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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
君を知っていく。
175/238

他人の気がしなくてさ(信次目線)

「んー、良く寝た」


 4時半、頭を起こす目的で僕は早めに目覚めた。

 のばらのお弁当と朝ご飯を作らなきゃね。


「信次、おはようございますわ」

「おはよ、のばら。まだ寝てていいよ?」

「のばらも起きますわ。洗濯物したいですし」


 のばらを起こすつもりは無かったから、申し訳ないな。

 家に来てから、率先して洗濯物してくれるの、有難いよ。

 のばら曰く、オペ看として一人前になるまでは、衣類の洗濯も仕事としてあったみたい。

 とは言ってもそこはのばら、1月で完璧に出来るようになったみたいだけどね。


 起きた僕らは、各々家事を始めようとしたんだけど。


「お、信次、のばらさんおはよ」

「おはよー、信次、のばら」

「おはようございますわ」

「おはよ。もう起きてたの?」

「お弁当の下拵(したごしら)え、なんもしてなかったからな」

「昨日、お風呂上がりですぐ寝てたもんね」


 おそらく夜はお楽しみだったのでは? と、推測するけど、考えても野暮だよな。

 家は防音壁にしてあるし、声も聞こえないから解らずじまいだし。

 家の壁を突き抜けるのは、亜美の泣き声くらいだ。


 そんな訳で、4人で家事を始めた。

 兄貴達はお弁当、僕はのばらのお弁当と朝ご飯、のばらは洗濯に取り掛かる。

 兄貴、最近は元気そうで良かった。

 兄貴に何かあったら、って考えたら、涙が止まらなくなってしまう。

 って、感情的になりすぎたな。不幸の先回りをしてどうすんだよ、僕のバカ。

 僕はそれを、タマネギで誤魔化すんだけど。


「やーい信次、タマネギで泣いてやんの」

「うるさいな亜美、沁みるもんは沁みるもん」

「昨日タマネギ冷やしたから、沁みないはずなんだけどな」


 皆、笑って幸せに生きられますように。

 その為だったら、僕は何でもするよ。


 僕はタマネギのお味噌汁と、サバの塩焼きと、ほうれん草のお浸しを作った。

 お弁当ももう作ったし、のばらの洗濯物手伝おうかな。


「のばら、手伝うよ」

「あら、有難うございますわ。じゃあ、一緒に干しましょう」


 こうして、のばらと一緒に洗濯物を干す。

 

「信次、何を思い詰めているんですの?」

「のばらには隠せないね。兄貴に何かあったらって、考えちゃってさ」

「受験前に深川先生のこと考えるなんて、相変わらず優しいのですわ、信次」


 流石ののばらも、重いっていうかなって覚悟して告げたんだけど、のばらは優しく受け止めてくれた。

 時々家族のことを考えすぎてしまうのは、僕の悪い癖なんだけど、そんな僕すら肯定してくれてありがとね。


「大丈夫ですわ。深川先生には信次も亜美もお父さんも、ついでにのばらもいますわ」

「そうだね、皆いるもんね」


 のばらのおかげで、僕は笑えた。


 ◇


「兄貴、お弁当ありがとね」

「京王受験も頑張ってこいよ」


 僕と兄貴は拳を合わせて笑う。


「信次、頑張ってね」

「亜美、ありがとね」


 亜美も中番だったのに、早く起きてお見送りありがとね。

 そのタイミングで、ドタドタと二階から駆け足が聞こえた。ははん。今起きたんだね?


「おはよ、お父さん」

「間に合って良かった。出し切って来いよ」


 お父さんは僕を抱きしめてくれた。

 ちょっと照れくさいんだけど、ありがとね、お父さん。


「信次なら大丈夫。信じてますわ」

「絶対掴み取ってくるからね」


 のばらも負けじと僕を抱きしめる。僕ものばらを抱きしめ返した。

 のばらとの未来のためにも、頑張ってくるね。


「じゃ、行って来ます!」


 ◇

 

 第二志望でもある京王も、我が家からは距離があるから早め早めに行動する。

 電車の遅延とかもあり得るしね。

 いつも僕は1時間前には着けるように行動してる。

 大学入ってからも家事やバイトは続けたいし、常に余裕を持って、だね。


 僕は電車を乗り継ぎながら目的地に向かうけど、同じような受験生が参考書を立って読みながら、ウトウトしている。

 顔色が良くないな。徹夜で勉強して、詰め込みすぎたのかな?

 と、思ったら、そいつが僕に向かって倒れて来た。

 僕はすんでのところで、そいつを抱き抱える。

 顔は青白く、明らかに気持ち悪そうだ。

 僕は、声を掛ける。


「大丈夫ですか? 一旦降りますか?」

「すみません、お願いします」


 僕はそいつに肩を貸して、一緒に次の駅で降りた。

 ホームの椅子に腰掛けて、そいつの背中をさすりながら、持っていたビニール袋で介抱する。

 彼は少し吐くと、少しずつ顔色も落ち着いてきた。

 そいつ……青柳くんという名前を聞けたんだけど、京王が第一志望で、今日に賭けてたみたい。

 それで、受験日の今日に至るまで、ほとんど寝ずに勉強を続けてたら、案の定体調を崩してしまったようだ。


「助けて頂いて有難う御座います」

「顔色も良くなって来ましたし、次の電車で京王まで向かってください。僕はこれ、処理してくるんで」


 青柳くんのゲロ袋を持ったまま、電車には乗れないからね。

 僕は駅のトイレに向かい、ゲロ袋の中身をトイレで流して処理をする。

 幸い近くに、燃えるゴミのゴミ箱があったから、そこに袋は捨てた。

 こういうところも含めて看病だからね。

 

 僕が駅のホームまで戻ると、青柳くんはまだ座っていたので、話しかける。


「あれ、電車に乗らなかったんですか?」

「時任くんと行きたかったから、待ってました」

「じゃあ、次の電車が来るまで話してましょうか」

「あ、多分僕のが年下なんで、敬語使わなくていいですよ。僕、飛び級試験合格して、一年早く試験受けるので」


 青柳くんも飛び級試験を受けて、1年早く試験を受けるのか。ということは。


「それなら僕と同い年ですね。じゃあ、お互い敬語無しでいこっか」

「こんなきっかけだけど、話せる人がいて嬉しいな」


 青柳くんも医学部を目指しているようで、昨日は東都、一昨日は東都北と、かなりの学校を受けてるようだ。


「国立も受けてるけど、第一志望が京王なんだね」

「自慢じゃないけど親が金持ちで、息子の僕にも親の母校に行って欲しい、って」

「学食も美味しいみたいだしね。僕は昨日が第一志望だったけど、結果解らないし、今日も頑張るよ。お互い頑張ろうね」

「うん、絶対合格するぞ!」


 折角の機会だしと、僕達はライムを交換して、次の電車に乗り込む。

 まだ時間に余裕があるとは言え、大分時間をロスしてしまったから、僕は参考書を片手に立つ。

 逆に青柳くんは体調が万全じゃないから、僕が確保した席に座らせて、京王の最寄駅まで寝て貰うことにした。

 僕もいるから、起こしてあげられるしね。

 青柳くん、かなり寝不足だったし、少しでも寝て貰いたかったんだよね。


 そして、電車に揺られて30分、京王の最寄駅に着く。


「青柳くん、着いたよ」

「ふわあ、時任くん、ありがと」


 僕達は勉強時間確保の為、走って京王まで向かう。

 その間、昼ご飯は一緒に食べようだとか、受験が終わったら遊びたいだとか、僕はかなり青柳くんに懐かれたようだ。

 でも、僕も青柳くんと話してて楽しかったから、それには、うんって返事をする。


「じゃあ、また後でね」

「うん、お互い頑張ろうね」


 ◇


 ふう、国語と英語は普通に乗り切れた。のばらがリスニング対策もしてくれたしね。

 のばら、お嬢様なのもあって、英語ペラペラだもんなあ。

 さ、お昼は青柳くんと食べるし、待ち合わせ場所をライムで確認し合うか。


 と、思っていたら、青柳くんから先にライムが来た。

『京王の食堂にいるからね』か。そう言えば、受験生も食堂使えるらしいもんね。

 僕は駆け足で食堂に向かった。


「あ、時任くん、こっちだよー」

「お待たせ、青柳くん」


 青柳くんは既に学食のランチを注文していた。

 お弁当は持ってこなかったのかな?

 

「あ、時任くんお弁当なんだね」

「うん、兄貴が作ってくれたんだ」

「いいなあ、うち両親共に多忙だし、僕も料理は出来ないからさ。シェフはいるけど、気を使うしね」

「へぇ、色々大変だね。僕で良ければ、料理教えようか?」

「あ、それは嬉しい。医学部行くと、食堂行く暇も無くなるしね」


 青柳くんとは今日初めて会ったんだけど、会話が弾んで楽しいな。

 なんなら、海里以外でこんなに話せたのは初めてかもしれない。

 僕が壁を作らない人ってのも、珍しいし。

 不思議なやつだなあ、青柳くんって。


「時任くんと話してると楽しいな」

「僕も。親友と同じくらい心開けてるかも」

「え、そんなに? 嬉しいな」

「うん。あ、寝ててもいいよ。寝不足でしょ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。起こしてよ?」

「ちゃんと起こすってば。おやすみ」


 そう言うと青柳くんは、気持ち良さそうに眠り始めた。

 今日の為にどれだけ徹夜したんだろう。頑張り屋さんだな。

 あ、そうか、そりゃ話しやすいよね。青柳くん、亜美に似てるんだ。

 無理しがちなところとか、前向きなところとか、人を尊敬できるとことか。

 出会ったときから青柳くんは、僕を否定しないから。

 だとしたら、尚更放っておけないね。

 こういうタイプは放っておくと無理することは、亜美を持って実感してるから。

 これからまた目が離せない友人が増えたな。


 ◇


 昼休憩が終わる15分前に、僕は青柳くんを起こして、再度試験会場の席へ着く。

 これで最後の教科になるから、気合いいれていかなきゃね。

 最後は数学。このテストを持って、受験勉強を終えられるかな?

 なんて、これからも勉強尽くしになるんだから、弱音吐いてちゃダメだね。

 寧ろ、次なる勉強が出来るように頑張るんだ。

 医学部受からないと、僕の夢が途絶えてしまうし。


 そう言えば青柳くんの家、お金持ちだって言ってたけど、代々医者な家系なのかな?

 のばらみたいにお嬢様や御曹司とかだと、医学部なんて受験させないよな。

 それも、また聞いてみよう。

 でも、それを考えると、よくのばらは看護学校を受験することが出来たよな。

 お婿さんをあてがうつもりだったのかな。

 いやいや、のばらの夫には、僕がなるんだから。

 のばらには自由に生きて欲しいしね。

 

 でも、受験が終わったら、ちょっとくらいはのばらとデートしたいな。

 それを楽しみに頑張ろうっと。

 って、答えはのばらとデートじゃないだろ、僕。

 マークシート式なのに、何上から書いてんの、バカ。


 ◇


 うー、終わった。やれるだけのことはやったし、後は結果を待つだけだね。

 朝から色々あったし、疲れたな。

 今日の試験の結果は、土曜日になるみたい。

 東都大と一緒の日だから、併せて見なきゃね。


「時任くん、一緒に帰ろう」

「うん、いいよ」


 帰りも青柳くんと一緒に帰る。

 京王の門まで来ると、仰々しいリムジンが待ち構えていた。

 僕は通り過ぎようとしたんだけど、青柳くんがそれを阻止して、手招きをする。


「時任くん、風見さんが時任くんも送ってくれるって」


 あ、やっぱりこのリムジン、青柳くんの家のリムジンなんだね。

 僕は若干戸惑いながらも、青柳くんに言われるがまま、リムジンに乗り込んだ。


葉流(はる)様、ご学友と一緒とは珍しいですね」

「ご学友じゃないよ。体調悪かった僕を助けてくれて、そこから友達になったんだ」

「へえ、青柳くん、葉流って言うんだ。そうですね、今日初めて会いました」

「葉流様が心をお許しになるということは、良い人なんでしょうね。あ、お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「時任信次です。宜しくお願いします」

「時任くんは、信次って言うんだね」


 そう言えば僕達、苗字でしか紹介し合ってなかったね。今更お互い名前を知るのであった。


「あ、信次って呼んでもいい?」

「いいよ。僕も葉流って呼ぶね」

「信次の家って、どっち方向?」

「かわべ町だから少し遠いけど、本当にいいの?」

「僕の家は都内だけど、問題ないよね、風見さん」

「はい、葉流様のご友人とあれば」


 そうか、都内に家があるなんて、相当金持ちなんだなあ。葉流んち。

 あ、都内には、青柳とつく超有名な場所があるな。


「都内ってことは、葉流の家ってもしかして」

「そう、青柳医院の跡取り息子だよ。僕」


 青柳医院は、東京中で知らない人はいないであろう、有名な病院だ。

 就職したい病院ナンバーワンを不動のものにしいるだけではなく、病院自体の評判も良いし、何より東京で1番大きな病院だしね。


「じゃあ、プレッシャーとか半端ないよね」

「うん。でも、期待に応えられるよう頑張りたいんだ」


 葉流、凄く目をキラキラさせてる。

 そっか、頑張りたいんだね。本当にそういうところも亜美に似てて、放っておけないね。


「信次って、僕のことを気にしてくれるんだね」

「そりゃ心配くらいするよ。友達だし」

「えへへ。ありがとね」

「これからは無理すんなよ」

「帰ったら寝るよ。明日も学校だし」

「葉流、車の中で寝てたら? 全然寝てないでしょ?」

「それがいいですよ。葉流様、昨日全く寝ずに勉強してらしてましたし」

「でも、信次と話してた……すー、すー」


 ああ、我慢してたのか。おやすみ、葉流。

 葉流が寝た後も、僕は風見さんと話を続ける。


「今朝も私が送ると言ったんですけど、早めに受験会場に行きたいからと無理なさって。葉流様を助けて下さって、有難うございます」

「困った時はお互い様ですし、僕も普段はあまり電車乗らないんですけど、電車に乗ってて良かったです」

「不躾で無ければ、理由をお伺いしても宜しいですか?」

「僕、異能で空が飛べるんです。今日は受験なので、万が一暴走しても嫌なので、電車にしたんです」


 葉流に対してもそうだけど、初めて会う人にここまで話していいのかな?

 でも送ってくれてるし、これくらいは話してもいいか。


「異能ですかあ。しかも異能維持とは珍しい。いや、私、実は内科医で」

「勤務のない日は、葉流の運転手ってことですか?」

「そうですね。まだ奨学金も返せてないですし、バイトみたいなもんです。って、時任くんにいうことでもないですけど」


 つまり働き詰めってことか。大変だなあ。

 僕は兄貴のおかげで、随分楽させて貰ってるからな。

 少しでも家計の足しになるよう、バイトも頑張らなきゃ。


「これからも葉流様のこと、宜しくお願いします。すぐ無理をしてしまうし、私達にも気を使い過ぎるくらいで」

「まだ葉流のことはよく知らないけど、寄り添う場にはなりたいです。頑張ってるのは解るから」

「有難うございます」


 揺れるリムジンにの中で、僕は呟いた。


 ◇


 風見さんのおかげで、予定より早く家に辿り着く。

 葉流はあれからぐっすり寝てて起きなかったので、ライムでありがとねって送っておいた。

 これから忙しくなるけど、頑張ろうね。

 お互い、第一志望に受かるといいね。


「ただいまー」

「おう。お帰り、信次」


 お父さんは買い物に出てるのかな? それならちょうどいいや。

 僕は、ソファに座る兄貴にもたれ掛かる。


「お、どうしたんだ?」

「やっとひと段落だな、って。プレッシャーで、本当はいっぱいいっぱいでさ。情けないね、僕」


 それが本音だった。でも、今まで言えなかったんだ。

 ずっと苦しかったし、泣きたかったし、縋りたかったけど、終わるまでは緊張の糸を切らせたくなかったから。

 だから、受験が終わるこの日に、兄貴に甘えようって決めていたんだ。

 葉流なんて、僕なんかより大きなプレッシャーと戦っているのに、情けないんだけどさ。


「良く頑張ったよ、信次は」

「上手くいってるといいな」

「いってるに決まってるだろ。こんなに頑張ったんだから」


 兄貴は僕を抱きしめてくれた。

 僕は兄貴に本音を言えて、受け止めて貰えて安心したのかな。

 気付いたら、そのまま寝てしまった。 

 今まで張り詰めていた緊張の糸が、ふつりと切れたから。


「お疲れ、信次」


 兄貴、僕頑張ったよ。

 後少しだけ、こうやって甘えさせてね。

 あ、亜美には内緒だからね。

信次「すー、すー」

京平「ゆっくり休めよ」

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