バレンタイン当日
むにゃむにゃ。なんか良い匂いが部屋まで漂って来てる。
この匂いはカツ丼だね。明日は信次の受験だもんね。
今何時なんだろう。夢で感じた優しい温もりが愛おしすぎて、全然起きれなかったや。
起きれなかったことに後悔する私を、優しい声が起こしに来る。
「亜美、ご飯だぞ。起きれるか?」
「おはよ、京平。うん、今起きたとこだよ」
「まだ疲れてるな。今日はご飯食べて風呂に入ったら、すぐ寝ろよ」
「あれ、私ソファで……」
「眠たい時は布団で寝な。風邪引いちゃうだろ」
「そっか、京平が運んでくれたんだね。全然気付かなかったや」
「それなら良かった」
運ばれたことにすら気付かなかった私に、京平は優しく微笑んでくれた。
「ご飯食べよ」
「うん、今行くね」
むっくりと起き上がった私は、まだ眠たい眼を擦りながら、食卓へ向かった。
「おはよ、亜美」
「おはようございますわ、亜美」
「亜美、大丈夫か? おはよう」
「皆ありがとね。チョコ作り終えたら、どっと疲れちゃって」
私は欠伸をしながら答えた。
「沢山作ってましたものね」
「毎年リクエストに応えてくれてるもんな。来年からは、皆同じでいいからな?」
「ちょっと疲れちゃうけど、楽しいからやりたいんだ」
「そっか。嬉しいけど、あんまり無理するなよ」
京平は、私の頭を優しくポンポンしてくれた。
「さ、ご飯食べよ」
信次の一声と共に、私と京平は食卓に着く。
「「「「「いただきます」」」」」
「うんうん、兄貴のカツ丼美味しい! サクサクジューシーなカツに、ふっくら卵がもう最高だよ!」
「というか、最近カツ丼多いのに、よく飽きないよな」
「だって大好きだもん!」
本当に信次はカツ丼が好きだよね。
ここぞって時には、いつも京平にリクエストしてるもんね。
ここ最近のカツ丼も、全部信次のリクエストだしね。
ふふ、嬉しそうな信次の顔が見れるのもいいな。
「おかわりある?」
「ああ、鍋ごと置いてあるから取っておいで」
「わーい!」
ええ、もうおかわり?!
京平も京平で、毎回沢山のおかわりを信次の為に作ってるもんなあ。
「のばらもおかわりしますわあ」
「兄貴のカツ丼美味しいもんね」
信次とのばらは仲良くおかわりを持って来た。
食欲旺盛だなあ。のばらにはかなりお昼ご飯を食べさせたんだけどなあ。
でも、京平のカツ丼美味しいんだよね。
お出汁もいい感じだし、カツはジューシーだし、卵はふわふわだし。
私も。
「おかわりもらうね!」
「亜美がおかわりしてくれて嬉しいよ」
京平が満面の笑みで喜んでくれた。
そう、その笑顔が見たかった! より食欲が増すってもんだね。
食べ始めてから思ったけど、太っちゃわないかな?
明日は沢山走るようにしなきゃ。
最近休みは、どうも気が抜けてしまうよ。
「ん、太っても惚れ続けるよ」
「私が気になるんだってば!」
京平ってば、また見抜いてくるし!
◇
「今日は早めに寝るんだぞ」
「なんなら、お昼寝したのに、今も眠いもん」
お風呂上がり、私達はそんな話をしながら着替える。
「食事の時も眠そうだったしな」
「今日も抱きしめて眠るね」
「亜美は離さないよ」
京平は後ろから抱きしめる。
もー、そんなことされたらドキドキしちゃうじゃん。
あんなに眠たかったのに、眠気も吹き飛びそう。
日曜日にあんなに繋がりあったのに、もう京平が欲しくなって来てるよ、私。
「おバカ。欲しくなっちゃうじゃん」
「はは、今日は無理すんなよ」
お互いが愛し合ってる、って、やっぱり良いなあ。
自分だけが愛してると思っていた時期は、こんな安心感は無かったもん。
寧ろ、京平がのばらに取られちゃうんじゃないかって、不安でいっぱいだったから。のばら、可愛いんだもん。
今は、安心感と愛しさで、私はとろけてしまいそうだ。
着替えた私達は部屋に移動すると、すぐにお互いを抱きしめ合った。
もう、欲しくて欲しくてたまらなかったんだよ。
深いキスをして、私は愛してるよって京平に呟く。
すると京平は顔をふにゃっとさせて、笑ってくれた。
その顔が、愛しくて愛しくてたまらない。
「京平、早く欲しい」
「今日はダメ。亜美、どうみても疲れてる」
「ぶー」
その代わりと言ってはなんだけど、いつもより深くて沢山のキスと、優しく胸を触ってくれた。
そして、笑いながら抱きしめてくれる。
それが温かくて、癒されて、私は次第に夢の世界へ誘われていく。
「すー、すー」
「ほら、疲れてるじゃん。おやすみ、亜美」
◇
んー、よく寝た。今は5時。信次が6時には出るからね。
昨日京平が貰えなかったのは残念だったけど、私が疲れているのを京平が見逃すはずないもんな。
それにそのおかげで疲れも取れたし、感謝はしてるんだけどね。
さて、早速お弁当作りしなきゃ。今日は信次の受験の日でもあるし。
部屋から出ると、元気良いおはようが飛び交う。
「おはよ。亜美」
「亜美、おはようございますわ」
「おはよ、2人とも早いね」
信次は受験があると言うのに、朝ご飯を作っていたし、のばらは今日中番なのに洗濯物を干していた。
信次のお見送りをしたかったのかな?
「信次、朝ご飯は私が作るから、ギリギリまで寝てなよ?」
「それじゃあ頭も冴えないし、いつも通りで過ごしたいんだよ。のばらのお弁当もあるしね」
信次はにこやかに笑って答えた。ま、元気そうだしいっか!
確かに普段通りで過ごした方が、プレッシャーなく受験に臨めるもんね。
「僕時間ないから、先に食べてるね」
てか、もう朝ご飯作り終わったんかい!
「あ、のばらも洗濯物干し終わりましたから、一緒に食べますわ」
信次とのばらは、たわいない話をしながら、2人でご飯を食べる。
2人とも、前よりも仲良くなったなあ。姉として、のばらの友達として、本当に嬉しいな。
さーて、私はお弁当作りしなきゃ。今日は何を作ろうかな?
京平には唐揚げとか、好きなものを沢山入れてあげたいし、信次は受験だから、高カロリーなお弁当にしてあげたいし、お父さんのはおろしポン酢とかで、さっぱり仕上げたいな。
よし、頑張るぞ! と、気合を入れていると。
「おはよう亜美、今日もありがとな」
「あ、お父さんおはよ!」
「今日もさっぱりで頼むよ」
「うん、お父さんも歳だもんね」
「そうなんだが、はっきり言うんじゃないよ」
◇
よおし、美味しそうなお弁当に仕上がったぞ。
「亜美、そろそろ出るからお弁当ちょうだい」
「お待たせ。美味しいの作ったからね」
そんな会話をしていると。
「あっぶね。今出るとこか、信次」
「ああ兄貴。うん、もう出るよ」
京平が慌てて起きて来た。京平も信次をお見送りしたかったんだね。
「信次、頑張るのですわ」
のばらは信次に、手紙を手渡した。
「のばらも手紙ありがとね。頑張るよ」
京平は信次と拳を合わせて、力強く笑う。
「信次、出し切って来いよ」
「ありがと、兄貴。負けないよ」
お父さんは優しく信次を抱きしめながら、何故か泣いていた。
「信次、今まで頑張ったな。あと少し、頑張れよ」
「もう、泣かないでよ。合格してくるよ」
私は慌てて身を乗り出して、信次の頭をくしゃってしながら。
「信次、今まで頑張ってきたものを全部、ね」
「うん、全部出し切るよ。じゃあ、行って来ます」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
信次はいつもより何処となく精悍な顔をして、家を後にした。
信次、ずっと頑張ってきたもんね。受験、上手くいくといいね。
「信次のお見送りも出来ましたし、のばらはもう一眠りしますわあ」
「私も休みだし、もう少し寝るよ。おやすみ」
のばらとお父さんはもう一眠りするようで、部屋まで戻っていった。
期せずして、京平と2人きり。
「朝ご飯食べよっか」
「そうだね」
私達は食卓に着いて、朝ご飯を食べ始めた。
今日の朝ご飯は、豆腐のお味噌汁と、鯵の開きと、ほうれん草のお浸し。勿論お味噌は赤出汁だ。
信次、何時に起きたんだろうな?
それに、起きた、って言えば。
「京平、耳栓してるのによく1人で起きれたね」
「ああ、体内時計というか、亜美時計というか」
「亜美時計?」
「この時間には、亜美が起こしにくるなあ。って。それが楽しみで、身体が自然と目覚めるようになって」
今日はいつもお弁当を作り終わる時間に信次が出かけるって言ったから起こせなかったけど、そんな時計が京平には備わっていたんだなあ。
「そんなに楽しみにしてるのに、起こせなくてごめんね」
「信次の出る時間は知ってたし、自分で起きるつもりだったから気にしてないよ。寝坊しかけたけど」
確かに亜美時計に従うと、起きるのはあの時間になるよなあ。納得。
「明日は逆に亜美を起こそうかな?」
「ん、京平は明日休みだから、寝てるんじゃ?」
「明日亜美中番だし、お弁当作ろうかなって」
「でもいつもより早起きになるでしょ?」
「信次の弁当も作ってやりたいしさ。亜美は寝かせたいし」
京平ってば、明日はかなり早起きするみたいだぞ?
信次は明日も6時には家を出るし、その信次にお弁当を渡すなら5時には起きなきゃだし。
「いいよ、明日は私も信次のお見送りするし、京平は寝てて?」
いつも15時まで寝てる京平が5時起きなんて、絶対辛いに決まってるもん。
でも、京平の意思は堅かった。
「嫌だよ。俺だって信次の見送りしたいもん」
「じゃあ、久しぶりに一緒に起きよ。で、一緒にお弁当作ろ?」
一緒にお弁当を作れば、時間も短くて済むし、京平も少しは眠れるもんね。
ただ、この提案が思いの外、功を奏したようで。
「亜美と共同作業か。悪くないな」
「それなら、お互い少しは多めに眠れるでしょ?」
「下拵えをしておけば、尚更だな」
「うん、じゃあ決まりね」
ふう、これでほんの少しではあるけど、京平が眠る時間は確保出来るかな。
帰ったらお弁当の下拵えやろっと。
「じゃ、俺は亜美と信次の弁当作るから、亜美は俺とお父さんの弁当宜しくな」
「あ、そうやって分けるの?」
「だって、亜美達の弁当は俺が作りたいもん」
「解った。お互い明日は美味しいの作ろうね」
私が中番と遅番の時は、京平がお弁当を作ってくれるから、いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、休みの日も作りたかったんだね。
京平の優しい気持ちが、本当に嬉しいよ。
「ごちそうさま」
「俺もごちそうさま。それと、今日はなんの日かな?」
「ああ、今でいいの?」
「今がいいの」
私はバレンタインチョコとして京平に作ったガトーショコラを、京平に渡した。
昨日バッチリ、可愛くラッピングもしたよ。
「いつもありがとね、京平」
「やべ。毎年嬉しかったけど、今年は特に嬉しいや。昼に食べよっと」
「ちょ、家で食べてよ!」
「嫌だよ、早く食べたいもん」
今日の京平、何だかちょっと我儘だなあ。
でも、それだけ甘えてくれてるってことかな。
そう思うと、不思議と悪い気はしないね。
「解った。大切に持ってってね」
「よっしゃ! 昼飯がめちゃ楽しみだ」
何にせよ、喜んでくれるのは嬉しいな。
これだから、京平には色々作りたくなるよ。
愛しいな。こんな京平だからだろうな。
京平「亜美のチョコ楽しみだな」
亜美「もしかして京平ってば、ただ見せびらかせたいだけなのでは?」
京平「ふっ」