表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
悪化する病状
38/221

敵わないな(京平目線)

「麻生、わりい。すぐ休憩いかせて貰うわ」

「それよりも帰った方が良いのでは?」

「その代わり早く帰るから、1時間だけ行かせて」

「1時間寝て無理なら、すぐ帰るんじゃぞ」


 俺は流石にしんどかったから、早めに休憩に行かせてもらった。

 こんな姿、患者様には見せられないからな。

 ちょうどソファーも空いてるし、横になるか。

 アイマスクもあるし、泣いてもいいよな。

 俺は夜飲む精神薬を飲んで、横になった。


 今は18時半、医師会合にしては早めに終わったな。

 亜美はあとちょっとか。無理すんなよ。

 そして、何度も心の中で言うけど、ごめんな、亜美。


 バカだな、体調わりぃのに寝れそうにない。

 その代わりに、涙が止まらない。

 自分の至らなさが歯痒くて、申し訳なくて、自分の存在すら否定したくなっちまう。

 鬱症状が、出まくってるじゃねえか。

 こんな時こそ、寝るしかないのにな。


 でも、横になるだけでも違うな。呼吸は大分落ち着いてきた。

 普通に戻さなければ、と、無理矢理足掻こうとした時、声が聞こえてきた。


「京平、大丈夫?」

「あ、亜美」


 もう19時か。俺はアイマスクを外して亜美を見つめる。

 けどダメだ、涙止まんねえや。亜美にはこんな姿、見せたくなかったんだけどな。


「亜美、仕事お疲れ様。どうしたんだ?」

「麻生先生から、京平体調悪いから様子見て来てって言われて」

「麻生め。亜美、朝はごめんな。傷付けちまって」

「え? 私、京平の言葉で傷付いてないけど?」


 え、でも明らかに俺の言葉から亜美は落ち込んでたよな?

 でも、亜美の顔は嘘を付いてる顔じゃなかった。

 何で京平が謝るの? って顔だ。


「ごめんね、凹むタイミングが悪かったね。あれは自分自身の至らなさに落ち込んだの。朝起きれない亜美のバカ! って」

「なんだ、そうだったのか」


 俺の勘違いだったのか。亜美が傷付いてないなら良かった。

 でも、涙は止まらなかった。鬱症状は、そう簡単に落ち着いてくれるもんじゃない。


「京平、もう帰ろ。明らかに体調悪いじゃん。私のせいで、ごめんね……」

「亜美のせいじゃねーよ、謝るなよ」

「一緒に帰ろ。無理しないで」


 この優しい顔をされると、どうにも俺は弱いな。

 あんなに無理にでも頑張ろうとしてたのに、帰った方が良いかな、に傾いてきた。

 でも俺が帰ると、ただでさえ毎回混み合ってる緊急外来を麻生1人で回すことになる。

 親友に無理はさせたくなかった。


 と、思った時、もう1人誰かが近付いてきた。


「京殿、もう帰るがよかろう。我が本気モードを出せば、緊急外来など軽いものよ」

「麻生。緊急外来は俺が昨日本気モードだして、更に麻生もいてやっと回ったんだぞ」

「京殿はおバカじゃ。そんな体調では患者様を不安にさせるだけよ」


 麻生も様子を見にきてくれた。

 確かに。30分横になって落ち着かないなら、もう暫くは落ち着かないだろう。

 このままの俺じゃ、人を助けられないよな。


「解った。もう帰るよ」

「お大事に。明日は休みじゃろ。精神科には行くのだぞ。亜美殿、頼んだぞ」

「はい、京平はすぐご飯食べさせて寝かせます」


 こうして俺は、早めに上がる事になった。

 俺は身体が怠すぎて起き上がれなかったので、亜美に肩を抱えて貰いながら起き上がる。

 本当に俺の勘違いから、亜美には申し訳ない事をしたな。

 亜美と俺が休憩室から出ると、のばらさんと信次もいた。


「ごめんのばら、京平の体調が良くないから、ケーキは後日埋め合わせするね」

「その方がいいですわね。今日は信次くんとケーキ食べに行きますわ」

「え、亜美居ないけどいいの?」

「もうケーキの口なんだもの」


 亜美、のばらさんと信次と約束してたのか。

 俺の事なんか放って置けばいいのに、いつだって俺を優先して。


「深川先生、お大事に」

「ありがとな、のばらさん」

「兄貴はすぐ寝るんだよ?」

「信次もすまないな」


 俺は亜美の肩を借りながら、我が家まで向かう。

 家が病院から近いのは、本当に有難い。


「京平は最近激務すぎるから、仕事も無理ないように組み直すんだよ」

「激務じゃねーよ、普通だよ」

「多分精神科の先生も、私と同じ事いうよ」

「確かに他に思い当たる事もないけど」

「ごめんね。私、京平が落ち込んでるの気付いていたの。あの時何で落ち込んでるか聞けば、こんなに無理しなくて済んだのに」

「謝るなよ。俺が勝手に無理しただけ」


 医師達の希望休を叶えてやりたくて、その埋め合わせを全部自分がした結果ではあるけど、まさかこんな形で身体に出るなんてな。

 よく考えたら、俺の無理ありきでシフト組んでいた。

 結局その結果、麻生も巻き添えにしてしまった。


「京平は人に頼る事を覚えてね。辛い時は甘えたっていいんだよ」

「その方が結果として、迷惑掛けないだろうしな」

「何だ、解ってるじゃん」


 亜美が笑ってくれた。この笑顔があるから、俺は頑張れるんだよな。

 明日、シフトの件で若手と相談してみよう。

 若手を育成する意味でも、若手を遅番に入れてやろうかな。

 落合くんは亜美と被らないように、って私利私欲をシフトに入れるな、俺。


「ご飯食べれそう?」

「あんま食欲ねーや」

「じゃあ、卵粥作るから、それだけ食べてね」

「いつもありがとな、亜美」


 やっとちょっとだけど、俺も笑えた。

 

「お弁当も美味しかったよ。ハートご飯とか可愛い事してくれるじゃん、お主」

「当たり前だろ、亜美に惚れてるんだから」

「知らない京平がまた見れて嬉しいよ」


 自分の至らなさに俺はまだ支配されてたけど、亜美のお陰で少しずつ緩和していく。

 亜美の存在が、俺をいつだって強くしてくれる。

 亜美には本当の意味で敵わないな。


「お弁当も明日は無理しないでね。私、早起きするし」

「や、そこは譲れないな。亜美を驚かせたいからな」

「もー、そうやってまた無理するんだから」


 解ってないな、亜美。俺が作りたいんだよ。

 亜美の「お弁当美味しかったよ」で、俺がどれだけ毎日救われているか。

 今までは信次に言ってるのを聞いてニヤけてたけど、これからは俺に言ってくれるんだもんな。

 そうなると、尚更作る気合いも入るってもんだ。


「さ、京平着いたよ。靴脱げる?」

「ありがとな。肩借りればいけそう」


 俺は亜美の肩に少し力をいれて、靴を脱いだ。

 

「力入れすぎたかな。大丈夫か、亜美」

「うん、大丈夫だよ」


 俺は亜美の肩を借り続けて部屋まで向かう。


「ご飯できるまで、寝てていいからね」

「亜美、有難う。ちょっと寝るな。おやすみ、亜美」

「おやすみ、京平」


 俺は白衣のまま帰ってきてしまったので、ラッキーな事に返し忘れてた亜美の膝掛けもある。

 その膝掛けを頭の横に置いて、安心して俺は眠った。

 

「あ、膝掛け。京平ってば」


 亜美が笑ってくれた気がする。

 

 ◇


「京平、ご飯出来たよ」


 眠ってた俺を、亜美が揺さぶって起こしに来た。

 亜美にこうやって起こされたの、久しぶりかもしれない。


「おはよ、亜美。ありがとな」

「おはよ、京平。起き上がれる?」

「上半身なら何とか」


 それで精一杯という状況だった。

 無理せず早退して良かったな。こんな身体じゃ、診察どころじゃなかった。

 夜の精神薬も飲んだはずだけど、まだ効いていないのか身体の怠みが残っている。


「はい、京平。あーんして」

「ちょっと照れくさいな」

「無理しちゃダメ。ほら、口を開けて」


 俺は照れながらも口を開ける。

 亜美がゆっくりと俺の口に卵粥を入れてくれた。


「美味しいよ。亜美の卵粥すきだな、俺」

「それなら良かった。はい、もう一度、あーん」


 こうして、ゆっくりではあるけど、亜美の卵粥を完食出来た。

 体調が悪い時でも、これだけは食べられるんだよな。

 

「ごめんな亜美、のばらさんと約束してたんだろう? 俺なんか放って置けば良かったのに」

「京平"だから"だよ。"なんか"なんて言わないで。京平は大切な人なんだから、放っておける訳ないでしょ」

「ありがとな、亜美」


 俺は強く亜美を抱きしめた。

 亜美の温もりが愛しくて、心地よくて、安心出来て。

 前よりも、もっと亜美が大切で愛しくなっていた。

 いつだって、亜美が足りない。もっと欲しくなる。


「バカ、私だって抱きしめたかったんだからね」


 亜美も、俺を抱きしめてくれた。


「でもごめん。すぐご飯食べてくるからちょっと待ってて」

「うん、待ってるよ。亜美がもっと欲しいから」

「私も、もっと京平が欲しいな」


 亜美は照れながら、部屋を出ていく。

 亜美が来たら、亜美を抱きしめて眠ろう。


「お待たせ」

「早」

「だって、早く京平が欲しかったんだもん」

「可愛いな、亜美は」


 全く、俺の彼女は可愛すぎて仕方ないな。

 今日は抱きしめることしか出来ないけど、亜美を愛しく思っている事が伝わればいいな。


 俺はまた亜美を抱きしめた。だけど、ここで体力の限界が来てしまって、そのまま寝てしまった。

 頼りない彼氏でごめんな。おやすみ、亜美。


「おやすみ、京平」


 亜美の唇が、俺の唇に触れた気がした。

京平「すやすや」

亜美「すやすや」

信次「亜美も一緒に寝たみたいだね」

のばら「深川先生、落ち着くといいですわね」


作者「次回は、のばらと信次のケーキ回だよん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ