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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
世界一簡単な愛してる
25/242

愛が生まれた日(作者目線)

「亜美、起きれるか。大丈夫か?」

「んー、私が普通だったら良かったのに、ごめんね、京平」

「だから何度も言ってるけど、亜美は生きてるだけだ。大体亜美が普通だったら、俺達会えてねえよ」


 そう、亜美と京平の出会いは、そもそも亜美が1型糖尿病だった事にはじまる。

 言い方は変だが、亜美が病気だったからこそ、亜美と京平は巡り会い、そして家族になったのだ。


 亜美の心の傷は予想以上に大きい。

 連日、酷い夢を見てしまうくらいに精神は落ち込んでいた。

 今日も亜美の顔を伝う涙痕が、京平の胸をチクッとさせる。


「精神的にまだ落ち込んでるな」


 一応勉強でも見てやろうと思い、いつもと同じ時間に起こしたのだが、今の亜美じゃとてもじゃないが、勉強どころじゃないだろう。


 ただ、明らかに悪い夢を見ているので、起こした方が良いのか、体調の為に寝かせた方が良いのか……。

 長年医者をやってる癖に迷う京平であった。

 そんなふうに迷っていると。


「きょーへー、おはよ」

「あ、起こしちゃったか。おはよ、信次」


 ごそごそしてしまったからか、信次が起きて来た。ただ、その後の信次の言葉に京平は驚いた。


「だっていつもこれくらいでしょ?」

「信次、本当はお前、自分で起きれたのか……」

「だってぼく、かじできないし、おきてたらめいわくでしょ?」

「そんな事ないぞ、亜美なんていつも起こすのに苦労するからな。寧ろ起きてくれるのありがたいよ」


 起きれない振りをしていたのも、信次なりの気遣いだったようだ。

 本当に子供の成長は早い。や、信次は早すぎる気もするが。


「ねえちゃんおこしたほうがいいよ。よるもうなされてたから」

「そっか、亜美を見てくれててありがとな、信次」


 京平は昨日夜なべしていたので、亜美が夜もうなされていたのを知らなかった。

 そこまで長い時間酷い夢を見ていたなんて。


「亜美、助けにきたぞ。起きるんだ」

「また京平に迷惑かけちゃう、私なんか……」


 亜美はまだ悪夢にうなされていた。いつも京平の事ばかり気にしてしまう亜美である。


「バカ。迷惑掛けていいんだよ、亜美はダメじゃない」


 また寝言に反応してしまった京平は、亜美に添い寝しながら優しく話しかける。

 そんな思いをこれ以上亜美にしてほしくなかったし、もっと子供らしく甘えても欲しかったのだ。

 いつも頑張ってる、亜美だからこそ。


「あ、京平。おはよ」

「おはよ、亜美。もう大丈夫だから」

「ねえちゃん。おはよー」


 先程まで悪夢にうなされていた亜美は、初めて京平の前で泣いた。

 大声で、張り裂けるような気持ちを込めて。

 京平は亜美を強く抱きしめる。

 ずっと泣きたかっただろうに、我慢させてしまった……。

 京平は自分の至らなさに、酷く苛立つ。


「信次は今日学校どうする? 亜美は休ませるけど」

「ぼくもやすむ。ねえちゃんのそばにいる」

「そっか、一緒に亜美を守ろうな」


 京平はほっとする。

 昨日は信次も巻きこれてしまったから、信次がこれ以上怪我しない為にもそれが懸命だと思っていたからだ。


「今日の昼から亜美の学校で、亜美の病気の事話してくるからな」

「ふえ、もう日付決まったの?」

「早い方がいいからな。急かさせた」

「やることがはやいね、きょーへー」


 そう、だから京平は昨日夜なべして資料を作っていたのだ。

 無事資料も完成したので、亜美の為にも早めに話したいと保健室の先生とも話していたのである。


「だから昼からは、信次が亜美を守るんだぞ」

「うん。がんばる」


 信次がまた男としての目を輝かせた。


「今から朝ご飯つくるけど、亜美食べれそうか?」

「うん、今日は京平と信次と一緒に食べたい」


 可愛い事言うじゃないか。と京平は思った。

 これは俄然朝ご飯や家事をやる力になりまくる。


「よっしゃ。ちょっと待ってろよ」

「あ、私も手伝うよ」

「ダーメ、亜美は出来るまで布団にいな」


 相変わらず、自分が辛くても頑張ろうとする亜美である。

 そこも亜美の良い所ではあるが、無理という形になって弱点にもなりがちだ。

 それを静止するのも、京平の役目だ。


「ぼくもてつだうー」

「よし、一緒に作ろうな!」


 昨日のお手伝いから自信を付けた信次は、今日も京平のお手伝いをする気満々だ。

 こういう気持ちだけでも、京平はとても嬉しい。

 そんな訳で、朝ご飯はいつもより気合いの入った内容になったとか。


 ◇


「じゃあ、2人とも留守番頼んだぞ」

「いってらっしゃいー」

「亜美はちゃんと寝とけよ?」

「はーい……」

「ぼくがみはってるからだいじょうぶだよ」


 京平は亜美の病気の事を医師として話す為に、亜美と信次の学校まで出掛けていった。

 憎たらしい、炙ってやりたいガキどもと、そんなガキどもを生み出した親どもに、しっかり引導を渡さなければ。

 なんだかんだで、ブチ切れまくってる京平である。


「えっと。会場は体育館か。信次の入学式以来だな」


 今は10月、およそ6ヶ月ぶりという事になる。

 まさか、このような形で再び体育館に行くとは思わなかった。次は亜美の卒業式の時と思っていた京平である。


 体育館の前にいくと、保健室の先生が京平を待っていた。


「お待ちしてました、深川さん。今日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、機会を作って下さり感謝します」

「いえ、亜美ちゃんの為になるなら」


 急なお願いだったにも関わらず機会を作ってくれた事だけでなく、亜美に対する思いやりも持ってくれている。

 本当に京平は感謝していた。


ーーよし、やるぞ。


 冷静になる事と亜美を助ける事は繋がってる。

 京平は自分の頬を両手でパチンと叩くと、体育館に入っていった。


 ◇


「ご清聴有難うございました。質問のある人はいらっしゃいますか?」


 説明会自体は滞りなく終わることが出来た。

 京平も何とか冷静さを保ち、話し切る事が出来た。

 これで、亜美の病気の事を理解して貰えたらという気持ちである。

 後はガキども、ガキどもの親達がどう反応してくるか、だろう。


 しかし、質問より先に、とんでもない言葉が会場内にこだまする。


「んな事言われても、亜美菌は亜美菌だろ。あいつ絶対ズル休みだぜ」

「普通じゃねーから仕方ないぜ、あはは」


 京平の中で、何かが音を立てて切れた。

 京平自身も自分を抑えようとするが、怒りという感情が、身体中を支配して制御出来そうになかった。


「と、ここまでは医師深川京平としてお話しさせていただきました。ここからは、時任亜美の兄、深川京平としてお話しさせていただきます」

「深川さん、そんな予定は……」

「すみません、もう限界です。話します」


 京平は着ていた白衣を脱いで、腕まくりをし、鬼のような形相で話し始めた。


「大体、亜美はただ生きてるだけってのは、話聞いてて解らんかったとは言わせねーぞ。にも関わらず、話聞かせた後も亜美の悪口言いやがって。親も、何故止めない? 子供が間違った方向に行ったら、止めるのが親だろ? 子供が可愛くないのか? 亜美はそんなお前らより頑張ってんだよ。いつも頑張ってんだよ。よってたかって1人を大勢で虐めてんじゃねーぞ」

「深川さん、落ち着いて……」


 ここまで話しても、京平が落ち着く事はなかった。正直、最悪な事態だ。

 仕方がないので、保健室の先生をはじめとする数人の先生で、無理矢理京平を体育館の演台から降ろして、体育館の外に連れ出した。


「離してください! あいつら、とっちめる!」

「冷静になってください、深川さん」


 京平は外に出されても、怒りを露わにしていた。

 すると、誰かが京平の側に近付いてくるやいなや、京平にペットボトルの水を掛ける。


「冷静になれ、深川」

「い、院長……」


 京平は説明会をするにあたって、院長にもその事を報告していた。まさか、見に来ていただなんて。


「深川の上席として、私がこの場は沈めます」

「院長、申し訳ございません」

「バカか深川、お前が謝るのはわしではない。亜美ちゃんにだ。今度は親御さんとクラスの子供達を交えて話すといい。ただ、今回は場所が悪すぎたな」


 院長は、京平の頭をポンっと叩くと、場を沈める為に体育館へ入っていった。


「深川さん、亜美ちゃんに今回の件、私からも伝えます。まだ冷静ではいられないでしょうから」

「すみません」

「大切な家族が虐められたら、冷静ではいられませんよ。亜美ちゃんに今から電話するので、深川さんはゆっくり帰ってくださいね」

「有難う御座います。そうします」


 京平は、罪悪感に苛まれていた。

 やってしまった。これだけはやらないように、と自分に何度も釘を刺していたのに。

 次の自分は冷静でいられるのだろうか。いや、なるしかない。

 院長の言う通り、次はガキどもとガキどもの親御さんと対峙して話して、問題解決を測るしかないのだから。


 京平は帰り道、ずっと自分の頬を自分で引っ叩いた。そうしなければ、自分が自分で許せなかったから。

 そうしたって、許せるはずもないのに。


 ◇


「ただいま」

「きょーへー、おかえり。って、かおまっかじゃん。どうしたの?」

「ああ、転んだだけ。気にすんな」


 どう考えたって転んでそうはならんやろ、と自分でも思いながら、京平は信次に言い訳した。

 何故かは解らないが、信次も納得はしてくれた。


「亜美はいま寝てるか?」

「うん、さっきせんせいからでんわがきて、それにでたくらいであとはねかせといたよ」

「解った。ありがとな、信次」


 亜美には本当に申し訳ない事をしてしまった。

 事態を収めるどころか、むしろ悪化させる真似を……。

 でも、亜美を守りたい気持ちは本当だから、誠心誠意謝ろう。

 京平は決意して、亜美のいる部屋に入った。


 亜美は起きていた。いや、寧ろ京平を待っているかのように見えた。京平は亜美の側に座って話し始める。


「亜美、保健室の先生から聞いたと思うけど、俺、やらかしちまった……ごめんな」


 しかし、その後の亜美の反応は不思議なものだった。


「え? やらかした? 京平転んじゃったの? 大丈夫? そう言えば顔真っ赤だもんね……」


 あれ、保健室の先生は京平が怒った事を話していなかったのだろうか。

 確かによく京平は転ぶが、そういう意味で言ったんじゃないのに。

 京平は、改めて話すことにした。


「そうじゃなくて、俺、説明会の時、切れちまって……余計な事しちまって」

「なんだその事?」


 亜美は立ち上がって、項垂れる京平を抱きしめてポンポンした。


「京平は悪くないよ、私の為に怒ってくれたんでしょ? 京平は優しいもんね」

「怒っちまった事の何処が優しいんだよ」


 すると、亜美は京平をさらに強く抱きしめて。


「人の為に怒れる人は優しい人だよ。そんな京平、私はすきだよ」

「亜美……ごめんな」

「だから謝らないで。京平は悪くないもん」


 亜美は続けて話し始める。


「後ね、もう京平は充分頑張ってくれたから、もう頑張らないで。無理しないで」

「でも、ガキどもはまだ亜美の事……」

「私、保健室登校する。そしたら、あいつらの顔見なくて済むから」


 亜美の顔がいつもより凛々しく見える。

 亜美は自分の為じゃなくて、京平の為にそれを選んだことも京平は解っていた。

 自分の為じゃなくて、人の為にここまで思いやれる人を、京平は今まで知らなかった。

 負けず嫌いで、授業が遅れることすら嫌がってた亜美なのに。

 でも、亜美としては、京平が苦しむ方が嫌だったのだ。

 今まで味わった事のない、胸が抉られるような気持ちだったから。


「本当にそれでいいのか?」

「そんな事よりも、夜寝る時に京平が居ないほうがやだ。悪い夢みちゃうし」


ーーおいおい、保健室登校はそんな事、か。


 京平は呆れながらも、亜美の可愛い発言に微笑む。

 なんだかんだいつも、助けられてるのは俺の方なんだよな。と、思いながら。

 亜美は、京平が近くで寝てくれたら、それで良かったのだ。


 京平は亜美を抱きしめた。今までとは違う特別な気持ちで。

 亜美も亜美で、京平に今まで感じた事のない胸打つ想いを感じていた。


「情けない俺でごめんな」

「京平は優しいだけだよ」


 こうして、亜美は京平を愛してしまった。愛が生まれたのだ。

 誰よりも優しくて、人の為に怒れて、すぐに落ち込んでしまう人間らしい京平を、愛したのだ。


 ◇


 その翌日、京平は珍しく風邪を引いた。

 院長に掛けられた水が冷たかったからか、ここ最近の多忙ぶりが祟ったのかは定かじゃないが。


「京平、大丈夫?」

「頭が痛くて、鼻水も止まんねえ。後ボーっとする」

「つまり風邪を拗らせたのだね。無理するから」

「それより亜美は大丈夫なのか?」

「うん、京平が側にいてくれたから」


 久しぶりに亜美の元気そうな顔だ。京平もそれをみて安堵する。


「ごめん、朝ご飯作れそうにないや。なんか適当に作って食べな」

「それならもう作ったし、学校休んだから焦る必要はないもんね」

「おい、保健室登校初日をブッチかよ」

「信次は学校いったもん!」


 元気なら学校に行けば良いのに。それだけ亜美は京平を心配しているのだろう。

 そして信次が学校に行った事と、亜美が学校をサボった事はなんの関係もない。


「京平、食欲ある?」

「あんまないかも」

「じゃあ、卵粥作るから、それだけ食べてね」

「おお。ありがとな」


 なんか聞き覚えがあるような、ないような。

 まあいいや。ここは素直に亜美に甘えようと京平は思った。


「後休みも4日あるし、それまでには風邪治さねえとな。内科医が風邪とは情けない」


 と、自分の不甲斐なさに落ち込んでいる京平だった。内科医でも、風邪を引く時は引くのだ。


「おまたせー」


 やがて、卵粥を作り終えた亜美が、部屋に入ってきた。

 京平の風邪をうつしてしまいかねないから、これは本当に申し訳ない。けど、有難いと京平は思う。

 亜美は卵粥をふーふーしながら、京平に食べさせた。


「どう? 美味しいかな?」

「俺が作ったのより美味いな。何したの?」

「えへへ、内緒」


 何故か京平の作る卵粥よりも、美味しい卵粥を作った亜美は、ちょっとドヤ顔をして京平に笑いかけた。

 こんな亜美の笑顔にも、京平は救われるのである。いつも、いつも。


「ごちそうさま、ありがとな」

「はい、風邪薬。これ飲んで、しっかり寝るんだよ」

「お、準備が良いな。ありがと」


 京平は薬を飲むと、布団に横たわる。

 京平は普段から平熱が高い分、一旦風邪を拗らせるとかなりしんどいのだ。


「私も寝よっと、おやすみ」

「もう、しょうがないなあ」


 不思議な安心感に包まれながら、2人は眠った。

 これはそれぞれが醸し出しているものだと気付くのは、まだ先の話である。

作者「長くなりましたが、亜美達の過去編はこれで終わりです。みんな、いじめは絶対だめだぞ」

亜美「京平が私の為に怒ってくれたから、元気になったのはあるかも。有難うね、京平」

京平「亜美に助けられてばかりだよ、俺は」

亜美「私こそ、いつも有難うね」


作者「さて、亜美達のデート編と行きたいとこですが、次回は一旦信次くん達を見てみましょう」

亜美「真面目に勉強してるかしら、あの子たち」

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