他人の気がしなくてさ(信次目線)
「んー、良く寝た」
4時半、頭を起こす目的で僕は早めに目覚めた。
のばらのお弁当と朝ご飯を作らなきゃね。
「信次、おはようございますわ」
「おはよ、のばら。まだ寝てていいよ?」
「のばらも起きますわ。洗濯物したいですし」
のばらを起こすつもりは無かったから、申し訳ないな。
家に来てから、率先して洗濯物してくれるの、有難いよ。
のばら曰く、オペ看として一人前になるまでは、衣類の洗濯も仕事としてあったみたい。
とは言ってもそこはのばら、1月で完璧に出来るようになったみたいだけどね。
起きた僕らは、各々家事を始めようとしたんだけど。
「お、信次、のばらさんおはよ」
「おはよー、信次、のばら」
「おはようございますわ」
「おはよ。もう起きてたの?」
「お弁当の下拵え、なんもしてなかったからな」
「昨日、お風呂上がりですぐ寝てたもんね」
おそらく夜はお楽しみだったのでは? と、推測するけど、考えても野暮だよな。
家は防音壁にしてあるし、声も聞こえないから解らずじまいだし。
家の壁を突き抜けるのは、亜美の泣き声くらいだ。
そんな訳で、4人で家事を始めた。
兄貴達はお弁当、僕はのばらのお弁当と朝ご飯、のばらは洗濯に取り掛かる。
兄貴、最近は元気そうで良かった。
兄貴に何かあったら、って考えたら、涙が止まらなくなってしまう。
って、感情的になりすぎたな。不幸の先回りをしてどうすんだよ、僕のバカ。
僕はそれを、タマネギで誤魔化すんだけど。
「やーい信次、タマネギで泣いてやんの」
「うるさいな亜美、沁みるもんは沁みるもん」
「昨日タマネギ冷やしたから、沁みないはずなんだけどな」
皆、笑って幸せに生きられますように。
その為だったら、僕は何でもするよ。
僕はタマネギのお味噌汁と、サバの塩焼きと、ほうれん草のお浸しを作った。
お弁当ももう作ったし、のばらの洗濯物手伝おうかな。
「のばら、手伝うよ」
「あら、有難うございますわ。じゃあ、一緒に干しましょう」
こうして、のばらと一緒に洗濯物を干す。
「信次、何を思い詰めているんですの?」
「のばらには隠せないね。兄貴に何かあったらって、考えちゃってさ」
「受験前に深川先生のこと考えるなんて、相変わらず優しいのですわ、信次」
流石ののばらも、重いっていうかなって覚悟して告げたんだけど、のばらは優しく受け止めてくれた。
時々家族のことを考えすぎてしまうのは、僕の悪い癖なんだけど、そんな僕すら肯定してくれてありがとね。
「大丈夫ですわ。深川先生には信次も亜美もお父さんも、ついでにのばらもいますわ」
「そうだね、皆いるもんね」
のばらのおかげで、僕は笑えた。
◇
「兄貴、お弁当ありがとね」
「京王受験も頑張ってこいよ」
僕と兄貴は拳を合わせて笑う。
「信次、頑張ってね」
「亜美、ありがとね」
亜美も中番だったのに、早く起きてお見送りありがとね。
そのタイミングで、ドタドタと二階から駆け足が聞こえた。ははん。今起きたんだね?
「おはよ、お父さん」
「間に合って良かった。出し切って来いよ」
お父さんは僕を抱きしめてくれた。
ちょっと照れくさいんだけど、ありがとね、お父さん。
「信次なら大丈夫。信じてますわ」
「絶対掴み取ってくるからね」
のばらも負けじと僕を抱きしめる。僕ものばらを抱きしめ返した。
のばらとの未来のためにも、頑張ってくるね。
「じゃ、行って来ます!」
◇
第二志望でもある京王も、我が家からは距離があるから早め早めに行動する。
電車の遅延とかもあり得るしね。
いつも僕は1時間前には着けるように行動してる。
大学入ってからも家事やバイトは続けたいし、常に余裕を持って、だね。
僕は電車を乗り継ぎながら目的地に向かうけど、同じような受験生が参考書を立って読みながら、ウトウトしている。
顔色が良くないな。徹夜で勉強して、詰め込みすぎたのかな?
と、思ったら、そいつが僕に向かって倒れて来た。
僕はすんでのところで、そいつを抱き抱える。
顔は青白く、明らかに気持ち悪そうだ。
僕は、声を掛ける。
「大丈夫ですか? 一旦降りますか?」
「すみません、お願いします」
僕はそいつに肩を貸して、一緒に次の駅で降りた。
ホームの椅子に腰掛けて、そいつの背中をさすりながら、持っていたビニール袋で介抱する。
彼は少し吐くと、少しずつ顔色も落ち着いてきた。
そいつ……青柳くんという名前を聞けたんだけど、京王が第一志望で、今日に賭けてたみたい。
それで、受験日の今日に至るまで、ほとんど寝ずに勉強を続けてたら、案の定体調を崩してしまったようだ。
「助けて頂いて有難う御座います」
「顔色も良くなって来ましたし、次の電車で京王まで向かってください。僕はこれ、処理してくるんで」
青柳くんのゲロ袋を持ったまま、電車には乗れないからね。
僕は駅のトイレに向かい、ゲロ袋の中身をトイレで流して処理をする。
幸い近くに、燃えるゴミのゴミ箱があったから、そこに袋は捨てた。
こういうところも含めて看病だからね。
僕が駅のホームまで戻ると、青柳くんはまだ座っていたので、話しかける。
「あれ、電車に乗らなかったんですか?」
「時任くんと行きたかったから、待ってました」
「じゃあ、次の電車が来るまで話してましょうか」
「あ、多分僕のが年下なんで、敬語使わなくていいですよ。僕、飛び級試験合格して、一年早く試験受けるので」
青柳くんも飛び級試験を受けて、1年早く試験を受けるのか。ということは。
「それなら僕と同い年ですね。じゃあ、お互い敬語無しでいこっか」
「こんなきっかけだけど、話せる人がいて嬉しいな」
青柳くんも医学部を目指しているようで、昨日は東都、一昨日は東都北と、かなりの学校を受けてるようだ。
「国立も受けてるけど、第一志望が京王なんだね」
「自慢じゃないけど親が金持ちで、息子の僕にも親の母校に行って欲しい、って」
「学食も美味しいみたいだしね。僕は昨日が第一志望だったけど、結果解らないし、今日も頑張るよ。お互い頑張ろうね」
「うん、絶対合格するぞ!」
折角の機会だしと、僕達はライムを交換して、次の電車に乗り込む。
まだ時間に余裕があるとは言え、大分時間をロスしてしまったから、僕は参考書を片手に立つ。
逆に青柳くんは体調が万全じゃないから、僕が確保した席に座らせて、京王の最寄駅まで寝て貰うことにした。
僕もいるから、起こしてあげられるしね。
青柳くん、かなり寝不足だったし、少しでも寝て貰いたかったんだよね。
そして、電車に揺られて30分、京王の最寄駅に着く。
「青柳くん、着いたよ」
「ふわあ、時任くん、ありがと」
僕達は勉強時間確保の為、走って京王まで向かう。
その間、昼ご飯は一緒に食べようだとか、受験が終わったら遊びたいだとか、僕はかなり青柳くんに懐かれたようだ。
でも、僕も青柳くんと話してて楽しかったから、それには、うんって返事をする。
「じゃあ、また後でね」
「うん、お互い頑張ろうね」
◇
ふう、国語と英語は普通に乗り切れた。のばらがリスニング対策もしてくれたしね。
のばら、お嬢様なのもあって、英語ペラペラだもんなあ。
さ、お昼は青柳くんと食べるし、待ち合わせ場所をライムで確認し合うか。
と、思っていたら、青柳くんから先にライムが来た。
『京王の食堂にいるからね』か。そう言えば、受験生も食堂使えるらしいもんね。
僕は駆け足で食堂に向かった。
「あ、時任くん、こっちだよー」
「お待たせ、青柳くん」
青柳くんは既に学食のランチを注文していた。
お弁当は持ってこなかったのかな?
「あ、時任くんお弁当なんだね」
「うん、兄貴が作ってくれたんだ」
「いいなあ、うち両親共に多忙だし、僕も料理は出来ないからさ。シェフはいるけど、気を使うしね」
「へぇ、色々大変だね。僕で良ければ、料理教えようか?」
「あ、それは嬉しい。医学部行くと、食堂行く暇も無くなるしね」
青柳くんとは今日初めて会ったんだけど、会話が弾んで楽しいな。
なんなら、海里以外でこんなに話せたのは初めてかもしれない。
僕が壁を作らない人ってのも、珍しいし。
不思議なやつだなあ、青柳くんって。
「時任くんと話してると楽しいな」
「僕も。親友と同じくらい心開けてるかも」
「え、そんなに? 嬉しいな」
「うん。あ、寝ててもいいよ。寝不足でしょ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。起こしてよ?」
「ちゃんと起こすってば。おやすみ」
そう言うと青柳くんは、気持ち良さそうに眠り始めた。
今日の為にどれだけ徹夜したんだろう。頑張り屋さんだな。
あ、そうか、そりゃ話しやすいよね。青柳くん、亜美に似てるんだ。
無理しがちなところとか、前向きなところとか、人を尊敬できるとことか。
出会ったときから青柳くんは、僕を否定しないから。
だとしたら、尚更放っておけないね。
こういうタイプは放っておくと無理することは、亜美を持って実感してるから。
これからまた目が離せない友人が増えたな。
◇
昼休憩が終わる15分前に、僕は青柳くんを起こして、再度試験会場の席へ着く。
これで最後の教科になるから、気合いいれていかなきゃね。
最後は数学。このテストを持って、受験勉強を終えられるかな?
なんて、これからも勉強尽くしになるんだから、弱音吐いてちゃダメだね。
寧ろ、次なる勉強が出来るように頑張るんだ。
医学部受からないと、僕の夢が途絶えてしまうし。
そう言えば青柳くんの家、お金持ちだって言ってたけど、代々医者な家系なのかな?
のばらみたいにお嬢様や御曹司とかだと、医学部なんて受験させないよな。
それも、また聞いてみよう。
でも、それを考えると、よくのばらは看護学校を受験することが出来たよな。
お婿さんをあてがうつもりだったのかな。
いやいや、のばらの夫には、僕がなるんだから。
のばらには自由に生きて欲しいしね。
でも、受験が終わったら、ちょっとくらいはのばらとデートしたいな。
それを楽しみに頑張ろうっと。
って、答えはのばらとデートじゃないだろ、僕。
マークシート式なのに、何上から書いてんの、バカ。
◇
うー、終わった。やれるだけのことはやったし、後は結果を待つだけだね。
朝から色々あったし、疲れたな。
今日の試験の結果は、土曜日になるみたい。
東都大と一緒の日だから、併せて見なきゃね。
「時任くん、一緒に帰ろう」
「うん、いいよ」
帰りも青柳くんと一緒に帰る。
京王の門まで来ると、仰々しいリムジンが待ち構えていた。
僕は通り過ぎようとしたんだけど、青柳くんがそれを阻止して、手招きをする。
「時任くん、風見さんが時任くんも送ってくれるって」
あ、やっぱりこのリムジン、青柳くんの家のリムジンなんだね。
僕は若干戸惑いながらも、青柳くんに言われるがまま、リムジンに乗り込んだ。
「葉流様、ご学友と一緒とは珍しいですね」
「ご学友じゃないよ。体調悪かった僕を助けてくれて、そこから友達になったんだ」
「へえ、青柳くん、葉流って言うんだ。そうですね、今日初めて会いました」
「葉流様が心をお許しになるということは、良い人なんでしょうね。あ、お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「時任信次です。宜しくお願いします」
「時任くんは、信次って言うんだね」
そう言えば僕達、苗字でしか紹介し合ってなかったね。今更お互い名前を知るのであった。
「あ、信次って呼んでもいい?」
「いいよ。僕も葉流って呼ぶね」
「信次の家って、どっち方向?」
「かわべ町だから少し遠いけど、本当にいいの?」
「僕の家は都内だけど、問題ないよね、風見さん」
「はい、葉流様のご友人とあれば」
そうか、都内に家があるなんて、相当金持ちなんだなあ。葉流んち。
あ、都内には、青柳とつく超有名な場所があるな。
「都内ってことは、葉流の家ってもしかして」
「そう、青柳医院の跡取り息子だよ。僕」
青柳医院は、東京中で知らない人はいないであろう、有名な病院だ。
就職したい病院ナンバーワンを不動のものにしいるだけではなく、病院自体の評判も良いし、何より東京で1番大きな病院だしね。
「じゃあ、プレッシャーとか半端ないよね」
「うん。でも、期待に応えられるよう頑張りたいんだ」
葉流、凄く目をキラキラさせてる。
そっか、頑張りたいんだね。本当にそういうところも亜美に似てて、放っておけないね。
「信次って、僕のことを気にしてくれるんだね」
「そりゃ心配くらいするよ。友達だし」
「えへへ。ありがとね」
「これからは無理すんなよ」
「帰ったら寝るよ。明日も学校だし」
「葉流、車の中で寝てたら? 全然寝てないでしょ?」
「それがいいですよ。葉流様、昨日全く寝ずに勉強してらしてましたし」
「でも、信次と話してた……すー、すー」
ああ、我慢してたのか。おやすみ、葉流。
葉流が寝た後も、僕は風見さんと話を続ける。
「今朝も私が送ると言ったんですけど、早めに受験会場に行きたいからと無理なさって。葉流様を助けて下さって、有難うございます」
「困った時はお互い様ですし、僕も普段はあまり電車乗らないんですけど、電車に乗ってて良かったです」
「不躾で無ければ、理由をお伺いしても宜しいですか?」
「僕、異能で空が飛べるんです。今日は受験なので、万が一暴走しても嫌なので、電車にしたんです」
葉流に対してもそうだけど、初めて会う人にここまで話していいのかな?
でも送ってくれてるし、これくらいは話してもいいか。
「異能ですかあ。しかも異能維持とは珍しい。いや、私、実は内科医で」
「勤務のない日は、葉流の運転手ってことですか?」
「そうですね。まだ奨学金も返せてないですし、バイトみたいなもんです。って、時任くんにいうことでもないですけど」
つまり働き詰めってことか。大変だなあ。
僕は兄貴のおかげで、随分楽させて貰ってるからな。
少しでも家計の足しになるよう、バイトも頑張らなきゃ。
「これからも葉流様のこと、宜しくお願いします。すぐ無理をしてしまうし、私達にも気を使い過ぎるくらいで」
「まだ葉流のことはよく知らないけど、寄り添う場にはなりたいです。頑張ってるのは解るから」
「有難うございます」
揺れるリムジンにの中で、僕は呟いた。
◇
風見さんのおかげで、予定より早く家に辿り着く。
葉流はあれからぐっすり寝てて起きなかったので、ライムでありがとねって送っておいた。
これから忙しくなるけど、頑張ろうね。
お互い、第一志望に受かるといいね。
「ただいまー」
「おう。お帰り、信次」
お父さんは買い物に出てるのかな? それならちょうどいいや。
僕は、ソファに座る兄貴にもたれ掛かる。
「お、どうしたんだ?」
「やっとひと段落だな、って。プレッシャーで、本当はいっぱいいっぱいでさ。情けないね、僕」
それが本音だった。でも、今まで言えなかったんだ。
ずっと苦しかったし、泣きたかったし、縋りたかったけど、終わるまでは緊張の糸を切らせたくなかったから。
だから、受験が終わるこの日に、兄貴に甘えようって決めていたんだ。
葉流なんて、僕なんかより大きなプレッシャーと戦っているのに、情けないんだけどさ。
「良く頑張ったよ、信次は」
「上手くいってるといいな」
「いってるに決まってるだろ。こんなに頑張ったんだから」
兄貴は僕を抱きしめてくれた。
僕は兄貴に本音を言えて、受け止めて貰えて安心したのかな。
気付いたら、そのまま寝てしまった。
今まで張り詰めていた緊張の糸が、ふつりと切れたから。
「お疲れ、信次」
兄貴、僕頑張ったよ。
後少しだけ、こうやって甘えさせてね。
あ、亜美には内緒だからね。
信次「すー、すー」
京平「ゆっくり休めよ」