涙が止まらないや
一体麻生愛先生は、どんな用事で私に話しかけて来たんだろ?
「診察後ならこっちかな? って思ったんだけど、ビンゴだったね」
「と、私に何のようですか?」
「時任さんに、深川くんの事でお願いがあってね」
京平の事で? そして診察中じゃなくて、何で今なんだろう?
「深川くん、持ってる物は持ってんのにあれでしょ」
「自分に自信がない!」
「そうそれ。それもあるから、深川くんは鬱症状になりやすいのよね」
そう、あんなに優しいのに、あんなに天才なのに、お金だって稼いでるのに、名声もあるのに、しかもイケメンなのに、京平は自分に自信がない。
この前の診察でも、勤務時間が減るってだけで落ち込んでいたし。
自信があれば、仕方ないよなで済む話なのだ。
「で、少しでも自信付けて欲しいから、深川くんを褒めて欲しいの。何かあればすぐにね」
「それならいつでもできます! 京平は素敵な人だから」
「安心した。お願いね」
「それと、ちょっと気になる事が……」
「ん、何?」
これは麻生愛先生の診察を受けてから気になってたんだけど、いま京平居ないから聞いてみよう。
「麻生愛先生と京平って、どんな関係なんですか? もしかして昔付き合ってた、とか?」
すると麻生愛先生は、めちゃくちゃ笑い出した。大爆笑と言っていいだろう。
え、私そんなに変なこと言ったかなあ?
「違う違う、大学の同級生でただの友達。大体私、風ちゃんと結婚してるし、付き合える訳ないでしょ。ああ、久々に笑ったわ」
「ふ、風ちゃん?」
「麻生風太郎先生ね」
ああ、そう言えば苗字が一緒だ。確かに仮に京平と付き合っていたら、その友達と付き合うなんて気まずすぎて出来ないもんね。
「ちょっと心配してたでしょ?」
「はい、正直、ちょっと」
「それも含めて笑えるわ」
笑っちゃうくらいあり得ない事だったんだなあ。
実はちょっと嫉妬してたんだけど、その必要は無かったみたいだね。
「あ、私が褒めてって言ったことは、深川くんには内緒ね」
「解りました。有難うございました」
「さーて、風ちゃんとランチしてこよ」
そう言って麻生愛先生は、休憩室を後にした。
本当はダメなんだけど、外で休憩を取る先生達も少なくないんだよね。
麻生先生、今日遅番なのにもう起きてるんだなあ。
「僕も兄貴の事、褒めてあげなきゃ。悲し過ぎるよ、あんなに色々持ってるのに自信がないだなんて。自慢の兄貴なのに」
「うん、すごい悲しいよね」
私達にとって、京平は無くてはならない人。
私達を助けてくれて、叱ってくれて、守ってくれる人。
だから、悲しいよね。自分なんて、とか思って欲しくないよね。
「双極性障害は治らないかもだけど、少しでも多く笑ってて欲しいな。兄貴には」
「私達を幸せにしてくれたもんね」
京平が居なかったら、私達はどうなっていた事か。
京平が家族になってくれたから、こうして今、幸せなんだもん。
私はまた泣いてしまった。京平、本当にありがとね。一緒に居てくれて。
「あああ、亜美泣かないの」
「ごめん、京平の事考えたら、泣かずには居られなくて」
中々泣き止められなくて、もう顔はぐちゃぐちゃだ。
泣く事じゃないのは解ってるんだけど、想いが高鳴ってしまってなんかダメだ。
そんな時、慌てて私の所に誰かがやってきた。
「亜美、大丈夫か? さっきも泣いてただろ。何があったんだ?」
「あ、兄貴。兄貴を思って亜美は泣いたんだよ」
「そうなのか、ごめんな。亜美」
京平は私の頭をポンポンする。
人目もあるというのに、いつも私の事を優先してくれてるよね。ありがとね。
京平のそんな優しさが嬉しくて、私はもっと泣いてしまう。
困らせちゃうだけなのにな。
「最近は亜美を心配させてばっかりだったもんな」
「京平は最高なんだから。えぐえぐ」
「いつもありがとな、亜美」
「それは私の台詞だもん。うわーん」
どうしてこんな時でも、京平は優しいんだろう。
人前で泣いちゃうという大人気ない事してるのに、ありがとうだなんて。
ダメだ、全然涙止まんないや。全部京平のせいだよ。
「亜美、落ち着いて。そろそろお弁当食べようよ」
「あ、そうだ。お弁当」
「今日俺のは亜美が作ってくれたもんな、ありがとな」
「上手に出来てるといいけど」
まだ涙は出るけど、そう言えばお腹空いたなあ。
京平のお弁当食べて、気持ちを落ち着かせよう。
と、私のお弁当、京平気に入ってくれたらいいな。
そんな風に話していたら……。
「亜美、どうしたんだ? 泣いてんじゃん」
「あ、蓮。そか、今日休みだったんだね」
私服姿の蓮が、心配そうに私を見つめてくる。
「亜美にお弁当箱渡す為に来たぜ。大丈夫か?」
「うん、気持ちが落ち着かなくてまだ涙でるけど、大丈夫だよ。京平もいるし」
「そっか。亜美は優しいな。じゃあ、弁当箱な。明日楽しみにしてるな」
「ありがとね。美味しいの作るんだから!」
「あんま無理すんなよ」
蓮はそう言って、わたしの頭をポンっとして、休憩室を後にした。
あ、また京平がムスっとし始めたよ。嫉妬しないでよ。もー!
「兄貴、冷静になりなよ。今の亜美の彼氏は兄貴でしょ?」
「亜美は隙が多過ぎるんだ」
「蓮は深い意味なくやってるだけだから、気にしなくて大丈夫だってば」
その瞬間、京平が私を真摯な眼差しで見つめてくる。
「ごめん、亜美。俺、すぐ不安になっちまうよ」
「私の愛してるは、京平しかいないから心配しないで」
「はいはいバカップル。お弁当たべようね?」
「「あ」」
そうだ。お弁当! 今日は何かな? 楽しみ。
と、京平の反応が気になる。気になる。
「お、亜美の弁当可愛いな。テンション上がったわ」
「あ、ありがとね。美味しいといいんだけど」
私の作ったのは、炒飯とハート人参のサラダと肉巻きポテトとプチトマト。
見た目は良かったみたいだから、後は味だね。
「ああ、亜美が俺の為に弁当作ってくれた事が、嬉しすぎて涙出るわ」
「ちょ、これから仕事の時は毎回作るから」
「毎回泣く説あるわ。これ」
「感動しすぎでしょ、兄貴」
私も私で涙は止まってなかったから、2人して泣いてるや。何やってんだ私達。
しかも、お互い有難うの気持ちで泣いてるからね。
「じゃあ、感謝しまくっていただきます」
「私もいただきます」
「僕はもうちょっと待ってよ」
信次ったら、のばら待ってんな? 本当最近仲良いなあ。
まあ、それは置いといて、お弁当食べよ。
んー、相変わらず美味しい。幸せ。
「やべ、亜美の弁当美味しい。亜美の料理スキル、思ったより上がってるな。ありがと」
「美味しかったなら良かったあ。京平のも凄く美味しかったよ! ありがとね」
「明日も楽しみにしてるな」
喜んでくれて良かった。明日も頑張るぞ!
唐揚げとかミートボールとかも作りたいし、練習もしていかなきゃ。
あ、誰かが駆け足でやってくる。
「やっと休憩ですわ。遅くなりましたわ」
「あ、のばらおつかれ! 採血混み合ってたもんね」
「のばらさんおつかれ。ほら、早く座って」
「有難う御座いますわ。ちょっと疲れましたわ」
のばらが疲れるなんて、緊急外来以来だなあ。
採血、混み合うと引っ切り無しだから、確かに疲れるんだよね。
あれ、気づいたら、のばら寝てるや。
しかも、信次に寄り添って。
「のばらさん、僕なんかでいいのかな。でも起こしちゃっても可哀想だし……」
「甘えさせてあげて。のばら、相当疲れてるんだよ」
「ちょっと無理しちゃったのかな。おやすみ、のばらさん」
あれ、信次がすごく優しい目をしてる。
そんなにのばらが心配なのかなあ?
「俺も午後は診察詰めてるし、寝よっかな。亜美も心パンパンだろ? 寝とけよ」
「誰がパンパンにしたと思ってんのよ。まあ、確かに眠いけど」
おかしな私達だね。お互いにポンポンし合ってる。
そうしたら、すごく落ち着いて来て、もう今にも寝ちゃいそう。
「おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
私達はお互いの手を、お互いの肩に乗せて、そのまま寝てしまった。
「え、皆寝ちゃったよ?! しょうがない、後で僕が皆を起こすか」
亜美「すやすや」
京平「すやすや」
のばら「すやすや」
信次「みんな寝ちゃったよ。泣いたり寝たり、忙しい人達だなあ、もう」
作者「感情豊かで良いじゃないか」
信次「僕は僕で、心臓がまろびでそうなくらいドキドキなのに!」