ケーキとレモンパイとクッキー
その後アラームで目を覚ました私達は、お互いの存在の大きさを噛み締めながら、ポンポンしあった。
家に帰った後も京平は早く起きてくれていて、信次達がいる前なのに、抱きしめてキスをしてくれた。「兄貴の獣!」って、めちゃくちゃ信次に突っ込まれていたなあ。
その後は一緒に眠れて嬉しかったよ。
今日はのばらとケーキを食べに行く日。今は早めに起きて、京平と信次とお父さんのお弁当を作ったとこ。
「今日も亜美の弁当食えるから嬉しいな」
「腕によりをかけたからね」
「帰って来たら、亜美と話したいな。いってきます」
京平はいってきますのキスとハグをして、全力疾走で出掛けていった。
私がいるから、ギリギリまで家に居たんだろうな。
日曜日の朝から京平は、いってきますとお帰りのキスとハグをするようになった。
耐えきれないんだろうな。
でも、京平がしなかったら、私がしてたんだけど、ね。
ダメだなあ、最近本当に耐えきれないや。
「そう言えば、信次の卒業式っていつ?」
「3月8日。卒業式は来てよね」
「うん、なんとしても休みを取らなきゃ」
「のばらはもう休みを取りましたわ」
「父さんも行くぞ」
信次も、もうすぐ高校卒業かあ。大きくなったなあ。春から大学生だしね。
それに背丈も一気に伸びて、もう175センチはあるんじゃないかな?
弟の成長は嬉しいもんだね。
「数ヶ月前は、お父さんが卒業式来てくれるなんて思わなかったから、凄く嬉しいや」
「大切なものに気付けて良かった」
そうだよね。お父さんが戻ってきてくれたもんね。
なんだかこういうとこは、信次が羨ましいなあ。
私も卒業式の後で、お父さんに有難うって直接言いたかったもん。
電話では有難うって言えたんだけど、感極まってかなり泣いちゃって、皆に慰められたなあ。
懐かしいなあ。
「じゃ、僕もそろそろいくね。いってきます」
「いってらっしゃいまし」
「いってらっしゃい」
「気をつけてね」
信次は異能がバレてから、少し遅めに我が家を出て行ってる。
もう異能を隠す必要もないわけだし、異能で飛んで高校まで行ってるんだろうな。
改めて便利な異能だよね。
「亜美、部屋で恋バナしましょ」
「まだ時間あるもんね」
「父さんも混ぜてくれよ」
「流石に照れるのですわ」
「そうだよ!」
「そ、そういうもんか」
まさかお父さんが混ぜてって言うとは思わなかった。
娘の恋バナ聞いても、京平と気まずくなるだけなのになあ?
お父さんは少ししょんぼりしながら、諦めて仕事を早めに始める。
私達は、のばらと信次の部屋に入って、寝そべりながら話す。
のばらとこうやって話すの、久しぶりだなあ。
「月日が増すごとに、信次が好きになっていきますわ」
「解る。私なんて、段階すら変わって愛しちゃったから、最近抑えきれなくて」
「あら、深川先生だけじゃなくて亜美も?」
「うん。私も充分獣だよ」
今の私は京平に会う為なら、何でもしちゃいそうだもん。
今日の早起きだって、その為でしかないし。
「のばらはとっくに獣ですわ。ずっと信次と居たいし、抱きしめたいし、キスしたいし、エ……げふん。まあ、そういうことですわ」
「考えちゃうよね。私もそんな感じだなあ」
気を抜くと、すぐに京平のことを考えて寂しくなるし、いざ会えたら歯止めが効かないし、ついつい見つめてしまうし、人目を気にせず抱きしめたくなるし。
病院で会う時は、理性をフルに活用して頑張ってるよ。
休憩中は、いつもポンポンして貰ってるけどさ。
「亜美と深川先生は、お墓参り行った時から、急激に仲良くなりましたわ。何があったんですの?」
「えっと、京平から大事な話を聞いて、京平がますます愛しくなって、養護施設の方から京平の小さい頃の話をきいて、更に愛しくなって」
「色々あったんですわね」
京平を1つ知るごとに、私は京平が愛しくなっていく。
それだけ京平が魅力的だってことだね。
「そうですわ、信次のアルバムみたいですわ!」
「あ、ちょうどここにあるよ。保育園の時の」
私はのばらにアルバムを渡した。
「海里くんも写ってますわ。2人とも可愛いですわ」
◇
「いってきまーす」
「いってまいりますわ」
「2人とも楽しんでおいで」
2人で2時間くらい話した後、私達はケーキ屋さんに向かう。
のばらお勧めのお店は、どんなところなんだろう?
「ケーキ楽しみ!」
「前に信次と行きましたけど、とっても美味しかったのですわ」
「へえ? 何がお勧め?」
「フルーツタルトが美味でしたわ」
私達は電車に乗って、話しながら揺られていく。
ふむふむ、フルーツタルトが美味しいのか。
京平と信次とお父さんにも、お土産で買って行こうっと。
京平はフルーツタルト好きだもんね。
「亜美、今深川先生のこと考えてましたわね?」
「え、何でバレたの?」
「顔に書いてありましたわ」
んもう、最近色んな人に私の感情が見抜かれていくなあ。
そんなに解りやすいのかな、私。
「京平、フルーツ系のケーキ好きだからさ」
「じゃあ、お土産買わないとですわね」
「うん。沢山買ってく!」
「でも、亜美今日レモンパイ作るから、程々にですわね」
「あ、確かに」
そうだね。家に帰ったら、レモンパイ作るもんね。
信次の誕生日の時、作ってあげられなかったし、今日こそ美味しいの作るからね。
ついでにクッキーも焼いちゃおうかな。
京平も喜ぶだろうしさ。
「のばらもレモンパイ覚えたいですわ」
「そかそか。じゃ、一緒に作ろっか」
「良いんですの? 頑張りますわ!」
のばら、最近お料理も頑張ってるもんね。
信次の為に作りたいんだろうなあ。
「亜美、次で降りますわよ」
「りょっかい!」
私達は電車を降りて、のばらの案内で街中を歩く。
普段降りない駅周辺だから、歩くだけでも楽しいや。
街を見ながら程良く歩いていくと、こじんまりとしたお店が見えて来た。
「ここですわ、亜美」
「お、可愛いお店だね」
そのお店には、「ケーキハウスアンジュ」と、これまた可愛らしい文字で描かれていて、私の数少ない乙女心をくすぐる。
店内へ入ると、平日にも関わらず、お店は混み合っていた。人気店なんだなあ。女性客で賑わってるや。
「いらっしゃいませ」
「予約してた冴崎ですわ」
「冴崎様ですね、こちらへどうぞ」
お、のばら、予約してくれてたんだ。
出来る女は違うなあ。尊敬するよ。
私達は店員さんに連れられて、窓際の陽だまりの温かい席に案内された。
「はにゃあ、温かい」
「冬はこの席が好きですわ」
寒空の下を歩いて来た私達は、陽だまりに癒されながらメニューを見る。
何がいいかなあ? お勧めはフルーツタルトだったよね?
「最初はフルーツタルトとショートケーキにしよ!」
「のばらはフルーツケーキとモンブランと白桃のケーキといちごムースにしますわ」
「お、のばら食べるねえ」
「まだおかわりしますわ」
のばら、相変わらず沢山食べるなあ。
しかもまだおかわりもするみたいだし。
ケーキ好きなんだなあ。
私達は店員さんを呼んで、選んだケーキとコーヒーと紅茶を注文した。
「亜美も信次も深川先生も、コーヒー好きですわよね」
「京平が良く飲んでたから影響されてね。最初は苦くてびっくりしたけど、京平の好きなものだし、って飲み続けたら好きになったんだ」
「素敵なお話ですわあ。のばらは紅茶派ですけど、色んな香りがありましてよ。風味も感じられますし」
「そっかあ。私もたまには紅茶飲んでみようかな?」
「今度おすすめの紅茶、亜美に淹れますわね」
お互いの好きを、共有出来たら最高だよね。
私ものばらに、おすすめのコーヒーを淹れてあげたいな。
何気我が家のコーヒーは、豆にこだわってるからね。
安いの買うと、京平が拗ねるからだけど。
「お待たせしました。コーヒーと紅茶です。すぐケーキもお持ちしますね」
このお店、コーヒー美味しいなあ。深みがあって香りも芳醇で。
のばらも美味しそうに紅茶を嗜んでるなあ。
私達がそれぞれの飲み物を楽しんでいる間に、ケーキも運ばれて来た。
うわあ、のばらのケーキも美味しそうだなあ。後で頼もうっと。
ケーキはどうかな。どれどれ。
「あう、フルーツタルトめちゃくちゃ美味しい。フルーツは甘酸っぱくて、タルト生地もサクサクで」
「ね、美味しいのですわ。フルーツケーキも、生地がふわふわで、クリームにもフルーツが使われていて最高ですわよ」
なるほど、これはケーキが進んでしまうね。いくらでも食べられちゃうよ。
インスリン、多めに注入しておかなきゃ!
「んー、ショートケーキもクリームが濃厚で、いちごも甘酸っぱくて、バランスがもう最高。あーん、もう無くなっちゃったよ」
「のばらも食べ終わりましたし、おかわりしましょ」
え、のばらもう食べたの? 私、結構早食いなのに、それにも増して早いだなんて。
上には上がいるもんだなあ。
「次は白桃のケーキとフルーツケーキとぶどうのケーキとマンゴーのムース」
「のばらは、ショートケーキといちじくのケーキとザッハトルテとチーズケーキにしますわ」
ふふ、私達止まらないね。ケーキも美味しいし、何よりのばらと一緒に食べているんだもん。幸せだなあ。
◇
「美味しかったああ」
「お土産も買えましたしね」
「京平、喜んでくれるかな?」
「もー、亜美ってば、深川先生のことばっかり」
「あああああ、気付いたら京平のことばっかになるよ」
お土産は信次とお父さんにも買ったのになあ。
ちょっと気を抜いたらこれだもん。
最近、京平のことばっかり考えちゃうよ。
今は頭の中、京平の美味しい顔で溢れ返ってる!
あーん、京平が美味しそうだよ食べたい。って、何言ってんの。バカ!
「のばらも、ここまで理性が効かなくなるのかしら?」
「信次のことを深く知れば、なるかもしれないね。信次、パッキリしてるから意外性はないと思うけど」
「確かにまだまだのばらは、信次のことを深くは知らないのですわ。もっと知りたいのですわ」
「人を滅多に信頼しない信次が選んだのばらだから、きっと大丈夫だよ」
昔から信次は、人を簡単には信用しない。
だからこそ、未だに友達は海里くん……と、最近は葉流くんという友達も出来たみたいだけど、コミュ障な訳でもないのに、友達が少ない。
その代わりと言ってはなんだけど、家族を凄く大切にしてくれていて、小さい頃から家事も率先してやってくれている。
京平がいない時は、信次がいつも私の話し相手になってくれていたしね。
そんな信次が選んだのばらだから、私は心配していないんだけどね。
きっと、のばらのこと、信頼してるし愛してるから、選んだんだと思うし。
「きっともっと深くなっていくよ」
「そうなりたいですわ。愛してますもの」
「という訳で、帰ったら小学生の頃の信次のアルバム見せるね」
「はふん、楽しみですわ」
そんな話をしながら、私達は我が家に帰って来た。
「ただいまー」
「ただいま帰りましたわ」
「お帰り、楽しめたかな?」
「うん、楽しかったよ! お父さんにもお土産あるからね」
「お、ちょうど今から休憩時間だから、いただこうかな」
私はお父さんにケーキを選んで貰って、コーヒーを淹れる。
あ、のばらは信次のアルバムを集中してみているよ。なんか自力で見つけたみたい。
私達はお腹いっぱいケーキを食べて来たから、お昼ご飯要らないしね。
「亜美のお弁当は美味しいな。ホッとするよ」
「それなら良かった」
「今更になるが、突然戻って来たのに、家族として迎えてくれてありがとな」
「何言ってんの。お父さんは家族なんだから、当たり前じゃん」
するとお父さんは、泣きじゃくりながら私を抱きしめてくれた。
まるで、過ごせてなかった時間を取り戻してるみたいだね。
「これからは一緒に暮らして行こうな」
「うん、一緒に過ごそうね。お父さん」
私達家族の絆は永遠だよ。何の心配も要らないんだからね。
だから安心してね、お父さん。
「信次可愛いのですわああ」
「アルバム見てるのか。後で私の部屋のアルバムも持ってくるよ」
「有難うございますわ」
◇
「ふう、眼福でしたわ。亜美、昔は髪肩まであったんですのね」
「今も伸ばしてるから、髪結べるようにはなったよ」
「どちらも可愛いから羨ましいですわ。のばら、短いの似合いませんもの」
少しでも女らしくなりたくて、髪伸ばしてるんだよね。髪ゴムも朱音から沢山貰ったし、お洒落もしたいしね。
確かにのばらのショートヘアって、想像付かないや。
美人だから似合うとは思うけど。
「さ、レモンパイ作ろっか」
「美味しいのつくりますわよ」
私達はエプロンと三角巾を付けて、準備に取り掛かる。
レモンパイの材料は、お父さんが買って来てくれたんだけど、とても美味しそうなレモンを買って来てくれてて、テンション上がったよ。
パイシートも少し高いやつだな? 美味しく仕上がりそうだね。
それから私達はレモンパイを作り始めたんだけど、のばらが少し成長して、余計なことをしなくなった。
のばらも成長したんだなあ。あんなに変なことばっかしてたのに。
まずはオーブンの余熱。私はのばらに、オーブンを180℃に予熱してもらう。
「バッチリですわ!」
続けて、冷凍パイシートをレンジで解凍して、型に伸ばして敷き、2人でフォークで穴を開けた。
「よく見るパイみたいな見た目になりましたわ」
次にアルミホイルを被せて重石……。
あれ、前は何を重石代わりにしたっけなあ?
「のばら、パイシートの上に重石乗せるんだけど、何がいいかな?」
「思いつかないですわ。なんかオーブン見てますと、グラタン食べたくなりますわ」
「あ、それだ。グラタン皿だ!」
私はアルミホイルを敷いたパイシートの上に、グラタン皿を乗せる。
私は卵を溶きほぐして、のばらにはこしてもらった。
「こすの時間がかかりますわ」
「がんばれ、のばら!」
オーブンの予熱も無事終わったので、パイシートを15分焼く。
「私が様子を見てるから、のばらはのんびりしてて」
「じゃあ、紅茶を淹れますわ。亜美も紅茶好きになると嬉しいのですわ」
のばらはそんな時間に紅茶を淹れてくれた。
「いい香りだね」
「のばらのお気に入りですの」
「この紅茶なら、レモンパイにも合いそうだなあ」
少しのんびりしてる間にパイシートも無事焼けたから、キッチンに置いて冷ましておく。
「グラタン皿はどうしますの?」
「そうだ、外しておいて」
次はレモンパイに必要なレモンカードを作る。
さっきの卵とレモンを擦りおろして絞ったものとグラニュー糖とバターをお鍋に入れ、弱めの中火で煮詰めて。
「良い香りですわあ」
「トロッとするまで煮詰めてね」
よしよし、いい感じにトロッとしてきたね。
火を消して、混ぜながら粗熱が取って。
パイシートを型に入れて。
「のばら、煮詰めたレモンカードをパイシートに入れて」
「緊張しますわ」
のばらはレモンカードをパイシートに注いだ。
これを冷蔵庫に冷やす。
次はメレンゲ作りだ。卵白を泡立てるんだけど、
「のばら、泡立ててみる?」
「やってみますわ!」
余計なことをしないのばらなら、大丈夫なはず。
卵白はのばらの泡立て器によって、瞬く間にふわふわになって、次第に蓮のツノになっていく。
「ツノが立ちましたわ!」
「じゃあ、蓮を……じゃなかった。メレンゲを絞り袋に入れて」
「メレンゲ?」
「ああ、卵白を泡立てたやつをメレンゲって言うんだよ」
「なるほどですわ」
のばらは、メレンゲを絞り袋にいれてくれた。
私はそれを見て、冷蔵庫に冷やしたパイシートをとりだして、のばらにメレンゲを絞って貰う。
最後に200℃のオーブンで、5分焼いて完成!
「出来ましたわ!」
「美味しそうに出来たね」
「おお、出来たか。美味しそうな匂いがするな」
2人で作ったレモンパイ、喜んでくれるといいな。
「よし、私は続けてクッキーも作るぞ」
「深川先生の大好物ですわね」
「そ。頑張るぞ!」
◇
「ふう、クッキー、焼きすぎたかな?」
やらかした。バターが沢山あったから、ついつい色んなクッキーを楽しく作っちゃった。
ボックスクッキーにチョコクッキーに抹茶クッキーにいちごクッキーに。
京平、喜んでくれるといいな。
「亜美、沢山クッキー焼きましたのね」
「気付いたら焼いちゃってたよ」
「お、楽しみだな」
んー、作ってる間は気にならなかったけど、なんか疲れたなあ。
早起きしてお弁当作って、ケーキ食べて、レモンパイ作って、クッキー作って。
うん、結構行動してんな、私。
「のばらー、ちょっと疲れたから、私昼寝するね」
「かなり疲れた顔してますものね。おやすみなさいませ、亜美」
「おやすみ。京平が帰って来たら起こすからな」
「おやすみ」
私はそのままの格好で布団にダイブして、ごろんと寝始める。
帰って来た京平の笑顔を、楽しみにしながら。
って、欲張りかなあ。でも、笑って欲しいな。
ふふ、京平の笑顔を想像したら、安心して眠れそう。
おやすみ。早く帰って来てね、京平。
亜美「むにゃむにゃ」
作者「京平、喜んでくれるといいな」