信次の入学式
「さ、そろそろ出かけよ」
「亜美、ビデオちゃんと撮ってこいよ?」
「任せて!」
「のばらは写真撮りますわ」
「私は信次を見ながら泣きそうだ」
「お父さん、ただの入学式だよ?」
今日は信次の入学式。本当は京平も行くはずだったんだけど、診察の日と被ってしまったし、患者様もかなりいらっしゃるということで休めなかったので、私がビデオ係に任命されたのだ。
「でも、信次満点だったのに、総代じゃないんだよな」
「ああ、それは葉流がやるみたいだよ。青柳医院の跡取り息子だからやらされるんだろうな、ってぼやいてたよ」
「ま、東都大も、青柳医院にはコネ作りたいよな」
ふむふむ。そういう事情もあったりするんだなあ。
信次が総代じゃないのは、ちょっぴり残念だけど、信次の晴れ姿が見られたら幸せだしね。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、皆」
「いってまいりますわ」
「いってきます!」
「京平も頑張れよ」
私達は外で待ってくれている予約したタクシーに乗り込む。
今日は平日だから電車も朝から混み合うし、京平が頼んでくれたんだ。お父さんには元気でいてもらいたいし。
「信次のスーツ姿、見るの久々ですわ」
「のばらの家に挨拶に行って以来だもんね」
「私はなんなら初めて見たかも」
「意外とスーツ着る機会無いもんね」
まだまだ私達の年代だと、結婚式にお呼ばれとかもないしね。パーティに招待、とかも、私も信次も友達が少なくて特段無かったしね。
一応京平の主任部長昇進っていうイベントはあったけど、飲み会嫌いな京平はパーティを固辞したんだよね。
それに京平にとっては、あまり嬉しくなかったみたいだし。昇進。
現場から離れる可能性があったから、怖かったんだって。
実際は、シフトを作る業務の追加と医師会合への出席を求められるようになったくらいだけどね。
「のばらのスーツ可愛いね」
「ありがとうございますわ、亜美。信次の晴れ舞台ですから新調しましたの」
「僕のためにありがとね、のばら」
「当たり前ですわ!」
のばらは豊満なお胸があって、スーツとか似合うもんなあ。私もスーツは新調したんだけど、小さなお胸だからあまり映えないんだよなあ、悲しい。
朝に京平から、気にしなくても良いって言われたし、可愛いよとは言われたから気にはして無いけどさ。
いつも私の悲しい気持ちを埋めてくれるよね、京平は。
「父さんのスーツも京平が買って来てくれたから、新しいんだぞ。京平は優しいよな」
「お父さんのスーツもよく似合うね。京平センスあるな?」
「少なくとも兄貴、亜美よりはセンスあるしね」
「こら、信次! 本当のことを言うでないよ」
「少しはオブラートに包んだじゃん!」
ぶー、確かに私は実際のところ、壊滅的にセンスがないけどさ。今日のスーツも京平が選んでくれてるしさ。私が選ぶと、とんでもないことになるからって。
少しはセンス良くなりたかったなあ。
◇
「さ、着いたよん」
私は早速カメラを回し始めた。
「ここが日本武道館かあ」
信次は感慨深そうに呟く。
「入学式は東都大でやるわけじゃないのか」
「新入生だけでも3000人以上いるしね」
「そんなにいるのですわね」
信次も私達も、武道館の中に入っていく。武道館では保護者受付と新入生受付が行われており、私達はそれぞれ受付を済ませた。すると、後ろから声を掛けてくる人が。
「よ、信次」
「葉流! 総代挨拶頑張ってね」
「総代だから前の席に座らなきゃで、信次と居られないのが切ないよ」
「へえ、そんな縛りもあるんだねえ」
確かに呼ばれたら直ぐに壇上にあがらなきゃだから、そうなるよなあ。
葉流くんの挨拶も楽しみだね。
「何気武道館も初めてだから楽しみ」
「ライブでこれたらより良かったんだけどね」
「そう言えば、最近ライブ見に行ってないね。また行きたいね」
「だね。じゃあ、僕、席こっちだから後でね」
信次は駆け足で武道館の会場までいく。
「私達も行こうか」
「そうだね、お父さん」
「入学式楽しみですわ。でもこんなにいると、信次の写真撮れなそうですわ」
「帰りに信次の写真撮ればいいよ」
そんな話をしながら、私達も会場内に入った。
武道館の中には、既に大勢の新入生と保護者でごったがえしていたものの、受付で貰っていたチケットのおかげで、迷うことなく席に座ることが出来た。探すのには、ちょい苦労したけどね。
「いよいよ始まるな」
新入生は中央に並べられたパイプ椅子に、皆並んで座っている。
流石にこんなに大勢だと、信次を探すのは難しいなあ。
仮に見つけられても、私達の席は中央から離れてしまっているから、見える信次は胡麻粒サイズだしね。
「信次の大体の位置は解りましたけど、写真には残せそうにないですわ」
「え、のばら解ったの?!」
「双眼鏡持って来ましたの」
「いや、だとしてもよく見つけられたよね」
とはいえ私も気になったので、のばらに教えて貰いながら双眼鏡で信次を探してみた。
あ、結構後ろの席なんだね。ちょっと退屈そうにしているや。流石に葉流くん以外の友達はまだ居ないだろうしね。
絶対私達は見えてないだろうなあ。保護者だけでも5000人はいるからね。
「さ、亜美、もうすぐ始まりますわ!」
「あ、本当だ。着席っと」
東都大学の入学式は、様々な方々の式辞から始まった。東都大学の総長をはじめ、理事、学部長、研究科長、研究所長並びに来賓の方々が、新入生に式辞を述べていった。
「大勢の方々の挨拶がありますのね」
「ね。流石東都大学」
それから、応援歌を歌う場面があったり、チアリーディングで会場を沸かせたりして、入学式はかなり盛り上がった。
双眼鏡で信次を見ながら撮影していたんだけど、信次もかなり楽しんでるみたい。
そしていよいよ、葉流くんの宣誓の時間となった。
そんな最中。
「ふう、なんとか間に合ったか。こんにちは、信次くんの保護者の皆様ですよね?」
「こんにちは。えっと、誰ですか?」
「あ、葉流の宣誓が始まるので、自己紹介は後で」
そう言いながら、嬉々としておじさんは、ビデオカメラを回し始めた。ん、なんかおじさんが席に着いてから、周りがざわついてるな? すごい人なのかな、このおじさん。
「宣誓! 私達新入生一同は、勉学に励み、友と協力し合い、大学生活を過ごすことを誓います。総代、医学部、青柳葉流」
「葉流ー、かっこいいぞー!!」
葉流くんはおじさんのその声に、手を振って反応をする。え、もしかして。
「もしかして、葉流くんのお父さんですか?」
「葉流がいつもお世話になってます。はい、葉流の父親です」
「ということは、青柳医院の院長先生、ですわね?」
「はい。深夜から緊急の手術があって、遅くなってしまいましたよ」
通りで周りがざわつく訳だ。あの青柳医院の院長がこの場にいるのだから。
まだ式の途中だというのに、かなり多くの目線が青柳院長に集中しているし、なんなら話しかけてくる親御さんもいらっしゃった。
「青柳院長、先日は祖父がお世話になりました」
「日々、青柳院長の論文拝読してます。流石です」
「はは、まだ式典の最中ですよ」
それからは、東都大学の校歌を歌って、式典は無事に終わりを迎えた。
「お父さん、ありがとね」
会場の外に出た後、葉流くんが青柳院長に向かって走ってくる。
「立派になったな、葉流」
「えへへ、頑張ったでしょ?」
信次も私達の元にやってきた。
「お父さん、のばら、亜美、ありがとね」
「入学おめでとう、信次」
お父さんは信次を、ギュッと抱きしめる。
本当におめでとう、信次。
「ほら、2人とも、並ぶのですわ」
「のばら、写真ありがとね」
「のばらさん、有難うございます」
のばらは、信次と葉流くんの写真を撮影する。
2人ともいい笑顔だね。
勿論私もバッチリビデオ撮影したよん。
こうして私達は葉流くん達とさよならして、呼んでいたタクシーに乗り込んだ。外は混み合うだろうから、家でご飯食べようってなったからさ。
◇
「ふう、なんだかんだちょっと疲れたね」
「大丈夫、昼は僕が作るよ。本当に有難うね」
こうして、少しのんびりしていると、私の携帯が鳴り響いた。電話かな、誰からだろう?
「もしもし」
『ああ、亜美。出てくれて良かった』
「京平! もう14時だよ。やっと休憩なの?」
『診察待ちの患者様が中々引かなくてな。ちょっと疲れたから、亜美の声、聴きたくてさ』
そっか。私を頼ってくれてありがとね。
「お弁当はもう食べた?」
『うん、美味しかったぞ。亜美の声も聞けたし、仮眠室で寝ようかな』
「そっか。おやすみ、京平」
『おやすみ、亜美。いつも有難うな』
それから京平が眠るまで電話してたんだけど、私の声に安心してくれたのか、すぐ眠ってくれた。
寝息がとても愛しいよ、京平。
「亜美ー、昼ご飯出来たよ」
「うん、今行くー!」
幸せだな。大切な彼氏に、大切な家族。
皆温かいからさ。
信次「昼ご飯は炒飯だよ!」
亜美「わーい!」
のばら「信次の炒飯、大好物ですわ」




