、お弁当全部食べてくれたけど、気持ち悪くない?」
「あの時はまだ風邪薬効いてたしな。今は切れてるけど」
「呆れた。風邪薬は治す効果ないの、1番知ってるわよね? 深川くん?」
ごもっとも。内科医だから、それを知ってるはずなのにね。
「じゃあ、私、薬取りに行くから、京平下りて?」
「暫くこのままがいい」
「風邪悪化しちゃうってば」
麻生愛先生は、はあーっと大きくため息をついて、携帯を鳴らす。
「もしもし鈴木くん? 深川くんが体調不良で移動と着替えが出来ないらしいから、運ぶの手伝ってくれる? 今中庭にいるわ」
「ちょ、愛さん、まさか……」
「どうする? このままだと鈴木くんにこの姿見られるわよ?」
鈴木先生は、変人の京平を慕ってくれている貴重な存在。
こんな姿を見せたら、いくら鈴木先生でもドン引き間違いなしだね。
京平もそれを感じたのか、渋々私の膝から下りて、草むらに横たわった。
「深川くん着替えさせたら、会計前に連れてくから宜しくね」
「はい、では行ってきます」
私は麻生愛先生に京平をお任せして、薬を受け取りに向かう。
薬を飲ませたらすぐに寝かせなきゃ。
信次という受験生もいるから、部屋から出さないようにして、ね。
信次にうつったら大変だ。
幸い病院が休みな事もあり、薬はすぐに出してくれた。
私が支払いを済ませると、麻生愛先生と鈴木先生に抱えられた京平がやってくる。
「深川先生、無理しすぎです。かなり怠そうですよ?」
「鈴木先生、こいつにはバカって言えばいいわよ。内科医の癖に風邪薬で誤魔化そうとしたの!」
「それはいただけませんね……常識が無さすぎます」
あ、京平結局ドン引きされてる。自業自得なんだけどね。
あれ? 京平、いつの間にかマスクつけてる。
「京平マスク持ってたの?」
「私が着けさせたの。風邪引いてるのにマスク着けないなんて、アホの極みすぎるでしょ。深川くんマジないわ」
京平が事務仕事しかしてなかったのは、不幸中の幸いだけど、石田内科部長と朱音にはうつってないかな?
席が離れてた事を祈るばかりだ。
「麻生愛先生、鈴木先生、有難う御座いました。後は私が家まで連れて帰ります」
「時任さんも気をつけてね。深川くん、お大事に」
私は京平の腕を肩で担いで、家に向かう。
元々京平は、滅多に風邪を引かないのだけど、引いてしまうと平熱が高い分、高熱になりやすい。
最後に風邪を引いたの、9年前だったしね。
呼吸も荒くなって来てるし、早く寝かせてあげなきゃ。
「はぁはぁ。すまないな、亜美」
「風邪引いた時はお互い様だよ。帰ったら薬飲んで、すぐに寝るんだよ」
「亜美と一緒に寝たいな?」
「いいよ。でもマスクは外さないでね」
そう言えば私、キスしちゃったんだよな?しかも深いキス。
風邪、うつらないといいけど。
いいや、うつったら京平に看病させよっと。
「京平も意地悪だよね。風邪引いてるのにキスしてって言おうとしてたでしょ?」
「誤解だ。寧ろキスしないでって言おうとしたら……」
「舌絡めた癖に」
「来られたら抑え切れなくて」
「なんて、ね。私がしたかったから、気にしないでね」
そんな事を話しながら、私達は家に着いた。
私は部屋まで京平を運んで、布団に寝かせる。
「水持ってくるから、ちょっと待っててね」
そう言ったのに、京平は私の服を掴む。
「傍に居て」
「薬飲んだ方がいいよ?」
「薬なんかより、亜美が見えなくなるのが嫌だ」
「解った。傍に居るね」
内科医が薬なんか、だって。
どんだけ私と一緒に居たいんだろう?
でも本当は私、京平が風邪引いてるって解っても、キスしたと思うんだ。
京平を安心させることの方が、私にとって大事だったから。
京平と触れ合うことの方が、私にとって大事だったから。
作者「うちの京平、常識ないよなあ。ほんますんません」
亜美「内科医以前の問題よね。ぷんすか」
京平「行ける気がしたからよお」