敵わないな(京平目線)
「麻生、わりい。すぐ休憩いかせて貰うわ」
「それよりも帰った方が良いのでは?」
「その代わり早く帰るから、1時間だけ行かせて」
「1時間寝て無理なら、すぐ帰るんじゃぞ」
俺は流石にしんどかったから、早めに休憩に行かせてもらった。
こんな姿、患者様には見せられないからな。
ちょうどソファーも空いてるし、横になるか。
アイマスクもあるし、泣いてもいいよな。
俺は夜飲む精神薬を飲んで、横になった。
今は18時半、医師会合にしては早めに終わったな。
亜美はあとちょっとか。無理すんなよ。
そして、何度も心の中で言うけど、ごめんな、亜美。
バカだな、体調わりぃのに寝れそうにない。
その代わりに、涙が止まらない。
自分の至らなさが歯痒くて、申し訳なくて、自分の存在すら否定したくなっちまう。
鬱症状が、出まくってるじゃねえか。
こんな時こそ、寝るしかないのにな。
でも、横になるだけでも違うな。呼吸は大分落ち着いてきた。
普通に戻さなければ、と、無理矢理足掻こうとした時、声が聞こえてきた。
「京平、大丈夫?」
「あ、亜美」
もう19時か。俺はアイマスクを外して亜美を見つめる。
けどダメだ、涙止まんねえや。亜美にはこんな姿、見せたくなかったんだけどな。
「亜美、仕事お疲れ様。どうしたんだ?」
「麻生先生から、京平体調悪いから様子見て来てって言われて」
「麻生め。亜美、朝はごめんな。傷付けちまって」
「え? 私、京平の言葉で傷付いてないけど?」
え、でも明らかに俺の言葉から亜美は落ち込んでたよな?
でも、亜美の顔は嘘を付いてる顔じゃなかった。
何で京平が謝るの? って顔だ。
「ごめんね、凹むタイミングが悪かったね。あれは自分自身の至らなさに落ち込んだの。朝起きれない亜美のバカ! って」
「なんだ、そうだったのか」
俺の勘違いだったのか。亜美が傷付いてないなら良かった。
でも、涙は止まらなかった。鬱症状は、そう簡単に落ち着いてくれるもんじゃない。
「京平、もう帰ろ。明らかに体調悪いじゃん。私のせいで、ごめんね……」
「亜美のせいじゃねーよ、謝るなよ」
「一緒に帰ろ。無理しないで」
この優しい顔をされると、どうにも俺は弱いな。
あんなに無理にでも頑張ろうとしてたのに、帰った方が良いかな、に傾いてきた。
でも俺が帰ると、ただでさえ毎回混み合ってる緊急外来を麻生1人で回すことになる。
親友に無理はさせたくなかった。
と、思った時、もう1人誰かが近付いてきた。
「京殿、もう帰るがよかろう。我が本気モードを出せば、緊急外来など軽いものよ」
「麻生。緊急外来は俺が昨日本気モードだして、更に麻生もいてやっと回ったんだぞ」
「京殿はおバカじゃ。そんな体調では患者様を不安にさせるだけよ」
麻生も様子を見にきてくれた。
確かに。30分横になって落ち着かないなら、もう暫くは落ち着かないだろう。
このままの俺じゃ、人を助けられないよな。
「解った。もう帰るよ」
「お大事に。明日は休みじゃろ。精神科には行くのだぞ。亜美殿、頼んだぞ」
「はい、京平はすぐご飯食べさせて寝かせます」
こうして俺は、早めに上がる事になった。
俺は身体が怠すぎて起き上がれなかったので、亜美に肩を抱えて貰いながら起き上がる。
本当に俺の勘違いから、亜美には申し訳ない事をしたな。
亜美と俺が休憩室から出ると、のばらさんと信次もいた。
「ごめんのばら、京平の体調が良くないから、ケーキは後日埋め合わせするね」
「その方がいいですわね。今日は信次くんとケーキ食べに行きますわ」
「え、亜美居ないけどいいの?」
「もうケーキの口なんだもの」
亜美、のばらさんと信次と約束してたのか。
俺の事なんか放って置けばいいのに、いつだって俺を優先して。
「深川先生、お大事に」
「ありがとな、のばらさん」
「兄貴はすぐ寝るんだよ?」
「信次もすまないな」
俺は亜美の肩を借りながら、我が家まで向かう。
家が病院から近いのは、本当に有難い。
「京平は最近激務すぎるから、仕事も無理ないように組み直すんだよ」
「激務じゃねーよ、普通だよ」
「多分精神科の先生も、私と同じ事いうよ」
「確かに他に思い当たる事もないけど」
「ごめんね。私、京平が落ち込んでるの気付いていたの。あの時何で落ち込んでるか聞けば、こんなに無理しなくて済んだのに」
「謝るなよ。俺が勝手に無理しただけ」
医師達の希望休を叶えてやりたくて、その埋め合わせを全部自分がした結果ではあるけど、まさかこんな形で身体に出るなんてな。
よく考えたら、俺の無理ありきでシフト組んでいた。
結局その結果、麻生も巻き添えにしてしまった。
「京平は人に頼る事を覚えてね。辛い時は甘えたっていいんだよ」
「その方が結果として、迷惑掛けないだろうしな」
「何だ、解ってるじゃん」
亜美が笑ってくれた。この笑顔があるから、俺は頑張れるんだよな。
明日、シフトの件で若手と相談してみよう。
若手を育成する意味でも、若手を遅番に入れてやろうかな。
落合くんは亜美と被らないように、って私利私欲をシフトに入れるな、俺。
「ご飯食べれそう?」
「あんま食欲ねーや」
「じゃあ、卵粥作るから、それだけ食べてね」
「いつもありがとな、亜美」
やっとちょっとだけど、俺も笑えた。
「お弁当も美味しかったよ。ハートご飯とか可愛い事してくれるじゃん、お主」
「当たり前だろ、亜美に惚れてるんだから」
「知らない京平がまた見れて嬉しいよ」
自分の至らなさに俺はまだ支配されてたけど、亜美のお陰で少しずつ緩和していく。
亜美の存在が、俺をいつだって強くしてくれる。
亜美には本当の意味で敵わないな。
「お弁当も明日は無理しないでね。私、早起きするし」
「や、そこは譲れないな。亜美を驚かせたいからな」
「もー、そうやってまた無理するんだから」
解ってないな、亜美。俺が作りたいんだよ。
亜美の「お弁当美味しかったよ」で、俺がどれだけ毎日救われているか。
今までは信次に言ってるのを聞いてニヤけてたけど、これからは俺に言ってくれるんだもんな。
そうなると、尚更作る気合いも入るってもんだ。
「さ、京平着いたよ。靴脱げる?」
「ありがとな。肩借りればいけそう」
俺は亜美の肩に少し力をいれて、靴を脱いだ。
「力入れすぎたかな。大丈夫か、亜美」
「うん、大丈夫だよ」
俺は亜美の肩を借り続けて部屋まで向かう。
「ご飯できるまで、寝てていいからね」
「亜美、有難う。ちょっと寝るな。おやすみ、亜美」
「おやすみ、京平」
俺は白衣のまま帰ってきてしまったので、ラッキーな事に返し忘れてた亜美の膝掛けもある。
その膝掛けを頭の横に置いて、安心して俺は眠った。
「あ、膝掛け。京平ってば」
亜美が笑ってくれた気がする。
◇
「京平、ご飯出来たよ」
眠ってた俺を、亜美が揺さぶって起こしに来た。
亜美にこうやって起こされたの、久しぶりかもしれない。
「おはよ、亜美。ありがとな」
「おはよ、京平。起き上がれる?」
「上半身なら何とか」
それで精一杯という状況だった。
無理せず早退して良かったな。こんな身体じゃ、診察どころじゃなかった。
夜の精神薬も飲んだはずだけど、まだ効いていないのか身体の怠みが残っている。
「はい、京平。あーんして」
「ちょっと照れくさいな」
「無理しちゃダメ。ほら、口を開けて」
俺は照れながらも口を開ける。
亜美がゆっくりと俺の口に卵粥を入れてくれた。
「美味しいよ。亜美の卵粥すきだな、俺」
「それなら良かった。はい、もう一度、あーん」
こうして、ゆっくりではあるけど、亜美の卵粥を完食出来た。
体調が悪い時でも、これだけは食べられるんだよな。
「ごめんな亜美、のばらさんと約束してたんだろう? 俺なんか放って置けば良かったのに」
「京平"だから"だよ。"なんか"なんて言わないで。京平は大切な人なんだから、放っておける訳ないでしょ」
「ありがとな、亜美」
俺は強く亜美を抱きしめた。
亜美の温もりが愛しくて、心地よくて、安心出来て。
前よりも、もっと亜美が大切で愛しくなっていた。
いつだって、亜美が足りない。もっと欲しくなる。
「バカ、私だって抱きしめたかったんだからね」
亜美も、俺を抱きしめてくれた。
「でもごめん。すぐご飯食べてくるからちょっと待ってて」
「うん、待ってるよ。亜美がもっと欲しいから」
「私も、もっと京平が欲しいな」
亜美は照れながら、部屋を出ていく。
亜美が来たら、亜美を抱きしめて眠ろう。
「お待たせ」
「早」
「だって、早く京平が欲しかったんだもん」
「可愛いな、亜美は」
全く、俺の彼女は可愛すぎて仕方ないな。
今日は抱きしめることしか出来ないけど、亜美を愛しく思っている事が伝わればいいな。
俺はまた亜美を抱きしめた。だけど、ここで体力の限界が来てしまって、そのまま寝てしまった。
頼りない彼氏でごめんな。おやすみ、亜美。
「おやすみ、京平」
亜美の唇が、俺の唇に触れた気がした。
京平「すやすや」
亜美「すやすや」
信次「亜美も一緒に寝たみたいだね」
のばら「深川先生、落ち着くといいですわね」
作者「次回は、のばらと信次のケーキ回だよん」