消えない事実(京平目線)
ーー亜美を傷付けちまった。
俺は今、医師会合の真っ最中なんだが、頭は亜美の事でいっぱいだった。
何から間違えたんだろう。
そもそも俺が弁当作ってる事言わなきゃ良かったんじゃあ。
信次にアイコンタクトで、今日は頼む! って言えば良かっただけなのでは。
しかも、亜美が朝起きれない事を気にしてるのも知ってたのに、「早く起きるんだな」なんて、何も考えてなさすぎだろ、俺。
しかも、作っちゃってたから仕方ないとは言え、桜でんぶのハートご飯。
今日は違うだろ、あの亜美だって今日の俺には苛立つはずだ。余計な真似過ぎたよな。
俺はなんて最低なんだ。
「京殿、顔色が良くないぞ」
「ごめん麻生、朝、亜美を傷付けちまって……」
「ふむ。多分京殿の思い過ごしではなかろうか。亜美殿は、京殿の不器用さもとっくに理解してると思うが」
「落ち込ませちまった。最低だわ。俺」
「まあ、その話は後で聞くとしようかの。今は聞いてるフリして休むと良い。レポートは、後で我のを写せばよかろう」
「ありがとな、麻生」
やばいな、顔にも調子の悪さが出ちまってる。
亜美を傷付けたって思った時から、身体の鬱症状も出始めたし、なんなら眠れなかった。
かなり怠い。しかも、今にも泣いてしまいそうだ。正直医師会合どころじゃない。
本当は解ってるんだ。亜美は多分気にしてない。
そんな事を根に持つタイプじゃないし、ありがとうとも言ってくれてた。
今頃、亜美らしく笑っているとも思う。
でも、俺が俺を許せそうにない。
今だって、俺は俺を殴り付けたい気持ちを抑えてる。
ーー京平、俺は天才だ。気合い入れろ。落ち込むな。
でも、亜美を傷付けたんだよな。って、無意味なループ。
落ち込んでる姿を見せた方が、亜美は悲しむだろうに。
そして、「私傷付いてないし」って嘘までついて、慰めてくれるだろう。
色々な意味で最低だな、俺って人間は。
「では、何か意見のある医師は挙手願います」
「はい、精神科の麻生愛です」
「よ、出たのじゃ! 我が家のプリティガール!」
「風太郎の方の麻生黙れ。愛さん、お願いします」
俺が落ち込みまくってる間に、医師会合は質疑応答の時間になっていた。
全く聞いてないから、今日は何も出来ないな。
しかし麻生のやつ、愛さんが初めて医師会合に出てきたのもあってテンション高いな。
「はい、以前私が承った患者様で、昼しか受けられない方がいらしたんです。早番も遅番と同じようにランダムに休憩って事にすれば、昼も診察可能になると思うのですが」
「確かに。しかし、医師の安定した休憩が」
「新人の医師がそれに気付いて、根回しをしなきゃいけない状態よりはマシです」
「さすがめぐたん。その通りじゃー!」
ああ、落合くんのことか。
落合くんが他の科の医師に、予め根回しして何とか昼の間に診察を終えられた話は、遅番の間でも噂になってたな。
亜美の事愛してるってとこは気に食わないけど、その先回りした考え方は嫌いじゃないし、それが出来たコミュニケーション能力は尊敬すらする。
ただ、他の医師だったら? という点も、話題にはなっていた。
「だから風太郎黙れ。しかし、我が五十嵐病院は慢性な人材不足。休憩時間をズラすと言う事は、更に人材が必要となり」
「皆さんで頑張れば問題ありません」
そこで、その議題を生み出した張本人である落合くんも手を挙げる。
「どうも。話題の新人医師です。内科の落合蓮です」
「落合くんか。確か君の診察で起きた事象だったな」
「はい、患者様目線で立った結果、そのように対応させて頂きました。私も麻生愛先生の意見には賛成です。事実、昼が診察外の為に、緊急外来は常に混み合ってます」
「それは本当かね? 緊急外来と言えば、深川先生の意見はどうかな」
やべ、指名された。愛さんのとこからは一応聞いてて良かった。
「内科内分泌代謝科内科主任部長の深川です。落合くんの言う通りです。仕事を抜けられないと言う理由から、緊急外来にいらっしゃる患者様は少なくありません。夜間の勤務低減にも繋がると思いますので、私も麻生愛先生の意見に賛成です。早番は診察が伸びてしまうと、休憩時間が短くなってしまうという問題点もありましたが、それも解消されます。よって、医師の焦りを減らす事も出来ます。休憩を出す立場の先生の負担増にはなりますが、既にそれは中番、遅番で実施済みですしね」
はー、役職名も言わなきゃいけないから、めっちゃ長くなった。
身体が怠い時に、これはないわ。普通に頑張りすぎた。しんどい。
まあ、俺自身も昼診察がないのは、疑問に感じてたからな。
今の社会人は、病気を押して会社に行っちまうのは珍しくない。
社会がそうなら、病院が間口を広げるしかない。
早く元気になってもらいたいしな。
「深川先生、有難う御座います。内科主任部長の立場からも賛成の意見が挙がっておりますので、正式な決定は後日になりますが、前向きに検討させていただきます」
「外科主任部長の我も賛成じゃぞ」
「風太郎は黙れ」
果たして病院はどう出るかな?
これが実施されたら、医師全員成長していかないとキツいだろうな。
いや、その前に、今の俺がキツいな。呼吸も少し荒くなってきた。
京平お前は天才だ。京平お前は天才だ。落ち着くんだ。
「田中外科部長、深川内科主任部長、落合先生、有難うございます。私もより一層精進して参ります」
「よ! めぐたん! 日本一!!!」
「貴方は黙って」
麻生、愛さん恥ずかしがってるから、そろそろ落ち着こうな。
ついでに俺の呼吸も落ち着け、バカ。
「京殿、今日は帰った方が良いのではないか?」
「や、持病のそれだから、何とかするよ。医者だしな」
「薬を飲んでるにも関わらず、まだ出よるな、京殿の鬱状態。休みの日にでも、めぐたんの診察受けた方がよいぞ」
「うん、そうするよ。最近多いしな」
因みに長い付き合いという事もあり、麻生も俺の双極性障害の事は知っている。
元々通っていた病院は、精神科の先生との相性が悪かった為、五十嵐病院に勤務してから、麻生愛先生、愛さんのお世話になっている。
愛さんは見て分かる通り、麻生の奥さんだ。
それからは大分安定はして来たんだけど、最近また鬱症状が出るようになってきた。
良い意味ではあるけど、環境の変化もあったからか?
と、思ったけど、亜美への接し方そんなに変わってないよな?
そりゃ、あんな事やそんな事が出来るようにはなったけど、寧ろ助けられてるしなあ。
ますます原因が解らない。
「麻生、愛さんにカウンセリングもお願いしますって言っといて」
「うむ、伝えておくのじゃ!」
原因が解らないなら、カウンセリングで解いて貰うしかないな。
愚痴を聞かせるだけになるかもしれないのが申し訳ないけど。
「以上で、医師会合を終わります。中番、遅番勤務者は業務に戻ってください」
あ、やっと終わったらしい。
でも、俺の身体の怠さと涙目と呼吸の荒さは治ってくれそうにない。
医師会合のストレスもあるのか、と思ったけど、よく考えたら普段から聞き流すとこは聞き流してたわ、俺。
で、麻生から毎回レポート借りてたわ。ストレスなんてないな。
亜美、本当にごめんな。いくら謝ってもどうしようもないけど。
俺が、亜美を傷付けてしまった事実は消えないのだから。
京平「はあはあ……」
風太郎「京殿、無理せず帰ればよいものを」
作者「なんか頑張っちゃうよね、で、ばたんきゅーするの」
風太郎「せめて寝付けるとよいのじゃが」
京平「俺は大丈夫だ。天才だからな」
風太郎「絶対大丈夫じゃないやつじゃ」