天才も疲れるもんです
「ただいまー、っと、立てるか?」
「さっきから普通に立てるよ!」
京平ったら、突然お姫様抱っこするんだもん。
ドキドキしまくったじゃんか。
疲れてたけど、こんな事されたら寝れないってば。
「あ、兄貴達おかえり」
「信次、もう起きてたのか?」
「亜美が初遅番だったしね。お風呂だけでも作ろうと思って」
「ありがとね、信次」
本当に出来た弟すぎるなあ、信次は。
家事こなしながら、高校生活にバイトに。
私じゃとても無理だもん。
「じゃ、お風呂も出来たし、僕はもう少し寝るよ。おやすみ」
「おー、おやすみ」
「おやすみ、信次」
それから私達は一緒にお風呂に入って、信次の作ってくれた晩御飯を食べて、速攻で布団の中にダイブした。
「後、京平、大丈夫?」
「ん、眠いくらいだけど、何が?」
「1回目の休憩の時、泣いてたよね。辛い事でもあったの?」
知らんぷりしてようかな、とも思ってたんだけど、やっぱり気になって聞いてみた。
病院で京平が泣くなんて、信じられなかったから。
「あー、違う違う。亜美が初めて甘えてくれたから、嬉し泣きしてたの。だから亜美のせいだぞ」
「甘え下手でごめんね。逆に今日は甘えすぎだけど」
「普段からそれくらい甘えろよ」
京平はそう言うと、ギュッと私を抱きしめた。
いつも心配させちゃってごめんね。
いつも助けてくれてありがとね。
そう思いながら、私も京平を抱きしめた。
「さ、今日は早めに寝るんだぞ」
「言われなくても寝るよ。明日は中番だしね」
「俺はまた遅番だけど、休憩合うといいな」
そう言いつつ、合わせてくれる癖に。
と、思いながらも、そんな京平の優しさに、改めて感謝する私だった。
京平は私を抱きしめながら、ポンポンしてくれる。
そして布団にごろんと転がって、私に布団をかけてくれた。
まだまだ遅番は疲れちゃうけど、次はもっとちゃんと出来たらいいな。
「おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
京平の腕の中で、私は眠りに着いたのだった。
「俺も早めに弁当作って寝るか。うさちゃん林檎でも剥こっかな」
◇
ーーピピピピッ。ピピピピッ。
「うーん、よく寝た」
また京平ってば一晩中私を抱きしめていたらしく、私の頭の下には京平の優しい腕があった。
無理しなくていい、って言ったのになあ。
でも、そんな優しさがやっぱり嬉しかったりもする。
ありがとね、京平。私はそっと、京平にキスをした。
あ、京平が真っ赤になった。さては。
「起きてるでしょ? 京平」
「バレたか。キスは反則だろ、亜美」
「だって、したかったんだもん」
「ほら、早く準備しな。俺は寝るから」
「おやすみ、京平」
京平は照れ隠しなのか、頭まで布団を被って寝始めた。そんなに照れなくてもいいのにな。
私は着替えてリビングに向かう。
今日も信次が、朝ごはんとお弁当を作ってくれていた。
毎朝ながら、本当に感謝が尽きないなあ。
私はご飯を温めて、美味しくいただいた。
後は歯磨きして顔を洗って、メイクして、っと。
よし、今日も頑張るぞ!
「いってきまーす」
と、寝てるであろう京平に言って、私は病院へ向かった。
微かに京平の「いってらっしゃい」が聞こえた気がした。
◇
今日は昼からではあるが、落合先生……おっと、蓮につく事になった。
最近何故か、蓮の担当になる事が多いんだよなあ。何かあるのかな?
まあいいや、今日も頑張るぞ。
「あれ、でも今早番は休憩時間では?」
「どうしても昼の時間が良いって患者様がいてね。時任さん宜しくね」
「かしこまりました!」
という訳で、お昼の間だけ蓮の担当になった。
お昼にどうしても、って話だったから、気難しい患者様だったらどうしようって思ったけど、全然普通の人だった。
「最近熱が出たんですけど、そっから中々熱が引かないんですー」
どうやら、熱が中々引かないらしい。
「熱は大体どれくらい出てますか?」
「37度くらいの微熱なんですけど、地味に辛いんですよね」
「そうなると、何かしらの薬剤反応も可能性として考えられますね。何が服用されてる薬はありますか?」
確かに37度前後なら、薬剤性の熱である可能性は上がってくる。
「精神薬でエビリファイを服用しています」
「エビリファイはいつから服用されてますか?」
「あ、微熱が始まった時期と重なりますね……」
「精神科はこちらの精神科ですか?」
「はい」
「では、このまま精神科にこの件を共有しますので、他の薬剤に変更できるか相談をお願いします」
「昼の時間しか空いてないんですが、すぐに対応は可能ですか?」
そうだ、確かにこの患者様はそもそも昼の時間しか空いてないと言う事から、今回の診察が始まっている。
今、精神科は対応可能なのだろうか?
私が携帯で電話を架けようとすると、蓮がそれを静止する。
「ご心配なさらず。既に精神科医を呼んであります」
え? いつの間に?! 蓮は一度も携帯を触っていないのに。
「こんにちは、精神科医の麻生愛と申します。宜しくお願いします」
「では、ここからは麻生に変わりますね」
こうして私達は、診察室の外に出た。
「蓮、いつの間に精神科に連絡してたの?」
「ん、最初から。症状は患者様が予め書いてくれてたから、考えられる原因の担当医全てにお願いしただけ」
「先回りが凄いね」
「昼だけって聞いてたからよ。頭ちょい捻った」
でも、そうなると、ただただ待たされた先生方もいらっしゃると言う事なのでは?
普通に考えたら、何か言われるんじゃないか。
その対応はどうするのだろうか? 蓮には何か考えがあるのだろうか。
「今回は精神科か。じゃあ私は帰るわね。落合おっつー」
「おいらは用無しだね。蓮おつおつ」
あれ? 各お医者様は怒るどころか、蓮を労っているぞ。どういうこと?
「不思議でも何でもないよ。呼んだの友達だしよ」
「あ、蓮。そんなに色んな友達いたの?」
「横の繋がりは大事にしてっからな」
「へぇ、私コミュ障だから尊敬するなあ」
蓮がそんなにコミュ強なのは知らなかったけど、こういう不測の事態に対応出来るコミュニケーション能力は、素直に凄いと思う。
しかも、誰も不快にさせていないしね。
「俺は亜美と話してて楽しいけどな」
「そお? それならありがとね」
「じゃ、俺も休憩行ってくるぜ。亜美、ありがとな」
蓮はそう言って、その場を後にした。
ちょっと蓮の事見直したかも。あんなに頼りなかったのにね。
今日は診察もかなりスムーズだったし、成長してるんだなあ。
私も頑張らなくちゃ。
「時任さんおつかれ。落合くん、めちゃイレギュラーな事してたけど、結果オーライで良かったわ」
看護師長が、労いの言葉をかけてくれた。
うん、かなりイレギュラーな事してたけど、患者様の希望に応えられて良かった。
「看護師長お疲れ様です」
「じゃあこの後は巡回頼もっかな。宜しくね」
「あ、その前に看護師長に聞きたいことが
「ん? なにかあった?」
私は、最近京平と一緒にならない理由を聞いてみる事にした。
このバカップルが! って怒られるかもしれないけど、最後に担当になったのは、もう2ヶ月前だしね。
「最近京平……深川先生の担当に、中々着けてもらえてない気がするんですが、どうしてですか?」
「あー、そう言えば大分着けてないね。付き合ってるんだし一緒に居たいだろうに申し訳ないね」
「や、そういう訳……かもですが、最近ないなあ、って」
「実は落合くんから、時任さんが担当だと安心するからなるべく時任さんを着けて欲しいって言われててね。医師の安心は、患者様の安心に繋がるしね」
蓮がそんな事を言ってたんだ。
蓮に安心感を与えられてたなら、それは良かったんだけど、出来れば安心感は京平に感じて貰えるようになりたいんだけどなあ。
「落合くんが休みの時は、なるべく深川の担当になるようにしてみるね。本当気付かなくてごめんね」
「お気遣い有難う御座います。深川先生に成長した姿を、見てもらいたくて」
「純だねえ、乙女だねえ。じゃあ、佐藤さんが休憩から戻ったら引き継ぎお願いね」
「かしこまりました!」
え、佐藤さん早番だったんだ。しかも巡回勤務とは。
昨日かなり疲れてそうだったのに。
今日は早めに引き継ぐようにしなきゃ。
「今からは在庫整理でもしてればいいですか?」
「そうね、休憩終わりまであとちょいだしね」
「じゃあ、行ってきます!」
こうして私は在庫整理をやりながら、佐藤さんの戻りを待っていることにした。
あちゃ、皆くちゃくちゃに使ってんなあ。ちゃんと整理しなきゃね。
という私も、焦ってる時はくちゃくちゃだろうから、冷静に業務しなきゃ。
焦りは良い事なんもないからね。
◇
在庫整理が終わる頃には、佐藤さんが戻る予定の時間になっていた。
そろそろナースステーションに戻ろう。
あ、良かった。佐藤さん帰って来ている。
長い黒髪を下に2つ結びしていて、大きな猫目が可愛い佐藤さんは、患者様のカルテを見ていた。
「時任さんおつかれ」
「佐藤さんお疲れ様です。こっから私引き継ぎますね」
「助かるよ。あ、私の事は朱音でいいよ。タメ語でいいし」
「じゃあ、これから朱音って呼ぶね。私も亜美って呼んでね。申し送りお願い」
「かしこまったよ」
朱音は私に申し送りをする。
今日は、昨日京平が大量に入院送りにした患者様の担当になるみたい。
重症だった人も多かったからなあ。
少しでも安心感を与えられるようにしたいな。
「でも朱音通しだよね? 看護師長、滅多に通しにしないのに」
「あ、違うの。今日合コンがあるから無理言って早番にしてもらったの」
「なるほ、良い人見つかるといいね」
朱音可愛いのに、彼氏居ないんだなあ。
合コンで良い人が居たらいいんだけどな。
「顔身体は深川先生、中身は蓮だと最高なんだけどね」
「京平はどっちも最高だよ」
「はい。惚気有難うね。付き合ってるんだもんね、深川先生と」
あれ? 私朱音にそんな事いったっけ?
「あ、因みに深川先生が惚けてきたんだよ。可愛いとこあるよね、深川先生」
「マジか。惚けるんだ、京平」
京平は私と付き合ってから、照れ顔を見せてくれるようになった事と、可愛いって言ってくれるようになった事くらいしか変化ないと思ってたら。
ん、意外と変化してるな、京平。
でも、惚ける京平、見てみたかったなあ。イメージに無かったなあ。
「じゃあ、私は採血担当の手伝いにいこうかな。亜美、宜しくね」
「うん、かしこまった!」
今日は巡回長めになるけど、頑張るぞ。
京平は今日も緊急外来だから、あんまり会えないかなあ。寂しいな。
って、業務と恋愛を混同しちゃダメだってば、私。いけないいけない。
◇
「昨日はどうなる事かと思いましたが、大分血糖値も落ち着いて来ましたね」
「風邪引いたら血糖値も爆上がりしちゃって。早めに病院来て良かったです」
「後は風邪が治り次第ですね、お薬置いておきますね」
「有難うございます」
「ゆっくり休んでくださいね」
今の患者様も、昨日緊急外来にいらしてた患者様だ。
風邪を引いてから血糖値が下がらないという事で、測ってみたら600超え。
管理されたインスリン注入が必要となった為、入院が決まったのだ。
ただの風邪から思わぬ悪化をするのも、糖尿病の怖い所。
私も他人事じゃないから、風邪引かないようにしなきゃね。
「時任さんお疲れ、19時半になったから休憩行っといで。深川も休憩らしいしね」
「看護師長、お気遣い有難うございます」
やった、京平と休憩が合った。これはかなり嬉しいや。
ちょっとウキウキしながら休憩室に行くと、京平が私の顔を覗き込んできた。
「良かった。今日は元気そうだな」
「お疲れ。京平。あれ、疲れてない?」
まだ遅番は始まったばかりなのに、京平はちょっと疲れた顔をしていた。
「昨日久々に本気出したしな」
「少しでも休憩時間に休みなね」
「おう、ありがとな、亜美」
私達は席に着くと、すぐに京平が私に頼み事をする。
「亜美、肩と腰揉んで。ちょい疲れた」
「うん、お安いご用だよ」
そうだね、確かに今日はかなりこってるね。
いつも以上に、肩と腰がガチガチだ。
これはしっかりマッサージしなきゃね。
ぐりぐりぐりっと。
「あ、亜美達みっけ」
「信次もお疲れ様。いまマッサージ中」
「ああ、効くわあ」
「相変わらずこってるね、兄貴」
「亜美……」
「京平、もう少しほぐすからね」
後もう少し揉みほぐして、って考えていたんだけど、その前に気持ちよさそうな寝息が聞こえて来た。
あ、京平寝ちゃったか。相当疲れていたんだなあ。
私は持っていた膝掛けを京平に掛けた。
「おやすみ、京平」
「兄貴もお疲れだね」
京平「すやすや」
亜美「京平、本気モード出すと疲れちゃうんだね」
看護師長「だから滅多に使わないのよね、本気モード」
亜美「ゆっくり休んでね。京平」
蓮「羨ましいぜ、深川先生」




