初めての遅番
私達は明日遅番って事もあり、2人で喋ったり、一緒にお風呂入ったり、キスしたり、抱きしめ合ったり、そして、一線を越えたりした。
相当我慢させてたんだなあ、私。
鈍くてすまんかったな、京平。
「疲れてただろうに、ごめんな」
「ううん、昼間沢山寝たし大丈夫。京平と一緒にまったり出来て嬉しいよ」
正直寝過ぎて、まだ目が冴えている。
そりゃ朝から18時まで寝ていればそうなるよね。
明日が遅番で良かったかもしれない。
「明日は初遅番。頑張るぞ」
「慣れるまではしんどいかもな。無理すんなよ」
「うん。明日休憩、合うといいね」
どうしんどいかも、経験してみなきゃ解らないけど、長年遅番をやってる京平からしんどいと聞くと、正直不安だ。
せめて休憩時間だけでも合うといいな。
「明日は緊急外来担当だけど、合わせてみるよ」
「ありがとね、京平」
「本当に可愛いな、亜美は」
そう言うと、京平は私を抱きしめた。
京平に抱きしめられると、いつも私はとろけてしまう。
包み込まれてる感じが、すきなんだ。
そんな安心感からか、疲れからか、私はそのまま寝てしまった。
あんなに目が冴えていたのにね。
「おやすみ、亜美」
そして私が寝たのを確認した京平は、優しくおでこにキスをするのだった。
◇
そして朝……というか、もう夕方なんだけど、15時半に私は目が覚めた。
早目に寝た割には遅い目覚めなんだけど、まだ早いんだよなあ。
しかも京平も寝てるしね。
腕が痛くなるだろうに、京平は一晩中私を抱きしめてくれていた。
でも、やっぱり痛かったんだろうね。京平の腕の下には枕が置いてあった。
無理しないで、ってあれほど言ったのに。
こうなると嬉しさよりも、心配が勝ってしまう。
だから私は体勢を変えて、私が京平を抱きしめる事にした。
私の体力じゃそんなに長くは出来ないけど、30分なら京平を抱きしめられるよね。
京平がちょっとでも、休まりますように。
でも、京平の頭の重みが私の腕に乗るから、やっぱりちょっとしんどかった。
けどそれよりも、寝息を立てて眠る京平が愛おしくて。
私はずっと、見つめていたんだ。
それから、あっという間に30分が経った。
そろそろ京平を起こさなきゃ。
携帯のアラームが鳴り響く中、私は京平の耳元で囁いた。
「京平、16時だよ。起きて」
「ん、もう16時か。おはよ、亜美」
「おはよ。京平」
起きてすぐに見る顔が愛しい人だと、なんだか嬉しくなるよね。私だけかな?
「亜美、いつの間に体勢変えたんだ? 痛かったろうに」
「それはこっちの台詞だよ。一晩中なんて腕痛かったでしょ。無理しないでよ」
「無理はしてないよ。亜美の寝息と温もりが、なんか嬉しくて」
もう。起きてすぐからドキドキさせるんだから。京平の意地悪。
私は顔を真っ赤にしながら京平を見つめる。
「寝起きから可愛いな、亜美は」
「ドキドキさせないでよ。早く起きて」
こうして、恋人同士になってから初めての寝起きは、ドキドキしながら迎えたのでありました。
「と、血糖値は130。良かった、爆上がりしてないや」
「寧ろ低血糖になってなくて良かったよ。運動もしたし」
「こら!」
寝起きからとんでもない事をいう京平である。
えと、130だから普通通り注入すれば大丈夫だね。ご飯もお魚だし。
「「いただきまーす」」
私達は朝ご飯という名前の夕ご飯を食べた。
京平から、遅番の前は特にしっかり食べた方が良いよ、と言われたので、いつもより白米を多めに食べる。
そんなに遅番って、大変なのかなあ?
「遅番って何が大変なの?」
「次第に眠くなってくるとこかな。夜から朝だしな」
「なるほどん」
「でも無理はするなよ。体質的に遅番は無理って人も普通にいるしな」
「心配してくれてありがとね。頑張るぞ!」
夜から朝までの勤務は、そもそも生まれて初めてだから、体質的にどうなのかは解らないけど、やれるだけ頑張ってみよっと。
「ただいまー」
「あ、信次おかえり」
そんな事を話している内に、信次が帰ってきた。
今日は信次もバイトがあるから、家族皆で病院まで行く日だね。
「そっか、今日は兄貴も亜美も遅番か」
「信次もバイトの日だもんな」
「うん。やっと慣れて来たって感じだよ」
「と、ごちそうさまでした。って、亜美大丈夫か?」
「あ、まって。ごちそうさまでした」
白米多めなのに、いつも通りのペースで食べてしまった。やっちまったぜ。
早く歯磨きして顔洗って、寝癖直さなきゃ。
「ほい、歯ブラシ」
「ありがと京平」
こういうルーティンは、付き合ったとて変わるもんじゃないな。
でも、だからこそいいな、なんて思っていたり。
「よし、準備できた」
「時間ギリだからちょい急ぐぞ」
「あ、京平待ってってばあ」
私は慌てて走っていくのであった。てか、置いていかないでぇ。
「ふー、なんとか追いついた」
「あ、亜美、追いついたか」
「むちゃむちゃ走ったよ」
もう息がめちゃ上がってる。普段運動してないしなあ。
「信次、家族揃ってるし、宇宙人ごっこやろうぜ」
「じゃあ、亜美を真ん中に挟まないとね」
「え」
「「せーの!」」
私は強制的に、京平と信次の間に挟まれて、2人で私の両腕をそれぞれの腕で引っ掛けたかと思うと、2人で私をぶらーんとした。
「ちょ、何するの!」
「亜美が1番小さいから仕方ない仕方ない」
「嫌だったら育つんだな」
もー、2人して何してんのよ!
しかも、私もう21歳だから、これ以上背は伸びないよ!
まさか、この歳になって宇宙人ごっこやらされるとは思わなかったなあ。
てか信次、また背が伸びたなあ。
私は160センチくらいだけど、もう170はあるんじゃないかな?
京平は180あるけど、信次もそれくらい伸びるかな?
そんなふざけた事をされながらも、私達は病院に着いた。
「じゃ、皆がんばろうな」
「京平、無理しないでね」
「亜美こそ初遅番なんだし、無理しないでよ?」
「解ってるって」
そんな事を言い合いながら、私達はそれぞれの更衣室へ向かった。
◇
今日の私の勤務は巡回勤務となった。
初遅番という事で、今回はのばらに教わりながら業務に就く。
遅番は検査等はほぼないのだが、ナースコールが鳴った時は、早番や中番の時より緊張が走るらしい。
「理由としましては、単純に医師の数が少ないですからですわ。担当医がいれば安心できるところなのだけど、いなかった時は冷や汗が出るのですわ」
「私達で何とかなることばかりじゃないもんね」
「でも大抵は何とかなりますわ。安心なさって」
のばらに言われると心強いね。
よし、ナースコールが鳴ったら直ぐに助けにいくようにしなきゃ。
夜はただでさえ、不安がいっぱいだもんね。
「巡回の引き継ぎは22時くらいになるかしら? それまではナースコールを気にする事と、場合によっては緊急外来のヘルプにいったりですわ」
「ヘルプに入ったりもするんだね」
「緊急外来は、混み合う時はすごく混み合うのですわ。看護師も人数が居た方がスムーズになるのですわ。特に、担当医が深川先生の時は、ですわ」
「ほえ? なんで?」
京平が担当医だと、何故沢山の看護師が必要になるのだろうか?
「深川先生は、兎に角トリアージ……治療優先度を決めるのが凄く早いし上手いのですわ。加えて、診察の早さ、丁寧さも、他の医師とは比べ物になりませんわ。のばらもようやく、深川先生の「少し本気モード」に着いていけるようになりましたわ」
ああ、そういう事か。
京平は身内贔屓を絶対しない。寧ろ厳しいくらいだ。
私が京平の担当になった時は、初めから普通モードで対応された。
この普通モードでも、他の医師と比べたらかなり早い。
一般の新人看護師は、優しいモード一択らしいのに。
最初は着いていけなくて困らせたりもしたけど、今は普通モードでも余裕があるくらいだ。
次担当になったら、もう少し早くしようかなって言われたなあ。
緊急外来となれば、緊急性が高い患者様が多くなる為、より早く診なくてはならない。
早く診れる、という事は、その分検査を行う患者様も増える為、検査要員の看護師はいくらいても困らない。という訳だ。
でものばらは、京平の少し本気モードに着いていけてるんだ。
私も、もっと頑張らなきゃ。
「でも焦っちゃダメよ、亜美。私達看護師が1番大事にしなきゃいけないのは」
「患者様を安心させる事、でしょ?」
「その通りですわ。だから、深川先生の担当になっても、それは忘れちゃいけないのですわ」
うん、解ってる。
私が入院してた頃、京平から安心感をもらえたように、私も患者様に安心して貰わなきゃ。
そうやって患者様を助ける為に、私は看護師になったんだから。
「さ、のばら達はナースステーションに戻るのですわ」
「はい、のばら先輩!」
「って、亜美、それは照れますわ」
◇
そんな事をしている内に、1回目の休憩時間になった。
そう言えば、京平が遅番で麻生先生を紹介された時も19時半だったけど、遅番って考えるとちょっと早めの休憩時間だよね。
そういう意味でも、遅番は体力を使うんだろうなあ。
そんな心持ちで休憩室に入ると……。
「亜美、おつかれ」
「おあ、京平、おつかれ」
京平が後ろから肩をポンポンして、私を出迎えてくれた。
休憩時間合わせてくれたんだね。ありがとね、京平。
「もう信次も休憩室いるよ」
「了解、行こっかのばら」
「かしこまりましたわ」
京平に案内され、信次がいる机に私達も座った。
「あ、亜美とのばらさん、お疲れ様」
「信次くんもお疲れ様ですわ」
「おつかれ、信次」
信次も大分バイトに慣れて来たみたいで、体力的にもまだ余裕がありそうだ。
家事もやってるし、倒れちゃわないか心配だったけど、良かった良かった。
「亜美は遅番どう?」
「寧ろこの後が大変そうだけど、頑張るよ」
「無理すんなよ、亜美」
「そうですわよ。遅番は長いのですわ」
皆、私が初遅番なのを知っているから、私を気遣ってくれてる。本当にありがたすぎる。
「ねえ、京平、ちょっとお願いがあるの」
「お、なんだ? 珍しいな」
「この後頑張らなきゃだから、頭ポンポンして」
「ほいよ」
この後忙しくなるなら、今の時間は寝とかなきゃね。
何気、初めて自分から京平に甘えられたかも。
突然頼んだのに、甘えさせてくれてありがとね。
うん、この頭ポンポンが安心するの。
安心するから眠れるんだよね。
「すぅー、すぅー」
「おやすみ、亜美」
「あれ、兄貴泣いてるじゃん! どうしたの?」
「亜美が、あの亜美が、初めて自分から俺に甘えてくれた。やべ、嬉しすぎて涙止まんねえわ」
「そんなに?!」
そんな事を言いながら、京平は私に白衣を掛けてくれる。
私はというと、京平の涙を知る事なく、ぐっすり眠りについていた。
京平の匂いがする白衣、やっぱりすきだなあ。
おやすみ、京平。
作者「因みに京平は魔法使いだった、という設定がありまして。脱魔法使いできて良かったな。京平」
亜美「マジでか」
京平「若い時にまともな恋愛できなかったしな」
のばら「亜美、遅番に耐えられるかしら」
亜美「今日はのばらもいるから大丈夫!」
のばら「亜美、嬉しいですわ」
信次「本当に兄貴のポンポンですぐ寝るよね、亜美は」
京平「可愛いよな」