馬子にも衣装
遂にこの日が来てしまった。告白の日が。
結局、信次が布団を干してくれた甲斐もなく、私は一睡も出来ずに朝を迎えた。成長が見られないダメ亜美ちゃん。
「信次、おはよー」
「おはよ、また眠れなかったの?」
「だって今日は告白の日だもん」
そんな時こそ、万全の体制で臨みたかったが、眠れなかったものは仕方ない。何とか乗り切ろう。
否、全力で楽しもう。一緒に遊びに行く日でもあるのだしね。
「あ、そういえばのばらさん来るんだよね?」
「そうそう。なんか可愛くしてくれるらしいよ」
「えー、亜美を? まー、馬子にも衣装とは言うしね」
グサッ。本当に辛辣である。つまらん者って何なんだ。私だって、可愛くなろうと思ったら可愛くなるんだから! 今までなった事ないのがあれだけど。
ただ、ここで予想外の事が起きた。
「おはよ」
「え、あ、兄貴が、6時30分に起きた、だと?!」
「失礼な。眠れなかっただけだぞ」
京平、偉そうに言う事じゃないぞ。てか、京平も眠れなかったのかあ。お出かけの時間、遅くした方が良いかもしれないね。お互い眠れてないんだし。亜美ちゃんは眠れる気がしないけど。
「寝付けないって感じ?」
「そんな感じ。亜美と遊びにいくし、まあいいかと思って起きた」
あ、京平も眠れる気がしないやつだな。こりゃ。
昨日ののばらの事、まだ気にしてるのかな? 気にしててもおかしくはないよね。昨日の事なんだし。
さて困った。のばらの算段だと京平が寝てるだろうから7時の待ち合わせで、私のビューティチャレンジが始まる予定だったのだ。
しかし、なぜか京平は起きている。や、起きてていいんだけど、やっぱサプライズで見せたいよね。
これはのばらに、ライムで相談しようかな……。
と、思った矢先だった。
ーーピンポーン。
あ、のばらが来た?! まだ6時35分だよ?!
「あれ、めちゃ早い時間に誰だ?」
「ああ、のばらさんだよ」
「のばらさん? まだ何故?」
と、私達がどたばたしている間に。
「おはようございますわ。亜美に信次くんに意気地なし深川先生」
「俺、まだ意気地なしなの?」
本当に何故意気地なし認定されたかは不明だが、京平の事だから変な気遣いで男らしくないって判断でもされたのだろう。
昨日告白した人に、意気地なしって言えるのばらも凄いけど。
「じゃあ、ちゃんとのばらって呼んでおくんなまし。敬語禁止ですわ」
「なんかどっかで聞いた事あるようなフレーズ」
「そんなのばらさんは、相変わらずののばら敬語で笑える」
さあ、京平、どう出るんだい?
因みに京平も私に敬語禁止って言ったから、人の事言えないんだぞー。
「じゃあ逆に、俺の事深川って呼び捨てに出来る?」
「内科主任部長を呼び捨てだなんて、はしたないのですわ!」
「俺がいい、って言ってんだからいいじゃん。ほらほら」
うわ、京平のドSが発動し始めた。変なとこで負けず嫌いだから困るのよね。そんな些細な事で張り合わなくてもいいのに。
「うう。負けましたわ」
「まあ、呼び方はどうでもいんじゃない? 大事なのは中身なんだしさ」
のばら陥落。一応お嬢様だし、はしたない真似はどうしても出来なかったのね。
それを利用する京平も京平で意地悪だけど。
「取り敢えず、朝ご飯にしよ。のばらさんは食べてきた?」
「帰ってから食べようと思っていたので、まだですわ」
「じゃ、一緒に食べよ。3人分も4人分も変わらないからさ」
「ありがとうございますわ」
あれ、信次のヤツ珍しいな? あいつ、信頼してる人か家族にしかご飯作らないのに。
クッキー作りの縁もあって、のばらを信頼したのかな? 私の友達だから気を遣ってるのかな? どちらにしても謎だ。
「なあ、信次が他の人にご飯作るって珍しいよな?」
京平が、私にひそひそ声で話しかけてきた。
「ね、私が知る限り、家族以外では海里くんくらいしか」
「だよな? いつの間にって感じだよな」
どちらにしても、なんか五十嵐病院の休憩時間みたいだけど、のばらと朝ご飯を食べる事になった。
「「「「いただきまーす」」」」
「あら、とても美味しいですわね。流石信次くんですわ」
「のばらさんの口に合って良かった」
「そう言えば信次のご飯初めてだもんね」
「他の誰かがおんなじの作っても、なんか違うしな」
本当に何でか解らないけど、信次が作ると格別に美味しいんだよね。私もまだ信次の域まではいけないなあ。料理も頑張らなきゃだな。
信次が医者になったら、私が家事やらなきゃにはなるだろうしね。そして京平に……って、妄想やめい!
◇
「ごちそうさまでした。さ、深川先生。今から亜美と大事な話がありますから、部屋にこもってくださいな」
「え、大事な話って?」
「内緒ですわ」
あ、なるほど。大事な話がある程で京平を閉じ込めておくのか。のばら賢いなあ。
「内緒か。なんか気になるな」
「終わり次第、びっくりさせるのでお楽しみに」
と、のばらは思わせぶりな事を言って、京平を部屋に閉じ込めた。しかも信次の協力を得て、扉の前にリビングの机まで置いて。
「僕はいてもいいの?」
「信次くんはセンス良さそうだし、一緒に亜美を変身させましょ」
「お。なんかわくわくするね」
かくして、私のビューティーチェンジが、幕を開けたのであった。
◇
「まずは服装ね。亜美にはこれが似合うと思うのですわ」
「え、めちゃワンピースじゃん。着た事ないよ!」
「びっくりさせるんでしょ?これくらいやらなきゃだめですわ」
のばらの袋に入ってたのは、ピンクのふわふわもこもこワンピース。冬でもあったか仕様だね。
それに、白いタイツを合わせて、靴は短めのピンクのブーツ。ワンポイントでネックレスもつけた。
「どうかしら? 信次くん」
「え、すでに亜美じゃない、誰だお前」
「おいいい!!!」
思えば、普段は簡単な上着にジーンズばかりだったからなあ。動きやすさ第一、みたいな?
あ、パーカーも良く着てた。つまり、女の子らしい格好はこれが初めて、と言う訳。
小さい頃、あの女がいた頃はどうだったか、もう覚えてないけど。
「よし、流石のばらですわ。可愛くなりましたわ」
「でも、のばらさんの服が良く亜美に着れたね?」
「だってこれ、のばらが中学生の時の服ですもの」
た、確かに私はお胸の自信ないけど、体型まで中学生体型だったのか。ただ、のばらの、だからまだ気持ちが保ててはいるけど。
のばらの発育の良さが、羨ましくて仕方ない。
「じゃ次は髪とメイクですわね。亜美はナチュラルメイク以外は初めてですの?」
「初めて……です」
「これはやり甲斐がありますわ!」
のばらはそう言うと、私の顔に化粧水と乳液をつけて、液体状のファンデーションを塗ってくれた。肌が凄く綺麗に見えた。
また、私が使った事のないような筆状の茶色いアイライナーを取り出して、器用に目頭から目尻に沿ってラインを引いていく。
眉毛も、私はペンシル状のしか使った事ないんだけど、これまた筆状のアイブロウを取り出して、眉毛を描いてくれた。しかも眉毛も、毛抜きで整えてくれる優しさ。
あれ? これはなんだろう?
「のばら、これ何?」
「やだ、亜美ったらマスカラも知らないの? 目がもっと可愛くなりますわよ」
と、嬉しそうに告げると、まつ毛がぐいーんとされてまつ毛が伸びていく。マスカラが茶色でアクセントにもなっていて可愛かった。
そして、まつ毛は、ビューラーという物で更に上げられた。ちょっと痛かったけど。
「後はアイシャドウとリップとチークですわね?」
「ま、まだあるの?」
「当然ですわ。病院では出来ない事をいっぱいやるのですわ」
のばら、いつも化粧も苦労してやってたんだなあ。亜美ちゃんは早くも混乱して来たと言うのに。
「チークはオレンジにしたいから、アイシャドウは薄い茶色にして、ですわ」
「リップは迷う所だよね。アクセントになるとこだもんね」
「その通りですわ。亜美は可愛い顔立ちだから、優しいピンクにするのですわ」
「髪は少し巻いた方が可愛いよね」
「ですわ、そう思ってコテも持って来ましたわ」
こうして、のばらと信次の苦労の甲斐もあり、2人作の私が完成した。
「むちゃむちゃ別人みたいだね、亜美」
「やっぱり素材が良いと可愛くなるのですわ」
「亜美、全身を玄関の大きな鏡で見てごらんよ」
私は、自分の現在の状態を、恐る恐る鏡で見る。
「嘘、これが私?!」
「思えば亜美がスカートなの、学生服以来だよね」
「病院でもパンツルックですものね」
すごい、すごい。予想以上に変わった。まるで夢見たいな心地だよ。のばら、本当にありがとう。
「ありがとね。のばら、信次」
「さ、早く深川先生にも見せるのですわ」
のばらは、リビングの机をぐいっと動かすも……動かない。
「のばらさん。ここは2人でやったでしょ? いくよ、せーの!」
信次とのばらが力を合わせると、ようやく机は動きだし、元の位置に戻された。
「深川先生、お話終わりましたわ」
「結構長かったような気がするけど、どうし……え?」
部屋から出された京平は、一瞬止まった。目線の先は、私だ。
「亜美、大分変わったな。馬子にも衣装って言うけど」
「この兄弟達はー!」
京平は相変わらずの毒舌だったけど、少しは可愛く変われたかな? 今日は京平を、いっぱいドキドキさせるんだからね!
のばら「ふー、ビューティーチェンジ完了ですわ」
信次「大分変わったのに、兄貴は辛辣だなあ」
亜美「兄弟は似るっていうしね。もー」
のばら「デート、楽しんできてね」
作者「で、亜美、京平をどこに連れてくの?」
亜美「ん、内緒。次回をお楽しみに!」




