本能(京平目線)
「ただいま」
「お父さんお帰り、買い物ありがとな」
信次が寝付いてすぐ、お父さんが買い物から戻って来た。
お父さんは信次を見るなり、ホッとして。
「そっか。緊張の糸をようやく切ってくれたのか」
「ずっと頑張りすぎてたからな、信次。それを知ってて、静観するしかなかったけど」
「頑張らなきゃいけない時期でもあったしな」
「結果は出てるはずだから、暫くはゆっくり休んで欲しいな」
俺は、信次を布団に運んだ。お疲れ、信次。
「私も信次と寝ようかな。甘えさせてやりたい」
「ああ、俺の布団もってくよ。のばらさんが気にするだろうし」
ずっと俺に弱音言うまで、1人で頑張って来たもんな。お父さんにいっぱい甘えろよ。
信次は強がってるけど、お父さんに1番甘えたいのは解っているから。
俺が布団を運ぶと、お父さんは信次を腕枕して、一緒に眠り始めた。
今日は久々に勉強してたけど、身体が強張って来たし、ちょっと寝ようかな。
流石に朝四時から起きてるから、眠たくなってきた。
俺の布団はお父さんに貸してるから、亜美の布団を借りよっか。
夕方にはのばらさんも帰ってくるし、寝過ぎないように。
今日は何作ろうかな。亜美もお腹空かせて帰ってくるしな。
夜ご飯を考えながら眠ろうかな。
おやすみ。
◇
「深川先生、起きてくださいまし!」
「後少し寝かせて」
うーん。のばらさんの声が聞こえる。
でも、まだかなり眠たいから、もう少しだけ寝かせてね。
起きたらご飯作るからさ。
それにしても、こんなに眠いの久しぶりだな。
ごめんね、のばらさん。
「むぅ、仕方ないのですわ」
その後、眠気に負けて眠り直した俺は夢を見ていた。
亜美と戯れる夢。お互いごろんと横になって、抱きしめ合ったり、キスしたり。
なるべく早く起きなきゃいけないのに、そんな時に限って夢が幸せ過ぎるんだよな。
そして、俺はかなり欲求不満らしい。
こんな夢を見ちまうくらいだし。
後少し、後少しだけ。もう少し、浸っていたいな。
こんな獣でしかない俺は、亜美に愛される資格はあるのかな。
少し自信を無くしかけたところで、夢の亜美が、もっとちょうだいって囁いてくる。
そうだね、俺ももっと欲しいよ、亜美。
◇
「やべ、完全に寝過ごした!」
後少しを、何度俺は繰り返したんだ。
時刻は22時20分。のばらさんだけじゃなく、亜美も帰ってくる時間じゃないか。
出前かなんか頼んでくれていればいいんだけど。
俺は慌てて、リビングに向かう。
「ごめん、のばらさん。ご飯は食べたか?」
「あら、深川先生。随分お寝坊でしたのね。まあ、皆今起きたとこですわ」
「ただいま、京平。昼寝にしては長かったね」
「ごめんね、のばら。お父さんの腕枕が嬉しくてさ」
「私もすっかり寝入ってしまって」
「のばらもソファで寝てましたから大丈夫ですわ」
俺は、お帰り亜美、と告げて、状況把握を行う。
えと、俺は今起きて、信次とお父さんはさっき起きたとこで、のばらさんもさっき起きたとこで、亜美は帰って来たばかりで……。
つまり亜美以外、皆寝てたのか。それなら。
「今日は、茶漬けでいっか」
「賛成、サラッと食べたいし」
「おお京平、浅漬けあるから使ってくれ」
「サッパリしてて良いのですわ」
「あったまるよね!」
そうと決まれば、俺はお父さんの浅漬けを出して、お茶漬けをつくる。
お茶は嗜みがあるから、と、のばらさんが淹れてくれた。
ちょうどお父さんが明太子も買って来てくれたから、それも出そうかな。
凄く簡単になっちゃって、申し訳ないな。
でも、たまにはいいよな?
「ほい、お待たせ」
「「「「「いただきます」」」」」
「あち、そう言えば家族揃ってご飯も、久しぶりだな」
「シフト勤務だと中々一緒にならないのですわ」
「ね、中々合わないもんね」
だからこそ、こういった時間が大切だし愛しくなるんだろうな。
亜美との時間も大切にしたいししていくけど、家族との時間も大切にしたいな。
やっぱり、この温かい空気がすきだからさ。
「京平も身体を休める意味で、たまには長期休暇を取ったらどうだ?」
「申し訳なさが勝っちゃって、素直に楽しめないからパスかな。働けない訳じゃないし」
「そっか。仕事が嫌いな訳じゃないもんな」
「うん、それより亜美とシフトが合う方が嬉しいし」
信頼出来る人が近くにいると、やっぱり安心する。
特に俺のようなタイプは、簡単に心を開かないもんだから。
心を全開に出来るのは、なんだかんだで亜美だけだしな。
でも、ここにいる人達には、かなり心は解放してるけど。頼れるし。
「最近シフト、また合わなくなってきたもんね」
「看護師長からもごめんねって言われたな。来年は沢山新人が入るといいんだけどな」
五十嵐病院は評判の良さはあるのだけど、病院は星の数ほどあるし、五十嵐病院を第一候補に、って医学生や看護学校生も多くはないからな。
都内には大きな青柳医院もあるし、千葉には老舗の山形病院もあるし、その他小さなクリニックで、評判の良いところも少なくない。
「でも、五十嵐病院、障害者を積極的に採用してるよね。私もそれを知ってたから、五十嵐病院にしたし」
「のばらもそんな採用活動に感銘を受けて、五十嵐病院にしましたわ。家から近かったのもありますけど」
「ほええ、俺は五十嵐病院しか受からなかったからな。双極性障害持ちは、大体のとこが顔色良くなかったよ」
それプラス天然だから、就職活動は中々困難だったけど、面接練習をしたり、自分の持っているものを最大限にアピールして、今働けてるから本当に良かった。
更には俺と働きたいって、麻生と愛さんも一緒に入社してくれたしな。
「障害じゃなくて、その人自身を見て欲しいのですわ。まあ五十嵐病院も、九久平という悪い前例はありましたけど」
「そう言えば。顔見たくねえよ」
あいつ、信次殴った上に、俺も殺そうとしてきたしな。逆恨みが酷過ぎる。
それだけ、のばらさんのことが好きだったのかな?
そんな性格じゃ、信次が居なくても、間違いなく選ばれないだろうけど。
「なんにせよ、亜美と深川先生に会えて良かったですわ。亜美に会わなかったら、信次にも会えてませんもの」
「そう思うと不思議な縁だよね、僕達」
「そういう縁も、大切にしていきたいな。皆大事だもん」
そうだな、って俺は笑う。思えば、亜美が五十嵐病院に入院しなければ、家族になることもなかったもんな。
亜美と信次に会えてなかったら、俺は自分に負けて、死んでいたかもしれない。
2人を育てたかったから、2人に支えられたから、2人が助けてくれてるから、俺はここまで生き残れたよ。
これからも生きていたいって、思えてるよ。
2人だけじゃない。沢山の人に支えられたから、今があるんだ。
「亜美、信次、お父さん、のばらさん、出会ってくれてありがとな」
◇
お風呂上がり、少し亜美と話しながら布団に入る。
「私も京平に出会えて良かったな」
「俺は何も出来てねえよ」
「居てくれるだけでいいんだよ」
俺の落ち込んだ台詞に、いつだって亜美は、そんなことないよって肯定してくれる。
ネガティブでごめんな、亜美。これでもマシになった方なんだ。
「ありがとな。そう言えば今日夢見てさ、亜美と抱きしめ合ったり、キスしたりで。夢の中の俺、獣でしかなくて」
「え、普段からそうしてよ。意地悪」
「いいのかよ。歯止め効かなくなるぞ?」
「お互い幸せになりたいもん。それに私、明日は遅番だよ」
もう、俺の彼女可愛すぎかよ。愛しいが止めどなく溢れ出る。
歯止めを無くした俺は、亜美を抱きしめて、何度もキスをした。
色々なところにキスをして、感じ合って、愛しみ合って。
こうして俺達は一つになって、また感じ合って。
俺は本能のまま、亜美と向き合う。
亜美、愛しいよ。ずっと一緒に居てほしいな。
「京平、愛してる」
艶かしい亜美の顔を見て、また俺はキスをするのであった。
「夢より激しいや」
「もっとおいで?」
「言われなくても」
俺は亜美へ口付けをする。世界で1番愛しいから。
今日の夜は、愛しさが鎮まることなく燃え上がる。
京平「亜美には、素直な自分をぶつけられるようになってきたな」
亜美「これからもら宜しくね、京平」