のばららしく。(のばら目線)
やばいのですわ。緊張してきましたわ。いつもののばらじゃないみたいですわ。心臓が何度も鼓動を打って、鳴り止む事を知らないのですわ。
でも、のばらはのばらですわ。のばらが思い描く告白をするのですわ。
「で、どうする? 寒いし話だけなら喫茶店でもいく?」
「大丈夫ですわ。冴崎、行きたい所があるんですの」
のばらは、着けていたマフラーを深川先生に巻きましたわ。折角のばらに付き合っていただくんですもの。寒い思いはなるべくさせたくないですわ。
「あ、ありがと。でも冴崎さんが寒くない?」
「いいんですの。冴崎の我儘ですもの」
これが目当てでマフラーを巻いて来たことは、深川先生には内緒ですわ。のばらは、深川先生を愛しているのだから、当然の準備ですわ。
「で、行きたいところって?」
「ふふ、今は内緒ですわ。着いてきてくださいまし」
のばらは、深川先生の手を握り、走り始めましたわ。貴方の驚いた顔を、もっと見たかったのですわ。
出来れば照れて欲しかったのだけど、相変わらずの表情で少し悲しかったのですわ。解ってはいたのだけど。
「深川先生、体力は大丈夫ですの?」
「いきなり走り出したからビビったけど、なんとか」
◇
のばらは走りながら、昨年の五十嵐病院に勤め始めた事を思い出していましたの。
五十嵐病院にしたのは勿論、深川先生を追っかけての事でしたわ。
でも、1番は五十嵐院長から、人手足りないからぜひ来てよのラブコールを受けたからでもありましたわ。
それに、ここなら人を救える力になれるとも思ったのですわ。
のばらは小さい頃からのばらだったから、人には恵まれましたけど、のばらが信頼出来る人には巡り会えませんでしたの。
皆、のばらの容姿だったり、お金ばっかり見ていて、のばらの中身を見てくれませんでしたの。
それは、五十嵐病院でも変わらなくて、何人かの殿方に告白もされましたけど、心に響かないものばかり。
そもそも病院で告白するなんて、職務放棄ですわ。信じられないのですわ。
そんな中、浮きまくっていたのばらを、深川先生は気にしてくださいましたよね。
のばらがオペ看護師で、麻酔科医が深川先生、執刀医が麻生先生の、今やゴールデン組が、初めて組まれた時の休憩時間でしたわ。
「冴崎さん、病院には慣れた?」
「仲良く話せる相手が中々出来ないのですの。下心ばっかもった殿方しか近付いてこないですの」
「皆飢えてんな。ここ病院なのにな」
「そうなのですわ!」と、のばらは頷きながら、少しため息を吐きましたわ。真面目に看護師してるだけなのに、何で変なのしか来ないのかしら! のばらは深川先生が居たらそれでいいのに。
「だったら、京殿と一緒に居ればいいのじゃぞ。京殿ほどのイケメンはこの病院には居ない故、良いガードマンになるじゃろて」
「お、麻生いたのかよ。でも、俺で良かったら、休憩時間の話し相手になるよ」
麻生先生のフォローで、休憩時間は深川先生とお話していたのですわ。
その時に、亜美達の話も何度も聞きましたわ。ふとしたキッカケで家族になった事、家族が本当に大切な事、そして来年、家族の亜美が看護師になることも。
「それなら亜美さんは冴崎の後輩になりますわね」
「おう。あいつ友達作り下手だし、仲良くしてやってな」
確かに亜美、友達作り苦手でしたわね。皆に明るく話すのに、休憩時間とかしどろもどろでしたものね。普通に一緒に食べよ、とかで良いのにですわ。
最初の頃は深川先生か、同級生の日比野くんとしか話してなかったものね。ふふ、何だか懐かしいのですわ。
深川先生は鈍いから、早く告白した方が良いよと麻生先生からも言われましたが、中々勇気が出ませんでしたわ。
思えば、亜美が深川先生の事を好きなんだなあ。って思ったあの日から、のばらも手段を選ばなくなったのですわ。
のばらも情けないですわね、それがたったの5日前だなんて、ですわ。
ただ、だとしても全然気付かないこの人に、今日のばらは、引導を渡すのですわ。
◇
「さあ、着きましたわ。深川先生」
「ああ、ここは……」
覚えていてくれたのですね、深川先生。そう、ここは、のばら達が初めて会った草原。深川先生が、のばらを助けてくれた場所ですわ。
「思えば、あれから6年か。助けられて本当に良かった」
「冴崎も、深川先生に会えて、本当に良かったですの」
あの時会えなかったら、のばらは薔薇を咲かせられない自分に、どんどん自暴自棄になって、取り返しのつかない事になっていたかもしれないのですわ。
それだけ、毎日のように泣いていたのですわ。
「そう言えば、深川先生はどうしてこちらに?」
「当時は、早番終わりに筋トレを兼ねて走ってたんだよ。コースはバラバラでな。その時に冴崎さんを見つけて」
昔は筋トレをしていたのですわね。でも今も、細マッチョな感じだから、家でトレーニングでもしているのかしら?
今は早番は大体亜美と被るから、一緒に帰ってますものね。亜美が羨ましすぎますわ。
「じゃあ、冴崎は走り込みにも感謝しなくてはですね。今はしてないというなら尚更ですわ」
「走り込みはしてないけど、一応鍛えてはいるぞ、今も」
「見れば解りますわ」と言いたかったけど、なんか深川先生が可愛かったから、のばらは笑ったのですわ。そんなムキにならなくても良いのに。
「ちょ、笑う事ないだろ。確かに細すぎかもだけど」
「あら、気にしていたのですね。ごめんあそばせ」
ああ、のばらはこんな事を言うために、深川先生を呼び出したんじゃないのですわ。
でも、中々勇気が出ないのですわ。のばらのバカ。
振られた後の事ばかり、考えてしまいますわ。
その時、不意に、亜美の事を思い出しましたの。亜美から言われた言葉を。
ーー私以外なら、のばら以外許さないから。
思えば、のばらも友達作りは下手でしたわ。でも亜美は、こんなのばらにも素顔で話してくれましたし、何より毎日のように努力をしていましたわ。
だから、亜美の手本になるように、のばらも頑張ろうって思えて。
愛のライバルだというのに、大切な友達になりましたわ。
そうか、亜美を傷付ける可能性もあったのですわ。この告白は。
でも、亜美は亜美だから、のばらが告白出来なかったと言えば、もっと泣いてしまう気がしますわ。
誰よりも優しい子だから。お人よしが過ぎるから。
同じ傷付けるなら、ちゃんと伝えたい事を伝えた方が良いのですわ。
「深川先生、月が綺麗ですわね」
「ああ、何気今日は満月か。確かに綺麗だな」
あ、ダメだわ。伝わってませんわ。遠回しすぎましたわ。
でも、1番ダメなのはのばらですわ。これはのばらの言葉じゃないのですわ。
「冴崎は、ここで深川先生に会って、人生が変わりましたわ。ここで深川先生に会えなかったら、ずっと泣き続けていたと思いますし、看護師になろうとも思わなかったのですわ」
「看護師になるキッカケでもあったのか。仲間が増やせて嬉しいよ」
寒空の下、鼻を赤くした深川先生が笑うのをみて、のばらも微笑みましたわ。
その笑顔に、のばらは何度も救われて来ましたわ。
「それから、異能の定期検診に始まって、五十嵐病院でも何度も気にかけていただいたり、冴崎が隣に座ることも、肩に触れることも、ハグするのも、全て許してくださいましたね」
「冴崎さんなりのコミュニケーションかな? って思ってたけど、違うのかな?」
のばら、私はのばら。のばらは強い子。
「それは冴崎のばらが、深川京平を、愛してるから、という事ですわ」
◇
流石の深川先生も、のばらの真っ直ぐな告白には気付いたようで、暫く沈黙が漂いましたわ。
「今まで、気付いてあげられなくてごめんな」
「本当に。深川先生は鈍感が過ぎますわ」
のばらは、深川先生を見つめながら続けましたわ。
「よろしければ、付き合っていただけないですこと?」
深川先生は、哀しそうな顔をしていらっしゃいましたわ。本当は、最初から何となく解っていたのですわ。気付いてない、じゃなくて、そもそものばらが眼中にない事も。
「ごめん、気持ちには応えてあげられない……」
「なんて、解ってましたのよ。ずっと深川先生を見ていたのですわ。顔をお上げになって」
深川先生は顔を上げた、と同時に、私は深川先生のおでこに唇を押し当てたのですわ。
「さ、冴崎……さん」
「これで許してあげるのですわ。女を傷付けた罪は重いのですわよ」
のばらは更に、笑いながら続けましたわ。
「明日、私の大切な友達が、深川先生に告白するのですわ。傷付けたら許しませんことよ」
「え、明日? 明日は亜美と遊ぶから、冴崎さんの友達と会う事はないと思うけど」
「相変わらず鈍感ですわ。後、冴崎の事は、これからのばらと呼んでくださいまし。せめて友達ではいたいのですわ」
言いたい事は言えましたわ。気高いのばらとして、告白出来ましたわ。
叶わなかった愛だけど、気持ちはすっきりしましたわ。
「解った。のばら……さん」
「意気地なしですわね。まあ、最初はそれでいいのですわ」
気高く在れ。気高く在り続けろ、のばら。
「それじゃあ、また五十嵐病院で。冴崎さん呼びは禁止ですわよ」
「あの、マフラー……」
「寒そうですから貸してあげますわ。また病院で返してくださいまし」
それだけ告げて、のばらは先にその場を後にしたのですわ。
良かった、ちゃんとのばらでいられたのですわ。ちゃんと気高いのばらで……。
あれ、おかしいのですわ。顔に何かが伝ってくるのですわ。
ダメですわ、こんなの、のばららしくないのですわ。強くいなくちゃ。
なんて思ったけどダメでしたわ。気付いたら夜道で1人、大泣きしていましたわ。
だって、愛していたんですもの。
作者「のばら、頑張ったね」
のばら「本当は結果は解ってたんですの。でも、のばららしく伝えたかったのですわ」
作者「京平も罪な男やなあ」
のばら「ですわ、この冴崎のばらを振るなんて、良い度胸してますわ」
作者「次は亜美の番だね」
亜美「緊張してきたよ……」