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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
無理はしないでね
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番外編:10年前の運動会

「あ、亜美! 懐かしい写真が出て来たぞ」

「これ、私が小学生だった時の運動会の写真だね」

「兄貴全然変わってないじゃん」


 とある夜、京平が懐かしい写真を見つけてくれた。

 父親に送る用の写真を整理してたらしいんだけど、かなり古いのが混じってたみたい。


「あー、あの時は気持ちよかったなあ」


 それは、10年前の事だった。


 ◇


「今度の運動会、親子競争もあるんですね」

「はい、毎年やってますけど、亜美ちゃんちは親御さんが居ないからねえ」


 私の家は色々ありすぎて、保護者は血の繋がらないお兄ちゃんの京平が担っていた。

 それ自体には何の不満も無かったんだけど、京平はその親子競争に私が出れない事を気にしてたみたい。

 この日はその事を、保健室の先生に相談しに来てくれた。


「それ、俺が出ちゃダメですかね?」

「深川さん若いから有利すぎるでしょ」

「若いお父さん達も居ますし、俺ただの内科医ですよ?」

「まあとは言え、大丈夫だと思うし私から担当に伝えておくわね。そうよね、内科医ですもんね」

「有難うございます」


 京平の直談判が実り、私達は親子競争に出る事になった。

 私は内心嫌で仕方なかった。走りたくない。運動したくない。

 そもそも運動会自体が大嫌いだった。


「亜美、すんげえ嫌そうな顔してんな?」

「京平と親子競争に出れるのは嬉しいけど、私、足遅いもん。京平が恥ずかしい思いをするだけだよ?」

「そう言えば亜美、運動嫌いだもんな」

「嫌いじゃない、大嫌いなの!」


 とは言え、折角一緒に出てくれる京平に、恥ずかしい思いはさせたくない。

 鈍足な私でも、今から頑張れば豚足くらいにはなれるかも。

 でも、走りの練習ってどうすればいいんだろう?

 そうやって困った顔をしていると、京平は察してくれた。


「よし、今日から一緒に練習するぞ」

「いいの? ありがと京平!!」


 こうして、私達の特訓は始まった。

 この日は京平が休みで、私も半日で授業が終わったから、信次のお迎えの時間まで練習する事になった。


「亜美、歩幅が狭いから、もう少し大きくしてごらん」

「足短いもん、無理だよお」

「もうちょい広げられるから、広げなさい」


 まずは走り方の見直しから始まった。

 どうやら私は走る時の歩幅が狭いらしく、それを直すように言われたんだけど、それは私の足がただ単に短いだけ疑惑があるんだよなあ。

 でも京平は、もっと広げられるって言ってたし。


「じゃ、それを意識して走ってごらん、よーいスタート!」


 京平はストップウォッチを持って、ゴールで待ってくれている。

 親子競争で子供が走るのは100mだから、100mのタイムを測ることにした。

 少しでも京平の側に居たい私は、それが源になって、いつもより頑張れたんだよね。

 歩幅も意識しながら、少しでも早く京平の所へ行くぞ。

 よおし、ゴール!!


「お、ほら、ちょっと上がったぞ。19.6秒」

「やった、20秒切った!!」

「次は、それを意識しながらランニングだな」

「頑張るぞ!」


 京平は私に合わせて、早歩きしてくれた。

 うう、私の走りのスピードは、京平にとっては歩く速度なんだなあ。

 少しがっくりしながらも、言われた事を意識して走り続けた。


「亜美、大分良くなったじゃん」

「歩幅を広げる、の意味は解ってきたよ」

「じゃあ、次は足の回転をもっと早くしてみようか」

「回転?」

「ああ、足を前に出す速度な。そろそろ俺を走らせろよ?」


 グサッ。これでも精一杯走ってるのに!

 でも確かに、京平はちっとも走ってない。歩いてるだけ!

 ええと、足を前に出す速度を意識して、と。


「それを意識して、もっかいタイム測るぞ」


 ああ、また京平が私から離れていく。寂しい。

 すぐにでも京平の所にいかなきゃ。

 私は言われた事を、再度意識して走ってみた。


「お。また上がったぞ。19秒」

「すごい、もう1秒以上縮まった」

「もうそろそろ時間だな、明日からも頑張ろうな」

「うん!」


 それから運動会までの1週間、私達は練習を続けた。

 バトンパスの練習もしたっけなあ。

 わざわざバトン買って来てくれたもんね、京平。

 けど私は、結局最後まで京平を走らせる事は出来なかった。

 うう、これでも速くなったのに、まだまだ鈍足なんだな私。

 豚足になれなかった。悲しい。


「だから豚足ってなんだよ」

「鈍足よりは速そうじゃん」

「五十歩百歩だぞ、多分」


 ◇


 こうして、運動会当日を迎えた。

 

「ねえちゃん、きょーへー、がんばってね」

「ありがとね、信次。頑張るよ」

「てか亜美、クラスに居なくていいのか?」

「だって友達いないもん」

「ごめん、俺が悪かった」


 この日の京平は、朝から場所取りとお弁当作りをしてくれて、少し眠そうにしてたなあ。

 信次も応援に来てくれたし、練習の成果が出せたらいいな。

 

 私が出るのは徒競走と親子競争と組立体操。

 運動は大嫌いだけど、練習もしたし頑張るぞ!

 まずは徒競走だ。


「亜美ー、頑張れー!」


 京平がビデオカメラを回してくれてる。なんか照れるなあ。

 すると、クラスメイトの楠本さんが私に話しかけてきた。


「時任さん足遅いから、今日もドベだよね。親子競争もきっと笑い者だよね。私のパパ速いから、一周差くらいつくかもね」


 カッチーン。と、なったのは、私じゃなくて京平だった。

 走るとこから距離あるのに、耳良すぎでしょ?

 遠くから見ても、京平の怒りが伝わって来てるや。

 当の私はそりゃ鈍足だもんなあ、と言われた事を間に受けて、言い返す事も出来なかったけど。


「亜美負けんな、そんなやつぶっ潰せ!」


 うわ、口の悪いお兄ちゃんだこと。

 でも、京平の為にも負けらんないね。頑張るぞ。

 京平が無駄に燃えている最中、遂に私の走る順番になった。


「位置について、よーいドン!」


 あれ、いつもは走り始めからどんどん置いてかれるのに、今日は着いていけてるぞ。

 これなら、ドベじゃないかもしれない。

 私は京平に言われた事を意識して、軽快に走った。


 ふいー、ゴール。何着だったんだろ?


「時任さん速くなったね、5位だよ!」

「おっしゃ、ドベじゃなかった!」


 でも速くなったとは言え、私鈍足だよな? 私のような鈍足に負けたのは誰かな?

 って、6位の子をみたら、あ、さっき話しかけてきた楠本さんだ。

 なんだ、私と大差ないじゃん。大口叩いてた癖に。

 楠本さんは相当悔しかったのか、私を睨みつけて……。


「親子競争では負けないもん。うわああああん」


 楠本さんは泣き出してしまった。

 泣き出した楠本さんを見て、楠本さんのお父さんが出て来た。


「あずさ、よしよし。お父さんが仇を取るからな」

「お父さん元陸上部だもんね。絶対勝とうね」


 うわあ負けたくないんだけど、楠本さんのお父さん元陸上部なのか。速そう。

 京平はそこら辺どうなんだろ?


「ねえ、京平は若い時何部だった?」

「ん、帰宅部」


 部活すらやってねー。終わったわこれ。


 私が絶望感を味わっていると、ちょうどお昼の時間になった。

 待ちに待ったお弁当の時間だ。

 お弁当は何かなあってワクワクしてたら、楠本さんのお父さんが京平に宣戦布告をしてくる。

 ちょ、貴重なお昼を邪魔しないでよ。

 

「深川さん、よくもうちのあずさに暴言を吐いてくれましたね。親子競争ではギタギタにしてあげますね」

「先に暴言吐いたのは、おたくのお子さんでしょ? 俺はただの内科医なんで、お手柔らかに」


 うわー、ただの内科医が元陸上部に勝てる訳ないじゃん。

 しかも、あそこまで言われて、なんで京平冷静なの?!

 しょうがない、亜美ちゃんがスーパーグレイトな走りをして、差をつけるしかないね。

 さっきは勝てたんだし、もっと頑張れば差はつけられるはず!


 そんな事を考えながら、京平が作ってくれたお弁当をもしゃもしゃ食べてた。

 お弁当は、おにぎりと卵焼きと唐揚げとプチトマトとピーマンの炒めたやつ。

 それを大きなお弁当箱に詰め込んでくれて、お皿に取り合って食べていた。

 ああ、特に唐揚げが美味しい。最高。


「京平、お弁当ありがとね。すごく美味しいよ」

「どういたしまして。でも亜美、気をつけろよ。あのクソガキ、亜美に何か仕掛けてくるかもしれないぞ」

「そこまでしないでしょ」

「亜美は人を疑う事を知らないな」


 京平は心配性だなあ。実力はほぼ拮抗してるんだから、そんな事して勝っても嬉しくないはずだよ。

 という訳で頑張る為にも、唐揚げもっと食べちゃおー。


「ねえちゃん、それぼくのからあげー」

「あ、ごめん信次……」


 しまった。間違えて信次の分食べちゃった。

 どうしよう……。もう私のお皿に唐揚げ残ってないや。


「そうなるだろうと思って、おかわりも揚げてきたぞ。なんと、梅味と抹茶味」


 唐揚げの梅味と抹茶味。

 何とも京平らしいというか、変わった唐揚げをよく思いついたなあ。

 でも、変わってるんだけど美味しい。流石京平。

 

「あ、ぼく、うめあじすき」

「じゃあ、信次に私の梅味一個あげるね」

「ありがと、ねえちゃん」

「亜美も沢山食べろよ、俺の分やるから」

「ありがと、京平!!」


 こうして変わり種の唐揚げ達も、綺麗に食べ尽くした。いやあ、美味しかった。


 そしていよいよ、私達の親子競争の時間になった。

 周りは京平を見て、あのイケメン誰のお父さんなの? って話題にしている。

 私のお兄ちゃんだぞ、って心の中で胸を張った。

 

「なんかさっきから、俺にやたら視線が集まってるんだけど、俺の顔何もついてないよな?」

「京平が最高なだけだよ、大丈夫!」

「意味解んないぞ」


 本当京平は鈍感かつ天然なんだから。

 京平がイケメンだから、みんな京平に熱い視線を送ってるのになあ。


「うう、緊張してきた」

「練習で教えた事を守れば大丈夫さ」

「うん、すぐ京平の所へ行くからね」

「待ってるぞ」


 親子競争は、子供が100mで親が200m走る競技で、親子競争とは言ってるものの、もはや父子競争と言っても良かった。

 私の家はお兄ちゃんだけど。


 ただ、この時期は9月とはいえ真夏日。

 好き好んで親子競争に出る家族は、運動神経抜群なお父さんがいる家庭だけだった。

 私の家は元帰宅部のお兄ちゃんが走るけど。


 そんな訳で、6組の親子が走る事になった。


「少なくとも時任さんには負けないから!」

「わ、私も、が、頑張るもん!」


 楠本さんは相変わらず、私に敵対心を抱いてくる。

 私が頑張らなきゃ、京平に恥ずかしい思いをさせてしまう。

 私の為に直談判までしてくれて、一緒に走って? いや、早歩きしてくれたんだもん。

 それだけは絶対に避けなきゃ。


「位置について、よーいドン!」


 よし、京平の言ってた事は実践出来るようになってるぞ。徒競走の時より調子が良い。

 走るのって、気持ち良いものだったんだ。

 よし、もうすぐ半分。スパート駆けるぞ。


 と、思った瞬間、楠本さんが私の足を踏んづけて来た。


「あう、痛……」

「お先にしつれーい」


 私はその拍子に、転んでしまった。

 やばい、怪我したや。逃げ出したいし、泣きたいよ。

 京平、ごめんね。私、ダメだったよ。

 京平は忠告してくれてたのに、まんまと妨害されて抜かされたよ。

 京平が恥ずかしくならないように、今からでも辞退した方が良いかもしれない。


 そう思った時、京平の声が聞こえてきた。


「亜美、頑張れ!!」


 そうだ、京平までバトンを回さなきゃ。

 私は立ち上がって、また走り始める。

 もうドベ確定だろうけど、練習してきたんだもん。

 私は涙を堪えて、京平にバトンを回した。バトンパスは上手くいった。


「京平、ごめんね……」

「よく頑張った亜美。後は任せな」


 いつの間にか髪を縛った京平が笑ったと同時に、世界が変わった。


 バトンを受け取った京平は、グングン速さを増していき、ガンガンお父さん達を抜いていく。

 まるで稲妻みたいな疾走で。

 当の京平本人はとても楽しそうだ。


「嘘……京平、速!!!」

「なんなの?! 時任さんのお兄さん!」


 その速さで、遂に先頭を行く楠本さんのお父さんを捉えた。


「お先にしつれーい」


 京平がニヤリと笑って楠本さんのお父さんをブチ抜いたかと思えば、あっという間に京平はゴールテープを切った。

 その差、2位と60m差をつけて。圧巻の走りっぷりだ。

 何と、私が転けたのを一気に巻き返して、私達は1位になった。

 

「嘘だろ、ただの内科医だろ?!」

「一言も俺、足遅いなんて言ってないですよ」

「時任さんに負けただなんて……」


 私のお兄ちゃん速いでしょ。ふっふん!

 私が良い気分になっていると、京平が楠本さんに……。


「後、そこのクソガキ。亜美に暴言吐いただけじゃなく、亜美の足踏んだだろ! 俺がとっちめてやる!」

「はーい、京平落ち着いて! 楠本さんはとっちめる価値もないよ」


 あちゃあ、やっぱり京平ブチ切れてたかあ。

 今までは親子競争の為に我慢してただけだったんだね。

 でも、私の為に怒ってくれる京平がやっぱり好きだなあ、なんて。

 決して褒められた事じゃないのだけど。


 そして、京平にブチ切れられた楠本さんが泣き出したのは言うまでもなかった。

 大人気(おとなげ)ないお兄ちゃんでごめんね。


 あ、怪我した所が、また痛み出したや。痛い。

 すごく痛くて、私も京平にしがみついて泣いてしまった。


「うわああああああん」

「亜美!! 転けた時に怪我したのか。すぐ手当てするからな」

「うわあああああん」

「よしよし、よく頑張ったな。亜美のお陰で勝てたぞ」


 京平は私を抱きしめて、ポンポンしてくれた。

 その優しさで、私の気持ちもゆっくり落ち着いてくる。

 今もなんだけど、昔から京平には助けられてるね、私。


 結局私は怪我をしたので、組立体操は見学になった。

 でも私ペア居なくて、すきにやってなって言われてていつも笑われてたから、見学で良かったかも。


 これで話が終わると思いきや、保健室の先生が京平に詰め寄って来た。


「ふーかーわーさーん? 足速いじゃないですか!」

「一言も遅いなんて言ってないですよ、俺」

「騙されたわ。来年からハンデつけますからね!」

「いいですよ、それでも勝ちますから」


 勝ち誇って笑う京平の顔に、なんか私も笑っちゃったな。

 

「あ、折角なんで写真撮りますね」

「お、亜美と信次おいで」

「うわ、急に背後から腕回さないでよ!」

「きょーへー、くるしい」

「はいチーズ!!」


 ◇


「いやあ、クソガキのあの悔しそうな顔。走っててマジ気持ちよかったわあ」

「僕が6年生になった時は、ハンデ100mになってたもんね。勝ったけど」

「亜美と信次に、恥ずかしい思いはさせたくなかったからな」


 後で聞いた話だけど、親子競争で勝つ為に、私達が寝静まった後、夜な夜な走り込みをしてたらしい。

 その練習の成果がすぐに出ちゃうとこが、深川京平が天才たる所以だよなあ。

 中学生の時に50mは5.8秒だったみたいで、元々足は速いのに練習しちゃうのが京平の良い所だよね。


「あの時の京平、格好良かったよ」

「ありがとな、亜美に言われると何か照れるな」


 今は彼女と彼氏って形になったけど、これからも私を助けてね。

 私も京平を助けられるよう頑張るからね。

作者「因みに京平の足が速いのは、双極性障害の影響で鬱状態が出て眠れなくて、5歳の頃から毎晩走ってたからです。養護施設時代は訳を話して、職員の方に見守られながら走ってたみたい。無理くり自分を疲れさせて寝てたのだよ」

信次「そりゃ速くなるよね」

作者「普通に陸上部からスカウトも来たけど、京平は小さい頃から医者になりたくて勉強してたから、毎回断ってたみたい」

亜美「いつか本編でも触れるかもです」


京平「いやあ、あの時は気持ちよかったわあ」


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