すき焼き
「京平、愛してるよ。むにゃむにゃ」
私達は、かなりぐっすり眠っていた。
お互い完徹状態だった事と、私の場合は京平が側にいるという安心感から、あんなに眠れなかったのに、軽々と熟睡してしまった。
京平の安心感、マジ半端ない。
「んんー、よく寝た気がする」
何か、長い夢を見ていた気がする。
京平は私を抱きしめたまま、まだ寝ていた。
昨日も色々あったし、多忙な勤務だったのにあまり寝付けていなかったし、仕方ないよね。
お疲れ様だね、京平。
でも、寝顔も綺麗だよなあ、京平。
私の我儘というか欲望でしかないけど、キスしたくなってしまう。
って、付き合ってもないのにダメよ亜美。
と、自分の欲望と戦っていた。
でも、京平の温もりが心地良いから、もうちょっとだけ寝ようかな。
抱きしめられながら寝られるなんて、滅多にないんだしね。
京平の気まぐれに感謝しながら、私はまた寝た。
◇
「亜美、体調大丈夫か?」
「んー、おはよ。京平」
再度寝てからどれだけ経ったんだろう。私は京平に起こされた。
朝、体調悪そうだと心配されていた事もあって、京平は不安そうな顔で私を見つめる。
「大丈夫、実は私も寝れてなかっただけ。心配かけちゃってごめんね」
「亜美もか。それならわざわざ区内に出ないで、近くの漫画喫茶行けば良かったな」
「あ、それは言えてる」
「でも俺も歳だなあ。完徹で遊びに行けないとはな」
「無理は良くないし、私も眠たかったから安心して」
そして私達は、お互いの顔を見合わせて笑った。
こういうのも、何か私達らしいよね。上手くやれないとことか。
「今何時だ?」
「えっと……18時?!」
「マジか。俺達どんだけ寝てたんだよ」
どうやら私達、かなり爆睡してたみたい。
京平はともかく、私まで爆睡するなんてなあ。
そんなに疲れが溜まってたのかなあ?
自分の爆睡ぶりに、自分でドン引きしていると、京平が深妙な面持ちで話しかけてきた。
「亜美、ちょっとだけ話したい事があるんだ」
「ん? 急にどうしたの?」
「出来れば、信次にも内緒にして欲しい」
「う、うん。解ったよ。何?」
信次にも内緒? そんな事言われたの初めてだ。
なんなら、話を口止めされた事すらない。
そんな京平が、私にだけ話したい事があるのか。一体何なんだろう?
「俺、5歳の頃から双極性障害Ⅱ型なんだ」
「え、双極性障害?!」
そう言えば、京平は精神科医でもないのに、私の父親の症状をみて、鬱か双極性障害だ、と断定していた。
あれは知識があったからじゃなくて、実体験があったから理解出来たのか。
「京平、どんな辛い事があったの? 精神病は何もなくてなる病気じゃないよね」
「聞いてくれてありがとな。5歳の頃、両親が交通事故で亡くなったんだ」
亜美は絶句した。
京平から、京平の両親の話は今まで出た事が無かったが、まさか交通事故で2人とも亡くなっていただなんて。
「え、じゃあそれから京平はひとりぼっちだったの?」
「身近な親戚も居なかったから、養護施設で過ごしたよ。そんな環境の変化も原因の1つかもな」
確か、私達と一緒に暮らす事になった時も、私達にはなるべく変化のないように気遣ってくれたよね。
改めて京平の優しさが嬉しいよ。
その優しさも、こんな辛い思いをしていたからなんだね。
「若い時は合う薬も中々見つからなかったから、養護施設では怒ったり、落ち込んでばかりだったな。それもあって、15歳で独り立ちしたよ」
15歳。それは京平が飛び級試験に受かった年齢でもあり、大学受験に成功した年齢だ。
そんな多忙な時期から、1人暮らしをしてただなんて。
「今は合う薬が見つかったから、諸症状は抑えられてるんだけどな」
「それまで、本当に苦しかったね……」
双極性障害に関しては私も勉強していて、身体が動かなくなったり、気分の落ち込みを伴う鬱症状だけでなく、気分が高揚して怒りっぽくなったり金銭感覚が麻痺してしまう躁状態もある。
自分が望んでそうしてる訳じゃないから、しかも脳の病気だから、これは本当に苦しかったよね。
「お金も無かっただろうに、躁状態の時は大変だったでしょ?」
「大学生ならバイトなんていくらでもあったし、大変だったけど何とかなったよ」
「医学生がバイトだなんて……」
「そこは安心しなさい、俺は天才だからな」
「そっか、頑張ったんだね」
京平が自分で天才という時は、割と無理してる事が多くって。
だから、その時の京平は凄く無理もしたし、頑張ったんだろうなって、私は思ったんだ。
「だけど今の薬も完璧じゃなくて、たまに落ちたり、怒ったりして、な。過去もそうだし、今週はそういう意味で、亜美にも迷惑かけたな。ごめんな」
「謝らないで。京平が落ちた時は、その度に何度だって私は助けるよ。それに、怒ってくれたのは寧ろ嬉しかったよ。ありがとね」
「亜美……」
京平は私を抱きしめた。
啜り泣く声が聞こえたけど、私は気付かない振りをした。
だって京平は、私達に涙を絶対見せたがらないから。
だから私は、京平をただ、撫でたんだ。
いつだって私は、泣き場所になるからね。無理しないでね。
◇
「さーて。何か食べたいものあるか?」
「寒いから温かいもの食べたいかも」
「じゃ、豪勢にすき焼きでも食べるか?」
「ちょ、信次もいないのにいいの?!」
流石にそれは信次に申し訳ないなあ。
しかも、遊んでる訳じゃなくて、海里くんの勉強を見てあげてる訳だしね。
「たまにはいいだろ? 寝ちゃった詫びも兼ねてな」
「それ言うなら私も普通に寝てたし、お詫びなんていいってば」
「じゃあ、話を聞いてくれたお礼で。亜美だから話せたからさ」
「じゃあ、受け取るね」
信次にはやっぱり申し訳ないけど、そう言われたら断りづらい。
京平もお腹空いてるだろうし、2人での贅沢もたまにはいいよね。
「はふー、お店の中あったかい」
「外は寒かったしな。夜はまた一段と冷えるな」
「手を繋いでくれたのにね」
今日の京平は気まぐれなのか、また手を繋いでくれたのだ。
そんなに寒かったのかなあ? でも私の手の方が冷たかったぞ?
すき焼きで、京平の身体があったまりますように。
「あ、血糖値測らなきゃ」
「すき焼きだからな、糖質高めだからインスリン注意しろよ」
インスリンポンプのインスリン量は、食べ物の糖質で決まる。
今は便利なアプリがあるから、大体の食べ物の糖質はわかるんだけどね。
「お、きたきた。それじゃ!」
「「いただきます」」
寒い日のすき焼きは、やっぱり良いよね。
ああ、お肉美味しい。牛肉って神すぎる。豆腐も汁を吸っててハフハフだし。
春菊の香りも豊かでいいし、白滝もまたいい味出してるんだよなあ。椎茸の深みも良い!
「亜美って本当、美味しそうな顔するよな」
「ん、私、美味しくないよ?!」
「じゃなくて、食べてる顔が本当に美味しいもん食ってんだなあ、って顔してるな。って」
そんなに私、表情に出ていたのか。
何だか、ちょっと恥ずかしいや。でも、美味しいのもあるんだけ、ど。
「だってすき焼き美味しいし、何より京平と一緒だしね」
「お、嬉しい事言うじゃん」
「本当の事だもん」
京平が居てくれれば、何だって乗り越えられる気がするよ。
だから、できる事ならずっと側にいてね。
ダメだなあ。告白間近だから、ちょっとナーバスになってるかも。
それがどんな形であれ、京平は京平なのにね。
でも、私の我儘でしかないんだけど、やっぱりね、恋人として側にいれたらなって思ってるんだよ。
でも、ここまで言ってるのに、相変わらず私の気持ちに気付く素振りすらないなあ。
本当に京平は鈍感なんだから。
「「ごちそうさまでした」」
すると京平は、何やら取り出した。
「あ、それが双極性障害の薬?」
「そ、晩御飯の後に飲む薬だな」
「沢山飲んでるんだねえ」
と、京平の薬袋に書かれている薬の名前を読んでみると、ラツーダ、イフェクサー、トリンテックス、ロゼラゼブ……。
うん、イフェクサーは珍しいけど、後は普通に双極性障害の鬱症状に使う薬であって、そうなると。
「ちょっと京平、精神薬ではもはや当たり前なんだけど、お酒呑んじゃダメなんじゃあ?」
「ギクッ。たまにはいいだろ?」
「たまには、じゃないじゃん。体調を崩す事もあるから注意してよね。今度の休みはノンアルにしなさい」
「お、俺の休み前の楽しみが……」
本当にしょうがない京平だなあ。
精神薬にお酒がダメなんて、私でも知ってる常識なのに。
それを絶対知ってて呑んでるからタチが悪いよね。
「またクッキー作るから、我慢しなさい」
「う、そう言われると弱いなあ。クッキー美味しいし」
「じゃ、毎週京平のすきなの作るよ」
「本当、亜美に弱いわ、俺」
「恐れ入ったか! えっへん!」
それで完全に京平がお酒を辞められるかは解らないけれど、その手助けにはなればいいな。
タバコとお酒って、中々辞められないらしいしね。
でも何かあってからじゃ遅いし、ちゃんと見張らなきゃ。だからこそ。
「信次にも、京平は断酒してるからっていうからね」
「くっ、こっそりもダメか」
「京平に何かあってからじゃ遅いでしょ?」
「う、今のはグサッと来た」
そんな事を話しながら、私達はお店を後にする。
因みにすき焼きは、かなり良いお値段でした。京平、ご馳走様!!
作者「実は作者も酒断てない双極性障害でな」
亜美「だめじゃん」
作者「で、鬱症状がでました。てへ」
京平「酒、やめねえとだな。作者になる」
亜美「そうだよ、絶対だめだよ京平」
のばら「人の振り見てなんとかですわね」
作者「酒、断たねば」
亜美「次回はいよいよ告白……のはず。どこにしようかな?」