信次の卒業式後
家に帰った私達は、早速お茶会を始める。
と、言う名のお昼ご飯でもあるけど。
桜は水切りをして、リビングの机に飾ったよ。
のばらが皆にコーヒーを淹れてくれたよ。今日はのばらもコーヒーにするみたい。珍しいね。
信次は私達の為に、沢山のクッキーを焼いてくれたから、お菓子には困らないね。
でも、実はまだあるんだよね。
「今日は信次の卒業式だから、レモンパイを昨日焼いたんだよ。一緒に食べよ」
「わあ、お菓子パーティだね」
「実は俺も、マドレーヌ焼いたんだ」
「え、兄貴も? 珍しいね?」
「信次とゆっくりお茶したかったからさ」
そう言えば私がレモンパイを作ったのは信次が寝てからだったんだけど、なんかキッチンから甘い匂いがしたんだよな。それは、京平がマドレーヌを焼いた後だったからなんだね。
やっぱり信次とのんびり話したかったのかな?
そんな私も信次と話したくて、レモンパイ焼いたんだけどね。
レモンパイ焼いてる間、京平は寝かせたんだけど、戻ってくるなり、亜美が居ないと眠れないって甘えてくれたっけなあ。やだ、思い出してちょっと照れて来た。
「えへへ、2人ともありがとね。のんびりしようね」
こうして、我が家のお茶会が始まった。積もる話も沢山あるしね。
「そう言えば、俺のためにクッキー焼くって、クッキーも小1から作ってくれてたよな、信次」
「あの時は皆で作ったもんね」
「あら、亜美達らしいし、楽しそうですわ」
「私も覚えたいし、やりたいな」
私が調理実習でクッキー作ったら、京平が喜んでくれたのを見て、信次も作りたいって言い始めて、皆で作ったのがクッキーパーティの始まりだったよね。
あの頃は京平のクッキーが圧倒的に美味しくて、悔しくて毎週のようにクッキー作ってたなあ。
今では作りすぎて、レシピなしでクッキー作れるもんね、私達。
これからはお父さんとのばらを交えて作りたいね。
「あ、こっちが信次のクッキーだね。これは海里くんかな?」
「うん、別々に作ったのを袋に混ぜたから、味は違うよ」
「クッキーって個性出るもんな」
「海里はあんまりクッキー作らないしね」
そっかあ、海里くんあんまりお菓子作りしないのかあ。
うん。確かに圧倒的に信次のクッキーのが美味しいや。食べたらすぐ解る感じ。優しいし。
でも、海里くんのクッキーも思いやりを感じるから好きだな。
誰を思って作ったのかな? 灯や縁ちゃん、お父さんお母さんを思ってかな?
気持ちが伝わるお菓子っていいよね。
「あー、やっぱクッキー好きだわ、俺。美味え」
「喜んで貰えて良かった。兄貴のマドレーヌもめちゃくちゃ美味しいや」
「亜美のレモンパイも美味しいのですわ」
「皆のお菓子が美味しいね」
そんな気持ちが伝わるお菓子を、皆で食べるこの時間がすきだな。
のんびりしてて、癒されて、穏やかで。
「幸せだな、私。家族とこうやって過ごせるんだもん」
「僕も幸せ。兄貴と亜美がお菓子作ってくれたってだけでも、かなり嬉しいんだよ。美味しいし」
「信次が卒業したんだから、当たり前だろ?」
「えへへ、ありがとね。僕、立派な医者になるよ」
「無理はするなよ、信次」
信次は五つ目のレモンパイに手を伸ばす。ん? 五つ目? いつの間にか沢山食べてくれたんだね。
信次は医者になる為の勉強を、もうやってるもんね。4月から大学も始まるし、本当に無理はしないで欲しいな。バイトもガッツリ入れそうだしなあ。
私なんて、バイトなしでもキツかったもん。
「そう言えば卒業式は、何処までが信次のアイデアなの?」
「実は僕が答辞で兄貴への感謝を伝えたいって、卒業生の皆に相談したら、俺達も感謝を伝えたいって声が広まって、だったら卒業証書を受け取る時に言えばいいんじゃない? ってなって」
「で、それを卒業生の皆で練習したって訳か」
「うん。歌も学校生活でほとんど歌わなかったから、最初は酷かったんだよ?」
ああ、イベントごとを排除しまくる倉灘高校だから、音楽の授業はおろか、歌の練習をする機会も無かったんだなあ。
合唱コンクールもないもんね。なんだか寂しいよね。
「僕の答辞をキッカケに色々動いたんだけど、一歩踏み出せて良かったよ」
「うん。京平もむちゃくちゃ泣いてたしね」
「バカ、亜美、泣いてねえよ。感動はしたけど」
「嘘ですわ! 深川先生、号泣してましたわ!」
「ビデオカメラにも、泣き声入ってるんじゃないか?」
「あ、折角だし今から見る?」
「だー、辞めろおおお!」
◇
「京平の泣き声で、信次の答辞ほぼ聞こえなかったな」
「こうなるだろうなって思ってたよ」
「だって、まさかこんなに真っ直ぐお礼言われるなんて、思わなかったんだもん」
結局京平の静止を振り払ってビデオを回したんだけど、京平の泣き声と「俺もだよ信次」みたいな
返答やらやらで、答辞は上手く録画出来ていなかった。
もうあの答辞は、記憶にしか残ってないという訳だね。
「そうだのばら。のばらに第二ボタンあげるね」
「有難うございますわ、信次。大切にしますわ」
「生まれて初めて女の子に第二ボタン渡した……すー」
ありゃ、信次寝ちゃったや。朝早くから準備もしてたし、疲れちゃったのかな?
「のばらに寄り添って、気持ちよさそうに寝てるね」
「のばらさんに第二ボタンを渡せて、安心したのかな?」
「お疲れ様、信次。しばらくはのばらの肩で寝ててくださいまし」
確かにこんなに安心し切った信次を動かすのは逆に可哀想だしね。のばらの肩で、ゆっくりお休み。
「信次、頼ってくれて有難うですわ」
のばら、凄く優しい顔してる。それだけ信次のことを愛しく思ってくれているんだね。信次を愛してくれてありがとね、のばら。
「布団持ってくるね。のばらも休んでなよ」
「有難うございますわ」
私は布団を持って来て、のばらと信次に掛ける。
あれ、気付いたらのばらも寝てる。のばらも安心したのかな? おやすみ、のばら。
「じゃ、俺達はカツ丼作ろっか」
「お父さんも手伝うぞ!」
「信次とのばらが寝てる間に、美味しいの作ろうね」
◇
「お父さん筋がいいな。美味しそうに出来たぞ」
「京平の教え方が良かったんだよ、ありがとな京平」
「お父さんすごいなあ」
今回はお父さんもカツ丼を作ったのだけど、美味しそうに仕上がってる。やっぱお父さんすごいや。
お父さんが手伝ってくれたおかげで、思いの外早く人数分作れたしね。
とは言っても、まだお代わり分作らなきゃだけど。信次沢山食べるからなあ。
「はいお父さん、カツあがったからカツ丼にして!」
「任せておけ!」
と、てんやわんやカツ丼を作っていたんだけど。
「むにゃむにゃ、カツ丼の匂いがする。のばら抱っこしよ」
「あ、信次おはよ。どさくさに紛れてのばらを抱っこしないの」
「だって抱きしめたかったんだもん。おはよ」
「うーん。騒がしいですわね」
「あ、のばら、おはよ。愛してる」
「あら、のばらも寝てしまいましたわ。愛してますわ、信次」
2人共微笑ましくなる位仲が良いなあ。お姉ちゃんとしては嬉しいな。
「カツ丼出来てるから、ご飯にしよっか」
「カツ丼嬉しいな。ありがとね、兄貴、亜美、お父さん」
「本当、良い匂いしますわあ」
さあ、皆で席に着いてご飯にしようね。
「「「「「いただきます」」」」」
「カツがジューシーだし、卵も半熟だし、口に合わさった時の相性がもう最高! でも、このカツ丼は誰作だろ?」
「ああ、信次のは私が作ったんだ」
「お父さんもうこんなに作れるの? すごいね」
信次もお父さんの筋の良さにびっくりしてるや。
「お父さん覚えるの早いよね」
「私も亜美達のように出来るようになりたいしな」
「次教えるのは何が良いかな?」
「オムライス! オムライス!」
「は、結構難しいだろ。亜美」
「でも、亜美の大好物だもんな」
お父さんが優しい顔して笑ってくれた。そうだよ、私、オムライス大好きなの。だから、お父さんの作ったオムライスが食べたいんだよ。
でも、京平の言う通り、オムライス難しいもんね。卵を巻くのとか。
「よし、明日はオムライスを教えてくれ、京平」
「わーい! 楽しみにしてるね」
「卵沢山買って、準備しておくよ」
明日は早番だし、お父さんと一緒にオムライス食べられるね。楽しみだなあ。
「のばらは中番ですわあ。ちょっと寂しいですわ」
「僕も夜ご飯のばらに合わせるよ。一緒に食べよ」
「それだと信次が腹ペコになりますわ」
「日曜日だもん。ゆっくり寝て、ゆっくり食べれば良いでしょ?」
「じゃあ、楽しみにしていますわ」
信次が前よりのばらに優しくなってるや。もっともっと、のばらのことが愛しくなったのかな?
何であれ、2人が仲良いのは微笑ましいな。
「ねー、京平。ご飯の後、一緒に走ろ」
「良いけど、亜美疲れてないか?」
「お菓子も食べたし余裕だよ」
「そっか、亜美と走れるのは嬉しいな」
「うん、私も嬉しい!」
お菓子も沢山食べたし、ダイエットの為にも走らなきゃね。血糖コントロールも大事だし。
それと、京平と2人きりになりたかったし。
「ごちそうさま。ほら、京平早く!」
「待て、俺まだ食べてるから先に着替えといで」
「僕はカツ丼お代わりもらうね」
「のばらもお代わりですわ」
ぶー。京平食べるの遅いなあ。まあいいや、先にジャージに着替えて待ってよう。
卒業式で着た服はお出かけ用だし、クリーニングに出さなきゃね。明日お父さんに持って行って貰おう。
よし、ジャージに着替えたし、リビングで京平待ってよっと。
リビングに戻ると、ちょうど京平が食器を流しに持って行ってた。
「お、亜美。今食べ終わったら、ちょっと待っててな」
「うん、リビングで待ってるね」
「亜美達全然食べてないじゃん」
「それは、信次が食べ過ぎなの! お腹大丈夫?」
「カツ丼は別腹だもん!」
◇
そんなこんなで走りに行った私達は、それぞれのペースで走り始める。
私も早くなって来たけど、まだ京平と併走するのはキツいもんなあ。速いもん。
でも無理して京平に着いていくと、走りたい距離が走れないからなあ。
自分のペースで走ることが大事だもんね。
でも、頑張って京平と併走出来るようになりたいな。私、欲張りだから、ずっと京平と居たいもん。
でも私のそれはバレバレで、京平はそれを解っているみたい。明らかにペースを落とし始めたもん。
「亜美、大丈夫か?」
「中々京平と同じ速度で走れないのが、ちょっと悔しいな」
「少しずつ速くなってるから安心しな」
「出来れば京平と一緒に走りたいんだもん。隣同士で」
「欲張りだな、亜美は」
絶対全部見抜いて言ってる。意地悪。
でも優しいな、私に合わせて併走してくれてるや。
この優しさに、いつも私は甘えてしまう。やっぱり嬉しいな。
でも、京平は照れくさそうに。
「ごめん。本当は俺が一緒に走りたかった。亜美の傍に居たくて」
「いつもは自分のペースで走るのに?」
「日に日に、亜美に惚れていくんだよ」
「私も京平のこと、日に日に強く愛してるよ」
愛の大きさも、日に日に変わっていくね。愛しさがどんどん増していくね。
きっと京平とだからだよ。
「これからもずっと一緒にいようね」
「離すわけねえだろ。ああ、というか、もう限界だ」
京平はそういうと、勢い良く私を抱きしめて、キスをする。
ちょ、走ってる最中だったのに。そんなに私を愛してくれてるの? 京平。
そんなに私を求めてくれてるの? 京平。
私も京平を愛してるよ、欲しくてたまらないよ。
私も京平を抱きしめた。そして、キスに応える。
舌と舌で、愛を交わし合う。
「ねえ、亜美。今から家に帰って抱いてもいい?」
「うん。私もそうしたいなって思ってた」
お互いがお互いを求めて寄り添って。
これからもこんな愛が続きますように。愛してる。
亜美「いつから我慢してたの?」
京平「信次の卒業式で、亜美が隣に座ったときから」