バレンタインはまだまだ続く
「「いってきまーす」」
小さくお父さんの「いってらっしゃい」が、返ってきた。まだ眠くて起きれなかったのかな? ありがとね、お父さん。
「今日は午前中に緊急外来と、午後は回診だわ」
「私はどこになるのかな? 今日は蓮もいるし、入れ違いになるかなあ」
「まあ、あるあるだな。昼は合わせるよ」
看護師長が前に、蓮が私だと安心出来るって言ってたからなあ。
それもあって、私は蓮に着くことが多い。
京平が午前中に緊急外来なら、蓮は午後からだろうしね。
中々京平と一緒にならないのは元からだけど、正直ちょっと寂しいのはある。
今日は土曜日だから休憩時間もバラバラだけど、休み時間、合うといいな。
バレンタインチョコの感想はやっぱり聞きたいもん。
ん、でも待てよ? 休憩時間が合わない可能性もあるのに、何故京平はチョコをお昼に食べるんだろう? さては。
「京平、バレンタインチョコ、もしや見せびらかすの?」
「だって亜美が作ってくれたんだもん。皆に見せたいよ」
やっぱりそれが目的か! 上手く作れたんだけど、なんだか照れくさいなあ。
病院の人に見せびらかさなくても、良い気がするんだけど。
「亜美の彼氏は俺だって、はっきりさせとかないと」
「そんなことしなくても、私はモテないってば」
「この前日比野くんに告白されたばかりなのに、何を言ってるんだ」
むう、そう言われたら言い返せなくなる。
でもその時も、結構キツイ言葉で振ってるし、その噂だって広まってるとは……いや、ないか。
友はそういうこと、大っぴらに言うタイプじゃないし、私に振られた後も、1人で苦しんでたもん。
私が助けられない中、そんな友を助けてくれたのが、京平だったんだけどね。
「私も京平以外にはモテたくないんだけどな」
「俺は亜美を離さないからな」
◇
「以上で看護師ミーティングは終わりです。各自持ち場に着いてください」
「時任、巡回行って来ます!」
私の予想通り、今日は午前中が巡回、午後から緊急外来を担当する蓮に着くことになった。
蓮は京平と入れ替わりらしいから、休憩時間も合わないことが確定してしまった。
食べてる姿、美味しい顔を見たかったんだけどなあ。
なんて、くよくよしてちゃらしくないね。今日も頑張るぞ。
「亜美ちゃん、今日も深川先生の担当じゃないんだね」
「あ、林さん。仕方ないですよ」
林さんは、糖尿病が悪化して2ヶ月前から担ぎ込まれた40歳くらいの成人男性の患者様なのだけど、五十嵐病院に入院した当初から、透析などもされていた為、長期入院で経過を見ているのだ。
初めから五十嵐病院に来てくださっていれば、京平がしっかり管理してくれたのにね。
そんな林さん、私と京平が付き合ってることも知っている。
だって前に香川さんが、盛大にバラしてくれたからね。
もー!
「でも、深川先生もいい歳だろう? 亜美ちゃんは良かったの?」
「全く問題ありません、私は深川先生を愛してますから」
って、軽々と乗せられてしまう私は、かなりチョロい女だよなあ。
「明日は透析の日だから、またねんごろだよ」
「本を読むのもいいかもですよ」
「読者は苦手なんだよなあ。音楽聴いて、気付いたら大体寝ちゃってる」
「それならそれで、良い夢が見られたらいいですね」
「最近妻に会えてないから、夢の中だけでも会いたいよ」
林さんの奥さんは、林さんの入院費を稼ぐ為に頑張っていらっしゃって、中々林さんのお見舞いに来られないみたい。
林さんは、自分の身体がこうなってしまったのは自業自得だけど、その為に奥さんが働き詰めになってしまったことを悔やんでるみたい。
でも、お見舞いに来る奥さんはいつも笑って、林さんに「早く元気になれよ」って、言ってらっしゃるから、林さんのために働くことは苦ではないんだろう。
「夢の中で会えたらいいですね」
「ありがとうって伝えたいな」
支えてもらってる人には、お礼を伝えたいよね。
例えそれが、夢の中だとしても。
私は、林さんの検温と、血糖測定と、朝のインスリン注射を終え、巡回を続けていた。
すると、誰かが私の肩をポンっと叩く。
「よ、亜美。お疲れ」
「あ、蓮。お疲れ様」
回診中の蓮が、私に話しかけてくる。
「午後は担当宜しくな」
「うん、任せといて!」
私はガッツポーズで、返事をした。
「新人同士なんだけど、やっぱ亜美とが1番安心出来るんだよな」
「それはありがとね。力になれてるようで良かった」
蓮とは同期だけど、機転が効くし優秀だし、そんな蓮に褒められるのは、悪い気はしないね。
というより、私の同期が皆優秀なんだよなあ。
「そう言えば友、総合看護師目指すらしいな」
「ああ、らしいね。元からオペ看にも興味があったんだって」
「もう来月から、研修も始まるっぽい」
友は、元々医師を目指していただけあって、オペ室に入りたいって思ってたみたい。
それを麻生先生に相談したら、総合看護師を勧められたんだって。
にしても、年度初めを待たず、もう研修始まるのか。
それなら内科にいるのも、ごく僅かだね。
それは寂しくなるな。
「そういや亜美、28日の夜って空いてる?」
「ああ、早番だから空いてるよ」
「そっか。じゃあ友の送別会しようぜ。同期3人で」
「久々だね、いいよ!」
「じゃあ、またライムするわ」
送別会かあ。どんな会になるのかな?
同期3人で集まるのも久々だしね。
蓮のライムを待つばかりだね。
と、巡回しなきゃああああああああ!
◇
ふう、やっと休憩時間だね。
とは言っても、いつもより早いけど。
11時から13時までの休憩で、そっから京平と蓮が入れ替わる感じ。
京平もいつもより午前が長いから、大変だよなあ。
京平には今日は友が着いているから、友とも休憩が合わないので、友にはチョコを帰りに渡すねってライムしといた。
けど、友もモテるからなあ。
朝の段階から、内科の看護師達が色めきだって友にチョコ渡してたもんな。
おかげで渡しそびれちゃった。
「よ、亜美」
「あ、蓮、お疲れ」
「私もいるよん」
「ちょ、朱音。後ろから急に現れないでよ」
そんな訳で、3人で昼ご飯を食べる。と、その前に。
「はい、蓮、朱音。友チョコだよん」
「ああ、今日バレンタインだもんな。サンキュー」
「亜美から手作りのお菓子貰うの初めてだから、嬉しいな。あ、私も2人に友チョコ作って来たよ」
朱音はそう言うと、可愛くラッピングされた包みを、私と蓮に渡してくれた。
「ありがとね、朱音」
「朱音もサンキュー」
「お弁当食べ終わったら、食べよ!」
「ありがとね、亜美」
こんな感じでチョコを渡し合いながら、お昼ご飯を食べ始めた。
「ねえ、蓮ってチョコどんくらいもらったの?」
「え、義理チョコばっかだけど、20個くらいかなあ。昨日の診察の日に、結構貰ってさ」
「ああ、患者様からも結構貰えたりするもんね」
朱音ってば、そんな野暮なこと聞かなくてもいいのになあ。
本命チョコ貰えてない時点で、ある意味お察し、なんだからさ。
蓮、良いやつなのに、意外とモテないんだよね。
友達はかなりいるみたいなんだけど。
「蓮もいつかは本命チョコ、貰えたらいいね」
話を終わらせる目的で、私も話に入る。
「お、おう。貰いたいやつから貰いてえな」
「え、蓮、好きな子いるの?」
「いやちが、まあ、そういう訳じゃねーけど」
ほえ? 好きな子がいる訳じゃないのに、貰いたい人はいるんだ? 変な蓮だなあ。
あ、朱音がなんか蓮のこと、バカって言ってる。2人とも仲良いよね。
「なんかムカつくから、亜美の唐揚げもらお」
「あ! 唐揚げ取られた!」
◇
そんな会話をしながら、早1時間。
朱音の作ってくれたクッキーも食べて、お腹いっぱいでうつらうつらとしかけていたら、思いもよらぬ人物が、私の隣に座って来た。
「どうした亜美、眠いのか」
「うん、お腹いっぱいでって……京平?!」
なんで? 休憩時間合わないはずだったのに!
「京平、どうして休憩に入れたの?」
「鈴木先生に、1時間だけ入ってもらった。亜美の顔が見たくてさ。因みに日比野くんは置いて来た」
「ありがとね。友はちょっと可哀想だけど」
京平はお弁当と、私のチョコをどん! と、見せびらかすように置きながら、昼ご飯を食べ始めた。
「あ、深川先生、早く休憩入ったんすね」
「鈴木先生が13時から休憩行きたいらしくって、少し緊急外来入って貰ったんだ」
「そうなんすね。あ、それ、亜美のチョコですか?」
蓮は、徐ろに広げられたガトーショコラを見ながら呟く。
「そ。だから早く昼飯行きたくってさ」
「俺も亜美からチョコ貰いました。もう食べたけど」
「俺も人のこと言えないけど、もう食べたんだ?」
「貰えたのが嬉しくて、すぐ食べたくて」
え、蓮ってば、そんなに嬉しかったの?
「そんなに喜んでくれてたとは、照れるなあ」
「ふわふわのパウンドケーキ、めちゃ美味しかった。また、亜美のお菓子食べたいな」
「えへ、ありがとね。たまに家で作るから、作ったら持ってくるね」
そういうと、京平はちょっと不機嫌な顔をする。
え、私、変なこといったかなあ?
逆に朱音は、親指を立てて満面の笑みを浮かべてるし。
「京平、何で急に不機嫌な顔してんの?」
「ああ、そんなことないよ。亜美に他意はないもんな」
んー、言ってる意味が解らないなあ。他意はないって、どういう意味なんだろう。
しかも明らかに不機嫌なのに、そんなことはないって誤魔化すし。
京平が笑顔じゃないと、私も悲しいよ。
「ここじゃ言えないなら、後で教えてね。京平が不機嫌なの、悲しいから」
すると、京平は観念した顔をして。
「落合くんにお菓子作るって言ってたから、ちょっと嫉妬した」
「あれは京平に作った余りをあげようと思ってたから、蓮のために作る訳じゃないというか。ほら、最近京平に作れてないでしょ?」
「なんだ、俺の為だったのか。嫉妬して恥ずかしいな、俺」
京平は顔を真っ赤にして、項垂れる。
「久しぶりにクッキー作ろうかな?」
「よっしゃ。楽しみにしてるな。よし、お弁当も食べ終わったし、亜美のチョコ食べよ」
まさか京平が病院までチョコを持ってくるとは思わなかったから、白いチョコペンで「京平愛してるよ」って描いちゃったんだよね。
それが、大衆の面前に晒されてるのはかなり恥ずかしいので、早く食べてほしい。
「うん、めちゃくちゃ美味しい。亜美のお菓子、どんどん美味しくなってるな」
そう言いながら、京平は頭をポンポンしてくる。
もう、京平には敵わないなあ。
美味しい顔をして、食べてくれてるのも嬉しいな。
「あと、チョコペンの文字もありがとな。嬉しいよ」
「常に思ってるからさ」
常に愛してるんだからね。覚悟しといてね。
これからもずっとずっと、京平一筋なんだから。
「ありがとな、亜美。亜美の彼氏になれて良かった」
京平は優しい顔をして、頭をポンポンしてくれた。
「私も京平の彼女になれて良かった!」
亜美「美味しく食べて貰えて良かった」
京平「また作ってな」