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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
世界一簡単な愛してる
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愛が始まる前(作者目線)

 それは今から9年前の事。時任家の子供達も大きくなり、京平にも若干の余裕が生まれた時だった。

 亜美は12歳、信次は7歳、ついでに京平は26歳になり、家族としての仲も、段々と強まっていく。

 信次が小学生になった事もあり、京平は中番にも入るようになった。


 また、五十嵐病院育児センターも当時は無く、信次を保育園に通わせていた時期は、院長に相談をして早番で一旦中抜けし、信次を迎えに行ってから、また病院に戻るという多忙振りであった。


 亜美が料理を覚えたのはこの時期で、京平と信次の為に亜美が晩御飯を作っていた。

 信次も亜美や京平を見ながら、少しずつ家事を覚えようとしている。


 とは言え、まだ小さな亜美達なので、京平は朝から家事に追われていた。


「亜美、洗濯機回しといて」

「了解! 京平は朝ごはん出来そう?」

「今やってる!」


 この頃の亜美は、まだ京平達と一緒に寝てた事もあり、意外と早く起きれていた。京平が早めに亜美を寝かしていたからというのもある。

 とは言っても、毎朝京平が叩き起こしていたのだが。


「じゃあ、私、信次起こしてくるね」

「ありがと、亜美」


 当時の信次はまだ7歳。自発的に起きれる歳ではなかったし、家事もまだ出来なかったので、敢えて良い時間になるまでは寝かしていた。

 

「よし、朝ごはん完成!」

「おはよ、きょーへー」

「お、信次、おはよ」

「私、ご飯並べるね」

「お、ありがと!」


 こうして、何だかんだで朝ご飯までたどり着いていた。


「「「いただきまーす」」」


 この頃の京平は仕事よりも、家事で毎日が多忙だった。

 その事を亜美達も理解していたので、なるべく京平に迷惑を掛けないよう気を遣っていたのはある。その結果。


「ぼくもかじ、おぼえたいな」

「お、信次も手伝ってくれるのか?」

「信次にはまだ無理でしょ、小さいし」

「ねえちゃんよりはできるもん!」


 実際信次が、姉である亜美を家事スキルで負かすのは、そう遠くない未来であった。


「さあ、ご飯食べ終わったら歯磨きするんだぞ」

「「はーい」」


 亜美達は素直に言う事を聞いてくれたので、京平もその辺りはかなり助かっていた。

 それが亜美達なりの気遣いである事も知りながら、それに甘えるしかない家庭環境である事に、京平は少し自分に苛立ってもいた。

 我儘すら言わせてあげられないのか、と。


「さー、歯磨きしたら着替えるんだぞ」

「私、これとこれ着たいなあ」

「ダメ、その組み合わせはセンスないから、これとこれにするんだ」

「ぶー。京平の意地悪」


 そして、当時から亜美のセンスは壊滅的だった……。

 朝ごはんの洗い物をしながら、亜美の服装チェックは面倒ではあるが、亜美のセンスじゃ放ってはおけない。

 それよりも、亜美自身がセンスの無さに気付いてくれないのが、地味に京平の悩みの種である。


「信次、は、大丈夫だな」

「信次ばっか好きなの着れてずるいなあ」

「おねえちゃんのえらぶのはダサいからしかたないよ」

「ぶー」


 いい加減気づいてくれ。と、2人は思っていた。直接言ってるのに受け止めてくれない亜美である。


「さ、2人とも学校行っといで」

「「行ってきまーす」」


 こうして時任家の子供達は学校に出掛けていった。


「俺は洗濯物干したら、もう一眠りすっかな」


 この時の深川京平は、完全に主夫と化していた。これが早番になるとこうもいかないので、身体的には中番のが楽だったらしい。


 こんな日常を9年前の彼らは過ごしていたが、まさかそれから、それを一変させる出来事が起きようとは、まだ知る由もなかった。


 ◇


 亜美は1型糖尿病の事を、クラスメイトに話す事は出来なかった。

 普通じゃないのは解っていたし、そこまで腹を割って話せる友人が居なかったのもある。昔から友達作りが下手な亜美だった。

 また、亜美は注射を打っていたので尚更だ。

 なので、この学校で亜美の病気の事を知っているのは、保健室の先生と、担任の先生だけである。


 1型糖尿病になって2年ではあるが、亜美の血糖コントロールは良好とは言えなかった。

 多動な時期なのもあり、度々低血糖になっていたからだ。

 その為、毎朝学校に着いたら、低血糖防止のため血糖測定を行っている。

 とは言え、クラスの中で行う事はままならないので、保健室に通っていた。

 

「えっと、63。大分低いなあ。これじゃあダイエット意味ないじゃん」

「亜美ちゃんダイエットしてるの?!」


 亜美は痩せたいが為に、朝ごはんを完食していなかった。

 しかし京平の指示で、全部食べた程でのインスリン注入を行っていたので、当然低血糖になってしまう。

 何故京平が気付かなかったと言えば、亜美が配膳する時に、自分のご飯を京平のお皿に乗せていたからだった。ずる賢い亜美である。


「そう! 痩せたら京平に好きですっていうの!」


 まだ愛してるまでにはいかないものの、弟と父親、そして自身を助けてくれた京平に、亜美は少なからず恋愛感情を抱いていた。

 将来の夢を聞かれたら、いつも「京平のお嫁さん」って、答えるレベルには。


「すぐぶどう糖食べなさい。本当は休んだ方がいいんだけど……」

「本当は食べたくないけど、仕方ない。食べたらクラスに戻ります」


 本来であれば、血糖値が上がるまでは保健室で休むべきなのだが、負けず嫌いの亜美は授業に遅れるなんて真似をしたがらない。

 その為、保健室の先生からは少し多めにぶどう糖は摂らせられてはいたが、血糖値の上がり具合に悪い意味で影響は見られなかった。


「うーむ、最近なんか低いな? と思ったら……深川さんに報告しなきゃ」


 ◇


 こうして小学校での1日が始まったが、亜美の体調は宜しいとは言えなかった。眠気もあるし眩暈もある。

 こうなるから、本来は保健室で休むべきなのだ。

 でも、それでも頑張るのが、頑張れなくても頑張るのが亜美である。血糖値が上がるまで、全てを我慢していたのだ。


 ただ当たり前なのだが、万全の体調では無かったので、授業中に手を挙げたり、ノートを取る事も上手くは出来なかった。

 幸いにも20分程で血糖値は上がって来たが、授業の20分は地味に大きい。亜美は悔しさに震える。


ーーどうして、普通の人と同じように出来ないんだろう。


 こんな事をいつも思っていた。普通の人は低血糖にならないし、血糖測定もしないし、注射だって打たない。

 そんな人とは違う、という点に敏感な時期でもあった。

 それでもそういうので辛い時は、京平の言葉を思い出す。

 

ーー病気も大切な、亜美の個性なんだよ。


 そしていつもその後に決まって、守るから安心してね。と、言ってくれた。

 そんな京平が主治医だから、辛い注射も血糖測定も頑張れた亜美である。


「2時間目からは負けないもん」


 亜美はそう自分に言い聞かせながら、自分の個性と向き合うのであった。


 ◇


 授業もそれから問題なく進み、給食の時間がやってきた。

 亜美はこの時間が1番嫌いだ。何故なら注射を打たねばならないから。

 今週は給食当番ではないので、給食を食べたらすぐ保健室に行ける。

 本当は給食を食べる前に注射を打つのが望ましいが、給食の時間は意外に短いのだ。

 ただ、食べてさえしまえば、余裕もできるので、悲しい事に亜美は早食いの癖もついてしまった。


「ごちそうさまでした」


 と、告げてからが忙しい。早足で保健室までいって注射を打たなくてはならない。

 保健室から教室までは年々離れていくばかり。歳を取りたくはないものだと、亜美は12歳にして思っていた。


 そして、保健室にたどり着いた。


「あ、亜美ちゃん来たね。ご飯食べれた?」

「半分残した」

「じゃあ、一応血糖値測ってね」


 亜美は血糖値を測ると、食べたばかりなのもあり……。


「178。地味に高いなあ」

「ご飯たべれてないから、4単位くらいで良いよ」

「はーい」


 と、亜美が注射を打っていたその時だった。


「え、亜美ちゃん注射打ってんの? やだ、怖い」

「え、中園さん、なんでここに?」


 普段ならいるはずもないクラスメートが、亜美のすぐ近くにいた。


「怪我しちゃったから保健室に来たの。そんなん普通じゃないし、怖いよ」

「注射打たなきゃ死んじゃうもん、しょうがないじゃん」

「やだ、近づかないで。怖い」


 中園さんは、怪我の事などもはや頭からすっ飛び、全速力で亜美から逃げていくのであった。

 どうしよう。注射の事が、クラスメートにバレてしまった。


 ◇


 保健室の先生は、「気にする事ないよ」とは言ってくれたけど、気にせざるを得なかった。

 何故なら、中園さんは亜美の注射の事を、クラス中に言いふらしていたのだから。


 亜美は担任の先生にも、自分の病気の事をクラスメートに話してほしいと伝えるも、歳が歳だ。

 自分と違う生き物は、まるで異物を見るような眼差しでみるのがこの歳の子達である。

 その為担任の先生の話も虚しく、ただ浮いていた亜美は、いじめの標的になってしまった。

 注射を打つ怖い子として。


「やだ、亜美ちゃんが近くにいる。逃げよ」

「亜美菌がうつるもんな」


 いじめは1日の内にエスカレートをしていき、遂にはバイ菌呼ばわりまでされてしまった。

 亜美も負けてられないので、悪口を言う男子の大切な部分を蹴ったり、口などで応戦するも、初めての経験だ。一気に疲れてしまった。

 この日は、保健室の先生とも相談して、早退することにした。


「今、深川さんの病院に連絡するから待っててね」

「大丈夫です。1人で帰れます。兄を心配させたくないんです」


 それが本心だった。京平の事だから、亜美の味方をしてくれるのは間違いないが、ただでさえ多忙にしているのに、自分の事で京平に迷惑は掛けたくなかったのだ。

 しかも、病院を中抜けまでさせてしまうだなんて。

 しかし、保健室の先生はそれを良しとはしない。


「だめ。他に伝えたい事もあるしね。素直に待ってなさい」

「はい……」

「疲れてるだろうし、そこのベッドで寝てなね」

「ありがとうございます」


 勿論寝られるはずがなかった。私が普通じゃないばっかりに、京平に迷惑を掛けてしまう。

 そんな自分が、自分で許せなかった。


 保健室の先生が電話して5分程で、京平は保健室にたどり着いた。タクシーを飛ばしてもらい、学校に着いてからも全速力で走ってきてくれた。

 着替えもせずに来たのか、白衣のままである。


「亜美!!!」

「きょ、京平……ごめんね」


 亜美は震える声で、京平に呼びかけた。

 京平は亜美を見つけると、即座に亜美を抱きしめ優しく声を掛ける。


「謝らなくていい。亜美は何にも悪くない。生きてるだけだ」

「京平、何故震えてるの?」


 そう、京平は震えていた。亜美を苦しめたクラスメート達への怒りで。


「大丈夫、亜美の事は俺が守るから」

作者「これは作者の実体験じゃないけど、作者も病気が原因でいじめられたから、気合い入りました」

のばら「注射打たないと生きていけませんのに、注射自体を拒否する周りは許せませんわね」

作者「家族である前に、亜美は患者様だしね。京平はどうなる?!」

信次「嫌な予感はするよね。僕は知ってるけど」


作者「次回もお楽しみに!」

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