料理勝負!(信次目線)
「葉流、ちょっとこっち来て」
「どうしたの信次? いいけどさ」
「すみません、ちょっとトイレ行ってきます!」
僕は慌てて葉流とトイレに行く。僕の状況と、葉流の状況のすり合わせもしたかったしね。
でも、スーツ姿の葉流、格好良いな。男の僕でも惚れ惚れするよ。
「とりあえず、今どんな状況なの?」
「僕、冴崎のばらさんと付き合ってて、婚約もお互いにしたんだけど、婚約者が居るって言われて」
「そっか、僕は小さい頃からのばらお嬢様の存在は知ってたけど、のばらお嬢様は知らなかったのか」
ちょっと葉流が溜息を吐く。存在を知られてないのは、地味に辛いよなあ。
「どう言った経緯で婚約者になったの?」
「母親同士が友達なんだよ。お互い男の子と女の子で結婚できるから、婚約しよう、って」
「うは、本人の意思無視なの?!」
「ね、結構年齢差もあるのにね」
僕が言えたことじゃないけど、葉流とのばらは6歳差。逆ならまだしも、のばらのが上だしね。
僕ものばらを待たせちゃうんだよな。なんで僕、17歳なんだろう。なんで医者じゃないんだろう。
葉流としては、この婚約についてどう思ってるんだろう。
そこが解決しないと、のばらはやっぱり親と絶縁しなきゃになるよね。
「葉流、この婚約、受けるの?」
「信次のことがある訳じゃないけど、お断りしようと思ってるんだ。僕、好きな人がいるし」
「葉流の親には相談済み?」
「うん。僕の意思に任せるって言ってくれたよ」
そっか、それなら心配事は何もないね。良かったあああああ。
「信次、何安心してんの。問題はここからだよ?」
「え、葉流と戦わなくていいだけで、結構ホッとしたんだけど……」
「信次はのばらお嬢様と結婚したいんでしょ? 認めて貰えるの?」
「それを今から話し合って」
「信次、何もコネないのに?」
うぐ、確かにそうだ。葉流は、青柳医院の跡取り息子だけど、僕はただの信次なんだよな。
「だから、僕を利用して欲しいんだよね」
「え、利用って?」
「あのね」
◇
「お待たせしました」
「構わん。話の続きをしようか」
「そのことなんですけど、僕はのばらお嬢様を思い続けていましたが、のばらお嬢様には今、恋人がいらっしゃるんですよね?」
「のばらが勝手に作った恋人だ。気にするな」
「いえ、のばらお嬢様の気持ちを考えると、このままのばらお嬢様とは結婚出来ません」
葉流、演技上手いなあ。本当にのばらのことが好きみたいにみえるよ。
「そこで先程、葉流と話し合ったんですけど、僕達でのばらさんを賭けて勝負させてください。選ぶのは、のばらさんです」
「つまり、のばらがこの人だ! って殿方を選べばいいのですわね?」
あ、のばら、なんかやる気満々だ。
葉流格好良いし、僕がフラれる可能性も0じゃないんだよな。
でも、僕が選ばれるように頑張らなきゃ。
そう、葉流が僕に提示した作戦とは、僕と葉流が戦って、のばらに選ばせる。
よっぽどのことがなければ、のばらは僕を選ぶし、葉流に負けるようじゃ僕はのばらに相応しくない。
こうすることによって、のばらの婚約者になれる、という訳。
「勝負は、昼食作りです。その間、のばらを部屋で休ませてあげてください」
「お嬢様、こちらへ」
「待ってますわ、信次」
そう、それにのばらを休ませてあげたかったしね。
「確かにのばらなら、昼食会のご飯を食べても、殿方達のご飯も食べられるしな」
「そうね。のばらなら忖度なしで決めるしね。ご飯には厳しいから」
のばら、やっぱりご飯には厳しいんだな。
僕のお弁当を残さず食べてくれてるのって、奇跡に近いのかもな。
今日作るメニューは決めているんだ。元々帰ったら、作ってあげようと決めていたメニューを。
のばらを癒してあげたいから。
「さ、お二人とも、キッチンはこちらです」
僕達は冴崎家のキッチンに案内されていく。
昼食会の準備もあるから、僕達に与えられたのは、コンロ二つのキッチン。
そうなると、コンロは1人一台か。充分だね。
そもそも僕が勝てるように昼食作りを勝負に決めたんだけど、葉流は何を作るんだろう?
僕はフェアに戦いたかったから、のばらの体調を葉流に伝える。
「因みにのばら、今生理だからね。食欲はあるけど」
「ああ、顔色悪いなあって思ってたけど、生理かあ。信次がのばらお嬢様を休ませたいって言ってたのも、そう言う訳か」
「これで隠し事は無しだからね」
「僕も料理は苦手だけど、本気で行くからね。勝ってよ?」
「勿論」
今ののばらの体調と、のばらの好きなものを考慮して、美味しいの作るからね。
早速僕は取り掛かったんだけど。
「信次、鍋振れないから振ってよ」
「それくらい自分でやれよ!」
「え、それを手伝っただけで、信次負けるの?」
「もう、解ったよ。手伝うよ!」
「のばらお嬢様に、不味いものは食べさせたくないしね。生理だし」
なんか葉流の思い通りに動かされてんな、僕。
結果として、葉流に料理のイロハを教えてるもん。
鍋の振り方を教えたり、味付けの方法を教えたり、もう色々教えて訳解んないよ。
「葉流、お料理教室だと思ってない?」
「あ、バレたか。僕の提案なんだし、協力してよ。ね?」
「しょうがないなあ」
結局僕は葉流に料理を教えながら、自分の調理に取り組むことになった。
こうなると、どっちも僕の味になるんじゃない?
のばら、僕の料理解るかなあ?
いつも作ってあげてる僕の味、覚えていて欲しいな。
「信次、スープは塩胡椒でいいの?」
「ああ、出汁作らなきゃ。鰹節と昆布で取るといいよ」
「ていうか信次、信次のメニューはそれだけでいいの?」
「うん、のばらなら解ってくれるから」
のばら、僕を見つけてね。そして、僕を選んでね。愛しいのばらだから。
「よし、出来た!」
「僕も出来たよ、葉流」
「お。出来たようですね。出来た料理はお互いの名を伏せて、お嬢様にお出ししますね」
「お願いします」
僕達は山田さんに料理を運んでもらい、片付けを始める。
片付けですら葉流は僕に聞いてくるもんだから、完全に葉流と僕のお料理教室になってるや。
「信次、料理教えてくれてありがとね」
「1人で出来るようになったら、好きな人に食べさせても良いかもね」
「喜んでくれたらいいな」
葉流は優しく微笑んだ。本当に大事な、好きな人がいるんだね。こんな優しい顔、初めて見たよ。
「また好きな人紹介してね」
「うん、信次になら言える気がする」
さあ、片付けも終わったし、のばらの元に行こう。
のばら、起きられたかな? 無理してないかな?
「お、信次、お疲れ」
「大丈夫なのか、信次」
「うん、自信はあるよ」
兄貴とお父さんが声を掛けてくれた。心強い味方だね。
あれ、まだのばらが居ないな? まだ寝ているのかな?
僕は山田さんに話しかける。
「のばらは大丈夫ですか?」
「先程薬が切れてしまい、かなり辛そうでしたが、今薬を飲ませましたので、効く頃合いには来るとのことです」
「無茶するから……でも、ありがとね。のばら」
のばらが戦ってくれたから、ここまでこれたから。
のばらの気持ちがご両親にも届いて、のばらの生き方は肯定されたんだもんね。
これからも隣で支え続けたいから、この勝負負けられない。
まあ、どっちの料理も僕が作ったようなもんなんだけど、僕の料理にのばらなら気付くはずだから。
けど、気付かなかったら? 僕は身震いする。
葉流にも迷惑かけちゃうし、のばらは親と縁を切らなきゃいけなくなるし。
いや、そもそも葉流に負けるような僕を、のばらは愛し続けてはくれないよね。
気付く、気付かないじゃない。選んで貰うんだ。
「信次、今日格好良い顔してますわね」
「あ、のばら。体調は大丈夫?」
「薬も効いて来ましたから大丈夫ですわ。信次を、信じていますわ」
絶対のばらは無理してるんだけど、のばらは僕を信じてくれている。
だから、そんな体調でも、ここにいてくれているんだ。
のばら、ありがとね。出会えて良かった。
「お料理は、お嬢様の席に並べてありますので、温かい内に審査をお願いします」
「のばら腹ペコですの。美味しく頂きますわ!」
「さ、皆様も昼食会の料理は出来上がっていますから、召し上がってくださいませ」
僕達は席に着く。
のばらはお誕生日席に座って、僕達は僕、兄貴、お父さんの順でのばらから見て左側で、葉流、のばらのお父さん、のばらのお母さんの順で右側の席を案内された。
ただ、僕らの視線はご飯じゃなくて、のばらに向けられている。
僕達がのばらに作った料理は。
「レバニラと、炒飯?」
「え、こんな大事な時にシンプルな料理だな。信次のはどっちなんだ?」
「信次、そこはグラタン作っとけよ」
「のばらもグラタンのお腹でしたわ」
しまった。確かに安パイな道を行くなら、のばらの好きなグラタンを作るべきだった!
でも、僕、作ったものには自信あるよ。
僕の気持ちを精一杯込めたから。
「信次、勝負のご飯はご飯で食べますけど、グラタン食べたいから作ってくんなまし」
「お嬢様、昼食会のメニューにもグラタンは」
「信次のグラタンが食べたいんですの!」
「しょうがないなあ」
「僕も手伝うよ、信次」
のばら、食べ物に関しては本当に我儘なんだから!
とはいえ、審査の結果と、のばらの食べてる顔は見たいので、その後グラタンを作ることになった。
グラタン、楽しく作れてるといいんだけどな、数十分後の僕。
「まずはレバニラ炒めから頂きますわ。付け合わせは春雨スープですのね」
うは、のばらの審査が始まった。手に汗かいてきたよ。
身体も震えて来た。多分今、受験の時より緊張してるや。
でも、そんなことはどうでもよくて、のばらに美味しく食べてもらいたいな。
僕の気持ちを受け取って欲しいな。
「信次、大丈夫。グラタンにすりゃあ良かったのにとは思うけど、信次の思いは届くはずだから」
「一言余計だけどありがとね、兄貴」
僕の気持ちとは裏腹に、のばらは黙々とレバニラ炒めを食べて。
「美味しいですわ。鉄分欲しかったから嬉しいのですわ。春雨もプリプリですわ」
にこやかに笑ってる。のばらの美味しい顔だ。やっぱり、食べてるのばらは可愛いな。
緊張感もあるけど、のばらの笑った顔にいつも癒されるんだよね。
のばら、愛してるよ。
「信次、愛がダダ漏れだぞ」
「しょうがないじゃん。愛しいんだもん」
「もう、信次ってば」
だって勝負に関係なく、のばらの笑顔を愛してるんだもん。
「次は炒飯ですわ」
のばらが次の料理を食べ始めた。
「あら、これ……そういう意味だったのですわね」
「なんかのばらさん、一心不乱に炒飯食べてる」
「凄く幸せそうな顔をしているな。信次のならいいんだが」
「大盛炒飯、ニンニクマシマシでおかわり願いますわ!」
あ、届いたみたい。僕の気持ち。
照れくさいんだけど、初めてのラブレターだよ。のばら。
「勝負ありですな。炒飯を作ったのはどちらかな?」
僕は立ち上がった。なんかこういうの、慣れないなあ。
「信次、早くおかわり食べたいですわ!」
「すぐ作るね。のばら」
「あ、グラタンも忘れちゃダメですわ」
「待っててね、のばら」
「あ、僕にも炒飯とグラタン教えて!」
僕と葉流……と、兄貴は、キッチンに向かう。
「やったね! 信次!」
「ありがとね、葉流」
「信次、どんな炒飯作ったんだよ?」
あ、兄貴、それを知りたくて、キッチンまで来たのか。
「え、大盛炒飯ニンニクマシマシ」
「何だ、普通の炒飯か」
「実は僕がのばらを愛した時に作ったのが、この炒飯だったんだ。食べてるのばらを愛してるって、実感したんだ。だから、愛してるよって炒飯に込めたんだ」
「そっか。のばらさんと信次にとっては最適解だったんだな」
「ね、信次。炒飯とグラタン作ろ!」
「俺も手伝うよ、信次。あ、あと、俺の分も炒飯頼むよ」
のばらが喜んでくれて良かった。全てが上手くいって良かった。
今、嬉しい気持ちでご飯を作れて幸せだよ。
「信次ー、鍋が重くて上がんないよ」
「ああもう、やるから待ってて!」
◇
「お腹いっぱいですわ」
「まさか炒飯とグラタンを食べた後、昼食会のメニューも全部食べるとは。流石お嬢様」
「当然ですわ!」
「のばら、色々済まなかったな。これからは家族仲良く暮らそう。家に戻っておいで」
そうだよね。のばらは元々、家族と喧嘩したから我が家に来たんだもんね。
のばらの生き方を認めてもらって仲違いが無くなった今、我が家に留まる理由はない。
寂しくなるけど、結婚までの辛抱だね。春休みの間は、いっぱいデートしようね。
と、思っていたんだけど。
「え、嫌ですわ」
「何故だ、のばら!」
「だって、信次のご飯食べたいんですもの!」
え、理由ご飯なの?!
なんか複雑だなあ。嬉しくはあるんだけどさ。
「信次くん、勢いでのばらの婚約者になった君だが、のばらの胃袋を掴んだ君なら、のばらを幸せにしてくれると信じてるからね。のばらとこれからも、暮らしてくれないか?」
「そうね。葉流くんには申し訳ないけど、のばらと結婚する殿方は、のばらの好きなもの作れなきゃだものね」
「はい、これからものばらさんと幸せに暮らします。無事医者になれたら、また挨拶に伺います」
「あら、信次くん医師志望だったのね。意外と話せてなかったわねえ」
そうだね。結婚の挨拶全てすっ飛ばして、婚約者になったもんね。僕。
まさか、あのお料理勝負で、こんなにも全面に信頼してくれるなんて。
提案してくれた葉流には、感謝してもしきれないね。
「のばらお嬢様」
「あら、葉流くん。どうしましたの?」
「のばらお嬢様は僕のこと知らなかったと思うんですけど、これからは友達として宜しくお願いします」
「のばらのことはのばらでいいですし、敬語も要らないですわ。のばらも葉流って呼びますわ。また信次を交えて遊びましょうね」
「うん、また遊ぼうね」
のばらと葉流も友達になったみたい。
今日帰ったら、葉流に助けてもらったことを、のばらにも教えなくちゃね。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。タクシー呼ばないと」
「あ、今僕、迎えの車が来たので、皆さんも送りますね!」
「ありがとね、葉流」
葉流の気遣いで、僕達は青柳家のリムジンに乗って、家まで向かう。
運転手は相変わらず風見さんみたいだ。
風見さん内科医なのに、葉流の運転手もしてるし大変だよなあ。
「お疲れ様です、葉流様」
「だから風見さん、様付けしなくていいよ。敬語も要らないってば」
「俺、尊敬してますから。葉流様のこと」
「僕が嫌なんだってば。あ、信次達も送ってあげて」
「かしこまりました」
葉流が嫌って言っても、風見さんは敬語を崩すことなく葉流に話しかける。
中々頑固なんだな、風見さん。
「ふぅ、疲れましたわ」
「生理で怠いだろうし、寝てていいよ。着いたら部屋に運ぶから」
「有難うございますわ」
のばら、今日はお疲れ様。相変わらず、僕を選んでくれてありがとね。
これからもずっと一緒にいようね。
眠るのばらが愛しくて、僕は思わず笑った。
「信次、のばらに対しては優しく笑うんだね」
「愛しいからかな。守りたいし」
「おお、幸せな会話ですねえ。俺も彼女欲しいですねえ」
「風見さんはモテないよ」
「葉流様、ひどい!」
信次「これからも一緒に暮らそうね。のばら」
のばら「すやすや」
風見「彼女欲しいいいい」