鬱症状(京平目線)
それから信次にプレゼントを渡した後は、早めに亜美と風呂に入って、早めに布団に潜る。
今日は久々に仮眠室を使うくらい怠かったしな。亜美には内緒だけど。
お父さんが亜美の代わりに洗い物をしてくれたから、今日も亜美と一緒に眠れるよ。
明日は久々に亜美とデート。
ケーキ食べたり夜景見たり、楽しめたらいいな。
ん、なんだか亜美がソワソワしてる。
亜美、生理で辛いんだし、すぐ寝たらいいのに。
「亜美、ソワソワしてるけど、早く寝た方がいいぞ」
「いやあ、明日デートだし、ワクワクが止まらなくて」
「遠足前の小学生かよ。可愛いな」
俺は亜美を抱きしめた。
俺とのデートを楽しみにしてくれて、すごく嬉しいよ。
いつも俺、亜美に救われてる。
ふわあ、安心したら眠たくなってきたな。
「先に寝るよ。おやすみ」
「おやすみ、京平」
俺は亜美を足で挟んで、眠りについた。
◇
「う、ゔうん」
早朝、身体の怠さで目を覚ました。
身体が思うように動かないばかりか、しきりに涙が出てくる。
俺なんか死ねばいいのに、という単語ばかりが脳裏に過ぎる。
双極性障害のせいで普通に勤務出来てないし、残業すら出来ない。
いつだって誰かに迷惑を掛けながら生きてる。
昨日だって、俺が残業出来ないから、院長が休みの予定なのを出勤させちまって。
院長も文句の一つでも言えばいいのに、よく頑張ったな、の一言で。
気まで使わせてる。こんな迷惑かけるばかりの俺なんて、死ねばいいのに。
何よりこんなに迷惑かけてんのに、何鬱症状出してんだよ。
「京平、どうしたの?」
「ああ、亜美。嫌な事ばっかり考えちまうし、身体も動かなくて」
亜美を心配させたくはないんだけど、亜美に嘘は吐きたくないから、俺は症状だけ亜美に伝えた。
心の中のものを全部ぶちまける勇気が無いのは、俺が弱いからだけど。
ただ、自分の現在の状況は解っていた。
「これ鬱症状だわ。寝るしかないんだけど、寝付けそうになくて。今日は出かけられそうにないや。あんなに楽しみにしてたのに、ごめんな、亜美」
亜美に無理すんな、って言った手前、俺も無理はしちゃいけないよな。
そもそも身体が動かないから、どこにも行けないんだけどさ。
ダメだ、亜美に申し訳なくて、涙が止まらない。
「謝らないで。無理しないでくれてありがとね」
「亜美だけでも遊んでこいよ。折角の休みなんだし」
「じゃあ、好きに過ごすよ。傍にいさせて」
亜美は俺を抱きしめてくれた。
俺は亜美の胸の中で、うずくまって泣いた。
正直、かなり落ち着いてきたよ。
亜美の温もりが俺に伝わって来て、嫌な事ばかり浮かぶ心がほぐれた気がする。
「俺、生きててもいいのかな?」
「当たり前でしょ。ずっと傍にいてよ」
今度は亜美が泣き出した。
俺の暗い心が、亜美を傷付けてしまった。
亜美っていう太陽がいるのに、俺、輝けないな。
でも、今日は至らない、って泣いてようかな。
正直、笑うことさえも苦しいから。
亜美、こんなどうしようもない俺の傍に居てくれてありがとな。
今は苦しいから、泣き止めなくてごめんな。
「京平が居なくなるなんて、絶対嫌なんだからね」
「そうだよな、こんな泣き虫、置いていけないよな」
病気で人並みに生きられない中で生きるのは辛いんだけど、苦しいんだけど、亜美と過ごせるなら悪くはないかな。
こんな俺の為に、泣いてくれる人だから。
こんな俺の為に、傍にいてくれる人だから。
◇
それから、何時間泣き続けただろう。
亜美は、俺の事をずっと抱きしめてくれて、何も聞かずに「大丈夫だよ」って、囁いてくれている。
亜美の「大丈夫」に、根拠はないんだろうけど、亜美はいつだって優しく包み込んでくれるから、信じてみたくなるんだ。
そうだよな、いつだって傍にいてくれてるもんな。
それと泣き続けたおかげか、ストレスも解消されて、気持ちも少しだけ前向きになってきた。
身体はまだ動かないけど、亜美に微笑む。
亜美のおかげだよ。
「ありがとな亜美、少し落ち着いて来たよ」
「良かった。ご飯は食べれそう?」
「食欲はないかなあ」
まだ身体も動かないし、そもそも食べる気力が湧かないしな。
「そっか。眠れそうかな?」
「落ち着いて来たし、寝る努力はしてみるよ」
「横になるだけでも違うし、ゆっくりしてね」
亜美はそういうと、よりギュッと抱きしめてくれた。
泣き疲れていたから、安心したよ。ありがとな。
「亜美って、温かいよな」
「ごめん、暑かった?」
「あ、そうじゃなくて、心をいつも温めてくれるから」
卑屈になっていた気持ちも、亜美の優しさが溶かしてくれたよ。
「京平が温かいからかな。似ただけだよ」
「俺、こんな状態なのに、ありがとな」
決して褒められた状態じゃない時でも、亜美は俺を褒めてくれる。
こんな時だからこそ嬉しいよ。
安心出来たからか、少し眠たくなってきた。
亜美の胸に顔を押し当てて、眠る準備をする。
「いつもありがと。おやすみ」
「おやすみ、京平」
亜美がいるから眠れるんだよ。おやすみ。
◇
ううーん、もう何時間寝たかな。
外はもう真っ暗。結構寝ちまったな。
亜美を見ると、亜美も気持ちよさそうに寝ている。
早朝から俺が泣き続けていた時も、抱きしめて慰め続けてくれたからな。
寝たおかげか、身体も動くようになった。鬱症状は改善されたみたい。
俺は、亜美を起こすことにした。
「亜美、起きれるか?」
「むにゃむにゃ。あ、京平おはよ。顔色良くなったね」
「ああ、動けるようにもなったぞ」
「良かったあ。ご飯も食べられそう?」
「そうだな、軽く食べようかな」
そういえば、俺に付き合って傍にいた亜美も、飯食ってないよな。
腹空きまくってるよな。申し訳ないことをしちまった。
「じゃあ、食卓に行こう」
亜美が立ち上がると同時に、俺も立ち上がる。
俺は亜美を後ろから抱きしめた。
「ありがと」
「当たり前の事だから、気にしないで」
食卓に向かうと、既に信次が夜ご飯を作ってくれていた。
「兄貴、おはよ。元気になって良かった」
「京平、顔色も良さそうだな」
「あれ、俺何も体調については」
「ああ、私がライムで信次とお父さんに伝えといたよ」
「そっか、ありがとな。色々重なっちまったよ。昨日は、信次の誕生日会で楽しかったのに」
「仕方ないよ。今日も早めに寝るんだよ」
そんな雑談をしていると。
「ただいまですわー」
「のばら、おかえり」
「おかえり。もうご飯出来てるよ」
「のばらさん、お帰り」
「そっか、のばらさん今日早番か。お帰り」
期せずして全員揃ったな。
亜美が伝えてくれたんだろうけど、皆俺達が家にいる事について、触れないでくれるのが有難い。
「今日はピザ焼いたよ。兄貴、食べられそう?」
「おう、朝から何も食べてないしな」
信次も、俺の好きなものを作ってくれてありがとな。
そんなに食欲は無かったんだけど、テンション上がったよ。
「信次、ピザも作れるんだ!」
「オーブンで焼いてるから、本格的ではないけどね。マルゲリータにしたよ」
誕生日プレゼント、ピザ釜にした方が良かったかな?
でもプレゼントした新しいオーブンレンジが役立てたようで良かったよ。
うちの古かったからなあ。
「さ、皆ご飯にしよ!」
そうだよな。俺にはこんなに大切な人達がいるんだもんな。
亜美が居なかったら、間違った方向に進んでいたかもしれない。
生きることは苦しいけれど、俺の手を沢山の人が繋いでいてくれるから頑張れるよ。
皆が支えていてくれるから、これからも歩けるよ。
「おう、ピザ楽しみ」
「沢山食べようね! 京平」
「のばら、今日は呑みますわあ」
「のばら、昨日も呑んだのに大丈夫?」
「明日休みですもの! 昨日は控えめでしたの」
「呑みすぎないようにな」
病気で落ちてしまうこともあるけれど、優しい家族と一緒に今日も生きていくよ。
◇
「ごちそうさま。ピザ美味かったぞ」
「思ったより食べてくれて良かった」
「私もごちそうさま。そう言えば信次の結果って、いつ出るの?」
「試験から1週間後の2月7日。ドキドキだよ」
「合格したら大学入試もありますし、勉強はするのですわ」
「勿論、今日もばっちりしてたよ」
そうなんだよな。飛び級試験後すぐに大学入試もあるからな。
信次、まだまだ頑張れよ。
信次なら飛び級試験は、大丈夫だと信じてるから。
「亜美、ちょっと外歩こうか」
「うん、いいよ」
俺達は家の近所の公園で、パジャマのままコートを羽織って手を繋いで歩く。
デート代わりにしては貧相なもんだけど、亜美と2人きりになりたくて。
「俺、亜美に迷惑かけっぱなしだな」
「私は京平と過ごせて幸せだったよ」
「次休み合うのいつになるか解らないけど、その時は夜景一緒に見たいな」
「無理はしないでね」
亜美にならなんでも話せる。
俺は、そんな気がしたんだ。まだ、亜美に話せて無いことがあるから。
「亜美、2月20日、休み取って欲しいんだけど」
「ええっと、明日看護師長に相談してみるね。でも、なんで?」
「亜美を俺の両親に会わせたいんだ」
「もしかしてその日って、京平のご両親の命日なの?」
「うん、亜美を紹介したくて。あと、話したいこともあるし」
「連れてってくれるの初めてだよね」
「亜美になら、どんな俺も見せられるから」
亜美、俺にとって亜美は特別な存在だから。
俺が俺のままでも、傍にいてくれた人だから。
「また落ち込まないように、勤務のことも相談しなきゃね。麻生愛先生に」
「何だ。見抜かれてたのか」
「京平、誰よりも責任感があるもん」
亜美には全部お見通しか。
「そうだな。近いうちに相談するよ」
「いつでも辛いことがあったら、溜め込む前に吐き出してね。いつでも聞くから」
俺は亜美を抱きしめた。
世界で1番、愛しい人だから。
「ありがとな、亜美」
亜美「京平がご両親のお墓に連れてってくれるの、初めてだなあ」
京平「亜美は特別だからさ」