蓮がおかしくなった後。
私は全力疾走で家まで向かう。涙が溢れ出て、視界がぼやけてるや。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
蓮は明らかにおかしなことを言ってたし、してきたし。でも、なんで? 蓮はそんなやつじゃなかったよね?
私が蓮を理解してなかっただけなのかな?
でも、蓮は今日に至るまでは、私のことを大切にしてくれてたよね。
わざわざ夜勤に入って、入院してた私の看病してくれたり、いつも笑って話しかけてくれたり、私が泣いてた時、休憩時間ずらして会いにきてくれたり、今日だって、車に気付かなかった私を助けてくれたり。
私もバカだよ、明らかに蓮に好かれてるじゃん。全然気付いてあげられてなかった。
私が余りにも鈍いから、蓮がおかしくなっちゃったのかもしれない。
じゃあ、全部私が悪いんじゃん。私が蓮をおかしくしちゃったんだ……。
「ただいま……」
「おか……亜美、どうしたんだ!」
私は近づいて来た京平を無視して、手を洗って、口を消毒液で拭き殴った後。
「ごめん。暫く1人にして」
そう言って、部屋に閉じこもった。最低な私に、慰めてもらう資格なんてないから、1人で苦しもうと思ったんだ。
私は布団に突っ伏して、ただただ泣きじゃくる。
だけど、あなたは優しいね。そんな私を放っておいてくれないよね。
「亜美、明らかに大丈夫じゃないよな?」
「京平、1人にしてって言ったよね?」
「出来るかよ。亜美、泣いてるじゃん」
京平は私のすぐ横で寝そべりながら、私を抱きしめてくれた。温かいや。やっぱり、安心出来るや。この場所が1番好きだな。
「話せるところから、ゆっくり話して」
そうだね。京平に嘘は吐けないね。私は、恐る恐る話し始めた。
「蓮に告白されて、というか、愛人にして下さいって言われてね。断ったら、俺のこと解ってないってキスされて……」
ダメだ。涙が止まらないや。私は京平の腕の中で泣きじゃくる。こんな資格、私にはないのにね。
「亜美、こうなったのは自分のせいだと思ってるんだろ?」
「……うん。私が鈍すぎるせいで、蓮をおかしくしちゃったんだ」
「亜美は悪くないよ。大体亜美が鈍いのは、もう皆知ってることなんだし、そんなことくらいで落合の野郎もおかしくならねえよ」
あ、京平、明らかに蓮にキレてるや。まあ、私も盛大にブチ切れて、引っ叩くくらいだったしね。
え、てか、私が鈍いの皆知ってんの? 何故だ、そんなネタ話したことないのに。解せぬ。
解せぬと言えば。
「じゃあ、なんでこんなことになっちゃったんだろう」
私が鈍すぎるのが原因じゃないとしたら、なんでだろう。
「落合め……ちょっと話付けてくる。亜美をこんなに泣かせて、しかもキスまで。許せない」
京平は私を布団に優しく置いた後、起き上がって、携帯で電話を架けて連絡を取り始めた。
電話はすぐ繋がる。繋がった瞬間、京平は。
「もしもし、落合。お前何やってんだよ。今、どこにいるんだ?」
ちょ、京平、ブチギレすぎだよ。しかし、そんなブチ切れた京平に、弱々しい返事が返ってくる。
『深川先生……俺、もうどうしたら』
蓮、戸惑ってる。私に告げた言葉がおかしかったこととか、私にしたこととか、私に盛大に引っ叩かれたこととか、私を泣かしたこととか。
自分でも、どうしてこんなことをしちゃったのか、どうしてこんなことになっちゃったのか、解らない状態なのかもね。
「いまどこにいるの?」
『病院近くの公園にいます』
「よし、じゃあ腹割って話そうか」
『待ってます』
私も蓮に対する怒りは冷めてはいないんだけど、私にしたことを明らかに後悔してる蓮の声を聴いて、謝ってくれるなら許してもいいかもまでは和らいでいた。
そうだよね。蓮は蓮だよね、やっぱり。ちょっとおかしくなってただけだよね。
「じゃあ、俺は公園に行くけど、その前に」
「きょ……」
京平は寝ている私を上半身だけ起こして、座りながら私にキスをしてくれた。深く、深く。
「へへ、消毒味だな」
「だって、蓮にキスされたから、その、嫌で」
「落合のキスは、忘れさせるから心配すんな」
「ごめんね……京平」
「亜美が謝る必要はねえよ。ほら、疲れた顔してる。少し寝てろよ。すぐ帰ってくるから」
京平は私を強く抱きしめると、蓮に会うために出かけていった。
私は再び、ごろんと横になる。
京平め、疲れてることまで見抜いてくるなんて。いつだって優しいね。
まだ涙は止まらないけど、少し寝てようかな。
寝ている間に、京平が戻ってくるといいな。
そう思って寝始めたんだけど、京平と蓮がどんな話をしてるのか、とか、京平がドン引きするくらいキレてないといいな、とか、蓮は冷静になってるよね? とか。
色々思考が浮かんで、全然寝付けなかった。
でも、疲れてはいたから、布団には潜りっぱなしで。
そうしている内に、少しずつ涙も乾いて来た。涙は止まった訳ではないけど、私も落ち着いては来たみたい。
私が落ち着くと同時に、部屋をノックする音が響く。
「亜美、入ってもいい?」
「うん、いいよ、信次」
信次も心配してくれたんだね、慰めに来てくれたみたい。
「あれ、そう言えば信次、バイトは?」
「今日は休み。海里が夜入るからさ」
海里くん、なんだかんだ戦力になってるんだなあ。
育児センターは多忙だから、休み取れないって言ってたのにね。
「それより亜美、また告白されたの?」
「え、何で解ったの?」
「兄貴から、今日亜美が落合さんと2人きりで話すって聞いてたからさ。落合さん、明らかに亜美のこと好きだから、そろそろかなって」
本当に私は全く気付かないのに、周りの人はすぐに察するよね。
つまり蓮はそれだけ解りやすくアプローチしてたんだね。私は全く気付かないのに。
ますます蓮に申し訳なくなるね。
「うん、でも告白がおかしくて、愛人にして下さいって言われたの。しかも、キスされて」
「あ、それでか。兄貴がブチ切れて出かけていったの」
「うん。大丈夫かなあ、京平」
「亜美はやっぱり兄貴が1番だもんね」
「当たり前でしょ!」
あ、そっか。京平が果てしなく怒るのなら、普通は蓮の心配をしなきゃか。
何だかんだで、私はいつも京平のことを考えちゃうなあ。
蓮がおかしくなったのは、やっぱり私のせいな気がしてきた。
少しは俺を見てくれよって、なっちゃうよね。
「亜美、亜美が兄貴が1番なのは当たり前なんだからね。だって彼氏なんだもん。気にしすぎないでね」
「それで蓮がおかしくなっちゃったかもしれなくて」
「亜美と兄貴が付き合ってるの知ってんだから、それでおかしくなるほうがおかしいから大丈夫だよ」
「そ、そういうもん?」
でも信次のおかげで、更に私は落ち着くことが出来たよ。ありがとね、信次。
そうだよね、私と京平は付き合ってるんだもん。1番でも何らおかしなことはないよね。普通だよね。
「だから亜美は何も気にしなくていいんだよ。ゆっくりおやすみ」
「そんなに眠そう?」
「疲れた顔してるって兄貴にも言われたでしょ? 兄貴が帰ってくるまで寝てなね」
信次は「物足りないかも」と言いながらも、私をポンポンしてくれた。おかげで安心してきたよ。信次、ありがとね。
「京平が必要以上に怒ってないといいな。おやすみ」
「おやすみ、亜美」
今度は信次のおかげで、ゆっくり眠れそう。
涙もすっかり乾いたみたい。
京平、早く帰ってきてね。
やっぱりね、京平の腕の中が、1番安心するんだよ。早く抱きしめたいな。ふわあ、おやすみ。
亜美「すやすや」
信次「色々あったもんね。ゆっくりおやすみ」