寝不足な俺達(京平目線)
その時、俺は夢を見ていた。亜美が居て、俺が居て、語り合ってる夢。
「京平、愛してるよ」
「俺もだよ、亜美」
「そう言えば京平から、愛してるって聞いたことないなあ。たまには言ってよ?」
思えば現実の亜美から、こういうツッコミされたことないなあ。ただただ照れ臭くて言えてないだけなんだけどさ。
夢だって解ってるんだけど、それでも照れ臭くて言えないだなんて、俺もどうかしてるな。
夢の亜美なんだけど、どう返したらいいのだろう。
俺は返答に、かなり迷った。迷った挙句。
「口には出さない主義だからさ」
なんだそりゃ。自分で自分が訳解らない。
「何それ。意味解らないよ」
だよな? 俺もそう思うよ、亜美。
正直に照れ臭いって言うのも照れ臭くて、不意に出た苦肉の策だったけど、策が酷すぎる。
「私は愛してるのに、京平は愛してないんだね。悲しいけど、私達別れた方がいいかもね」
亜美が俺から離れていく。待ってくれ、亜美。
夢とは言え、こんなの後味悪すぎる。
世界中が敵になっても、守りたいと思ってる亜美なのに。
夢なら言えるかな。愛してるって。
「亜美……」
ここで俺は目を覚ました。本当後味悪すぎる夢だった。
亜美が、愛を確かめるようなタイプじゃないことは知ってるし、何より俺を疑ったりしない。
それは解ってるんだけど、やっぱり夢とは言え、亜美から言われたことは気にしちまうよ。
俺は隣を眺める。亜美は気持ちよさそうに寝ていた。
寝直しても悪い夢を見るだけだし、残り時間は亜美を見ていようかな。
亜美、ただ照れ臭いだけで、愛してるとか好きとか何も言えてなくてごめんな。
でも、いつか必ず伝えるから。そして、想っているから。
これからも信じ続けて欲しいよ、亜美。
「むにゃむにゃ。京平、愛してるよ」
そうだよな。言われると、嬉しいもんな。
いつもありがとな、亜美。
◇
ーーピピピピっ。
「んん、気持ち良い目覚め。おはよ、京平」
「おはよ、亜美。良い夢でも見たのか?」
「うん。でも京平には内緒」
「なんだそりゃ」
寝言で愛してるって呟いてたし、俺に関する夢なのは確かだろうけど、なんか気になるな。
でも、亜美が幸せならいっか。
亜美の幸せそうな寝顔で、俺もかなり癒されたよ。
「さあ、昼からは緊急外来だし、頑張ろうね」
「まあまあ久々だしな。サポート頼んだぞ」
そう言いながら、お互いの上着を元に戻して、仕事場へ向かうのであった。
緊急外来は土曜ということもあり、かなり混み合っていた。
今回は麻生と佐藤さんのペアと、俺と亜美のペアで回していく。
内科は俺、外科は麻生って分けられるし、現状ベストだな。
まだまだインフルエンザも流行っているようで、見るからにゴホゴホしてる患者様も多くいらっしゃる。
お薬手帳を見た上で、適した薬を処方して、少しでも楽にしてあげたいな。
「亜美、ついてこいよ」
「任せて!」
それから俺達は、患者様の診察と検査を2人で行った。
少しだけペースをあげているけど、亜美も問題なく着いてきてる。
検査結果が出次第、薬を処方する。
当然インフルエンザだけではなく、通常の風邪だったり、コロナウイルスもまた増え始めている。
亜美と俺は緊急外来に入る前からマスクを付けているけど、うつらないか心配だ。
俺は兎も角、また亜美が風邪をひいてしまえば、ケトアシドーシスになりかねないし。
亜美の身体のことを思うと、看護師になることを許したのは間違っていたのでは? と、過ぎる。
でも、あの時の亜美の目は本気だったし、ダメとは言えなかったなあ。
亜美、マジで無理すんなよ。
よし、少しずつ患者様も減ってきた。
「亜美、あとちょいだ。頑張ろうな」
「ほいやっさ!」
亜美、寝不足でくまも目立つのに。
あとちょっと、頑張ろうな。
◇
「お疲れ、亜美」
「ありがとね」
俺は亜美に缶コーヒーを渡す。
へとへとになった亜美は、力無い返事をして受け取った。
「もう19時だから、一緒にあがろうか」
「そうだね。もうすぐ蓮も来るしね」
久々の定時……正確には残業だけど、身体的には問題ないな。
体力を落とさない努力が生きてきたな。
これからも走ることは続けよう。
「お待たせ、亜美」
「亜美さん、深川先生、お疲れ様です」
「あ、蓮に友。後はよろしくね!」
お、俺達の後は、落合くんと日比野くんか。
日比野くん、最近は体調も良さそうで安心したよ。
落合くんのお母さんのお弁当が効いてるのかな?
「引き継ぎ内容は特になし。今は患者様もいないからゆっくり丁寧にな」
「了解です。友、準備しようぜ」
「じゃあ、私達は帰るね。お疲れ!」
「じゃあな、落合くんと日比野くん」
亜美と俺は、更衣室に向かって歩き出した。
「あ、帰りに文房具屋さん寄ってもいい?」
亜美は缶コーヒーを飲みながら、話しかける。
「良いけど、何買うんだ?」
「額縁。長谷部さんから絵を貰ったんだ」
「おお、良かったな。長谷部さんの絵、温かいしな」
長谷部さん、亜美に感謝してたしな。
その人が必要としてることを、いつだって全力で手助け出来るのが、亜美の良いところ。
「じゃ、着替えたらいつものとこな」
「りょっかい!」
でも、額縁買うの何年振りかな?
信次が中学の時、皆勤賞を貰った時以来かな?
今でもリビングに飾ってあるけど。
ついでに切らしそうな蛍光ペンも買っておこうかな。
そんなことを考えながら、俺は着替えていた。
そうだ、明日は看護師長の計らいで、亜美と休みが一緒なんだよな。
また深川の鬱症状出ても困るから、だと。
明日こそはデートしたいな。亜美と2人きりで過ごしたい。
最近亜美が不足してるから、沢山充電したいな。
亜美、ずっと傍にいてくれて、こんなに脆い俺を選んでくれてありがとう。
亜美がいるから、笑っていられるよ。
よし、着替え完了。亜美を待たせないように、急ぎめに行こう。
そう思ったんだけど、亜美は既に待ってくれていた。ちょっと考え事し過ぎたかな。
「ごめん、待たせたな」
「ううん、私も今来たとこだよ」
「じゃあ、文房具屋に行こうか」
亜美は左手に丸めた絵を抱えていた。いつもの右手は空けといてくれて、ちょっと泣きそうになったよ。
俺達は手を握って、文房具屋まで歩いていく。
病院の近くに昔からある文房具屋さんがあって、俺達は昔からそこで文房具屋を揃えていた。
「水彩画で、本物より可愛く描いてくれたんだよ」
「見るのが楽しみだけど、本物も可愛いよ」
「えへ、ありがとね」
亜美の笑顔に敵うものなんて、何もないからな。
強張った気持ちも、いつだって溶かしてくれるから。
「亜美の隣に、ずっと居たいな」
「うん、ずっと居てね」
30年前、1人で生きていくって決めたはずなのに、今こんなに亜美に依存して生きている。
こんなに人を頼れるようになるなんて、な。
いつもありがと、亜美。
◇
文房具屋に着いた俺達は、各々の目的を果たすというか、自分達の好きなように回り始めた。
ええと、蛍光ペンはこっちかな?
ああ、あったあった。今はいろんな色があるよな。
俺はその中から、2、3色選んだ。
亜美は額縁を見つけられたかな? 様子を見に行ってみよう。
とか言ってるけど、ただ俺が亜美の傍に居たいだけなんだけど。
額縁コーナーに亜美がいた。何やら迷ってるようだ。
「亜美、何迷ってんだ?」
「うわ、京平か。ビビった。この茶色のと、ベージュなのと、どっちにしようかな、って」
なるほど。どっちも亜美が好きな色だし、亜美に似合いそう。
「水彩画なら、ベージュのが良いんじゃないか?」
「確かに。優しい色だもんね。こっちにしよ」
「俺、蛍光ペン買うし、一緒にレジ通してくるよ」
「ちょ、京平」
俺は半ば強引に亜美から額縁を奪って、レジを通す。
長谷部さんのことは俺も感謝してるし、額縁を買うくらいはしてやりたい。
あー、後ろで亜美がぶーぶー言ってるなあ。
これくらいはやらせてよ、亜美。
「2500円になります」
「3000円からでお願いします」
「500円のお返しです。有難うございました」
俺は商品を受け取る。すかさず亜美が。
「京平、額縁分はお金出すからね?」
「良いって」
「京平はいつもそうやって甘やかす!」
「そりゃ甘えて貰いてえもん」
滅多に亜美は甘えてくれないからな。
彼氏としては、もっと頼って欲しいのが本音だし。
俺ばっかが頼るのも、何か違うしな。
「ありがとね。じゃあ、甘えとく」
「これからも甘えろよ」
◇
「「ただいまー」」
「お帰りなさい、遅かったね」
「残業と文房具屋寄ってたからな」
「今日は僕とのばらでご飯作ったよ」
「ありがとな。あと、合格おめでとう」
「おめでとう、信次!」
「まだまだ通過点だから、頑張るよ」
キッチンでは、のばらさんがご飯をよそっていた。亜美は、のばらさんの所へ駆けていく。
「あら、おかえりなさいまし」
「おかえり」
「ただいま、のばらさん、お父さん」
「のばら、ただいま! 今日は信次と作ったんだね」
「そうですの。美味しいカツ丼ですわよ」
「お父さんは、お味噌汁作ってるぞ」
「あ、お父さんもただいま!」
遅くなったし、寝不足で眠たかったから、正直助かったなあ。
うん、カツ丼とお味噌汁の良い匂い。
「ほら亜美、手を洗うぞ」
「ああ、そうだった! 早く洗わなきゃ」
亜美と俺は荷物をソファに置いて、手を洗いにいく。
やっぱり亜美の絵はリビングに飾ろうかな。いつも見たいし。
「京平大丈夫? 眠たそうだよね」
「そう言う亜美だって、くまが目立つぞ。俺はご飯食べたら、少しだけ寝て風呂入るよ」
「私もそうしようかなあ。ふわああ」
少なくとも、風呂に入る分の体力は回復したい。
このままじゃ、風呂で溺れちまうしな。
「じゃあ、飯食べたら一緒に寝ような」
「うん、無理せず休憩しようね」
眠たいってのも一緒だなんて、俺達仲良いよな。
次眠れなくなるのは、信次の大学入試のタイミングかな。
心配しすぎなのは解っているけど、信次が頑張ってるのを知ってるからこそ不安になるよな。
そんな話をしながら手を洗って、俺達は食卓に着いた。
既にのばらさんが、カツ丼を並べてくれていた。
「お、美味そうだな」
「のばらと腕によりをかけて作ったよ」
「久々に定時まで働いたし、腹ペコだから嬉しいよ」
しかも混み合った緊急外来なんて、久々に担当したぞ。
本気モードは禁止されてるけど、患者様を待たせたく無くて、ちょっと頑張ったよ。
それに、亜美も着いてきてくれたしな。
「のばらも信次もお父さんも、ありがとね」
「どうせ亜美達は寝不足だと思ったからな。信次も同意見だったしな」
「うは。バレバレだったんだね」
「ご飯食べたら、少し寝ときなよ」
「うん、そのつもりだよ」
「俺も亜美と一緒に寝るよ。ふわあ」
やば。あくびしたら、一気に眠気が襲ってきた。
昨日寝付けたの、3時くらいだったな。
とは言え、昼寝もしたのになあ。
「兄貴、まずはご飯食べよ?」
「そうだな。ありがとな、信次」
「「「「「いただきます」」」」」
お、これはのばらさん作かな? 前より半熟加減が上手になってる。
うん、美味しい。空っぽの身体に染み渡るよ。
「美味しい! 半熟卵にとじられたカツがジューシーで、もう最高!」
「だから毎度言うけど、亜美はゆっくり食べなさい」
「だってゆっくり食べると、眠たくなっちゃうんだもん」
亜美は今にも寝そうなくらい、うつらうつらしている。
「亜美が先に限界来たか。ごめん信次、俺達後で食べるよ」
「その方が良さそうだね。おやすみ、兄貴、亜美」
「むにゃ。おやすみ」
「おやすみ、皆」
「カツ丼は冷蔵庫に入れておきますわ」
「お味噌汁も鍋に入れておくな」
俺は亜美をおんぶして、部屋に戻った。
お疲れ、亜美。ゆっくり休めよ。
亜美を布団に下ろして、布団を掛けて。
そうだ、亜美の絵を額縁に入れないと。そう思って、俺は部屋を出ようとしたんだけど。
「京平、どこにもいかないで。寂しい」
「どこにもいかないよ」
子猫のように甘える亜美の願いは、叶えてあげたい。
俺は亜美を抱きしめて、布団に潜り込む。
ふわあ、こりゃ俺も寝ちまうな。亜美が温かくて心地良いよ。
「温かいや。おやすみ、京平」
「俺も温かいよ。おやすみ、亜美」
眠りに着いたのは、2人同時だったと思う。
お互いの温もりで、お互いとろけるように眠った。
信次「心配してくれるのはありがたいけど、ご飯食べれなくなるくらい寝不足なのはなあ」
のばら「2人とも、変な所で息ぴったりですわね」
信次「大学入試も頑張るぞ!」




