信次の卒業式前
「遂にこの時が来たか」
「大きくなったな、信次」
「最近また伸びて177センチになったのですわ」
今日は信次の卒業式。これで京平の子育ても、やっとひと段落って感じだね。
因みに余談なんだけど、海里くんは五十嵐病院育児センターでの就職が決まって、卒業するまではバイトで働いて、明日からは普通に勤務するんだって。
正直それで、信次が月曜日突発で休んでも、なんとかなったみたい。
それぞれ、進む道が決まって良かったなあ。
「海里と卒業式出来るから良かったな」
「ずっと心配してたもんね」
「うん。海里に勉強教えるの、大変だったしさ」
「のばらと深川先生も頑張りましたわ」
ああ、飛び級試験か。海里くんの勉強を3人で見てたもんね。あの頃の3人は大変だっただろうなあ。
3人の努力の成果で、海里くんも無事飛び級試験合格したもんね。
「亜美、ありがとね」
「ん。私はなんもしてないけど?」
「辛い勉強も、亜美が作ってくれるお弁当だったり、笑顔で乗り切れた時もあったからさ。ありがとね」
「えへ、どういたしまして」
信次からこんなこと言われないから、なんか照れ臭いなあ。
「兄貴もありがとね。なんだかんだで一番兄貴には甘えてた気がする。甘えさせてくれて、ありがとね」
「そうだな。のばらさんとあーなったときは」
「ちょ、余計なこと言わないで!」
信次、のばらと付き合う前、何かあったのかな?
京平もそれを今言うなんて、意地悪だなあ。らしいんだけど。
「お父さんもありがとね。いつも電話で、色々相談に乗ってくれたよね。今、一緒に暮らせて凄く嬉しいよ」
「これからも無理はするなよ、信次」
お父さんは信次を優しく抱きしめる。そうだね、一緒に暮らせるようになって良かったね。
お父さんの笑顔、私も大好きだよ。
「のばら。キッカケはキッカケだったけど、のばらが勉強見てくれるようになってから、僕も海里も頑張れたよ。何より、いつも傍にいてくれてありがとね。のばらがいるから、いつも笑えてるよ」
「のばらも信次に会えて良かったですわ」
信次はのばらを抱きしめる。のばらと付き合うようになってから、信次はより穏やかに笑うようになったもんね。
そんなのばらも、笑顔が前より可愛くなってるから、良い影響を与えあってるんだろうなあ。
「じゃあ、僕は先に行ってるね。また式でね」
信次は皆に笑いかけながら、倉灘高校へ向かった。
「信次、かなり早く出てったなあ。準備とかあるのかな?」
「ねー。式も10時からなのにね」
今はまだ7時。早すぎる。信次め。これは何か企んでるな?
卒業式はそれも楽しみながら、信次の成長した姿を見られたらいいな。
「俺達も着替えたら、倉灘高校へ向かうか」
「私達の準備が、多分かなり掛かるしね」
「確かにメイクも服も、しっかりしたいのですわ」
服はのばらが私の分も買って来てくれて、それが式だけに着るには勿体無い感じで、着る前からワクワクしているよ。
そんな服に合わせたメイク、しっかりやりたいな。
「亜美、メイクはのばらがやりますわ。亜美には可愛くいて欲しいのですの」
「え、いいの? ありがとね」
「今日は大事な日ですもの」
そんな訳で、2人で服を着替えた後、私はのばらにメイクをして貰った。
ピンクを基調としたメイクで、ほんのりピンクのチークとアイシャドウが本当に可愛い。
まつ毛もいつもよりグインと伸びて、より大きな瞳になった気がするよ。私、マスカラ下手だから嬉しいな。
「ふー、より可愛くなりましたわ」
「うん、確かに可愛いな」
京平に可愛いって言われた私は、途端に顔が真っ赤になる。可愛く見えたのなら嬉しいな。
「うふふ、亜美は純粋なのですわ」
「そんなとこも可愛いな」
「ぶー!」
なんか揶揄っているように聞こえるなあ?
どうせ心スケスケ亜美ちゃんですよーだ。しょぼん。
「亜美、そんなつもりで言ってないですわ」
「そうだぞ。本音で可愛いって思ってるぞ」
京平はどさくさに紛れて、私を抱きしめてくれた。私、変なとこで人を疑ってしまうな。ごめんね、京平、のばら。
私も京平を抱きしめた。何故かのばらも、私を抱きしめてくれた。
ネガティブな感情は、相手を悲しい気持ちにさせてしまうね。本当に気をつけないと。
「ありがとね、京平、のばら」
「亜美には笑っていて欲しいのですわ」
「うん、俺も笑っていて欲しいな」
これからは、信頼してる人は疑わないようにしたいな。私の笑顔を望んでくれる優しい人達だから。
「大体亜美を弄る時は、もっと盛大に弄るわ。俺」
「確かに。って、ぶー!!」
「お、豚になった。あはは」
んもう。確かに京平はこう言う風に弄るよなあ。
で、いたずらっ子のように笑うんだよね。
それも可愛くて、私は好きだよ。豚って言われても。
あれ、そう言えばお父さんは何処かな? リビングを見渡してみるけど見当たらない……。
部屋でまだ着替えているのかな?
「お父さん部屋に居るみたいだけど、中々来ないね」
「あ、多分ネクタイ締められないんだ。こっち来りゃいいのに。お父さん」
え、そんなことある?! いくらリモートで普段私服とは言え、社会人経験はかなり長いよ? お父さん。
でもお父さんだしなあ。なんか変なとこ抜けてるもんなあ。
京平がそんなお父さんを呼びに行くと。
「京平、ネクタイ締めてくれ……」
「いいよ。これからは1人で悩むなよ」
「前、教えて貰ったから、出来ると思って」
「そんな簡単にはいかないさ」
本当にネクタイだった!
もー。我が父ながら抜けてるよなあ。
しかも前に、多分信次の挨拶の時に教わったのに出来ないなんて!
変なとこで可愛いよね。お父さん。
「のばらも化粧終わりましたわ」
「じゃあ、そろそろ倉灘高校へ向かうか」
◇
倉灘高校へは電車で向かって、ギュウギュウになりながらもなんとか辿り着いた。
いや、私はギュウギュウになってないな。京平が守ってくれたから。
いつもこうやって守ってくれるよね。いつも助けてくれるよね。
「京平、電車の中で守ってくれてありがとね」
「ん、当たり前のことだから気にすんな」
「私がお礼を言いたいの」
「それなら、どういたしまして」
私達は倉灘高校の体育館へ向かう。既に大勢の親御さん達が集まっていた。
なんとか4人座れる場所を見つけて、私達は信次のことを話し始める。
「信次、小さい頃からしっかりしててね。私がいじめられた時は、一緒に学校休んでくれて、京平と一緒に私を守ってくれたんだよ」
「亜美をいじめるなんて、最低なヤツも居たのですわね。でも、信次らしいですわね」
「その時から、料理作りたいって言われて、料理も教えたしな。まだ小学1年生だったのに」
「私が居ないことで、年不相応に成長したのかもしれないな」
いやあ、それは最初のうちだけじゃないかな?
最初こそ、良く解らない京平と暮らすことになって、気も使ったけれど、京平はどんな時も私達を受け止めてくれたから、信次も私も、すぐに仲良くなったんだよね。家族になったんだよね。
でも、そんな京平を助けたくて、私も家事やるようになったし、成長するキッカケではあったのかもしれない。
あの時から呼び方も触れ合い方も、そして私達の仲も全部変わったよね。
「京平が居たから成長しただけだよ、私達」
「改めてになるが、子供達を育ててくれてありがとな、京平」
「寧ろ俺のが、亜美と信次に支えられたよ。今生きてるのは、間違いなく2人のおかげだから」
「人に助けてもらいながら生きてるよな、私達は」
「これからも助けて貰うよ」
「うん。いつでも頼ってね?」
そして私達、お互いに助け合ってるよね。今日だけでも、私はのばらと京平に助けて貰ってるし。
でも時には、京平の頭をポンポンしたり、一緒に泣いたり、のばらの恋愛話を聞いたり、信次とお父さんにお弁当を作ったり。
そんな家族になれて良かったな。
ん? 私がお弁当作り始めたのつい最近だよね? それまで信次からは貰ってばかりだった説があるな。
しかも何度も恋愛相談してたし! 落ち込んだ時も優しくしてくれたし。
「思い返してみたら、信次にはかなり助けられてるかも」
「そりゃ亜美を守ることが、俺達兄弟の使命だし。俺達、亜美には笑っていて欲しいからさ」
「あんなに小さかったのに、本当大きくなったなあ」
「確かに信次、亜美のことは放って置けないって言ってましたわ」
そんな優しい信次が、遂に卒業かあ。おめでとう、信次。
私が感傷に浸っていたら、もう10時。いよいよ、卒業式が始まるね。
亜美「信次、いっぱい助けてくれてありがとね」
京平「信次の晴れ舞台、楽しみだな」