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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
恋愛バトル
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負けないから

 午前中の診療は大きな問題もなく、ようやくお昼ご飯の時間となった。

 この病院はコミュニケーションの一環として、早番の全職員が同じ部屋でご飯を食べる事になっている。

 とは言っても、五十嵐病院はそこまで大病院ではないので、部屋のサイズ自体も一般的なリビングに机を沢山並べたような感じだ。


「問題なく診療できたぜ。だいぶ時間は押したけど」

「落合先生お疲れ様です」


 大きな問題はなく、とは言え、まだ落合先生は若手の医師。

 どうしても患者様とのヒアリングに時間が掛かってしまうのであった。

 私も助けられる部分は助けられるが、どうしても医師と看護師では知識の差もあるため、完全とは行かないのが現状である。


「寒くなってきたし、風邪の患者様増えたよね」

「風邪だけじゃなくて、インフルもな。最初のヒアリングがまだ覚束ないぜ……」


 今は12月。冬休みもこれからだというのに、寒暖差が激しいこともあり、風邪やインフルエンザの患者様が内科全体で増えていた。落合先生は自分のヒアリング能力を嘆いていたが、それだけではなく、患者様自体もそもそも多いのだ。


「よ、亜美と落合くん、お疲れ」

「あ、深川先生、お疲れ様です。今診療終わりですか?」


 1番遅れて深川先生と友くんが戻ってきた。聞く話によると、自らの担当患者様の診察終了後、人出が足らない小児科のヘルプに回っていたらしい。


「流石の僕も今回は疲れました。アンパンマソのお面様々でした」

「日比野くんは笑顔が足りんからな。もっと満面の笑みっていうか」

「これでも精一杯というか、基本笑ってるのに。僕」


 確かに友くんはいつも笑っている。のに、更なる笑顔を強要するとは、流石変人深川先生だ。


「でも、亜美さんの笑顔には敵いませんけどね」

「ちょ、何言ってんの? 友くん」


 歯の浮くようなセリフをサラッと言う友くんであった。


「あ、早くお昼食べたほうがいいですよ。今日の信次のお弁当めちゃ美味しかったんです。最近腕あげましたよ、信次」

「ほー。そいつは楽しみだな」


 何故か深川先生はニヤリと笑った。くそ、可愛いなこんちくしょうが。

 深川先生の笑顔に癒されていた最中、あいつがやってきた。


「深川先生。冴崎、お隣座ってもいいかしら?」

「お、冴崎さん、お疲れ様。どうぞー」


 今まで何処に隠れていたのか冴崎さんがやってきた。よくよく顔を見てみると、化粧直しをしたらしく、お肌がめちゃ綺麗になってる。因みに私は何もせず、信次のお弁当美味しいってしてただけ。なんだか、またしょんぼりしてしまう。


「ん。亜美どした? 顔色悪いぞ?」

「大丈夫です。乙女には、悩みが沢山あるんですー」


 深川先生に、冴崎さんとの女性としての差を感じてしょんぼりしてた、なんて言えないし、それで深川先生が冴崎さんをより意識してしまうのでは、なんてもっと言えないしで、私の心はぐしゃぐしゃになってしまった。しかも言い方も、可愛くないし。


「体調悪いなら無理すんなよ?」

「有難うございます。体調は大丈夫です」

「そっか、それならいいけど」


 そう、体調”は”大丈夫。体調は。こういう感情に、深川先生が気付いてくれない事なんて、もう解っているから。期待しちゃう私が悪い。


「それより深川先生、診療お疲れ様でした。冴崎が肩でも揉んで差し上げますわ」

「お、済まないねえ。まじ硬いぞ、俺」


 私の心情を全く察してくれない冴崎さんは、これ見よがしに深川先生と触れ合っている。が、私は知っている。深川先生の肩は……。


「か、硬い……指が、入らない……」

「冴崎さんは握力ないから厳しいだろうな」

「うう、冴崎の力じゃ無理そうですわ」


 家では常にマッサージを頼まれてる私は知ってた。深川先生、肩と腰が異常に硬すぎるのだ。

 因みに私は熟練された深川マッサージャーなので、難なく揉めてしまう。修行しまくったからな。


「亜美、ちょっと揉んでくれよ。今、まじヤバいんだわ」

「え、いいですけど……」


 ラッキー! 職場で深川先生の身体に触れるとは思っても見なかった。冴崎さんグッジョブである。


「どれどれ、って、前より硬くなってますね。ぐりぐり」

「ああー、効くわー」

「なるほど、勉強になりますわ。メモメモ」


 何故マッサージの仕方をメモするんだ冴崎さん。君には力がないからそもそも無理だというのに。でもそんな冴崎さんもやっぱり可愛いよね。女の私でもそう思うもん。


 やばい、本気でしょんぼりしてくる。


「サンキュ、亜美」

「どういたしまして」


 深川タイムも終わってしまったし、女として私は可愛くないし、どうしたら良いのだろうか。


「ちょっとトイレ行ってくるー」

「なんだ。トイレ我慢してたのか。いてらー」


 だんだん笑顔が作れないどころか、もうすぐ泣きそうだ。らしくない。整えてこなきゃ。気付いてくれなくても、私は常に笑ってる亜美でいなくちゃ。


 こうして私はトイレに駆け込んだのであった。


 ◇


ーーらしくない、らしくない。私らしく。


 幸いトイレには誰もいなかった。

 トイレの洗面台の前で、無理くり笑顔を作ってみせる。本当に不細工な顔してるや。泣いてんじゃん。


 一緒に暮らしてるからこそ、距離感が掴めなくて。それでいて、憧れの恋人みたいな雰囲気じゃなくて、やっぱり家族の域を出ないし。

 女っていうよりは、妹みたいな感じすぎる。私だけが、私だけが、愛してる。


 結局トイレで大泣きしてしまった私は、心を落ち着かせながらメイクを直していた。すると……。


「亜美さん。冴崎、お話がありますわ」

「さ、冴崎さん。ど、どうしたの?」


 トイレに入ってきたのは、冴崎さんだった。でも、トイレで話って一体なんなんだろうか。


「ここじゃなんだし、皆のとこでもよくない?」

「いいえ、冴崎は2人きりで話がしたいんですの」

「じゃあ、尚更まずいでしょ。トイレだし、ここ」


 お昼間のトイレは普段は大変混み合う。病院ということもあり、昼休憩は長めだが、その分色んな時間に歯磨きをしたり、メイク直しをしにきたり、もちろんトイレしたりする。いま2人きりなのが、もはや奇跡だった。


「いいえ、簡単な話だから此処で結構ですわ。女子ってそんなもんでしょ?」

「ごめん、私トイレは速攻出るタイプだった」

「まあいいわ。貴女、深川先生がすきでしょ?」


 ギクッ。まさか恋のライバルにさえ、私の気持ちがバレてしまうなんて。いや、まて、正確には違うから訂正しなくては。


「違うよ。深川先生を愛しているの」


 これはまごう事なき本当の気持ちだ。本人には決して言えない、妹扱いしかしてくれない深川先生には言えない本当の気持ち。


「愛してる、ですわね。冴崎も深川先生を愛していますわ」


ーーうん、知ってた。態度にめちゃ出てたから。


 と、言いかけた所で、慌てた様子で複数人がトイレに駆け込んできた。


「うそ、時任さん、深川先生のこと愛してるの?!」

「それだけじゃなくて、冴崎さんもよ。やっぱ狙ってたんだわ」

「あの変人深川京平を愛する女性が2人もいるなんて!」


 だから言ったのに……。トイレはいつの時代も、野次馬女子で溢れていたのだった。しかも、盗み聞きという真似までして。

 トイレの主役になるなんて、初めての経験だった。

 でも、冴崎さんは臆することなく話し続けていた。


「ええそうよ。冴崎は深川先生を愛していますわ」


 高々と宣言したのち、まだ続けた。


「亜美さん、私のことはのばらで結構よ。今日から私たちはライバルですもの」

「私も亜美でいいよ。愛する気持ちだけは負けないから」


 相応しいかどうかとか、愛して貰えるかどうかは解らないけど、ずっとずっと愛してる私の気持ちに嘘は付けない。宣戦布告を私は真正面から受け止めた。


 因みに、この話が全女子職員に知れ渡るのは、すごく近い未来の話だった。

作者「深川先生、まじ鈍感だな。うちの旦那といい勝負だぜ」

亜美「作者、旦那いたんだ」


深川「だから、俺は鈍感じゃない!」

信次「兄貴、それはない」

友「うん、ないですね」

落合「同感」

のばら「確かに私でさえも気付いたのに」


作者「遂にのばらが宣戦布告したね」

のばら「亜美には負けないのですわ!」

亜美「愛する気持ちは、負けないもん」

深川「愛するって何をだ?」

亜美&のばら「深川先生は知らなくていいの!」


信次「って、知られたいの? 知られたくないの? どっち?!」

作者「乙女心は複雑なのだよ」



 そのころ女子トイレでは……。


草壁「時任さんと冴崎さん、深川先生愛してたんだね」

田川「まあ、正直2人ともバレバレだったわよね」

佐久「でもこれってぇ、深川先生が2人を弄んでることにならない?」

草壁&田川「そう、鈍感すぎてね!」

佐久「きゃ、早くみんなにしらせなきゃ!!!」


 不穏な空気が漂っているのであった。

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