挨拶に向かう(信次目線)
今日はいよいよ、のばらの両親と挨拶に行く日だ。
案の定、のばらは生理になっちゃったけど、僕が説得するから安心してね。のばら。
そんな僕は、成長痛で軋む身体を誤魔化す為、カロナールを少し多めに飲んだ。今日は大事な日だからね。
おっと、一応規定内だからね。
痛みによって200mgから500mgを使い分ける処方なんだ。
今日は痛みもあったから、500mg飲んだよ。
「大事な日なのに、お腹が重だるいですわ」
「ピル飲み続けて、もうそろそろ2ヶ月になるのに、まだ生理重いよね」
「次の検診で相談しますわあ」
のばらの生理は、ピルを飲んでも落ち着かないみたい。幸いロキソニンは効くみたいだから、それで誤魔化してるけど。
もっと合うピルが見つかると良いんだけど。
「私も生理来たけど、ピル飲んでからは落ち着いてるからなあ。のばら、無理しないでね」
「そう言う亜美も怠みはあるだろ。今日は無理すんなよ」
「大丈夫、仕事と同期の飲み会くらいならさ」
そう言えば亜美も生理か。亜美はピルを変えるほどじゃないけど、怠みは残るみたい。
そんな中飲み会だなんて……。
心配だけど、亜美にも大人の付き合いってあるだろうしね。
飲み会終わったら、すぐ帰っといでよ。
「じゃあ、行ってくるね。京平」
「辛い時は休むんだぞ」
そう言って兄貴は、亜美にキスとハグをする。
少し照れながら、亜美も思い切りハグをして、亜美は出かけていった。
うん、無理しないでね。亜美。
のばらの家に行くのは朝10時。話し合いの後、昼食会もあるみたい。
一応歓迎はされているのかな?
そうだといいんだけどな。
「何故昼食会まで提案されたかが、不気味ですわ」
「ん? 不気味なの?」
「だって、のばらの両親は信次の人となりをまだ知らないのに、お昼ご飯を一緒にしたいって思うかしら?」
確かに。のばらの両親とは会ったことすらない。
信頼なんか、ある訳ないよね。
じゃあ、何か別の目的があってなのか。でも、それが何なのかは皆目見当もつかない。
ただ、その目的次第では、僕達の懇願達成が、難しくなってくるよね。
でも、僕はのばらを守るからね。
「信次、あまり固くなるなよ」
「でも、上手く行かせないと」
「だから、プレッシャーを感じ過ぎないの。俺とお父さんもいるんだしな」
「そうだぞ。信次をフォローするからな」
そうだね。兄貴とお父さんも居るんだもんね。1人じゃないもんね。
「のばらも戦いますわ!」
「のばらは無理しないで。生理なんだしさ」
「むぅ、のばらも頑張りますわ!」
◇
「兄貴、スーツ貸してくれてありがとね」
「丈も大丈夫だな」
「背伸びたからね」
「信次のスーツ、似合いますわ」
「のばらのドレスも可愛いよ」
スーツって堅苦しいな。少なくとも今日はこれで過ごさなきゃなんだよね。
兄貴もお父さんも難なく着こなしてるから、凄いなあ。
これも大人になるってことだね。
「そろそろタクシーも来る頃だし、行こうか」
「冴崎家に行くの、久しぶりですわ」
「門前町にあるお屋敷だろう。やはり緊張するな」
「お父さんが緊張してどうすんのさー」
もう、お父さんまで緊張したら、僕も緊張しちゃうじゃんか。
ただでさえ、挨拶どうしようとか、体調の悪いのばらをどう守ろうだとか、色々考えているのに!
「信次、肩を貸してくださいまし」
「のばら、無理しないでよ。着いたら、のばらの部屋で寝かせてもらおうね。大丈夫、僕がきちんと話すから」
「嫌ですわ。信次の傍にいますわ」
「じゃあ、僕に寄り添って眠ってよ。それだけで力貰えるからさ」
「有難うございますわ、信次」
僕はのばらを抱き抱えて、タクシーまで運ぶ。
うん、のばらが傍にいるだけで、僕は力を貰えるよ。
だから、僕の傍でゆっくり休んでね。
「のばらさん、やっぱり生理が辛そうだな」
「のばらは僕の傍にいるって言ってたけど、心配だよ」
「のばらさんには留守番して貰った方がいいんじゃあ?」
するとのばらは、兄貴に顔を向けて笑う。
大丈夫って言いたいんだね、のばら。
「そっか。それなら信次の傍にいろよ」
のばらはその声を聞きながら、僕にもたれ掛かってすやすや眠り始めた。
僕、負けないからね。安心してね、のばら。
「じゃあ、そろそろ行こうか。皆乗ってるな」
「うん、皆乗ってるよ。お父さん」
「負けないぞ、僕」
「すやすやですわ」
こうして僕達はタクシーに揺られて、門前町にある冴崎家まで向かう。
暦上は明日で3月だけど、まだまだ寒いね。風も強く吹き荒れて、落ち葉が踊ってる。
のばらにはドレスの下に腹巻きと貼るカイロを付けておいたけど、寒くないかな?
僕は不安になって、僕にもたれ掛かるのばらを抱きしめる。
少しでも生理が落ち着きますように。
「信次、有難うございますわ。それと、のばらの我儘を聞いてくれて嬉しいですわ」
「無理はしないでね」
「冴崎家に着いたら、しゃんとしますわ」
そうやって無理をするのが心配なんだけど、のばらは頑張りたいんだろうな。
あ、違うか。しゃんとせざるを得ないんだ。
のばらにとって冴崎家は、安心出来る場所じゃないから……。
今も戦ってるんだね。のばら。
僕はのばらを強く抱きしめた。
「僕がのばらを守るから」
◇
やがて僕達は冴崎家に辿り着いた。
のばらはさっきまで怠そうだったのに、急にしゃんとして立ち上がる。
のばらの中で、それだけ緊張していなきゃいけない場所なんだ。実家なのにさ。
冴崎家の入り口では、既に山田さんが僕達の到着を待ってくれていた。
「今着きましたわ。山田」
「お嬢様、月のもののせいでしょうが、顔色が」
「私は大丈夫よ。皆様を案内してあげて」
のばらは毅然として、山田さんに僕達の案内を命じた。
ただ、誰が見てもその顔色は、青いとしか形容出来ない状態で。
僕は、のばらの手を繋いだ。
「……信次」
「冴崎家に着くまではいいでしょ。少しは頼ってよ」
「のばらも弱くなりましたわ」
「甘えてよ。無理しないで」
1人で頑張ろうとしないでね。僕もいるからね。
◇
「のばら、手離さないの?」
「嫌ですわ!」
「頼ってくれてありがとね」
結局、お屋敷の中に入っても手を繋ぐ僕とのばらと、兄貴とお父さんは、山田さんに案内されながら、とある部屋の前までやってきた。
「こちらで、旦那様と奥様がお待ちです。お嬢様、頑張ってくださいね」
「有難う、山田。のばら、戦いますわ」
「看護師を辞めれば許す。と旦那様は言ってましたが、引き下がるお嬢様ではありませんよね」
「当然ですわ!」
そうだ、のばらにとってはこれからの生き方も掛かっているんだ。
元々のばらが冴崎家を出たのは、のばらの生き方を否定されたからだもんね。
のばらがのばららしく生きられるように、サポートしなきゃ。
「入りますわよ、信次」
「うん」
「私が開けますね」
山田さんが部屋への扉を開いてくれた。
広い応接室、そこには初めて会う顔が、2つ並んでいる。
のばらの両親だ。のばらはお母さん似なんだなあ。
「のばらさんとお付き合いさせて頂いてる時任信次です。初めまして」
「信次の兄の深川京平です」
「信次の父の時任信一です」
「のばら、帰って来ましたわ」
すると厳格そうな顔をした人、のばらのお父さんかな?
その人が、重そうな口を開く。
「まあ、席にかけてくれ。時間もないからな」
「有難うございます」
僕達はしずしずと席に着いたのだけど、すぐさま話し合いはヒートアップを始める。
「のばら、時間も不規則だし、お前は冴崎財閥の跡取りだ。看護師は辞めなさい。結婚の話はそれからだ」
「前も言いましたが嫌ですわ。のばらは看護師として、多くの人を救いたいんですの」
僕はのばらに加勢しようとしたんだけど、兄貴がそれを静止する。
「兄貴」
「これはのばらさんの戦いだよ。そして、俺の戦いでもある」
「え?」
兄貴は、この不毛な争いに参加し始めた。
「お久しぶりです、のばらさんのお父さん。主治医の深川です。のばらさんは、私達の大事な仲間です。のばらさんは、頑張っているんです」
「黙れ。のばらは不規則な勤務をさせる為に育てたんじゃない。身体にも良くないだろ?」
「お言葉ですが、それよりも帰りの遅くなったのばらさんにご飯を食べさせない方が、身体に良くないのでは? ずっと栄養失調だったんですよ」
本当にだよ。のばら、出会った時から青白くて、凄く心配だったもん。
それでも一目惚れしたのが僕だけど。
そもそものばら、沢山食べるのに、売店のパンひとつなのはあり得ないよ。お弁当持たせてあげてよ。
「のばら、外食しなかったのか?」
「殿方にナンパされますもの。1人の外食は苦手ですわ」
「すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ」
「だからつばきは言ったのに。のばらは1人での外食苦手ですよ、って」
のばらのお母さんが初めて口を開いた。つばきさんっていう名前なんだな。喋り方ものばらそっくり。
そうか、まさかのばらが栄養失調になってるなんて思わなかったのか。
「家族の温もりを大切にして欲しくて、早めに帰ってきてくれるように、そう指示を出したんだ」
「逆効果でしたわね!」
「しかし、五十嵐病院は働かせすぎだ。朝7時から19時まで。早番でも長過ぎだろう」
「病院ならそんなもんですわ!」
確かに五十嵐病院ってお給料はいいんだけど、結構長時間労働だよね。
8時間を超過した分は、全部残業扱いにされてるとはいえ、定時でも12時間拘束だもんね。
でも、のばらの言う通り、病院ってそんなもんだよな。
酷いとこだと、早番やってからの遅番もやれよもあるらしいし。
「普通は8時から17時の勤務だろ。冴崎財閥もそうだぞ」
「看護師の常識と、お父様の常識は違いますわ!」
「勤務時間帯については、私も院長に申し伝えますので」
「それなら、娘は早番だけで17時までに」
「看護師で中番遅番やらないなんて、あり得ないですわ。のばら元気なのに!」
ああ、また不毛な戦いになりつつあるよ。
一般常識をぶつけるお父さんと、看護師として頑張りたいのばら。
真っ向から対立してるから、全然絡み合わない。
兄貴は兄貴で中間に入ろうとして、失敗してるし。
と言うか、許せない。のばらをこんなに否定するだなんて。
僕は堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にして! 大事なのは、のばらがどう生きるか、でしょ? なんでそれを否定するの?」
「私は親だぞ」
「関係ないよ。のばらはのばらだもん。大体のばらはもう大人だよ!」
「信次、落ち着け」
兄貴の一言で、僕は我に帰った。
しまった。のばらのお父さんに暴言吐き散らかしちゃったよ。
のばらのことになると、こんなにコントロール出来なくなるのか、僕。
「ごめん。のばら」
「いいえ。嬉しかったですわ、信次」
のばらは僕を慰めてくれたけど、どうなるんだろう。
ただ、事態は良い方向に進んでいく。
「貴方、のばらが心配なのは解るけど、確かに大事なのはのばらがどうしたいか、よ」
「確かに。のばら、どうしても看護師を続けたいのか?」
「続けたいのですわ」
「お願いします。のばらに看護師を続けさせてあげてください」
それから、一抹の時を経て。
「解った。看護師は続けるがいい」
「有難うございますわ!」
「でも病院はどうするの? 婚約者と病院変わっちゃうわよね」
「まあ、それものばらに決めさせたらいいさ」
ん? 婚約者?!
「待ってください。今日僕はのばらとの婚約の挨拶に来たんですが」
「そうですわ! それに婚約者の話なんて、聞いたことないですわ!」
すると、扉が開いて誰かが入ってくる。
「すみません。昼食会の時間より少し早めに着いちゃいました」
「おお、来たか。彼がのばらの婚約者だ」
え、どんな人なんだろう。興味本位で僕は顔をそいつに向けたら。
「え、葉流?!」
「え、信次? 何でここにいるの?」
何てこった。のばらの婚約者が、まさかの葉流だなんて。
信次「まさかのばらに婚約者がいて、それが葉流だなんて」
のばら「どうなるんですの!」