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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
悪化する病状
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慣れてきた遅番

「亜美、そろそろ時間だぞ」

「んん、おはよ、京平」

「おはよ、亜美」


 京平のお陰で、私は45分間たっぷり寝る事ができた。

 京平、ずっとポンポンしてくれてありがとね。


「この後は休憩合うか解らないし、少しでも会えて良かった」

「緊急外来は混み合うもんね。京平もこの後無理しないようにね」

「おう、亜美もな」

「あ、白衣ありがとね。温まったよ」

「亜美が寒くなかったなら良かった」


 京平は白衣を再び纏うと、緊急外来へ早足で向かって転けそうになったので、また私が助けた。


「ふー、セーフ」

「毎回ありがとな、亜美」


 良かったあ。あれ、京平の顔に涙痕がある。何か辛い事でもあったのかな?

 でも泣いてた? って聞いても答えてはくれないだろうから、帰ったら沢山抱きしめなきゃね。

 帰ってから京平が凹む可能性もあるし。


「京平は歩かなきゃだめだよ、転けるから」

「く、早足でもダメか」


 京平は渋々、歩きながら緊急外来へ向かった。


「僕もあとちょっと頑張るぞ。亜美、無理しないでね」

「備えて寝たから大丈夫だと信じてる」

「のばらもいますから、安心してね。亜美」


 こうして私達は、それぞれの職場に戻った。


 ◇


 そしてナースステーションの片付けや、医療品の棚卸しなどをしている内に、21時半になった。


「そろそろ引き継ぎの時間ですわね」

「ああ、なんか緊張してきた」

「落ち着いて亜美。普通の巡回勤務ですわ」


 こうして、中番の看護師から申し送りを受ける。

 今日私が回る患者様は、点滴をつけているらしく、それ関係のナースコールが多かったらしい。

 他は特に問題なかったようだ。


「ちょっと動いたらすぐ鳴りますものね、あれ」

「患者様も眠れないだろうし、変わるんであれば点滴付け替えてもいいかもだね」

「そうですわね。念の為、私からも看護師長に相談しますわ」


 今日は京平もいるし、麻生先生も中番で入っているので、患者様の容態次第では、夜の間だけでも点滴を外せないか、という相談も出来るはずだ。

 信頼出来る医師がいる場合は、こう言った選択肢も増やせるので有り難い。

 因みに今回は看護師長が中番で入っていたので、のばらも看護師長に先に相談をしているが、居ない場合は携帯で看護師が直接医師に相談する事も可能だ。


「申し送り有難うございますわ」

「有難うございます」

「いえいえ、時任さん初遅番だもんね。頑張ってね」


 今日は比較時落ち着いていたので、中番の看護師達はほぼ定時で帰っていった。

 因みに点滴の件を看護師長に相談したところ、まずは付け替えてみようという事になった。

 それ以降は内科の患者様なので、京平に相談するように指示を受ける。


「じゃあ私も帰るけど、何かあったらすぐ深川に相談するのよ。麻生も残業らしいから、24時まではいるしね」

「かしこまりましたわ」

「了解です!」


 と、看護師長が言った後、看護師長は私を見つめる。


「ねぇ、もしかしてなんだけど時任さん、深川と付き合い始めた?」

「え、何で解ったんですか?」

「だって幸せそうな顔してるもの」


 私、京平と付き合えた幸せが顔にも出てたのか。本当に隠し事が出来ないなあ。


「てことは、冴崎さんは残念だったわね。落ち込まないでね」

「亜美がいてくれましたから、冴崎はもう大丈夫ですわ。勤務もこれからは、深川先生に合わせる必要はありませんわ」

「それは助かるわ。貴女は真面目な子だから、すぐ素敵な人が見つかるわよ」


 看護師長はのばらの頭をポンっと叩いて、のばらに微笑んだ。


「有難うございますわ。看護師長」

「また呑みにでもいきましょ。愚痴聴かせてね」


 看護師長はそういって、ナースステーションを後にした。


「さ、亜美、患者様の点滴を付け替えにいきますわよ」

「うん、これで落ち着くといいね」

「寝る前に鳴ると、患者様も眠れませんものね」


 私達はすぐ患者様の元へ向かう。

 

「松本さん、眠れそうですか?」

「なんか点滴がめっちゃ鳴るから申し訳ないです。何回もナースコール押しちゃって」

「大丈夫ですよ。心配しないでくださいね。でも現時点でちょっと動くだけで鳴るみたいなので、点滴の付け替えを行いますね」

「お、お願いします」


 私は患者様に説明をした後、点滴を右手から左手に付け替えた。

 これで少しでも点滴が鳴るのを防げたらいいな。


「お待たせしました。付け替え終わりました」

「お、痛くなかった。すげえ。有難う御座いました」

「また何かあったら、ナースコール押してくださいね」

「はーい」


 私達はこれからは何も起きない事を祈りながら、病室を後にした。


「さ、どんどん巡回していきますわよ」

「はい、のばら先輩!」

「だから照れますわ!」


 ◇


ーーピピピピッ。


「またナースコール鳴ってるね。はい、どうされましたか?」

『すみません松本です、やっぱり点滴が鳴っちゃいます』

「そうですか、医師にも相談するので、少々お待ちくださいね」


 私はそう患者様に伝えて、通信を切った。


「検査の結果次第では点滴止められるかもだわ。深川先生に相談しましょ。さ、亜美、携帯架けるのですわ!」


 のばらがニヤニヤしながら、私に言う。

 業務上の相談とはいえ、京平に連絡できるのはなんだかんだで嬉しいんだよなあ。

 繋がるといいんだけど。


 私は、京平に携帯を架けた。


『もしもし、こちら深川です』

「あ、京平? 亜美だけど今大丈夫? 103号室の松本さんの件で相談があるのだけど」

『ああ亜美か。ちょうど松本さんの検査結果も出たとこだからそっちいくよ。点滴外せないかの相談だろ?」

「うん、どうしても動いちゃうみたいで、点滴がすぐ鳴っちゃうの」

『了解、俺が行くって事だけ松本さんに伝えといて』

「うん、ありがとね」


 電話が終わると、のばらが私の顔を覗き込んできた。


「ふふ、付き合って初めての共同作業ね」

「共同作業じゃないよ、京平が説明しにいくって言ってたし」

「どうなるかしら。わくわくですわ」

「もー。私は松本さんに、京平が来る事を伝えてくるね」


 私が患者様の病室まで行くと、一足先に京平が病室にいた。行動が早すぎる!


「あ、いま時任も来ましたね。検査の結果血糖値も下がってきましたし、今の点滴が終わり次第点滴を外しますね。明日から通常の食事に切り替えます。ただ、まだ血糖値が若干高めなのと、久しぶりの食事になる為流動食となりますので、宜しくお願いします」

「良かったあ、点滴もあと少しだから夜は眠れそう」

「良かったですね、松本さん」

「はい、ご迷惑をおかけしまくってすみません」


 良かった、患者様の点滴はもうすぐ外せそう。今の残り具合をみると、後10分くらいかな?

 そんな事を考えていたら、京平が患者様に何か話しかけてる。


「それと、松本さんって九條リ音さんですよね? 弟が小さい頃、よくリリの子守唄聴かせていただいたり、歌ってました」

「え、私、全然売れてないのに、何で解ったん?」

「ジャケ写の顔と、あと声ですね。綺麗な声ですよね」

「いやあ、照れるなあ」


 え、九條リ音さん?!

 京平が信次の子守唄に、って、よく歌ってたあの歌を作った人じゃん。

 私も京平と一緒に覚えたからなあ。懐かしいなあ。


「あ、私もリリの子守唄はよく歌ってました」

「看護師さんもありがとね。いやあ、泣けるわ」


 よっぽど売れてないんだろうなあ。歌手も大変な職業だね。


「ただ、ケトアシドーシスで入院はいただけませんね。しかも運び込まれた時、血糖値1600とは……。透析で息を吹き返してくれて、本当に良かったです」

「インスリンポンプのインスリン注入が上手く出来ないって思ってたら、かなり悪化しちゃって。命を助けていただいて有難う御座いました」

「救急車を呼んでくれた旦那さんには感謝ですね。これからは救急車で運びこまれちゃいけませんよ」


 私は自分に置き換えて考えてみた。

 京平からもインスリンポンプは完璧ではないから、インスリン注入が上手く出来ずに高血糖になった時は、すぐに対処するように言われていた。

 それを少しでも怠ってしまうと、みるみる内に悪化して、この患者様みたいになってしまう。

 本当に糖尿病のケトアシドーシスは怖い。

 高血糖が続くようなら、すぐ病院行かなきゃだね。


「と、ちょうど点滴も終わりましたね。外しますね」


 あ、なるほど。京平が喋ってたのは、同じタイミングで点滴を外す為か。

 こういう所も勉強になるけど、私コミュ障だからなあ。こうなった時喋れるか不安だ。


「あー、楽になったあああ」

「明日から少しずつリハビリもしていきましょうね」


 そう言って私達は、病室を後にした。


「亜美も本当に気をつけるんだぞ。インスリン注入が上手くいってないのに、ポンプがエラー出さなくて、って報告はかなり上がってるからな。半注入って状態だけどな」

「うん、病気の管理も今まで以上にしっかりしなきゃって思ったよ」


 そう、生きる為にも、徹底した管理と、自分の状況の把握をしなければ。

 大切な家族を悲しませる事になってはいけない。


「じゃあ、俺は緊急外来に戻るよ。まだ長いから、無理すんなよ」

「うん、ありがとね」


 京平はそういって、その場を後にする。

 私も、ナースステーションに戻った。


「亜美お帰りなさい。どうなったのですわ?」

「京平が病状説明をして、そのまま点滴も外してくれたよ。私はただ居ただけだったなあ」

「共同作業を期待してたのに切ないですわ!」

「でも、私と同じ病気の患者様だったから、いい勉強にはなったよ」

「それなら良かったですわ」


 本当に襟を正す思いだった。

 私は糖尿病に関してサボった事はないと断言できるけど、些細な変化にも気を配らなきゃ。

 我が家には京平もいるから、いつでも相談出来るしね。


 点滴の患者様の問題が解決すると、かなりナースステーションは静かになった。

 あとは患者様達の体調が、悪化しない事を祈るばかり。皆、元気になって欲しい。


「とりあえず、もうのばらのサポートは亜美には必要なさそうですわ。休憩上がったら独り立ちですわね」

「流れは大体わかったよ。ありがとねのばら」

「じゃあ24時になったし、亜美は休憩にいってくるのですわ」

「ありがと、行ってくるー」


 のばらは緊急外来からヘルプを頼まれたらしく、余裕があれば休憩にいくみたい。大変だなあ。

 私もヘルプに入れるくらい、看護師スキルを上げていかなきゃ!


 そう言えば最近、京平の担当にならないんだよなあ私。

 ちょっと切ないと言えば切ないのが本音。

 成長したって自信もあるし、京平に見て欲しいってのもあるけど。

 今度看護師長にも相談してみよっと。


 休憩室に入ると、いつもに比べて大分人は少なかった。

 遅番は休憩が特にバラバラだもんね。

 と、眺めていると、後ろから誰かが手を掴んできた。


「良かった、間に合った」

「京平、2回目も合わせてくれたんだ。ありがとね」

「ああ、麻生がもう1時間残業してくれて、休憩回してくれたんだ」


 マジか。それは麻生先生に感謝しなきゃだね。

 てことは、麻生先生3時間残業か。頑張ってください!

 と、私達が話していると……。


「深川先生、亜美、お疲れ様っす」

「お、落合くんお疲れ」

「落合先生も遅番だったんだね」


 私がそういうと、落合先生は少し怪訝な顔をして話し出す。


「もう俺の事は蓮でいいよ。堅苦しいのやだし」

「じゃ、これからは蓮って呼ぶね」


 確かに同期だし、今更ではあるけど堅苦しいもんね。

 でもちょっとだけ、京平がムッとした気がした。


「とりあえず座りましょっか。深川先生」

「ああ、弁当食いたいしな」

「今日は何かなー? 楽しみ」


 私達は席に座って、各々お弁当を食べた。

 うーん、今日のお弁当もとっても美味しい。

 何気私の好きなものばっかりだったから、嬉しすぎる。遅番頑張るぞ。


 お弁当の後は、そうだなあ……。


「ねー、京平。もっかいポンポンして?」

「疲れた顔してるもんな。時間になったら起こすからな」

「ありがとね、京平」


 ダメだなあ、なんだかんだ今日は甘えるデーになってるな。

 まだまだ遅番は長いのに、ちょっと疲れてきちゃってる。

 でも、至らない自分に悔しがるよりは、至れるように寝た方がいいもんね。


 京平は、優しくポンポンしてくれた。

 いつもありがとね、京平。おやすみ。


「おやすみ、亜美」

「もう寝ちゃいましたね」


 京平がいつものように白衣を掛けてくれて、私はより安心して眠り続ける。


「あ、そいや、この前落合くんに"だったらどーする?"って言っちゃったけど、あの時、亜美が愛してるのは落合くんだって勘違いしてて。意味解らんかったよな。コミュ障過ぎてすまんな」

「そう言えば、亜美と付き合い始めたんですよね」

「うん、昨日からな」

「因みに深川先生のそれ、宣戦布告として受け取ってますから」

「え」

「俺も亜美の事愛してます。だから奪いますね。じっくりと」


 なんか煩いなあ、もう、静かに寝かせてよ。むにゃむにゃ。

作者「作者も登場しました!」

京平「高血糖が続いた時点で病院いかなくて、昏睡状態になって死にかけたんだよな。こいつ」

作者「沢山の人を不安にさせちゃったから、これからは気をつけないと」

亜美「私も病気の治療、頑張るぞ」


のばら「亜美、疲れてるみたいだけど大丈夫かしら?」

京平「寝かせてあげてるけど、持つかは心配だな」

作者「無理しがちだからな、亜美は」

亜美「むにゃむにゃ」


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