落ち込んでもいいよ、側にいるから。
「遅いねー。兄貴」
「のばらが告白してんだもん。そりゃ遅くなるよ」
京平が遅くなるのは読めていたから良いとして、のばらの告白はどうだったのだろうか。
と、噂をすればなんとやら。のばらから電話が来た。ん? 電話?
「ちょっとのばらから電話来たから、部屋いくね」
「了解。どうしたんだろうね?」
と、信次は言ってたけど、きっと告白の事だろう。どんな答えであっても受け止めよう。
私はそう覚悟して、のばらの電話をとった。
「もしもし、どうしたの?」
『亜美、ぐす、のばら、ぐす、振られちゃいましたの……』
「ちょっと、のばら、大丈夫? 今どこ?」
『いま、もういえでずわ。話し相手がぐす、欲しくて……』
そうか、のばら、振られちゃったのか。
胸がズキズキ痛んできた。私の立場から考えたら喜ばしい事のはずなんだけど、それよりも、のばらが悲しんでる事が辛くて……。
「頑張ったね。のばら」
『はい、がんばりましたの。ぐす。こうなることはわがってたのに』
「え? こうなるって解って告白したの?」
『のばらのことをみてないことは、ぐす、わかってましたの。でも、つたえたくて』
なんて勇気のある人なんだろう、のばらは。
負け戦と知りながら、更に言えば聞きたくない台詞を聞く事になると解っていながら、告白したんだ。
「のばらは物凄く頑張ったから、絶対良い事あるからね」
『だといいのですわ』
「今度喫茶店いこ。亜美ちゃんがケーキ奢ったげるよん」
『ケーキ! 何か元気出てきましたの』
のばらは辛い思いをしたから、良い事がなきゃダメなのだ。私に出来る事は話を聞く事と、ケーキを奢るくらいしか出来ないけど、のばらの力になれてるといいな。
『亜美。ありがとうございますわ。話を聞いてくれて』
「どういたしまして。あ、そう言えばのばら、袋忘れてたけど、病院で返したらいいかな?」
『それは明日の亜美用ですわ。亜美には笑って欲しいのですわ』
え? 私用ですと? どう言う事なんだろう?
『明日バッチリ可愛くなって、意気地なし深川先生を、その可愛さで落とすのですわ。明日、7時くらいにいけばいいですわよね? どうせ深川先生はすぐに起きなそうですわ』
「え、のばらが私を可愛くしてくれるの?!」
『当たり前ですわ。のばらが腕を奮いますわあ』
京平の何が意気地なしだったかは解らないが、どうやらのばらが私を可愛くしてくれるらしい。
のばらの化粧、服装のセンスは、センスのない私からみてもレベルが高いので、凄く楽しみ。
と、同時に、のばらの優しさが強く沁みた。自分は振られてるというのに、人に優しく出来るのばらに尊敬の念を感じずにはいられなかった。
その優しさをきちんと受け止める為にも、早起きを頑張らなくちゃ。
『じゃあ、また明日ですわ。亜美の声が聞けて安心しましたわ』
「うん、また明日ねー」
こうしてのばらとの電話は終わった。のばらなりの強がりなのかもしれないけど、最後の方では明るい声が聞けて本当に良かった。
電話が終わったので、私は部屋を出る。
信次が心配そうに、私に話しかけて来た。
「のばらさん、大丈夫だった?」
「のばら、振られちゃったんだって。今家らしいんだけど、電話越しで泣いてたよ」
「そっか。予想はしてたんだけど、辛いよね……」
クッキーパーティーの時は、あれだけ嬉しそうだったのばらが、京平に振られてしまい、涙まで流していて。信次は、一緒にクッキーを作った仲でもあるから、純粋に辛かったのだろう。
「でも、のばらさん家に着いたのに、兄貴帰って来ないね」
「なんか変な事考えてそうだな……」
思えば、今まで京平から聞いた話を繋ぎ合わせると、京平は人を振るのが初めてのはず。
変な自己嫌悪だとか、ネガティブな事を考えてなければいいのだけど。つい最近、私自身もそんな経験をしたから、その心中は察する所である。
そんな話をしていたら、いつもの声が響いた。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
「ちょっとゆっくり帰ってきただけだよ」
京平が帰ってきた。何だか顔がどんよりしているし、凄く寒そう。鼻の頭が赤くなってる。
「このマフラー、のばらさんのじゃん。どうしたの?」
「ああ、寒いだろうからって貸してくれた。洗濯しとかなきゃな」
のばら、外で告白するから、京平を気遣ってマフラー持ってきたんだろうなあ。
振られた後でも気遣いを忘れないなんて、本当に素敵だよ。のばら。
「あ、お茶漬け食べる?」
「ごめん。明日食べるわ。それと、暫く1人にして」
「ちょ。兄貴」
京平は信次を振り切って、部屋に閉じこもってしまった。
「京平!」
「亜美、今は入らない方が良いってば」
絶対変な事考えてて、それを選ばなかったことに無駄な後悔をして苦しんでる。
そんな予感がしたから、私は信次の静止も聞かずに、京平のいる部屋に入った。
京平は、体育座りをしながら、顔を下に向けていた。
明らかに落ち込んでいるね。
「京平……」
「何だ? 1人にしてって言ったよな?」
「無理だよ。京平、どう見ても落ち込んでるもん」
そう言うと京平は、少しだけ顔をあげて……。
「のばらさんの事、多分のばらさんから聞いてるよな。俺、気付いてすらあげられなかったんだ」
「そうだね、京平鈍いもんね」
「い、いきなりグサッと来る事言うな」
「そこは凹まなきゃダメな部分だからね」
そう。そこはのばらも傷付いていた所だから、寧ろ凹まなきゃダメ。ちゃんと反省してね。
「好きじゃなくても、付き合えば良かったのかな。なんて」
「京平のバカ!」
「な。バカって、何だよ」
「バカだよ。それはのばらをもっと傷付けるもん」
のばらは今回の告白は、玉砕すると解ってて挑んでいたのだ。そんな同情に塗れた嘘なんて、プライドの高いのばらを、もっと傷付けるに決まってる。
「のばらは傷付いたかもしれないけど、でも京平は本当の気持ちが言えたでしょ?」
「ああ、何も考えずに本音をぶちまけて……」
私は京平を抱きしめた。そして胸元に引き寄せる。
「ちゃんと本音が言えた京平は悪くないよ。仕方ないもん。すきじゃないなら」
「亜美……」
「京平が最低にならなくて良かった」
自分が傷付く事を恐れて、無理矢理のばらと付き合わなくて良かったという安堵感もあれば、結果的にすきじゃない付き合いは、のばらをより傷付けるだけだから、京平が本音を言ってくれて良かったと思う。
「前、呑んだ時にさ、彼氏いないんなら付き合えば良かったじゃん、って言ってたよね。それは相手に1番やっちゃいけない事だから」
「ああ、あれは亜美を傷付けた相手に対しても、亜美が傷付いていたから……その、少しキレたかも」
ああ、やっぱりキレていたのか。私は続ける。
「私、そう言った意味では傷付いてないよ。あれはただのすれ違いだもん」
「でも、日比野くんのせいで無理してただろ」
「お礼言いそびれてたけど、京平が代わりに怒ってくれたもの。だから大丈夫だったの。ありがとね」
私はそう言って、京平をもっと強く抱きしめた。貴方が私の為に怒ってくれたのは、嬉しかったんだよ。
「京平が凹んで良いのは、のばらの気持ちに気付かなかった事だけ。それ以外は傷付けたけど、悪くないよ」
「亜美……」
私はもう一度、強く抱きしめた。
「身体、凄く冷えてるね。こんなになるまで、自分を追い詰めちゃったんだね。優しいね、京平は」
「優しくないよ、ただのネガティブで」
「人を傷付けて凹む人が、優しくない訳ないよ」
京平は完全に顔を上げて、私を見つめた。そして。
「亜美って、凹むな、とか、落ち込むな、とは言わないよな。俺が、間違った方向に行ってる時だけ叱るというか」
「だってそれも含めて京平じゃん。私はそれも受け止めたいから。でも、そんな時は側にいるから」
私の愛してるはね、こういう弱さも含めて抱きしめる事だと思うんだ。
人間、俗に言う良い所ばっかじゃない。
だからこそ、愛しくなるんじゃないかな。
だからこそ、大切になるんじゃないかな。
「そして、身体が冷えた時には、お茶漬けが良いよ」
「な、唐突に茶漬け勧めるな?」
「だって、私も手伝ったもん。食べて欲しいじゃん」
私も頑張って京平を温めようとしたんだけど、暖房もついてない部屋だから、私の身体も冷えちゃった。
ここはお茶漬け様の力を借りたい所存。と、思っていたら。
ーーグキュルキュルグー……。
「あ……」
「ほら、お腹も減ってるみたいだしね」
「素直に恥ずかしいわ。これ」
部屋に閉じこもった京平が、初めて笑った。
少しは落ち着いたかな?
「さ、リビングいこ」
「しょうがねえな、行ってやるか」
「お茶沸かしたりするから、京平も手伝ってね」
「了解」
◇
「あ、兄貴。大丈夫?」
「亜美と話してたら、少し落ち着いた」
「そう、それなら良かった」
突然京平が、「1人にしてくれ」なんて言うもんだから、信次もかなり心配していたようだ。
「あ、今から京平とお茶漬け食べるけど、信次も食べる?」
「え、僕はいいや。まだお腹いっぱいだし」
普通はそうだよなあ、と思いつつ、お茶漬け食べたい自分もいる事に、若干ビビる私だった。んー、京平に似たのかなあ?
取り敢えず、信次が冷蔵庫に入れてくれた柴漬け、あられ、刻み海苔、梅干しを取り出して、炊飯器からご飯をよそった。京平も、その間、お茶を沸かしてくれたので、お茶漬けはすんなり出来上がる。
時任家スタイルは、好きな具材をご飯に乗せて、お茶を掛けるのだ。何気に、父親との思い出の味でもある。
「亜美、血糖値とインスリンな」
「うん、解ってるよ。あちゃ、クッキー沢山食べたからのやっぱ高いなあ。大目に打たなきゃ」
当然と言えば当然なのだが、クッキーの糖分は高い。
血糖値が高くなるのは当たり前だった。
「「いただきまーす」」
「よく食べれるね、2人とも」
「京平なんてさっきお腹鳴らして……」
「バカ亜美、恥ずかしいからバラすな!」
「あんなにクッキー食べたのに?!」
そりゃびっくりするよね。私もまさか、京平のお腹の音を聞くとは思わなかったし。
でも、だからこそお茶漬けを信次にリクエストしたのかな? 外に出る用事もあったし。
「うわ。あっちぃ。お茶の温度上げすぎた」
「京平は身体冷えてるから、これくらいが丁度いいよ」
「亜美もごめんな。寒い部屋に一緒にいてくれて」
「落ち込んでる時はお互い様だよ」
そんな事を言いながら、私達はお茶漬けをすする。うん、熱い。冷えた身体が温まるね。
「じゃあ、僕はお風呂作ってくるね。今日は寒いし、ちょっと温度高めにしよ」
「京平、またのぼせないようにね?」
「今日は寒いから大丈夫だろ?!」
こうして、夜も更けていく。でも、私達は暖かく過ごせたのであった。
亜美「のばらの強さにはびっくりしたよ」
のばら「解っていたのですけど、伝えたくて、ですわ」
亜美「私、耐え切れるかなあ」
のばら「鈍感深川先生にも気づくレベルで、可愛くしますわ」
作者「京平ネガティブバージョンです。やっと出せて良かった」
信次「元気な時はひょうひょうとしてるのにね」
作者「その理由も追々やりまっせ」
信次「てか、本当に辛いのはのばらさんなのに、兄貴ってば」
作者「打たれ弱いよね、京平」




