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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
恋愛バトル
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家族になった日

 決意を新たにした私は、早速意識して貰えるように、メイクをちょっと濃いめにして帰宅したのだけど……。


「ん、亜美。どっか出かけるのか?」

「このまま家に帰りますけど?」

「じゃあ何故メイク濃くしてんの?」

「い、意味はありますけど……なくなりました」


 相変わらずの深川先生の鈍感ぶりと、私の勇み足でやっぱり妹扱いは変わらないのであった。


「大丈夫か? 昼間トイレで泣いてたんだろ。やっぱり体調良くなかったんじゃないか?」

「え、何で……気づいていたんですか?」

「昼間受け止めてくれた時、ちょい涙の匂いしたからさ」


 こうやって、本当にダメな時、何かあった時には気づいてくれる。こんなの、愛さない方がおかしいよ。

 私の心の乱れが原因で、深川先生に心配を掛けてしまったなあ……。


「ちょっとお腹痛かったんです。生理近いのかもしれないです」

「生理周期がズレてないか? あまりに酷かったら産婦人科に行くんだぞ」

「了解です」


 恋愛感情に鈍感な深川先生へは、本当の理由は言えないから、嘘をついた。ちょっと不思議そうな顔をしていたから、嘘には気づいているかもだけど……。


「家に着いたら無理せず早めに寝るんだぞ」

「有難うございます」


 そんな事を話しながら、私達の家に辿り着いた。


「「ただいまー」」

「あ、2人ともおかえりー。いまご飯出来たよ。手洗っといで」


 信次は、既にご飯を作り終えていた。これで学校の宿題とかもこなしているから、姉としてはその完璧ぶりにちょっと嫉妬してしまう。

 私たちは洗面台で手洗いうがいをし、食卓についた。


「亜美、ご飯は食べれるか?」

「ん? 亜美体調崩してるの?」

「うん、大丈夫だよ。生理前の軽い腹痛だけだから」

「後で薬もってくるね」


 深川先生を誤魔化す為の嘘に、信次も混ぜてしまった。仕方ないといえ、ものすごく申し訳ない。因みに体調は至って健康そのものだ。


「って、亜美、メイクいつもより濃くない? いつもならかなりハゲてるのに」

「なんか直したみたいなんだ。俺も謎で聴いたんだけど意味はないらしいぞ」


 深川先生の為だぞ! って言いたいのを堪えながらふと信次の顔をみると、かなり呆れた顔をしていらっしゃった。

 あ、私の深川先生へのアプローチだって事には気づいたけど、それはねえよ亜美って顔だ、これ。

 女らしさってなんなんだ。深川先生が意識してくれるには何をしたらいいんだ。ああ、解らない。


「そう言えばメイク落とし切れかかってから詰め替えたよ。なんかプルプル卵肌ってやつにした」

「お、肌が今よりプルプルになるかな?」

「可愛くなるといいな、亜美」


 そう、深川先生の為に。って、言いたいのを堪えた。

 でも、信次の言ってたプルプル卵肌のメイク落としは、CMで見て気になってたかかなり嬉しい。

 少しは女らしくなれるといいな。


「やっと笑ったな、亜美。良かった」

「え、今日はちょっと泣いたけど、基本笑ってますよ」


 たまにこう言う事を深川先生は言う。表面上は笑顔を作ってはいたのに、見抜いてくる。

 朝から色々あったから、殆ど笑えてなかったから。

 あ、深川先生のニヤリとした笑顔の時はどんな顔だったんだろ、私。笑えてなかったのかな?ニヤけてた自信はあるんだけどなあ。


「え、亜美、泣いたの? 誰に泣かされたんだよ。そいつとっちめる」

「違うの、生理前の腹痛が辛すぎて泣いただけだよ。看護師は激務なの!」

「本当に? 無理したら許さないからね」


 無理はしてない、けど、嘘はバリバリ付いてるんだよなあ。ごめん、信次。

 信次は優しい子だから、こういうのでいつも心配させてしまう。申し訳ない事をしてしまった。


「有難うね、信次」

「ん、当たり前でしょ。家族なんだから」


 そうだね。家族だもんね。深川先生の私に対する妹扱いには泣かされてもいるけど、家族としてみたら大切にはされているから、感謝もしてる。

 私達がこうやって笑い合えているのも、深川先生のおかげだから。


「思えば俺たちが家族になって、もう結構経つな。あの時はどうなることかと思ったけど」

「はい、あの時助けてくれたから、今がありますもんね」


 ◇


 時は遡る事11年前、私は体調不良で、父親に五十嵐病院へと連れて行かれた。

 急に痩せてしまったり、水を必要以上にガブガブ飲んだりしていたからだ。

 後で解った事だが、その時の私は1型糖尿病という病気でそうなっていたらしい。この病気は、一生涯治る事はない病気。

 今もインスリンポンプを付けており、食事前には血糖測定、インスリン注入を行っている。

 その時の主治医が、我らが深川先生だったのだ。当時から小児科担当医が少なかった五十嵐病院では、糖尿病に関しては子供でも内分泌代謝科に掛かることになっていた。

 しかも深川先生、私が病院のトイレで何度も水をガブガブ飲んでいたのを当時の看護師さんから聞いて、小児科を通さず自分の所に連れてくるよう指示したからすごいよね。

 検査の結果、血糖値は630もあり、かなりの高血糖だったので、深川先生の診療後入院が決まった。


「亜美、今日から五十嵐病院で入院だからね」


 当時10歳だった私は、父親から言われた入院という言葉を理解出来ずにいて、首を傾げた。


「入院というのは、病院でお泊まり会をすることだよ」

「ああ、深川先生。娘を宜しくお願いします」


 実際にはかなり違うのだが、多分深川先生は私を安心させたかったんだと思う。実際、どうなるのか怖くて怯えていたから。


「宜しくね、亜美ちゃん」

「深川先生、よろしくおねがいします」

「はは、俺のことは京平でいいよ」

「うん、京平」


 これも深川先生が変人と呼ばれる所以ではあるが、当時から子供の患者様には自分の下の名前を呼ぶように名乗っていた。

 後で聴いた話だと、「堅苦しいことを子供にさせたくない」という深川流のお子様対策と優しさで、実のところこれはかなり好評であった。


 それから私は入院となった。当時インスリンは注射だったから、注射が怖くて泣いた事もあったけど、その度に深川先生が「痛くないよ」って慰めてくれて、でもたまに痛くて睨みつけてみたり。

 そう言えば私への注射、深川先生がやってくれてたなあ。自分で注射できるようになるまでは。


 入院して3日目で、信次と父親がお見舞いにきてくれた。母親は仕事らしい。


「ねえちゃん大丈夫?」

「うん、京平がいるから大丈夫」

「そ、俺が京平だぞ。宜しくな、信次くん」

「ぼく信次。よろしくねきょーへー」


 弟の信次にも深川流を貫く深川先生だった。


「先生、娘の状態は大丈夫なんでしょうか?」

「はい、早くも自己注射の指導に入りましたので、値が落ち着けば、一週間と少しで退院できますよ」

「良かった。私も仕事であまり伺う事は出来ないのですが、宜しくお願いします」


 父親も多忙なことがあり、お見舞いはこの一度きりだった。

 流石に当時5歳の信次だけじゃ、お見舞いにいけないしね。

 母親も働いていたので、お見舞いに来てくれなかったのは辛かったけど、深川先生がいたから寂しくなかったなあ。

 注射が嫌で拒んだ時、一生注射を打たなきゃ死んじゃうよって言われた時はさすがに泣いたけど。


 こうして自己注射が出来るようになった事と、血糖値も無事安定してきたので、退院が決まった。およそ2週間入院していたかな?

 


「京平、ありがとね」

「じゃあ、また来月ね。注射サボんなよ」

「わかったー!」

「深川先生、有難う御座いました」


 父親が深川先生にお辞儀する。思えば、その来月という約束が守られることはなかった。正確には早まった。


 私が退院して一週間後、母親……あの女の浮気が発覚した。正確には机の上に離婚届が置かれ、あの女は浮気相手と夜逃げした。

 お見舞いに来なかったのも実際は浮気相手と遊んでいたのだろう。

 ここらへんの大人の事情は当時は解らなかったけど、あの女が私達を捨てたことだけは解っていた。

 夜逃げに気づいたのは私で、あの女が居なくなった事に気付いた私は夜中に父親と信次を起こして、事態を把握したのだった。


「ねえちゃん、僕たちどうなるの……」

「大丈夫だよ信次……」


 と、信次に告げた直後だった。

 信次の背中から、鉄のような物質がにょきにょき飛び出してきた。

 その物質は次第に大きくなり、やがて翼の形になっていく。呼吸も次第に荒くなっていき、目も虚ろだ。


「ねえちゃん。重いよお」

「信次、どうしたの?!」


 私は信次に慌てて近づくも、翼が邪魔をして信次を抱きしめる事すら出来なかった。

 それでもお姉ちゃんだから、と、抱きしめて安心させようとしたのだけど、ザクってした音が聞こえたかと思うと、私の服が切れているのが解った。これは危ない。子供ながらにそう感じた。


「おとうさん呼んでくるね!」


 しかし、事件はもう一つ起きてしまった。

 あの女に裏切られた父親の精神は限界を超えてしまい、父親はリビングに倒れてしまったのだ。


「おとうさん!!」


 頼れる人が誰もいなくなってしまった。と、その時、1人の人間が頭を掠めた。


ーー京平なら、何とかしてくれるかもしれない。


 本来なら救急車を呼ぶべきところだったのだけど、幼い私はそんな事を考えもせず、一目散に五十嵐病院へと足を運んだ。


 時間は深夜、緊急外来も知らない私はいつもの病院の入り口で助けを呼び続ける。しかも、その日は雨も降っていた。段々と身体は冷え、手も(かじか)んでくる。それでも叫び続けた。

 当然、診療時間外の病院には誰もいない。正確には、いないと思ってた。


「え、亜美ちゃん?! どうしたの?」


 傘を私に差し出しながら、深川先生が話しかけてきた。走ってきたのか、かなり息がきれている。


「京平!! たすけて……おとうさんと信次が……」

「……すぐいく。亜美ちゃんは、こっちきて」


 深川先生は私の手を引っ張って、緊急外来の建物まで連れてきてくれた。

 医療道具らしきものを幾つか鞄に詰め込んで、窓口の人に、


「深川中抜けします。すぐ戻ります」


 そういってもう一度私の手を引っ張り、私の案内で私の家に向かっていく。

 行く最中に、受付のお姉さんが「急に困りますよ」と言っていた気がするから、深川先生かなりギリギリな事をしてくれたんだと思う。


 それからは早かった。深川先生は家に着くなり、信次の元へと向かった。


「これは鋼鉄の翼か……亜美ちゃん、信次くんはいつからこんな状態に?」

「じつはおかあさん……あのおんながよにげして、それから信次、不安定になっちゃって、それからかたいはねが生えて……」


 私がそういうと、流石の深川先生も絶句していたなあ。嫌なこと重なりすぎ家族! って感じだもんなあ。

 深川先生は信次に何かを飲ませると、信次をじっ、と見つめた。


「検査しないと薬の処方はできないから……信次くん、ちょっとチクっとするよ」


 深川先生はそういうと、信次の腕に注射を刺す。すると信次の息遣いが落ち着いてきて、信次は眠り始めた。それと同時に翼も少しずつ小さくなり、やがて無くなった。


「次はお父さんだな、案内してくれる?」

「うん!」


 次は父親だ。父親は失神しているのと、精神的負荷による筋肉の硬直がかなり酷いとの事だった。


「奥さんの夜逃げによる精神的ショックか。鬱か双極性障害が加速してるな。精神科にも連絡を入れてから入院だな」


 状況把握が終わった後、深川先生は救急車を呼んで父親を五十嵐病院に運ぶように指示した。

 その後、精神科にも申し送りをする。

 来た救急車の人は、五十嵐病院の医師であるはずの深川先生が我が家にいるのをみて若干驚いていたけど、冷静に対処してくださった。

 眠った信次は、深川先生が病院まで抱えて病院まで運んでいった。私も深川先生に連れていかれる。正確には連れてって、って頼んだのだけど。


「深川戻りました。すぐ緊急患者の対応をします」

「ああ深川先生! 戻ってきてくれて良かったあ。って、緊急患者?!」

「ここにいる患者様達は、麻生先生もいるから大丈夫だよね? 俺はこの子を対応するから」

「解りました。麻生先生にも伝えます」


 深川先生はそういうと、信次を抱えたまま、診察室へと連れて行く。

 私は、というと、受付の人の指示で、待合室で待たされることになった。

 そうして待っていると、救急車で運ばれた父親が病院に到着した。私たちのが早く病院に着いていたんだなあ。


「おとうさん!!」


 父親はまだ失神しており、そのまま入院となるようだった。が、しかし、私達しか家族がいないのでお金とか入院の準備とかを説明出来る人がいない。受付の人も困っているようだ。


 すると、診察室から深川先生が出てきた。


「深川先生、あの子のお父さん入院になるんですけど、他にご家族の方はいらっしゃらないんですか?」

「実は奥さんが夜逃げしちゃったとかなんとかで……入院準備はうちで何とかするとして、お金の件はお父さんが目覚めてきてからお話しましょう」


 話している内容はよく解らなかったけれど、父親の事だろう。そう言えば信次はどうなったのだろう。私は深川先生に聴いてみた。


「京平、信次は?」

「ああ、いま検査中だよ。血液検査が主かな」

「信次、いたくない? 大丈夫?」

「まだ眠ってるから痛くないよ、大丈夫」


 この「大丈夫」に、当時は何度も救われてきたなあ。深川先生に大丈夫って言われたら、本当に大丈夫な気がして。


「亜美ちゃん、もう無理しなくていいからね。夜も遅いし」

「やだ、信次もおとうさんも心配だもん……」

「そっか、じゃあここで待ってられる?」

「うん、まってる」

「じゃあ、まずは信次くんだな。必ず助けるから」


 深川先生は私の頭を撫でると、受付のお姉さんに一言残して、また診察室へと向かった。

 当時の私は待つ事しか出来なかったから、待つ事を選んだのだけど、不安は募るばかり。

 早く2人の笑顔が見たかったんだ。でも、待てども待てども、信次も深川先生も来なくって。


 そんな私が、信次と父親の顔を見れたのは、翌朝の事だった。


「ねえちゃん、ねえちゃん!」

「昨日遅くまで起きてたからね。寝かしといてあげよっか」

「だめだよ、ねえちゃん中々おきないもん」

「え?! そう言う事なの?!」


 信次と深川先生の声が聞こえる。そっか、信次、大丈夫だったんだ。って、信次!!!


「むにゃ、信次、大丈夫?」

「うそ、ねえちゃんが5分でおきた? さいたんきろくだ……」

「そうなの?! 普段どんだけ……」


 私は入院患者用のベッドに運ばれたらしく、寝ていたようだ。

 深川先生がドン引きしてる中、私は信次を抱きしめた。良かった、良かった、信次。起きてる今も、翼生えてないし元気そう。


「ねえちゃん、くるしいよ」

「京平、ありがとう。信次をたすけてくれて」

「おう、だけどそろそろ信次くんを離してあげような、苦しそうだ」


 と言われて、慌てて信次を離すと、深川先生が続けた。


「信次くんは“異能”と呼ばれる症状なんだ。今はその症状を抑える薬を飲ませてあるんだ」

「いのー?」

「そう、今後どうしていくかは、信次くんとお父さんとも相談して決めようね」

「やだ、あのつばさこわい。もうみたくない」


 正直な本音。その時の信次は呼吸もかなり荒くて、信次も苦しそうで、完全に抑える以外の選択肢があることが幼いながらに信じられなくて慌てふためいた。


「そっか。じゃあ能力を出さない方向で、お父さんとも相談してみるね。信次くんもそれでいい?」

「うん、僕にはおもすぎる力だったから」


 確かに重そうだったもんな。信次。僅か5歳の身体に、自分の身体より大きくて、しかも鋭利な翼が生えたら、そもそも身体が耐えきれないのは当然のことだった。


「じゃあお父さんに会いにいこっか」

「うん!」

「え、おとうさんにも何かあったの?!」

「なんかたおれてて……」


 私達は父親の病室へと連れていかれる。その時も私達の手を、深川先生が握ってくれたので尚更心強かった。


「おとうさん!」

「おとうさん、なにがあったの?!」

「すまないな、心配かけて……」


 父親も無事に目覚めたようだ。父親が私達を抱きしめてくれた事は、今でもしっかり覚えている。父親はかなり泣いている。正確には、泣き続けていたようだった。


「深川先生も迅速な対応、有難う御座いました。おかげで子供達も救われました」

「医師として、人間として当然の事をしただけなので、かしこまらないでください」


 助けるのは人として当然のこと、って、当時から言ってたんだなあ。これは深川先生の口癖でもある。それが行きすぎて変人扱いされてしまう事もしばしばあるけど。


「すでに精神科の先生……は、昨夜は不在だったようで、院長の五十嵐先生に診察、診断もしていただきました。そこで、こんな事頼む間柄ではない事は重々承知しているのですが、お願いがあります」


 深川先生は精神科に電話していたが、当時は夜勤勤務の看護師しかいなかった。精神科で入院というケースは、五十嵐病院ではあまりなく、当時の精神科医はほぼ早番だった事は後で深川先生にも聞いたのだけど。

 それより、父親は何を深川先生にお願いするのだろうか?


「はい、何でしょうか?」


 深川先生が不思議そうに父親を見つめる。


「この子達の父親代わりになってくれませんか?」

「……え。いま、なんと……?」


 あ、私達父親にも捨てられたのか、とその時には思った。けど、実際はかなり深刻な内容だった。


「すでに五十嵐先生にはお話させて頂きましたが、以前から妻の浮気には気付いていました。浮気でも家に戻ってきてくれるなら、と我慢しすぎていまして、鬱になっていたんです。妻を愛していましたから」

「それが、亜美ちゃんと信次くんを私に任せる、に、どう繋がるんですか? 治療して家族として暮らしていけば……」


 浮気こそすれ愛してくれているのなら、という父親の本心と優しさは、無惨にもあの女に裏切られたのだ。

 でも深川先生の言うとおり、それなら鬱を治療していけばいいはず。父親は泣きじゃくりながら続けた。


「あの家、そしてこの街は、さらには子供達に関しても妻との思い出が大きすぎるんです。今も大切な子供達のはずなのに、子供達の顔をみて、自分がしっかりしていれば、妻はいなくならなかったのでは、とか、私など死んでしまえばいいのではないか。とか過ぎってしまうんです」

「奥さんを愛していらしたんですね……」


 今の父親には、私達でさえ、死の引き鉄になってしまう。悲しいけれど、私達以上に父親はあの女を愛している。あの女に捨てられてしまった今でも……。


「これも五十嵐先生には相談済みなんですが、子供達をお願いした後は、田舎に帰ろうと思ってます。深川先生ならもしかしたら、って、五十嵐先生も言ってくださって」

「そうなんですか?! 申し訳ありません、院長からは申し送りも何もなく」


 院長は診療に関しては神懸かっていたが、よくよく申し送りを粗雑にするとんでもない部分があった。これが今も変わってないのが、五十嵐病院の大いなる弱点だと思う。


「養育費は毎月2人併せて20万支払います。今はなんとも言えませんが、妻を自分の中で消し去る事が出来れば、また娘と息子に会いたいんです」


 実を言うと養育費に関しては、私が21歳になった今でもきっちり20万納められている。この時はよく解らなかったけれど、これがこの時の、そして今出来る父親の精一杯の愛情なのだろう。


「解りました。でも、父親代わりにはなれません。父親は貴方しか居ないんですから。でも、私は限界な貴方も、この不安がってる亜美ちゃんと信次くんを見捨てる事は出来ない。だからお兄さんになります」

「深川先生……有難うございます」

「でも、情けない話なんですが、養育費はお願いします。まだ若手の医師でして、正直養育費の話が無かったら決断出来なかったです。いずれはお兄さんとして、お金の面でも支えられるようになりたいです」

「勿論です。毎月お支払いいたします」


 当時の深川先生はまだ24歳。医師としてはまだ若手のため、収入は雀の涙であった。医師の収入安定の道は天才とは言え、すぐにはいかないのが現状である。


「頼りないお兄ちゃんだけど、宜しくね。亜美ちゃん、信次くん」

「京平が家族になるの?」

「そ。絶対守るからね」

「こんないろいろあるかぞく、うちだけだろうなあ」


 こうしてわずか1日の間で、深川先生は信次と父親の命の恩人であり、私達のお兄ちゃんになったのであった。

作者「ふいー、初めての過去編でかなり長かったけど描き終わったわ」

亜美「そう、実は私糖尿病でした」

作者「だから深川先生も亜美の体調を、よく気にしていたんです」

亜美「低血糖になるとあぶないからね」

深川「因みに亜美がインスリンポンプに変えたのは、看護師になる直前だな。管理がしやすくなるからな」

作者「でも、色々ありすぎだろ時任家」

信次「亜美が糖尿病になるわ、あの女の夜逃げに続いて、僕の異能症状に加えて、お父さんも精神崩壊するわで」

亜美「ちょっともうあの人はお母さんって呼べないよね」

作者「まるで名前を呼んではいけないあの人状態だな」


深川「こうして家族になったんだよな」

亜美「当時はこんなに鈍感とは思わなかったなあ」

深川「俺鈍感じゃないし」

信次「兄貴は鈍感だよ」

深川「信次ひど!」

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