花粉症は辛いのです。
「はくしゅん! 信次、ちゃんとコロコロしたよな?」
「忘れる訳ないじゃん。兄貴の花粉症、かなり酷いもんね」
「ああ、すまん私だ。すぐコロコロしてくるよ」
「ごめんなお父さん、ばっくしょーい!」
3月20日。私は今日遅番なんだけど、京平が休みだから1時間だけ早く起きた。
京平の花粉症はちょうど前のデートを終えてから悪化し出し、今ではこの有様である。
休みの日でも花粉症用のゴーグルとマスクを付けて、くしゃみ連発しながら過ごしている。
鼻水も凄くて、家でも病院でもティッシュが手放せないみたい。
「うう、薬が効き出すまで後どんくらいだ?」
「京平、薬が効いてもくしゃみしてるじゃん」
「多少はマシなんだってば。現に薬が効いたらやっと飯が食えるというか」
そう、京平の花粉症はかなり酷くて、ご飯もまともに食べられないくらい症状が出てしまう。
くしゃみだったり、鼻水だったり、目の痒みだったり、ね。
薬を飲むとまだマシになるらしく、ご飯くらいはいけるみたい。
これも五十嵐病院の耳鼻咽喉科の腕の賜物だろう。
「えくしゅん、亜美、先に飯食べてていいぞ?」
「やだ。京平と一緒に食べたいもん。京平が薬飲んでから15分経ったし、もうちょっと一緒に待つよ」
私は京平に寄りかかって甘えてみる。色んなことを京平とやりたいんだよ、私。
「あ……み。くしゃみ出来ないか……ら、はな……れて」
「あ、ごめんごめん」
と、私が寄りかかるのを辞めた瞬間に、大きなくしゃみをして鼻を噛む京平。
この時期は一緒に寄り添うのも厳しいみたい。仕方ないんだけどね。京平だって、私にくしゃみを引っ掛けたくはないだろうし。
「えっくしゅ。夜の薬はよく効くんだけど、眠くなるからなあ」
「それだけ効力が強いってことだね」
「昼のもそんくらい、ばくしゅん。効いて欲しいんだけどな」
花粉症はアレルギーだからなあ。京平の身体がそれだけ京平を守ろうとしているんだよね。
ただ、花粉という毒ではないものを毒扱いするから、京平は困ってる訳だけど。
それから京平が薬を飲んでから1時間が経過し、少し京平の顔も和らいできた。
くしゃみと鼻を噛む回数も、さっきよりはかなり減ってきたしね。
「亜美、お待たせ。飯食べよ」
「落ち着いてきて良かった」
「何とかな」
今日の朝ご飯も信次とお父さんが作ってくれて、だし巻き卵とお漬物とあぶらげのお味噌汁。
「だし巻き卵、出汁の塩梅が良くて美味しいなあ。お漬物もご飯に合うね。お味噌汁も最高!」
「亜美、だから一気に食べるんじゃないよ」
「だって美味しいんだもん! ありがとね、信次、お父さん」
「喜んでくれたなら良かった」
「どういたしまして。あ、やば、僕もバイトあるから支度しなきゃ」
そうか、信次もバイトなんだね。のばらは中番だから、一緒にお弁当食べるのかな?
京平とはこの時間しか絡めないから、大切に過ごさなきゃ。
「食事中にごめん、鼻噛むよ」
「毎年のことだから解ってるってば。気にしなくていいよ」
京平は気にしてくれているけど、私達はそれより京平が苦しむ方が嫌だから鼻噛んで良いよって、毎年のように言ってる。そろそろ何も言わずに鼻噛んでくれていいんだけどな?
「普通嫌だろ?」
「よそはよそ、うちはうちだよ?」
「そうだよ、兄貴。病院では気にしなきゃだけど、家でかしこまらなくてもいいよ」
「ありがとな。亜美、信次。えくしょん」
京平は慌ててくしゃみを手で塞ぐ。これが1月は続くんだもん。細かいことは気にして欲しくないよ。
「お父さんも信次も朝ご飯ありがとな。食欲無かったんだけど、美味しく食べられてるよ」
「お父さんがほぼ作ったもんね、今日」
「そうか、お父さんの料理の腕も、日に日に上がってるな」
「だし巻き卵は流石に何回も焼き直したけどな」
「初めてでこれなら上出来だよ」
京平も薬が効いてきたのと、ご飯が美味しいのとで、優しく笑えるようになって良かった。
お父さんも最近毎日のように、京平や信次から料理を教わっている。
その成果が、少しずつ現れてるみたいだね。
ということは……。
「お弁当も2人の合作?」
「ああ、信次と2人で作ったよ。亜美が気に入ってくれるといいんだが」
「そっか! 楽しみにしてるね!」
お父さんと信次のお弁当なんて、楽しみすぎて仕方ないよ。食べ終わったら、2人に美味しかったよってライムしよっと。美味しいのはもう既定路線だもん。
「ごちそうさまでした!」
「俺もごちそうさま」
私達は同じタイミングで食べ終わったので、2人で洗面台にいく。
2人並んで顔を洗って歯を磨いて、こんな時間も愛おしいよ。
ただ、洗面台にもやっぱり花粉があるから、京平は時折くしゃみをしながら歯を磨いていた。
「ゲホッ」
毎年のことなんだけど、こうやって苦しむ京平に、私は何も出来なくて。それが凄く苦しいんだ。
「何も出来なくてごめんね、京平」
「バカ、亜美がいるから俺幸せなんだけど」
京平はそう言うと、私を後ろから抱きしめてくれた。
「早く歯を磨いて部屋いこ?」
「もー。しょうがないなあ」
私は素早く歯磨きを済ませると、京平と一緒に部屋で抱きしめ合ってキスをする。
京平は時折くしゃみをしたり、鼻を噛んだりしたのだけど、抱きしめ合うのを止めることはなかった。片手で鼻噛んでたよ。くしゃみも片手で器用に塞いでた。
なんだ、出来るじゃん。京平。愛してるよ。
だけど、もうそろそろ私が病院に行く時間だ。
「そろそろ病院いくね」
「見送るよ」
私達が部屋から出ると、ちょうど信次も病院に行く所だった。
今日は信次と一緒に病院に向かおうね。
「いってきまーす!」
「京平、いってきます」
「いってらっしゃい、亜美」
私達はまだ抱きしめあって、いってきますのキスをする。信次の隣で。
「亜美、兄貴……僕もいるからね?」
「これだけは外せないの」
「そうそう」
「僕ものばらといってきますのキス始めようかな?」
信次がムスッとしながら呟く。そうだぞ、羨ましいならするがいいさ!
だけど、のばら、堂々としてる癖に照れ屋だけどしてくれるのかな?
のばらのそういうとこは読めないからなあ。
そんなこんながありながら、私と信次は病院に向かう。
「今日も海里とりす組かな。海里も大分慣れてきたよ」
「もうフルで働いてるもんね」
「海里が正社員になるのは4月からだけど、仕事覚えたくてガッツリバイト入れてるんだって」
「へえ、頑張ってるね」
海里くんも、もう社会人かあ。
あんなに小さかったのに、月日が経つのは早いなあ。
小さかったといえば、信次も4月から大学生だし、背もかなり伸びたもんね。
このままだと京平越すんじゃないかな?
弟の成長も、素直に嬉しいな。
「亜美、夜勤だから無理しないでね?」
「もう随分慣れたから大丈夫だよ」
「じゃなくて、兄貴不足で発狂しないでね?」
「だまらっしゃい!」
もー。可愛くないんだから!
確かに京平不足で、夜勤は毎回辛いから間違ってないけどさ!
そんなこんなで病院に着いたので、私は信次とバイバイして更衣室に向かう。
更衣室には同じように夜勤の看護師、医師が着替えを行っている。
正直病院内でも、知らない人の方が多いんだよなあ。いろんな科があるしね。
むう、皆さんお胸が大きいね? 私、貧乳だからなあ。地味にショックだよ。
そんなショックを受けながら、私は職場に向かうと。
「よ、亜美、お久」
「あ、蓮。何気久しぶりだね」
「振られたぶりってか。あはは」
蓮は笑えないことすら、笑い飛ばしてしまうね。
そんな明るい蓮のことは、尊敬しちゃうな。
「じゃ、俺は回診行ってるから、亜美も頑張れよ」
「うん、頑張るよ!」
私も巡回スタートなんだよな。よし、気合い入れていくよ!
◇
「時任さん、お疲れ様。1時間休憩行っといで」
「はい、行ってきます」
22時。1回目の休憩に回された。
巡回も一通りは終わったから、後は夜の見回りだったり、ナースコールに気をつけなきゃね。
んー、疲れたから少し寝よっと。
そう思って休憩室に行くと。
「蓮、無理して笑わなくてもいいじゃん」
「亜美に気にしてほしくないし」
「だったら、しばらく亜美と話さなきゃいいのに!」
「その方がおかしいだろ?」
ん、蓮と朱音が言い合ってる。私のことで。
蓮は涙いっぱいに浮かべてるや。そうだよね、辛いに決まってるよね。蓮は頑張ってくれてたんだ。
謝らなきゃ。私は蓮と朱音の元へ向かう。
「蓮、ごめんね。無理させちゃって」
「あ、亜美。なんだよ、無理って何の……」
「だって泣いてるじゃん」
すると朱音が私をキッと睨みつけて。
「なんで蓮を選ばなかったの? 蓮、ずっと頑張ってたのに」
「ごめん、私には京平が」
「いつも深川先生しか見てないじゃん」
「だって、愛してるもん」
そんなこと言われたって、私が付き合ってるのは、私が愛してるのは京平なんだもん。そりゃ、ずっと見てるよ。
だけど、蓮のことを見てなかった訳じゃないよ。蓮の優しさには、いつも感謝してたから。それでも、選べなかっただけで。
「朱音、それくらいにしとけ。でも、ありがとな」
「だって、だって」
明らかに変な空気になっちゃった。私は来ない方が良かったのかな。
蓮、ごめんね。私が泣きそうになってたその時。
「亜美、大丈夫か? くしゅん」
「京平!」
「どうやら、言い合いになってたみたいだな。落合くん、中庭行こっか」
「待って、私も行く。深川先生のせいで、蓮は」
「解った。佐藤さんも一緒に行こうか」
「わ、私も!」
と、言うと、京平は。
「亜美は普通に休憩してて。ちゃんと俺が話してくるから」
確かに今蓮は、私と普通に話せない状態だもんね。それを無理したから、今泣いてるんだし。
「解った。待ってるね」
でも京平、どうして来たんだろう? 連絡してないのに。
当事者がその場に居れないのは申し訳ないけど、後は京平に任せておこう。
京平達は、揃って休憩室を後にする。
蓮、京平、ごめんね。そして朱音は、何であんなに怒ってるんだろう? 朱音は当事者じゃないのになあ。
亜美「京平、蓮、ごめんね……」




