精進します(京平目線)
「京平、そろそろ起きなね」
「んー、いつの間に寝たんだ、俺」
「お疲れ、兄貴」
あれ、寝た記憶が無いんだが、いつ寝たんだ、俺。
これは亜美の膝掛け。通りで気持ちよく寝れた訳だ。寝た記憶が飛ぶくらい。
「おはよ、亜美」
「おはよ、京平」
「膝掛けもありがとな。助かった」
「いいよ、持ってて。この後は休憩合わないしね」
「じゃあ、2回目の休憩で使わせて貰うよ」
どうせ俺の事だから2回目の休憩でも、寝ちまうだろうしな。亜美の膝掛けがあれば、より安心して眠れるだろう。
「そう言えば信次、うさちゃん林檎凄い可愛くて癒されたよ。ありがとね」
「あ、ああ、それなら良かったよ」
お、俺の渾身のうさちゃん林檎に、亜美も癒されたようだな。
頑張って剥いた甲斐があった。信次、嘘吐かせてすまん。
「そう言えば私これが1回目の休憩なんだよね。2回目いつだろ?」
「今回は亜美が俺に合わせてくれたもんな」
「案外、2回目なしで残業じゃない? 頑張れ亜美」
「私もそんな気がする。頑張るぞ!」
俺に合わせて貰ったが為に2回目の休憩無しになるかもか。それは流石に申し訳ないな。
看護師長に念の為、早めに亜美を帰せないか相談するかな。亜美の事だから残業しそうだけど。
「じゃ、残り時間皆頑張ろうな」
「うん、京平は休める時にしっかり休んでよ?」
「今日は帰ったら、蜂蜜レモン作っとくね」
こうして俺達家族は、持ち場に戻っていく。
亜美の膝掛けは、白衣に入れておくか。
なんか亜美と働いてるみたいで、勇気貰えるな。
「お、京殿戻ったか。先程より疲れが取れたようじゃな」
「気付いたら寝ちまってな。亜美には感謝だな」
「ほっほ、相変わらず仲の良い事じゃな」
「さ、仕事に戻るか。2人で回せば何とかなるな」
今日も今日とて緊急外来は混んでいたが、今の時間なら麻生もいるし、俺がめちゃめちゃに頑張る必要はないな。
とは言え、待たせてもいけないし、普通モードで行くか。
今日の担当看護師は日比野くん。亜美を苦しめた恨みもあるし、お手並み拝見だな。
もう優しくしないからな。着いてこいよ?
◇
「深川先生、いつもより早くないですか?」
「おかしいな、亜美は着いてこれたぞ?」
「う」
「亜美には無理させたくないとか言って、内心亜美の事バカにしてたんじゃないのか?」
日比野くんは黙った。思い当たる節があるんだろうな。
俺が前にブチ切れたのは、亜美を無理させたってのも勿論だけど、ただの遅番やるやらないで無理させたくない、って内心バカにしてないと出ない言葉が出たからだ。
何だよ、人をバカにした割には大した事ないな。
家族をバカにしたやつは俺が許さないからな。バーカ。バーカ。バーカ。
「俺達をこれ以上バカにすんなよ?」
「解ったので、診察のスピードを」
「普通だよ」
「はい、深川ストップ! 日比野くん、助けに来たわよ」
誰だ? と思ったら看護師長だ。
日比野くんが応援に呼んだのかな?
「この組み合わせだから嫌な予感するな、って思ったらやっぱりね。深川は看護師のレベル考えなさい。検査回しきれないじゃない」
何で指導してる俺が怒られるんだ、納得がいかねえ。
「でも、普通にやってるんですが……」
「え、深川、普通モードなの?」
「はい」
看護師長の表情が変わった。あ、これ、キレてるわ。
「日比野くん、成長してなさすぎよ。時任さんは普通モード余裕だから。もっと精進しなさい」
「はい、頑張ります」
正直びっくりしたのは、日比野くんの成長のなさだったんだよな。
確かに新米看護師は、亜美以外最初は優しいモードで回してきたけど、優しいモードを卒業してる看護師しか居ないと思ってたんだ。
日比野くんは遅番が多いから、今まで気遣って優しいモードにしてたけど、普通モードが回せないとは。
きっと、この程度ならこの程度でいいだろうという心で仕事をやってたのだろう。
上を目指さないやつに成長はないからな。
「こっからは私入るから、本気モードで行きな」
「え、本気モードは疲れるんだけど……」
「黙れ深川。緊急外来混み合ってんぞ。回すぞ」
やれやれ、2日連続で本気モードか。
仕方ねえな、全力で回すぞ。着いてこいよ。
「じゃあ、どんどん呼んでって。日比野くんも全力でな」
「はい、頑張ります」
看護師長がいるなら、本気モードでも余裕で回るだろう。
一応日比野くんもいるし、検査の混みはこれで解消されるかな?
俺だけじゃなく麻生もいるし。
ただ、この状況じゃ亜美の事相談出来ないな。
亜美、無理してないといいんだけど。
◇
「深川、歳取ったんじゃない? 速度落ちた?」
「俺の本気モードに着いてこれるのは、貴女だけですよ。俺も精進します」
「うん。そうしな」
看護師長には敵わないな。
「改めて、僕がまだまだ過ぎる事が解りました」
「大分鍛えてやったし、次回から日比野は普通モードでいいからね」
「お、相変わらず筋はいいな。あと、もっと笑えよ」
「ああ、それは言えてるわね」
流石看護師長、解ってらっしゃる。
確かに日比野くんは笑ってるんだけど、心は笑ってない感じがして、安心感に欠けるんだよな。
患者様にそれを見抜かれたら、不安にさせるから、治して欲しい。
まあ、俺、優しくないからそれは教えてやんないけど。
「常に笑ってるのになあ」
「意味が解るようにしな。そこに成長はあるわ」
「精進します」
看護師長も教えないんだな。自分で気付いた方が成長するからな。
自分が出来るやつって思うやつほど、自分の事が解ってない。
俺も若い頃は看護師長に扱かれたし。
「あ、落ち着いたから今言うんですけど、亜美って2回目の休憩いけそうですか?」
「うーん。正直難しいから、時任さんは21時で帰るよう伝えたわ。今日は巡回も多めにやってくれたしね」
「残業していきます、って言いそう」
「既に言われたけど、はよ帰れって言っといたわ」
これで亜美が無理する事はないか。安心した。
今ちょうど21時だから、亜美は帰る頃かな。お疲れ、亜美。
「じゃあ、私もそろそろ戻るわね。後、私の可愛い部下達をあんまりいじめないようにね」
「それでも着いてきてくれる看護師がいるから、俺達はかなり助かってますよ」
「当たり前じゃない、私の部下だもの」
そう言って看護師長は、緊急外来を後にした。
本当に、未だにこの人には敵わないな。勝てる気もしないし。
俺も部下の指導を考えながらシフト組まなきゃな。
とは言っても、皆希望休被るんだ。
正月休みもあるんだから、被らないようにして欲しいぞ、全く。
俺ももうおっさんだから、そんな無理は出来ないんだ。
とか言いつつ、無理をせざる得ないんだけど。
「で、日比野くん。本当に普通モードでいける? 無理なら速度落とすけど?」
「いけます!」
お、良い目するようになったじゃん。
これなら信頼して任せられるな。よし、行くぞ。着いてこいよ。
◇
「日比野くんおつかれ、ほらよ」
「深川先生、有難うございます」
俺は日比野くんに缶コーヒーを投げた。
日比野くん、ナイスキャッチ。
たまたま白衣に小銭があったから買えたんだけどな。
日比野くん、1日で大分成長したようだ。
看護師長の指導もあっただろうけど、この成長ぶりは素晴らしい。
亜美を苦しめた上に、亜美が好きってのは気に食わないけど、そこだけは素直に尊敬するよ。
「今更ですけど、深川先生って良い人ですね」
「それは有難う。よく変人扱いされるけどな」
「そりゃ亜美さんも好きになりますよね」
「天才だからな」
「自分でそれ言っちゃうとこは、残念ですけど」
「おうおう、言うじゃないか」
正直俺なんかが亜美と付き合えてるのは奇跡なんだよな。
あの子の頑張りぶりと優しさには、俺の全てを賭けたって届きはしない。
亜美自体に、俺はいつだって支えられてる。
「そう言えば、俺と亜美が付き合った事は知ってる?」
「はい、亜美さんから聞きました。でも、奪いますからね」
「そこは諦めないんだな」
「愛してますから」
「やれるもんならやってみな。亜美は渡さない」
本当に俺の彼女はおモテになりますな。
俺も自分を卑下してばかりじゃなくて、成長していかないとだ。
じゃないと、悪い虫達を排除出来ないし。
お姫様を守る為に、な。
「じゃあ、俺は休憩行くから、患者様来たら麻生に回して」
「はい、いってらっしゃい」
ふー、本気モード2連チャンは流石にないわ。
本気出して眠い。弁当食ったら寝よう。
いや、弁当は帰ったら食べるか。もう眠気が限界だ。
俺は携帯のアラームを掛け、亜美の膝掛けを枕代わりにして睡眠を取る。
亜美の匂いがする。本当に安心出来るんだよな。ありがとな、亜美。
おやすみ、亜美。愛してるからな。
「深川先生寝てるねー」
「本当、寝てりゃイケメンなのにね、あの人」
「起きてたら変人だもんね」
友「深川先生は良い人だけど、亜美さんは奪います」
京平「すやすや」
亜美「京平、おやすみ」
友「うう、誰も聞いてないですね」
信次「そういえば、のばらさん出てこないね?」
のばら「おやすみでしたの。ショッピングに行きましてよ」
亜美「またのばらが可愛くなるね」
朱音「あー、合コン、良い男がいないー!」