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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
君を知っていく。
178/238

大平さんと有紗ちゃん

 京平はそれから30分近く、泣き続けていた。

 本当に苦しかったんだね、京平。

 もう無理しないでね。辛い時は、いつでも頼ってね。

 ひとしきり泣き終えた京平が、口を開く。


「俺さ、ずっと亜美の為に強くなりたいって思っていたのに、亜美に甘えてばかりでさ。こんなんじゃダメだ。って、無意識に自分を責めてたよ。でも、亜美がそのままでいいよって言ってくれて、俺」

「辛い時は頼ってね」

「情けなくてごめんな、思った以上に過去にしたくないし出来ない話なんだと思う。俺の中で」

「それだけ思い出の中だけど、お父さんとお母さんと一緒に生きたいんだよ。京平は」


 すると京平は、穏やかな笑顔を浮かべて。


「うん、そうだな。一緒に生きたい」

「私も傍にいるからさ」

「ずっと傍にいろよ。俺もう、亜美無しじゃ生きていけないや」

「当たり前でしょ。ずっと一緒に生きていこうね」 


 ◇


「あー。喉ガラガラだし、腹減った」

「泣くのって、体力使うもんね」

「それでも泣かずにはいられなかったよ。ありがとな、抱きしめ続けてくれて」

「泣きたいときは、無理しないでね」


 私達はあけび霊園を後にして、ご飯を食べるところを探していた。

 京平的には、愛知県の名物を食べさせたいんだって。

 愛知県の名物って、なんなのかな? わくわくするよ。


「えっと、確かこの辺に店があった気が」

「あ、あれじゃない?」


 私達の視界に、「天むすと味噌煮込みうどん」という名前のお店が映る。


「お。あったあった。ここ、美味しいんだよな」

「毎年お墓参りの後、寄ってる感じ?」

「そそ。どっちも好物だしさ」


 天むすも味噌煮込みうどんも、京平の好きな食べ物なんだ。

 これはしっかり食べて、レシピを盗まなきゃね。

 東京に帰っても、京平に食べさせてあげたい。


 私達がお店の中に入ると、お昼時ということもあり、店内は混み合っていたけど、なんとか席に座れた。


「俺もう決まってるから、亜美はゆっくり選んでな」


 京平は私にメニューを渡す。

 つまり、いつも同じものを食べてるのかな?

 だったら、私も京平と一緒がいいな。

 京平の好きを作りたいもん。


「私も京平と一緒にする。お勧めなんでしょ?」

「おいおい、流石に亜美には量多いぞ? 大盛り味噌煮込みうどんスペシャル天むす3個セットは」

「え、そんなに食べるの?」

「だって、好きだし」


 確かに私には量がかなり多そうだ。

 そうなると、スペシャル天むすと味噌煮込みうどんが食べられるセットが無難かなあ?


「じゃあ、味噌煮込みうどんとスペシャル天むすにしよっと」

「じゃあ注文するよ。すみませーん」


 京平は手早く注文を済ませてくれた。

 そういうの、スマートでいいなあ。なんか格好良いや。


「ちょいトイレで顔洗ってくるよ。涙でベタベタだし」

「うん、いってらっしゃい」


 戻ってきたら目薬を貸してあげよう。京平のお目目、真っ赤になってるし。

 ご飯の後は、養護施設の方々への挨拶もあるし、なるべく普段通りの京平でいさせてあげたい。

 でもお互いの喪服は、京平の鼻水や涙でぐちょぐちょだから今更かな?

 嫌じゃないのが、愛してるってことなんだろうな。

 こんなに京平を愛しているんだな。私。


「ふう、少しはマシになったかな」


 顔を洗った京平が帰ってきた。


「おかえり。目薬も刺しときなよ」

「えー。目薬苦手なんだよな」

「我儘言わないの。目、真っ赤だよ?」


 京平は渋々、目薬を刺してくれたんだけど、目薬が入る前に目をつぶるから、中々目薬が目に入らない。

 もー、昔から上手に目薬刺せないなあ、京平。

 各4回目のチャレンジで、何とか成功したけど。


「あー、やっと出来た」

「相変わらずだね」

「一桁で済んだからいいだろ?」

「確かに。京平にしては頑張ったね」


 私は京平をポンポンする。

 苦手な目薬頑張ったね、京平。


「そんなに甘やかすなよ。嬉しいけどさ」

「嬉しいならいいじゃん」

「何かある度に亜美に甘えそうで怖いな、って」

「いいよいいよ、じゃんじゃん甘えなよ」

「程々にしとくよ」


 そんな他愛の無い会話を繰り広げてる内に、注文したメニューがやって来た。

 

「うわあ、美味しそう!」

「寒い日の味噌煮込みうどんは最高だぞ」


 うん、赤味噌のいい匂い。煮込まれた赤味噌って、食欲そそられるなあ。


「「いただきます」」

「うん、赤味噌のコクと麺のコシがマッチして、すごく美味しいよお。煮込まれたネギもとろけていいなあ。温まる」

「な、美味いだろ?」

「とっても美味しいよ! ありがとね」


 これは難題だぞ。

 うちの赤味噌じゃあ、ここまでコクは出ないだろうから、もっと濃いめの赤味噌を手に入れなきゃ。

 あとうどん。このコシがあるから赤味噌のコクにも負けてないんだし。

 あああああ、難しいよおおお。


「ここの店の味噌煮込みうどんは、俺も真似できねえから、諦めて美味しく味わいな」

「ちぇ、京平に喜んで欲しかったのにな」

「その気持ちは凄く嬉しいよ。ありがとな」


 あ、京平が笑ってくれた。

 それだけでも、作ろうと試みた甲斐があったね。

 どんな京平も好きだけど、やっぱり笑ってる京平が1番好きだな。


「天むすも美味いぞ」

「うほ、海老天がむちゃ大きい。プリプリの海老天がおにぎりに合ってるなあ。美味しい」

「天むすは、信次達にもお土産で買ってこうかな」

「あ、それはいいかもね」


 京平はお土産分の天むすを追加注文してくれた。

 信次とお父さんとのばら、喜んでくれるといいなあ。


 ◇


「はー、お腹いっぱい」

「亜美には愛知県の名物を食べさせてやりたいって思ってたから、喜んでくれて良かった」

「うん、美味しかったよ!」


 それと、京平の好きなものが知れたのも良かったな。

 また来年も、一緒に行けたらいいね。

 私達は手を繋いで、歩き始めた。


「養護施設はここから10分歩いたところにあるから、そのまま行こうか」

「ほええ、近くにあるんだね」

「小さい俺が、父さんと母さんの近くがいいって言ってたみたい。それを聞いた大平さん……今から挨拶に行く人なんだけど、是非うちにおいでって、言ってくれたんだ」

「そうだったんだね」

「養護施設に入ってからは、迷惑掛けっぱなしだったけどな。夜走りにいったり、お墓にいったりとかしてたけど、それをこっそり許してくれたりとか」

「でも、なんか京平らしいね」


 生きるのが辛くて仕方ない時期もあっただろうに、それでも生きてくれたんだもんね。

 生きる為の走ったり、お墓にいったり、だもんね。


「父さんと母さんが、自分の命を捨ててまで、俺を助けてくれたから、生きよう……でも辛い….…でも、生きようを、繰り返していたかな。亜美と暮らすまでは」

「力になれたのかな、私」

「うん。亜美はいつも俺が泣いてる時、傍にいてくれたよな。だから、生きようって思えたよ」


 京平はそう言うんだけど、どことなくすっきりしてない顔をしていて。

 まだ言えてないことがあるのかな?

 これは私の勘でしかないのだけど。


「と、もうすぐ着くぞ」

「ああ、あそこだね」


 私達が話している間に、目的地は間近になっていたようだ。

 

「どうしよう」

「どうしよう、って、どうしたの?」

「今から挨拶にいくし、本来なら手を離すべきなんだろうけど、亜美の手を離したくなくて」

「それくらい我慢しようよ?」

「そうだよな、はあ……」


 京平は渋々手を離してくれたけど、何だか悲しそう。

 無理に強くなることを止めてくれたのかな? 可愛すぎるよ、京平。

 挨拶が終わったら、またいっぱい手を握ろうね。


 私達は、「あけび養護施設」に入る。

 平日ということもあり、子供達の声らしきものは聞こえなかった。

 未就学児はお昼寝の時間帯だし、小学生以上は、皆学校行ってる時間帯だもんね。

 私達は受付で、要件を告げにいく。


「ここの卒業生の深川京平です。大平さんに会いに来ました」

「え、嘘、京平ちゃん?! 20年ぶりだよね? イケメンに育ったね。私のこと覚えてる?」


 四十路くらいの受付のおばさんは、京平をニマニマ眺めながら呟いた。


「若松有紗さんですよね?」

「残念、結婚して竹林になったんだよん。てか、有紗ちゃんって呼んでよ? 元気だった?」

「はい、大切な人も出来たので」


 京平は私の肩に手を置く。


「マジ? 京平ちゃんは結婚しないだろうなって思ってたのに! こんな若いお嫁さん連れてくるなんて! あ、大平さん呼んでくるね」


 お嫁さんじゃないです、っていうよりも前に、竹林さんは、受付を飛び出して、大平さんを探しに出かけた。


「まだ結婚してないのにい!」

「勘違いしたまま、走り去ってたな」


 まあ、戻って来たら訂正するとして。


「竹林さん、明るい人だね。昔からなの?」

「ああ、昔からあんな感じ。竹ばや……有紗ちゃんにも、いっぱい迷惑かけたなあ。よく逃走してたし」

「ちょ、ダメじゃん!」

「だって、1人で図書館に篭ってた方が勉強出来るしさ。昼寝の時間なんていらねえよ」

「その反動か。いま、昼寝しまくるのは」


 そうか、京平の天才ぶりは、小さい時からだったんだね。

 今は沢山寝るのに、昔はお昼寝が嫌いだったのか。なんか意外かも。

 そんな意外な事実を知ったところで、有紗ちゃんが戻ってきた。


「大平さん、こっちこっち!」


 有紗ちゃんが手招きしている先に、穏やかな顔をした初老の女性がいた。

 その女性は、年齢に似合わぬ駆け足で、こちらにやって来る。


「京平くんお久しぶり。大平です」

「お久しぶりです。元気そうでなによりです」

「聞いたよ、結婚したんだって? 私に黙ってこっそりと」

「あの、それなんですけど……」


 私は慌てて、結婚してない旨を告げる。


「なんだ、竹林の勘違いか」

「だ、だって、左手に指輪してましたもん!」

「あ、これ、ペアリングなんです。紛らわしくてすみません」

「お互いそういう気持ちで付き合おうって、誓い合ったから、さ」


 その誓いが勘違いを生むことになるとは、想像してなかったよ。

 確かに私は兎も角、京平は結婚適齢期だもんな。


「初めまして、亜美ちゃん。大平つぐみです」

「あれ、私、自己紹介しましたっけ?」

「貴方のことは、京平くんから聞いてるよ。亜美ちゃんが12歳の時から、片想いしやがってたこともね」

「やだ、京平ちゃんロリコンじゃん」

「だー、間違ってないけど!」


 京平は、冷や汗をダラダラ垂らしながら、否定しようとするんだけど、事実だから否定しようがなかった。


「片想いじゃないですよ、私もその時から、京平さんのこと、愛していたので」

「亜美、敬語は禁止だと……」

「人前に置けるさん付けは普通でしょ!」

「ほええ、両片想いだったんだね」

「ピュアだなあ、若いなあ」


 なんだか照れるな。私的に、初対面の人達に恋愛事情が知られているのは、かなり。


「京平ちゃん、今は眠れてる?」

「うん。亜美と暮らすようになってから、睡眠障害も落ち着いて来て。今は昼寝も出来てるよ」

「良かった。京平くん、寝付きすごく悪かったもんね」

「しかも逃走するしね」

「ほら京平、謝んなさい」

「ご迷惑をお掛けしました」


 そっか。私達と暮らすようになってから、眠れるようになったんだね。

 それまでは、寝付きも良くなかったんだね。

 これからも京平が、いっぱい眠れますように。


「でも、京平くんが幸せになってるようで良かった。幸せにしてあげられなかったよな、って後悔してたから」

「育ててくれて感謝してるよ。いつも見守っててくれて、ありがとう。何処に逃走しても、必ず迎えに来てくれたし、夜もいつも様子を見てくれていたし」

「そっか。解ってくれていたんだね。京平ちゃんは」

「当時は、上手く甘えられなくて、ごめんなさい」


 不器用だったんだね。本当は感謝していたし、甘えたかったんだね。


「少しでも京平くんの支えになれてたなら良かった。また、顔だしてね。今度はもっと近い内に、ね」

「うん。またライムもするよ」

「私達にとって、京平ちゃんはいつまでも子供なんだし、いつでも頼ってね」

「ありがとう。また頼らせてね。良い報告もしたいし」

「うん、待ってるね」


 こうして私達は、あけび養護施設を後にした。

 京平の色んな話が聞けて良かったな。

 私は、京平の手を繋いで、ニヤリと笑う。


「にしても、結構やんちゃだったんだね。京平」

「何も無い時は勉強したかったからさ。当時から医者になりたかったし」

「そうなんだ。きっかけは?」


 そう言えば、京平が医者になろうとしたきっかけを聞いたことなかったな。

 そんな小さい時から、何があったんだろう。


「父さんと母さんの事故かな、やっぱり。事故の後、2人とも緊急搬送されたんだけど、助からなくて。だから、助けられる医者になりたくて」

「けど実際は、天然過ぎて外科医になれなかった、とか?」

「そうなんだ。手先が不器用すぎて、医学生時代に全力で止められたよ。でも、医者にはなりたかったから、薬の知識が活かせる内科医になったんだ。とは言っても、贖罪だったな。父さんと母さんを殺したも同然の俺が、生きててもいい理由にしてたというか……」

「京平……」

「ごめん、かなりネガティブなこと言ってるよな。これは黙っとくつもりだったのに」


 紆余曲折あって、今の京平があるんだ。

 確かに京平は天才だから、薬の知識は人一倍だし、記憶力が良いからすぐにインプット出来るし、物腰柔らかだから、適職だよね。

 でも贖罪、かあ。そこまで思い詰めていたんだね。

 すっきりしてなかったのは、これが理由か。

 京平はなんも悪くないのにな。


「そこまで抱えてたんだね。解ってると思うけど、京平は何も悪くないんだからね?」

「中々自分を許せなかったけど、亜美のおかげで、少しずつ許せるようになって来たよ」

「それなら良かった」

「自分のせいだ、って泣くことは無くなったし、な。それに」

「それに?」

「父さんと母さんの気持ちも解ったからさ。2人にとって俺は、命を捨ててでも守りたい存在だったんだな、って。ずっと解らなかったから」


 そうだね。私だって、同じようなことがあったら、迷わずそうするもん。

 京平のお父さん、お母さん、京平を助けてくれて有難うございます。

 京平のことは、私が守っていきます。


「私、京平のこと、守っていくからね」

「俺も亜美のことは、全力で守るから」

「お互い守り合って、生きていこうね」

「そうだな」


 私達、愛し合ってるもんね。


「亜美に色々、話せて良かった」

「私も色々聞けて良かった。もっと京平のことが、愛しくなったよ」

「俺もだよ、亜美」


 側からみたら、私の関係は共依存そのものなんだろうな。

 でもね、お互いに支え合うことも出来るんだよ。

 だから、お互いにとってお互いが必要というか。

 間違っててもいい。依存し合って生きたいな。

 頼り頼られ、支え合って、ね。


「目的は果たしたから東京に帰ろっか」

「うん、そうだね」


 私達は再び新幹線に乗る。

 今は16時で、6分には新幹線が出るから、17時45分には東京に着くかな?


「じゃあ、俺東京まで寝てるから、東京着いたら起こして。おやすみ、亜美」

「おやすみ、京平」


 京平は靴と背広とコートを脱ぎ、私の肩に身体を寄せて、眠り始めた。

 ふふ、寝るの早いなあ。もういびきかいてるよ。

 色々あったから、疲れてるよね。ゆっくり眠ってね、京平。

 私は京平をポンポンしながら、笑った。


 今日一日で、色んな京平が知れて良かったな。

 知っていく度に、京平がより愛しくなっていくよ。

 これからも、どんどん愛しくなるんだろうな。

 ずっと一緒にいようね、京平。

京平「がー、ぐおー」

亜美「気持ち良さそうに寝てるなあ」

作者「守りたい、この寝顔って感じよな」

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