合格発表(信次目線)
「ふう、亜美達はもう寝たんだね」
「お風呂上がって、すぐ寝るって言ってましたわ。お墓参りの疲れもあると思いますわ」
お父さんが部屋に戻ったのと、ほぼ同タイミングで亜美達も寝たから、今、僕はのばらと2人きり。
兄貴、帰ってきてから獣になったもんな。
僕が部屋に入っても、亜美を離そうとしなかったし。
それに、僕に文句まで。珍し過ぎる。
食事の時も、ずっと亜美ばっかみてたし。
お墓参りで何があったんだろう?
今までが今までだったから、不思議な気持ち。
「すぐ寝ないんだろうな」
「信次、そういうこと言っちゃダメですわ」
「だって兄貴が明らかに獣化してるからさあ」
「深川先生も男ってことですわ」
そうだよな、兄貴も男だし、耐え切れないことだってあるよね。
僕も寸前までは経験ある、というか、もはや毎日だけど。
のばらが可愛すぎて、毎日我慢の連続だもん。
でも待てよ? 受験も終わったし、少しくらいはハメを外してもいいんじゃないのかな、僕。
いやいやいや、まだ高校生なのに何考えてんだよ、バカ。
この場合、何か言われるのはのばらなんだから。
それに、のばら、したことないって言ってたから、大事にしたいしね。
「信次、何か考え事してまして?」
「いや、何でもないよ。やだな僕、手が止まってたよ」
いけないいけない、勉強に集中しなきゃ。
あれから葉流とも連絡を取り続けてるけど、葉流は自宅の医学書を片っ端から勉強しまくってるみたい。
僕も兄貴から医学書を借りたりして頑張ってるけど、話を聴く限り、葉流には及ばない。
せめて葉流に敵わなくても、医学部に入る前に、基礎だけは叩き込まなきゃ。
と、集中してたんだけど。
「信次、明日は合格発表もありますわ。のばら達も早めに寝ましょ?」
「確かにそうだね。切りもついたし寝ようかな」
明日は合格発表。ヘロヘロな体調で結果見るのも嫌だし、のばらの言う通り、早めに寝なきゃ。
僕達は布団に潜り込んだ。
「ねえ、信次?」
「どうしたの? のばら」
「その……言うのが照れくさいですわ」
いつも言いたいことはズバズバ言うのばらが珍しいな?
僕はのばらを抱きしめた。ね、教えて?
「今日はハグでいいのですわ。明日は、期待して、良いのかしら?」
のばらは照れながら、呟いてくれた。
僕のバカ、何のばらに言わせてるんだよ。
「待たせてごめんね、のばら。明日合格したら、抱かせてね」
「ずっと待ってましたわ」
そっか。のばらは待っててくれてたんだね。
意気地なしで情けないなあ、僕。
兄貴みたいに獣になりたくないけど、自制出来る気もしないし、どうなるんだろう?
やっぱり僕も、獣になるのかな?
「のばら」
「なんですの?」
「獣になったらごめんね」
「どんと来いですわ」
のばらは、獣になるかもしれない僕も、受け止めてくれた。
初めてで怖いだろうに、本当にのばらはいい子だな。
大切にするからね、のばら。
僕がのばらを、ぼーっと見つめていると、のばらが不意打ちで、僕にキスしてきた。
「ちょ、のばら」
「寧ろのばらが獣かもしれませんわ」
「先にのばらがしたんだからね?」
「し、信次?」
ダメだ、やっぱり僕も獣だ。
のばらの艶かしいキスを味わったら、耐え切れなくなっちゃった。
僕はのばらと深いキスを何度もして、抱きしめ合う。
明日はどうなるんだろう。もっと耐え切れなくなるんだろうな。
◇
「んん。良く寝た」
「信次、おはようございますわ」
「のばら、休みなんだし寝てていいよ?」
「嫌ですわ。信次と過ごしたいんですの」
「いいけど、無理しないでね」
のばら、いつも一緒に家事してくれるんだよな。
疲れてるだろうにありがとね、のばら。
僕達が起きてくると、兄貴がもうお弁当の準備をしていた。
「お、おはよ。信次、のばらさん」
「おはようございますわ」
「おはよ、兄貴。今日は早いね」
「亜美に、美味しいお弁当作ってあげたいしさ」
「てっきり亜美を離せなくて、寝坊するかと思ってたよ」
すると兄貴は深い溜息を吐いて呟く。
「少しはコントロールしないと、だし。本当はもっと抱きしめたかったけど、亜美遅番だし、起こしたくなかったし」
「そっか。頑張ってるんだね」
少しずつコントロール出来るようになると良いね。
僕達は家事を始めた。兄貴はお弁当作り、僕は朝ご飯、のばらは洗濯物。
各々家事をやって、我が家は回っていく。
そんな朝の慌ただしさも、僕は結構好き。
皆で協力して、朝を迎えられるもんね。
よし、皆が美味しいって言ってくれる朝ご飯を作ろうっと。
今日はオムレツにしようかな。中にチーズを入れて。
コールスローとコーンスープと、林檎も添えて。
うん、良い感じ良い感じ。
オムレツも美味しそうに焼けてきた。
「お。今日はオムレツか。美味そう」
「もうすぐ出来るからね」
よおし、出来た。後は食卓に並べて、っと。
亜美とお父さんの分は冷蔵庫に入れて。
これで僕の家事は完了。のばらは大丈夫かな?
「のばらー、洗濯物終わりそう?」
「もう終わりますわ」
「俺あとちょい掛かるから、2人とも先に食べてな」
「解ったー」
そんな訳で、僕達は先にご飯を食べ始めた。
8時くらいに合格発表が開始されるから、それまではのばらとのんびり過ごしてようかな。
受験もあって、中々2人で過ごすことも出来なかったしね。
何なら、デートに行くのもありかな。久しく行けてなかったもんね。
その前に、僕が合格してなきゃだけど。ああ、緊張するなあ。
のばらの家に挨拶に行くのも来週だし、落ちてたら格好付かないぞ、僕。
「よし、弁当完成。信次、緊張しすぎだぞ」
お弁当を完成させた兄貴が、食卓に着く。
「そういう兄貴は眠れてないでしょ?」
「2時くらいに亜美とホットミルク飲んで、3時間は眠れたぞ」
「やっぱり眠れてないじゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
「心配するさ、家族なんだから」
「そうだね、家族だもんね。ありがとね」
心配してくれる家族がいるのは温かいよね。
そんな家族の為にも、合格していたいな。
「信次、のばらもついていますわ」
「ありがとね、のばら」
◇
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、兄貴」
「いってらっしゃいまし」
さーて、合格発表まであと1時間半。ドキドキする。
あ、葉流からライムが来てる。『信次、緊張するよお』だって。
思えば葉流は、本命の受験の日体調を崩していたし、不安になるのも無理ないよね。
「信次、葉流くんとライムしてますの?」
「うん。お互い今日が本命の発表日だしね」
「東都大と京王は今日ですものね」
「葉流は既に東都北合格してるみたい。後、京戸も」
「沢山受けたのね、葉流くん」
「あいつ、心配症だしね」
でも浪人の心配がないのは羨ましいな。僕ももうちょっと受けた方が良かったかな?
そんな話をしていると。
「ちゅーす、信次。応援に来たぞ」
「海里、バイトあるんじゃなかったの?」
「昼からな。信次と居たかったから、時間ズラした」
「ありがとね、海里」
「落ちたら慰めてやるからな」
「ちょ、縁起でもないことを」
とは言ったんだけど、海里のおかげで緊張もほぐれたよ。
悔しいから、ありがとうとは言わないけどね。
「海里くん、何か飲みまして?」
「あ、コーヒーお願いするっす」
「信次もコーヒーで宜しくて?」
「うん。ありがとね、のばら」
のばらがコーヒーを淹れてくれている間、僕と海里は話をする。
「そういや、信次に友達が出来たんだって?」
「うん。葉流って言うんだけど、亜美に似てて、会話が弾んだんだよね」
「亜美さんに似てるのかあ、亜美さんとなら17年の付き合いだし、そりゃ話しやすいよな。また紹介してな」
「うん、葉流も海里に会いたいって言ってたし」
葉流にも海里のことは話していて、嘘が悪い意味でも付けない信用出来るやつとは伝えてある。
海里の本音で付き合えるとこ、僕は好きだからさ。
葉流は変なおべっかとかを、散々味わってきたみたいで、そんな海里に興味を持ってくれた。
「今度料理を教えることになってはいるんだよね」
「へえ、食いたいから俺もそれ参加しよっかな?」
「日付決まったら連絡するね」
「それ、のばらも参加したいですわ。はい、コーヒーですわ」
「ありがとね、のばら。前にそんなグループライム入れてくれたもんね。葉流も誘おうかな?」
のばら達がお料理会を計画していたんだけど、兄貴を助ける為に異能を使ったら覚醒しちゃって、僕が入院しちゃったから、そのままお料理会、お流れになったんだよね。
お流れになった後で、何故か僕もグループライムに誘われたけど、受験があったから、計画は立てられず。
僕の受験も今日で終わるはずだから、また計画立てなきゃね。
そうだ、またバイト入りますって、勝田さんにも連絡しなきゃ。
「のばら、いっぱい色んなもの作りたいですわ」
「カツ丼は一緒になら作れるようになったもんね」
「後は金平牛蒡と、レモンパイと」
「僕の好きなものばかりじゃん、ありがとね」
「仲良いよなあ、信次とのばらさん」
のばら、僕のことをいっぱい考えてくれてる。
こそばゆいけど、やっぱり嬉しいな。
◇
「おはよう、信次、のばらさん。ああ、海里くんもいらっしゃい」
「おはよ、お父さん」
「おはようございますわ」
「ちゅーっす!」
いよいよ合格発表の時間という頃合いに、お父さんが起きてきた。
なんだかんだで心配させちゃってるよなあ。
「いよいよだな、信次」
「うん。あと1分。緊張してきた」
合格発表は、飛び級試験と同じくネットで見れるんだけど、自分の受験番号を入力して、ストレートに合格、不合格を教えてくれるシステムだ。
僕は今、東都大のホームページにアクセスする。
「あ、信次、時間ですわ」
「入力して、と」
後はクリックする、だけ。はあ、緊張する。
えい!
「のばら……!」
僕は思わずのばらを抱きしめた。
「信次、まさか」
「合格、したよ」
「お、おめでとう信次!」
「良かった。良かったなあ。信次」
僕は皆にくしゃくしゃにされながら、笑った。
良かった。僕の夢に、一歩前進したよ。
「そういえば、自己採点は何点だったんですの?」
「600点中600点。でも、計算間違いとかもあるかもだし」
「何だよ、あんなに緊張してた割に点数余裕じゃん」
「本当だよ。それなら緊張する必要ないじゃないか」
「もっと早く聴くべきでしたわ」
ん? そんなに安心して良かったんだ?
とりあえず合格したなら、マークシート間違いもなさそうだし、首席は硬いかな。
「兄貴にも連絡しとこ」
「信次、京王も見とくのですわ」
「ああ、確かに。舞い上がって、忘れるとこだったよ」
因みに京王も無事合格。こっちも自己採点満点だったしね。
正式な結果は、合格通知書と一緒に、入学手続要項の入った手紙が速達で送られるようだ。
「東都大の手紙が来たら、すぐ入学手続きしなきゃ」
僕が合格に舞い上がってる最中、
「信次、携帯鳴ってましてよ?」
「あ、葉流からだ。ちょっと部屋で、電話してくるね」
僕は部屋に戻ると、葉流からの電話に出る。
「もしもし、葉流? どうしたの?」
「信次、僕、京王落ちちゃった……」
「やっぱり、体調不良で全力出し切れなかった感じ?」
「うん。度々気を失いながらも、頑張って受けたんだけど、自己採点も散々でさ」
「そっか。残念だったね……」
あんなに努力してたのに、努力のしすぎで本命落ちちゃうなんて。
「信次は、東都、受かったの?」
「うん、無事合格したよ」
「それなら僕、東都に行こうかな。東都は合格したからさ」
「なんだ。それなら良かったじゃん。これからも宜しくね」
「信次がいてくれて良かった。ごめんね、こんな電話して」
「辛いこと、話してくれてありがとね」
ここで葉流からの電話は終わった。
葉流には悪いけど、葉流が同じ大学で心強いかも。
付き合いこそ短いけど、信頼出来る友達がいるのは、安心出来るよ。
僕は部屋を出て、のばら達の元に戻る。
「おかえりなさいまし。葉流くん、どうされましたの?」
「葉流、京王落ちちゃったんだって。で、東都行くみたい」
「信次ぼっち確定だったから良かったじゃん」
「うん、正直心強いや」
僕は亜美とは違ってコミュ障ではないけど、この人って人じゃないと心を開かないから、友達はそんなに多くない。
海里はそんな僕を心配してくれて、高校も一緒の高校を選んでくれたしね。
「信次の進路が無事決まって良かった」
「そういう海里も、早く就職先決めなよ?」
「事務系は避けよう。ってのは決めたんだけど、何がいいか、までは決まらないんだよなあ」
僕の心配をしてくれるのは嬉しいんだけど、まずは自分だよ、海里。
とはいえ、海里の性格は礼儀知らずとも取られかねないし、面接とか大丈夫なのかな?
海里の、「どんなのがいい」が決まったら、一緒に面接練習しなきゃだな。
「ほら海里、バイトの時間まで一緒に求人みて、これっての見つけよ?」
「ありがとな、信次。自分のことなのに、中々決められなくて」
「のばらも探してみますわ」
「折角だから、私の会社のパンフレットも見てみるかい?」
◇
「信次達のおかげで、人と関われて、おべっか使わなくてよくて、身体を使う仕事ってとこまでは絞れたよ」
「夜勤は出来るんだね」
「うん。稼ぎたいし。たまには信次と遊びたいけど」
僕達は昼ご飯を食べながらダベっていた。
海里の就職活動の方向性が決まったのは喜ばしいね。
海里が先に社会人になるのは確定だし、今までみたいには遊べなくなっちゃう。
僕も大学で忙しくなるだろうし、こういった時間も貴重になっていくんだろうな。
それが大人になる、ってことだね。
「ちょっと寂しいね」
「全く会えなくなる訳じゃないし、しんみりしたこというなよ?」
「そうなんだけどさ」
「まだ高校生活もあるし、遊べるうちに遊ぼ」
思えば小さい頃から、ずっと海里と一緒だったけど、これからは別々の道を歩くんだよな。
「じゃ、俺帰るっす。信次ものばらさんも、信次のお父さんもありがとな。炒飯ごちそうさまでした」
海里はバイトの時間が近くなったので、帰っていった。
「ふう、大人になるって辛いな」
「お互い遊べる時に遊ぶのも楽しいのですわ。のばらもやっと亜美と、ケーキ食べにいけますし」
「月曜日だったよね。亜美が中々予定合わせられなかったもんね」
「そうですの。ずっと楽しみにしてましたの。だから、凹む必要はなくてよ? 信次」
「そうだよね。ありがと、のばら」
いつも僕を元気付けてくれるのはのばらだよね。
「ごちそうさま。さて、父さんは買い物行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃいまし」
僕達は期せずして、2人きりになった。
「……のばら、部屋で過ごそうか」
「のばらもそうしたいですわ」
2人きりなら、のんびりまったり出来るよね。
僕は獣になるだろうけど、受け止めてね。のばら。
作者「そんなわけで、合格おめでとう。信次」
信次「ありがとね。大学生活も気合い入れて頑張るぞ」