僕を気遣ってくれる家族(信次目線)
「ただいまー」
「兄貴おかえり」
「おかえりですわ」
「おつかれっす!」
「おかえり、京平」
兄貴が帰ってきた。
兄貴は手を洗うと、エプロンと三角巾を身につけてすぐキッチンに向かう。
今日は何を作ってくれるのかな?
今日は家事、何にもやってないや。
朝の家事は亜美が全部してくれたし、昼も亜美のお弁当食べたし、洗い物ものばらがしてくれた。
夜ご飯は兄貴が今から作ってくれるし。
それだけ勉強に集中しろって事だね。
「信次ー、何食べたい?」
「え、じゃあカツ丼……は、受験日前日に食べたいから、トンカツで!」
「おし、美味しいの作るからな」
「信次カツ系好きだよな」
今日は低血糖にはならなかったけど、朝から頑張ったもんね。
ガッツリ好きなもの食べるんだ。
その後、また勉強できるようにね。
「さ、ご飯ができるまで勉強ですわよ!」
「あとちょい頑張るぞ。トンカツ楽しみ」
「京平さんのトンカツ美味しいもんな」
「京平のトンカツは初めて食べるなあ」
「楽しみにしててな」
やばい、自分でリクエストしてなんだけど、トンカツのことしか考えられなくなってきた。
サクッとした衣に、ジューシーな豚肉。
それが合わさった事で生まれるハーモニーが最高だよね!
トンカツ! 最高!
「信次! 答えはトンカツじゃないですわ」
「あ」
「何やってんだよ、信次」
「楽しみにしてくれるのは嬉しいけどさ」
「答えがトンカツ……笑いが止まらん」
何やってんだよ僕!
のばらに格好悪いとこ見せちゃったよ。
のばらの前では、格好良い僕でいたかったのになあ。
「格好良いと思った事はないのですわ」
「ぐさっ」
◇
「さ、トンカツも揚がったし、亜美を迎えに行ってくるよ」
「ああ、亜美早起きしてたもんね」
「帰り道、何かあってからじゃ遅いしな」
「私が寝ていた間に、亜美はかなり無理してたんだな」
兄貴、相変わらず亜美に優しいな。
でも、確かに眠たい亜美は、普通に帰り道で寝てたことあったんもんなあ。
昔、中々帰ってこない亜美を迎えに病院までいく途中で、眠った亜美を見つけたこともあったし。
看護師になったばかりの頃だったし、激務で疲れちゃったみたい。
その時は僕がおんぶして、家に連れて帰ったけど。
それから兄貴も心配して、暫くは亜美と同じ勤務にしてたしなあ。
そこまでするくらいだから、兄貴はやっぱり亜美のこと、すきだったんだよなあ。
僕は当時、気付かなかったけれど。
「明日はのばらも早く起きて、洗濯はしなきゃ」
「僕も明日は家事やらなきゃ」
「信次は勉強しててくださいまし」
「でも、亜美が無理する姿はみたくないし」
「父さん、茶漬け作るぞ?」
朝も相当眠そうな顔して、家事やってくれてた。
僕が起きた時には、もうお弁当を詰めるだけだったから手伝えなかったんだよね。
僕は5時15分には起きたけど、亜美は一体何時に起きたんだろう?
「この後、深川先生にも相談するのですわ」
「全然僕やるのに」
「信次には勉強に集中してほしいんですの」
「いつもただ来るだけでサーセン」
「海里くんはお客様だし、気にしなくていいんだよ」
家事するのなんて、苦でもなんでもないのにな。
大体、いつもやってることだし。
でもそれだけ、僕を気遣ってくれてるんだよね。
いつもありがとね、皆。
絶対合格してやる。
「「ただいまー」」
「あ、2人ともおかえりー」
「京平、もう降ろしてよ」
「大丈夫か? ちゃんと洗面台までいけよ」
洗面台まで走る亜美は、やっぱり疲れた顔をしてた。
いつも誰かの為に無理するんだよね、亜美って。
本人には言わないけど、そういうところは尊敬してたりもする。
聞きたいことがあって、僕は兄貴を呼び止めた。
「兄貴、亜美疲れた顔してたけど……」
「そうだな。聞いたら3時半に起きたらしい。流石に早すぎる」
「通りで僕が起きた頃には、家事が終わってる訳だ」
兄貴も洗面台へ走って行く。
入れ違いで、亜美がやってきた。
「亜美、3時半に起きるなんて早すぎだよ!」
「だって、信次達、6時から勉強やるっていってたから、それまでには家事を終わらせたくて」
「僕ものばらも家事やれば、そんなに亜美が頑張らなくてもいいんだよ?」
「ぶー」
「ごめんね。嬉しかったよ。でも、亜美に無理してほしくないよ」
「朝ご飯なら、父さんも手伝うぞ!」
そんな話をしてると、兄貴がやってきた。
キッチンからトンカツを運びつつ、兄貴は亜美に語りかける。
「明日はいつもの時間に起きること。家事なら俺も手伝うから」
「でも、京平休みの日は……」
「俺も信次の受験の手助けをしたいんだ」
「朝は私が茶漬けを作るぞ!」
「じゃあ、お父さんは朝ご飯をお願いね。俺は洗濯物やるよ」
皆が僕達の為に動いてくれてる。
本当に感謝しかないよ。
「のばらは何をすればいいですの?」
「のばらさんは、勉強を教えることに集中して」
「かしこまりましたわ!」
「亜美、それでいいね?」
「うん。確かにしんどかったしね」
亜美は深く頷いた。そりゃしんどいよ。
「さ、トンカツ食べよ」
「「「「「「いただきます」」」」」」
「うわあ、めちゃくちゃ美味しい。ジューシーな豚肉にサクサクっとした衣。しかも、ソースと味噌だれで味も変えられるし! これを食べたかった!」
「キャベツとの相性も抜群だね!」
「美味しいですわ!」
「最高っす!」
「美味しいぞ、京平。ありがとな」
兄貴のトンカツ最高!
もう語彙力がすっ飛ぶくらいに美味しいよ!
「おかわり! って、流石にないか」
「食べるの早いな、信次。実は揚げてあるんだよ、おかわりも」
「やったー!」
◇
それから僕は再び勉強に集中しはじめる。
お腹がいっぱいで横になりたいけど、そんな暇はないからね。
亜美と兄貴はもうお風呂に入って、部屋に入っていった。
亜美、相当眠たそうだったしね。
それなのに走るっていうから、兄貴が必死に止めてたし。
お父さんも明日早いし、と、眠りに部屋に戻る。
「おやすみ、信次、のばらさん、海里くん」
「おやすみ、お父さん」
「おやすみですわ」
「おやすみっす!」
部屋には僕達だけになった。
より集中しなきゃ、なんだけど……。
「ああ、眠い」
「海里頑張れ」
「夜ご飯の後は眠くなりますわ。少しだけ休憩にしましょうか」
そういうとのばらは、コーヒーを淹れようとしてくれた。
ま、待て。なんか、嫌な予感がする!
「のばら、コーヒー淹れられるの?!」
「失礼ですわ! 令嬢の嗜みとして、コーヒーや紅茶は淹れられますわ。確かに料理は苦手ですけど」
「そうだったんだね。知らなかったよ」
「だから、信次は休んでくださいまし」
「のばらのコーヒー、楽しみにしてるね」
僕はまた座って、ゆっくりする。少し目をつぶって思い返してみた。
最近はあの女が現れたり、プロポーズをしたり、受験勉強をしたり、色々あったな。
なんにせよ、僕は今、幸せでしかないよ。
「信次、まだ夜は長いですわ。はい、コーヒーですわ」
「ありがとね、のばら。うわあ、いい香り」
「はい、海里くんも」
「あざっす。確かにいつもよりコーヒーの香りがいいっすね」
のばらのコーヒー、兄貴や亜美や僕が淹れたのより美味しいや。
「のばら、美味しいコーヒーありがとね」
「これからはのばらも淹れるようにしますわね」
「僕、もっと頑張るよ」
「無理はしちゃダメですわ」
「無理じゃないよ、のばらの為にも頑張りたい」
「初めて、信次が格好良く見えましたわ」
「プロポーズは格好良くなかった?」
「嬉しさが勝ちましたわ」
と、僕達が話していると、海里が咳払いをする。
あ、海里の存在忘れていたや。
「ごめん、海里」
「放置は辛いよ、信次」
「そうだ、海里にはまだ話してなかったけど、僕とのばら、婚約したんだ」
「こ、婚約?! もう?!」
「プロポーズ嬉しかったですわ。指輪も受験が終わり次第買いに行きますわ」
「と、のばらのご両親への挨拶もね」
これものばらと話し合って決めた。
僕達はまだ指輪すら買ってなかったから、指輪は欲しいなって話になって。
受験終わりに、僕の残ってるバイト代で、大したものじゃないけど、指輪を買いに行こうねって決めたんだ。
と、今は疎遠になっているとはいえ、のばらのご両親にも挨拶をしなきゃ。
ご令嬢ののばらだから、簡単にはお許しは出ないのは覚悟の上だけど、まずは僕の人となりを知って欲しくて。
将来性でしか、物事を語れない立場なのは痛いけれど。
「まだ信次学生なのに、婚約とか思い切ったね。のばらさん」
「信次が安心出来る場所っていうのは、変わらない気がしたんですの」
「だから、僕達の将来の為にも、受験は失敗出来ないよ」
「お互い頑張ろうな、信次」
「おう」
重圧に押しつぶされそうではあるけど、そんな重圧すら、のばらは優しく溶かしてくれるから。
だから、僕は頑張れるんだ。
愛してるよ、のばら。
絶対に絶対に、乗り越えてみせる。
作者「信次の重圧、半端ねえよな」
信次「でも、乗り越えてみせるよ。皆いるし」
のばら「応援してますわ!」