愛が育つとき(作者目線)
こうして亜美達は、亜美の体調も考慮して、タクシーで我が家まで向かう。
京平はタクシーの中で院長先生に連絡をしている。京平なりに今回亜美に起きた事を、重く受け止めているのだ。
「院長と相談して、1週間有給使う事にした。その間に亜美を守るからな」
「え、病院休むの?」
「今まで私用で有給使った事ないし、家族の一大事に仕事してらんねーよ」
とは言え、京平はどのような手段で亜美を守るのか。亜美には全く解らなかった。
それ以前に、相手が自分の病気を理解する気がないのに解決策なんてあるのか、とさえ思っていた。
「まずは亜美の病気を理解させる事からだな。内分泌代謝科の医者を甘くみんなよ、ガキども」
「ガキども言っちゃってるよ、この人」
「すでに保健室の先生には話はつけてあるから、亜美の学校全体と保護者に俺から病気について話してみるよ」
昔から行動の早い京平である。まずは医者として出来る事、病気について説明をする事にしたみたいだ。
既にこの時点で内分泌代謝科に勤務して、6年になる京平なら、少なくとも担任の先生よりは詳しく話してくれるだろう。
「亜美は暫く、学校を休んだ方がいいな。問題が解決するまでは」
「え、勉強ついてけなくなるからやだよー」
「俺が教えてやるから安心しなさい」
確かにその方が賢明だろう。今のクラスメート達は亜美を異物としてしか見てないのだ。このまま通い続けても、亜美が傷付くだけだ。
「小学生のガキどもにも理解出来るよう、話は練らなくちゃな。ふっふっふ」
「京平、怖いよ」
と、ここまで話し終えた所で、京平は話を変える。
「ガキども対策は、まずは話すと言う事にして……亜美、何か俺に隠してないか?」
「か、隠してないよ?」
「はい嘘ー。顔に出てるし、保健室の先生から裏は取れてんだよ。うりゃー!」
京平は、亜美の顔を勢いよく引っ張った。
「痛いなあ、突然なにすんの」
「隠し事するからだ。正直に言いなさい」
「別に。朝ご飯全部食べてないだけだもん」
全然別に、じゃないのだが、亜美は不貞腐れながら言う。
「お皿は空だったのに……あ、俺か信次の皿に盛ったのか?!」
「何故解った。お主天才じゃな」
「バカ、やるならやるでちゃんと言いなさい。低血糖になるだろうが!」
既になっているんだよなあ、とは言えない亜美である。
「だって、太っちゃったからダイエットしたくて」
「成長期なんだから太るのは当たり前だ。明日からはちゃんとご飯食べろよ。お兄ちゃん悲しいぞ」
「ごめんね、京平」
「約束だぞ、バカ」
こうして、亜美のダイエット大作戦は失敗に終わったのである。そもそも成長期にダイエットなんて無理に決まってるのだ。
その分、背丈も伸び、身体付きも徐々に女の子から女性へと近付いているのだから。
そんな話をしている内に、タクシーは家に着いた。
「有難うございました」
タクシーの運転手は、京平からお金を受け取ると、颯爽と去っていく。
「まだ時間早いけど、晩御飯の支度しなきゃ」
「ダーメ。亜美は休んでなさい。無理はすんな」
こういう時の京平は、本当に頑なで何もやらせてくれない。じゃあこれなら、と、亜美は次の作戦にでる。
「じゃあ勉強……」
「いいからご飯まで寝てるんだ」
「色々ありすぎたし、眠れないよ」
亜美は確かに精神的にも体力的にもかなり疲弊していたが、頭の中が悪い方向にばかり動いてしまい、眠る事が出来なかった。
現に京平にも迷惑を掛けてしまっている。
「しょうがないなあ。ほら、おいで」
京平は亜美を布団に誘う。
「寝付くまで側にいるからさ」
「有難う、京平」
京平は、亜美を抱きしめると、そのまま頭をポンポンする。大切で愛しい亜美が、眠れるように。
「落ち着いてきたかも。おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
疲れていた亜美は、京平の腕の中で、ぐっすりと眠り始めた。
「絶対守るからね、亜美」
◇
しかし、いじめ事件はそれだけに留まらなかった。
「ただいま……」
「おかえり……って、信次、どうしたんだ?!」
信次が帰ってきた。が、全身傷だらけだった。
「なんか、あみきんのおとうとーって言われて、石なげられてにげてきた。あれ? きょーへーなかばんだったよね?」
なんと今回の件に無関係である信次にも、いじめの魔の手が及んでいたのだ。
京平は信次を抱きしめると、また震え出した。正直、怒りを抑えるので精一杯である。
「あいつら、亜美だけじゃなく信次まで……」
「きょーへー、くるしいよ。どうしたの?」
京平の心の中は憎しみでいっぱいだ。何よりも大切な家族をこんな目に合わせられて、冷静でいられる訳がなかった。
もし仮にいじめっ子が側にいたら、生きては帰れないレベルだっただろう。
「ごめんな信次、力入りすぎた。大丈夫、お兄ちゃんが守るからな」
「ありがと、きょーへー」
そして、信次にも亜美にあった事を話した。
「それなら、ねえちゃんにはぼくのことはいわないで。よけいくるしくなっちゃうから」
幼いながら、信次の目は男の目をしていたし、本気だった。
「解った。俺との秘密な」
「やくそくだよ」
「それは兎も角、傷の手当てしないとな。さー、傷口洗うぞ」
「いたいのやだー」
さっきの男の目はどこへやら。傷口が痛むのを恐れた信次は、涙目になる。
が、京平お兄ちゃんは容赦なく信次を捕まえて、お風呂場で傷口を石鹸で優しく洗うのだった。
◇
「亜美、起きれるか?」
「京平、ごめんね……私のせいで。京平……」
どんな夢を見ているのかは解らないが、夢の中でも京平に謝っていた亜美である。
「だから謝るなよ、生きてるだけじゃないか」
そんな亜美の寝言にさえ、京平は反応せずにはいられなかった。
最近低血糖が多いとは言え、亜美は生きる為に精一杯糖尿病の治療に取り組んでいる。本当に贔屓目なしに頑張ってる。
そんなただ頑張ってる亜美を苦しめるだなんて……。差別とは本当に恐ろしいものだ。
亜美が頑張っている事を、京平なりに伝えようと思っているが、差別心にどこまで立ち向かえるか。
そこは話してみないと不透明だが、心配な部分だ。
京平はそれでも戦うしかない、と腹に決め、亜美を強く抱きしめた。これ以上、亜美を傷付けさせる訳にはいかない。
「あ、おはよ。京平」
「ん、起きたか。おはよ」
強く抱きしめたからか、亜美が起きて来た。顔に涙痕をいっぱい付けているのが、京平は悲しかった。どんなに酷い夢を見たのだろうか。
「どうしたの? 京平?」
「なんでもないよ、晩御飯食べれるか?」
「あんまり、食欲ないかも」
無理もない。罵倒や差別心と戦った亜美の心は、疲弊しきっている。ご飯どころじゃないはずだ。
それでも何とかご飯を食べさせないと。
「じゃあ卵粥作るから、それだけ食べてな」
「ありがとね、京平」
「少し待っててな、すぐ作るから」
「うん、待ってるね」
ーー良かった、お粥なら食べられそうだ。
京平は安堵しながら、信次にもその事を伝える。
「亜美、食欲ないみたいだから卵粥食べさすよ」
「ねえ、きょーへー。ぼくもてつだっていい?」
「よし、一緒に作ろっか!」
これが信次が、生まれて初めて京平との共同ではあるが作った料理になる。
信次は不慣れながら卵を割ったり、卵を混ぜたりと初めてにしてはかなり上出来なお手伝いだった。
「ぼくがてつだったことは、ねえちゃんにはないしょね」
「なんだ。それも内緒なのか。了解」
話せばいいのにな、とも思う京平だったが、信次はかなり照れくさそうにしていたので、黙っといてあげる事にした。
「亜美、卵粥できたぞー」
「ありがとね、京平」
「上半身だけ起きれるか」
「うん、大丈夫だよ」
亜美はかなり辛そうではあったが、なんとか上半身をあげる事ができた。
これなら卵粥を食べさせる事が出来る。
京平は、卵粥をふーふーしながら、亜美に食べさせる。
亜美は京平のおかげで、無事卵粥を食べる事が出来た。
「あ、注射と血糖測定してなかったや」
「俺がやっとくから心配すんな。眠れそうか?」
「うん、京平ありがとね」
やっと亜美が笑った。家で少しずつ亜美の心の傷を癒していければ、と、京平は思う。
京平は亜美が寝静まった後、亜美の耳たぶで血糖測定を行った。120。うん、丁度良い。
そして亜美の腕に、インスリン注射を打つ。
これを普段亜美は、1人で行っているのだ。
そんな亜美の為に、ガキどもを納得させなくては。
京平は強い気持ちで、説明用のプレゼン資料を夜なべして制作していくのであった。
作者「因みに、信次に起きたことは実話なのじゃ。いじめっこゆるさぬ。私の可愛い妹にまで!」
のばら「いじめって本当に怖いのですわ」
京平「この時の俺、若いから冷静だよな。今なら普通にぶちのめしてるから」
亜美「何かが退化してるよ、この人」
信次「色々あったからなあ」