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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
信次の卒業式
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信次の卒業式

「只今より、第59回倉灘高校卒業式を行います。卒業生入場」

「お、信次が来るな。ビデオカメラ回さなきゃ」


 いよいよ信次の卒業式が始まる。ん、信次を思いの外早く発見出来たぞ。だって一番前にいるんだもん。

 そっか、信次と海里くんは飛び級合格だもんね。ちょ、海里くん、カメラに向かってピースしないの!

 信次は逆にちょっと緊張しているのかな? いつもより真面目な顔をしているや。


「信次、なんであんなに緊張してんだろ?」

「ね、卒業証書を貰うだけなのにね」


 倉灘高校では、卒業生全員に手渡しで卒業証書が送られる。なんか伝統なんだってさ。

 だから、少々長丁場にはなるんだけど、信次の晴れ舞台が見れるのは嬉しいよね。

 こうして卒業生全員が、体育館に収まった。


 まずは全員で国歌斉唱して、在校生と卒業生が校歌を歌ってくれた。

 そして卒業証書授与。お、まずは海里くんからか。こらこら、ハイテンションでピースしないの。

 おいこら待て、亜美さーん! じゃないよ。恥ずかしいなあ。


 海里くんの奇行はあったけど、海里くんの卒業証書授与は終わって、いよいよ信次の番だ。

 信次はいつもより凛として、登壇していく。信次、おめでとう。ここまでよく頑張ったね。

 これから医者になる為の勉強や実習が山ほどあると思うけど、信次なら乗り越えられるって信じてるからね。

 信次は緊張を解さないまま、卒業証書を受け取った。


「えぐえぐ。おめでとう信次」

「泣かないの、亜美。とはいっても、信次の出番はこれくらいかな?」


 後は他の卒業生が卒業証書を受け取って、校長先生の挨拶、在校生代表の送辞と卒業生代表の答辞で終わりかな?

 

「あと、ど定番だけど、卒業の歌もあるんじゃないかな? 蛍の光とか」

「信次が歌うのは、仰げば尊しかな?」

「今時どっちも古いですわ。最近は卒業写真とか3月9日だったり、バリエーション豊かですわよ」

「でも、倉灘高校だし、ねえ?」


 イベント等を排除出来るものは全て排除された学生生活を送る倉灘高校だし、生徒が楽しいとかそういうのは、何も考えてないだろうなあ。

 超が付くほど進学校だもんね。伝統を無駄に重んじそう。


「でも信次、卒業式の準備とか頑張ってましたのよ?」

「え、何それ。初耳なんだけど」

「だから、何が起きてもおかしくないのですわ。信次が何もしない訳ないですもの」


 そっか。飛び級試験の後、何をしに学校へ行ってるのかは気になってたけど、卒業式の準備をしてたのか。

 そう言えば、信次はかなり凛としていたけど、他の子達は海里くんみたいにピースしたり、一言言ったり、まるでパーティみたいなテンションだなあ。

 でも、感謝の気持ちが凄い伝わってくるよ。各々が思う感謝の気持ちなんだね。


「そんな流れなのに、信次は真面目一辺倒なんだね」

「信次らしいよな」

「信次なりの感謝の気持ちなのですわ」

「信次、成長したなあ」


 正直信次を見ちゃったら退屈かなあ。って思ってた卒業証書授与は、そんな訳で結構楽しめた。

 いろんな子がいるんだなあ、って、感心しながら。


「なんかこれも信次が考えたのかな。私達を退屈させないように、って」

「そんな気はするな」

「そこまで考えていたのか、信次」

「信次ですもの」


 実際、卒業証書授与はかなり長い時間を費やすのだが、私達は楽しく見ることが出来た。

 そして、最後の子が卒業証書を受け取り、「皆さん、ありがとうございました!」と高らかに宣言して、卒業証書授与は終わった。

 その後、校長先生の話が入り、今年の卒業式は生徒に任せたことなども語られる。

 皆が笑顔で卒業を迎えてくれて嬉しいとも話してくれた。

 そんな厳かな流れで送辞になり、いよいよ次は答辞という時。


「答辞、代表、時任信次」

「はい!」

「え、ちょっと待って、信次が答辞するよ!」

「ちょ、カメラカメラ!」


 京平は慌ててビデオカメラを準備するし、お父さんは真摯に見つめてるし、のばらは知ってたな? わくわくしながら見ている。私は、ドキドキしてるけど!


「梅の花が綻ぶ頃、僕達は皆様に送られることを、大変嬉しく思います。因みに僕が答辞をよむことになったのは、友人の海里とじゃんけんをして負けたからです」


 信次ってば、そんなこと言わなくてもいいのに!


「さて、今日は僕にとって門出ですので、僕の話を聞いてください。僕は5歳の頃、訳あって両親と離れて暮らすことになり、幼い姉……亜美と、僕の子守りは、亜美の主治医である深川先生、兄貴がしてくれました」


 あれ、信次、私達のことを話すの? ちょ、隣で京平が既に目を潤ませてるんだけど。早い早い!


「兄貴が僕達の世話を、と言う話も突然だったそうですが、兄貴は僕達への影響も考えて、二つ返事で引き受けてくれて、それから幼い僕達を育ててくれました。今にして思えば、解らないことも沢山あっただろうに、そんな様子を僕達に見せることなく、いつも笑って接してくれました。だから僕も、医者になると言う夢を迷うことなく追うことが出来ました。兄貴が兄貴だったから」


 そうだよね。私達は京平が京平だったから、夢を追うことも迷わずに出来たんだよね。いつも真っ直ぐ笑ってくれる京平だったから。


「いっぱい我儘も言ってきたのに、そんな兄貴だったから僕はここまで来れたんです。兄貴、ここまで僕を育ててくれて、本当に有難う。僕達を家族にしてくれたのは、兄貴だよ。まだまだ頼りないけど、僕のことも頼ってね。時任信次」


 そうか、信次はこういった形で、京平に感謝を伝えたかったんだね。こんなに答辞らしくない答辞もないだろうけど、京平にはきっと届いて……って、号泣してんじゃん。京平。

 ああ、周りの親御さん達も、倉灘高校の生徒の皆さんも、温かい拍手を有難うございます。

 信次の我儘を後押しして下さって、有難うございます。


「やっと言えたな、信次」

「え? お父さんも知ってたの?」

「知ってるも何も、京平に素直にお礼が言えないって言ってた信次に、これを提案したのは私だからね」

「なるほどね!」


 そっか。だからこの卒業式、こんなに感謝で溢れていたんだね。信次の京平に感謝を伝えたいって言う気持ちを、皆が後押ししてくれたんだね。人を信頼するのが苦手だから、相談事も苦手だったろうに、頑張ったね、信次。


 その後歌が始まった。まずは在校生の蛍の光。あ、そこは倉灘高校らしさが発揮されるんだな。

 でもどことなく懐かしい感じ。私の時は尾崎豊さんの卒業だったんだけどね。

 なんかいいな。なんかいいね。

 信次を含む卒業生で歌ってくれたのは、仰げば尊し。

 これも懐かしい感じがするな。そんなに聞いたことないはずなのにな。

 あ、信次の歌が聞こえる。優しい歌声。

 信次が優しいから、歌も優しくなるんだね。

 これからも優しい信次のままでいてね。


 ◇


 こうして、卒業式はそれぞれの心をほんわかさせて終わった。

 私達はそのまま信次のクラスに行ったんだけど、信次と海里くん、クラスメートにクッキーを作ってたみたい。ああ、だから早く学校に行ってたのかあ。

 

「皆、2年間ありがとね」

「月曜日から俺社会人。いえい」

「時任くん、立派な医者になってね」

「貧血気味の俺を、いつも真っ先に気付いて保健室連れてってくれてありがとね」

「海里が社会人って、不安しかねえ」


 信次は人を信頼するのが苦手だけど、信次なりにクラスメイトとは関わって来たんだな。

 じゃなかったら、クッキーなんて作らないもんね。

 これから色んな人と関わるのだし、もう少し人を信頼出来るようにはなって欲しいんだけどね。

 信次と海里くんのクラスメイトは、2人の卒業アルバムに、メッセージも描いてくれていた。

 これをキッカケに仲良く……とは、行かないんだろうなあ。信次だし。


 こうして、クラスメイトとの別れも終わったので、私達は家に帰ることにしたんだけど。


「兄貴、亜美、お父さん、のばら、ちょっと待ってて」


 信次が教室で、何かもぞもぞしてる。ん? まだ何か企んでたの?

 ようやく出て来たと思ったら。


「兄貴、亜美、お父さん、のばら、ここまで本当にありがとね」

「え、私達にお花準備してくれてたの?」


 ちょっと時期はずれの桜の花を、私達に準備してくれたみたい。ふふ、綺麗だなあ。この心遣いが信次らしいね。


「亜美達の分のクッキーもあるからね。家帰ったらお茶会しよ」

「信次、俺、信次に出会えて良かった」

「もー、京平は泣きすぎだよ」

「信次、卒業おめでとう。ここまで育ってくれてありがとう」

「信次、のばらにもお花、有難うございますわ」


 私は思わず信次を抱きしめた。もう抱きしめられずにはいられなかったんだ。


「信次、私の弟でいてくれてありがとね」

「僕も亜美がお姉ちゃんで良かった。いつもありがとね」

「のばらも信次を抱きしめますわ!」

「ああ、俺も!」

「私が先だぞ、京平」


 これからも仲良くしようね。信次。卒業おめでとう。

亜美「良い式になって良かったな」

京平「信次ありがとな。俺こそ信次に出会えて良かった」


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