さよなら
私はなんとか目覚めて、お父さんが作ってくれたお茶漬けでお腹を満たして眠りにつく。
私のためにお刺身を残してくれて、それをお茶漬けにしてくれたんだよ。
明日は早起きして、お風呂に入らなきゃ。
そして、テーブルを折りたたんで、皆でリビングに眠る。なんかわくわくするよ。
「お父さん、眠れそう?」
「いつもより安心して眠れそうだよ」
「お父さん、腕枕してよ」
「甘えん坊だな、信次。おいで」
「誰かに甘える信次、初めて見ましたわ」
そうだよね。小さい時から、ずっとお父さんに甘えたかったんだもんね。
良かったね、信次。
「亜美はいいのか?」
「私は、京平が良いな」
「久しぶりのお父さんなのに?」
「だって、信次腕枕してるし、これ以上は……」
すると、お父さんは私に微笑みかける。
「おいで、亜美」
「お父さん、流石に腕痛くなるよ?」
「久しぶりに亜美を腕枕したいんだ」
「いいの? ありがとね」
私はお父さんの腕に乗る。久々のお父さんの腕は、とても温かくて安心出来たんだ。
「おやすみ、京平、信次、のばら、お父さん」
「おやすみ、亜美」
「亜美、おやすみなさいませ。あら、信次、もう寝てますわ。良い寝顔」
「今日は色々大変だったからな。安心してくれて良かった」
「亜美も気持ち良く寝てるな。ちょっと悔しいけど」
「はは、嫉妬するなよ。京平」
◇
「いよいよ、あの女達と話す日が来たね」
「この時間で良かったな。皆揃うし」
「のばらパンチ、ですわ」
「のばら、暴力はダメだよ」
「ああ、緊張してきたぞ」
「透パンチなら、多少はダメージが」
「だから暴力はダメだってば」
結局、あの後すぐ信次に返信が来て、1/22の木曜日の20時に、ピアネスに集合となった。
いつもは15時ごろまで寝ている京平も、今日は早めに起きて、お父さんと作戦会議をしてたみたい。何気私のお弁当も作ってくれたし。
私ものばらと休憩時間が一緒だったから、一緒に相談しあったりしたしね。
でも私達は、暴力は全てを解決するという結論に達しちゃったからなあ。
さっきのばらパンチですら、信次に怒られたしなあ。
亜美パンチはもっとダメだよね。
「暴力はダメ!」
それにしても、待ち合わせの30分前に集まったけど、お腹減ったなあ。
私達が家に帰ってすぐ、行くぞー! な雰囲気になっちゃったし。
「京平、お腹減ったあ」
「しゃあねえな、パフェでも頼むか」
「あ、のばらも欲しいですわ!」
京平は店員さんを呼び止めて、早速注文。
「すみません、大盛りパフェ3つ」
「かしこまりました」
京平ってば、ちゃっかり自分の分まで。
こんなにのんびりしてるんなら、ご飯食べてから行けば良かったのでは?
まあ、ここのパフェ美味しいから良いんだけどさ。
「兄貴、家族でのんびりしたかっただけでしょ? 早く来たのって」
「あ、バレた? 一緒に喫茶店もいいかな、って」
そういう事かーい!
確かに家族で出かける機会って、そうそう無いけどさ!
でも、信次がどうなるか解らないって時に!
「おまたせしました。大盛りパフェ3つです」
「有難うございます。ほら、お父さんも食えよ」
「ど、どう食べるんだ? こういうの食べた事なくてな」
お、3つめのパフェはお父さんの分か。
そういえばお父さん、あまり洋風なお店には昔から行かなかったなあ。
家族で遊びに行く時も、お父さんは和風定食を食べるくらいだったし。
遊園地のポテトやアイスも、食べてなかったなあ。私に買ってくるだけで。
「スプーンですくって食べるんだ。甘くて美味しいぞ」
「どれどれ……お、確かに美味しいな」
お父さんも、新しい発見が出来て良かったね。
こんな美味しいものを食べない人生なんて、損しかないもん。むしゃむしゃ。
「そういえば、京平達はどんな案が浮かんだの?」
「実は考えてる最中に眠くなって、気付いたらお父さんに寄り添って寝ちゃって」
「その後起きて、話し合ったじゃないか。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。と」
「まともな話し合いしてないじゃん!」
とはいえ、京平朝から起きてたし、そりゃ眠くなるよね。
なんだかお父さんに嫉妬しちゃうな。京平を安心させられるなんて、ね。
「皆美味しそうにパフェ食べてるー。僕も食べようかな」
「一緒に食おうな。あ、映出さんも食べます?」
「いただきます!」
結局、皆パフェを食べるんだなあ。
「すみませーん、大盛りパフェ3つ」
◇
「遅くなりました。神宮寺圭人と申します」
「神宮寺奈美です。かなり大勢で来たのね」
「あら、神宮寺グループの社長さんだったのね。冴崎財閥を知ってるかしら? のばらは冴崎財閥の令嬢で、信次さんの彼女ですわ」
「信ちゃんってば、ちゃっかり令嬢捕まえて。我が家の事を考えているのね」
「黙れ」
あ、信次、めちゃくちゃキレてる。
のばらを金持ちの令嬢としか見てないもん、そりゃ怒るよね。
「でも、のばらはもう冴崎家を出たので、ただののばらですわ。残念でしたわね!」
「なんだ。ただの庶民じゃない。使えないわね」
あの女は、どうしてこうも性格が悪いんだろう。
私達を今でも引っ掻き回すし、信次の地雷踏みまくるし、のばらを使えないだなんて……。
のばらはのばらなだけなのに。
「のばらを選んだのは、お嬢様だからじゃないよ。一緒にいて落ち着くし、楽しいし、その笑顔を守りたいから。のばらをこれ以上侮辱すると、許さない」
「奈美、それくらいにしな」
「だって、神宮寺家にとって……」
「そもそも信次くんはどうしたいの? それを聞かせて」
浮気相手さん、冷静だな。話を戻した。
そう、本題はのばらの事じゃなくて、信次がどうしたいか、だ。
「僕は今まで通り、亜美と兄貴とのばらとお父さんと暮らしたい。そして、のばらと結婚したい」
「ちょっと信次、遠回しにプロポーズしないでくださいまし!」
「ご、ごめん。大事なことなのに勢いでつい……」
「だから気が早いって言ったのに。信次のやつ」
信次ったら、ロマンのかけらもないプロポーズを。
しかもまだ付き合って1ヶ月も経ってないのに!
「聞けばのばらさんは、家出中とはいえ、冴崎財閥の令嬢じゃないか。一般庶民の時任家のまま、のばらさんと結婚出来ると思うのか?」
「ちょ、話が飛躍しすぎですわ」
「将来的にのばらさんと結婚するなら、神宮寺家のが都合がいいんじゃないか」
「さっきからのばらの意志は無視ですの?」
確かに、今のばらは家出中だけど、いずれは冴崎家に戻る事になるだろう。
そこら辺の話も後回しにしちゃってるけど、話し合わなきゃいけない。
そんな最中、信次は真摯な目をしてのばらに跪いて囁く。
「ごめんねのばら。僕はね、この先何があってものばらを手放したく無い。のばらとこの先の人生を歩いて行きたいんだ。だから、僕が医者になったら、就職出来たら結婚してください」
のばらは笑って頷いた。
「信次、勿論ですわ。のばらも信次しか、考えられませんわ」
「僕は時任家に残るけど、のばらの両親にも認めてもらえる男になるから」
「認めてもらわずとも結構ですわ。のばらはのばらの道を行きますわ」
呆気にとられたのは、神宮寺夫妻。
まさか自分の息子にあたる人物が、彼女にプロポーズをする流れになるなんて。
空気読まない事山の如しだよ。
しかもそれを利用して、神宮寺家に引き寄せようとしたのに、信次は時任家に残るといいながら、プロポーズを成功させてしまった。
「そこまでのばらの事を考えてくれてて、嬉しいですわ」
「愛してるよ、のばら」
「信次くん、話を戻してもいいかな?」
居た堪れなくなった神宮寺さんが、話を切り返す。
「つまり、どんな障害があっても、そのままの信次くんで歩いて行くってことだね」
「僕のままで、のばらをお嫁さんにしたいです」
「奈美、この子は僕の息子かもしれないけど、想像以上に頭が悪いようだから、跡を継ぐのは無理だよ」
「そんな。でも、後継になる資格があるのは信ちゃんしか」
「もういいよ。この子バカだし」
信次、すごいバカにされてんじゃん。これは許せない……んだけど、実際バカだしなあ。
こんなにときめかないプロポーズはないよなあ。ドン引きだよ私は。
何故のばらは、普通にオッケーだしたんだろ。
「神宮寺家は途絶えるけど、僕の命が尽きるときに奈美が居てくれたら、それでいいよ」
「圭ちゃん……」
こいつらに同情する義理はないけど、何故浮気相手がこんなにあの女を大切にしてるかは、よく解らないな。
誰がどうみても、性格悪いおばさんなのに。
「あの、僕が言えたことじゃないんですが」
「何かな、おバカな信次くん」
「悔いなく生きてください」
「奈美がいたら、後は何もいらないよ。不器用な人だけど、僕の事をいつも真剣に考えてくれるから」
神宮寺さんは信次に微笑んだ。
バカとは言いつつも、信次に対しても優しさを感じたし、信次を思ってはくれていたんだろうな。
「ただ、女の子が喜びそうなプロポーズを、今後は考えたほうがいいけどね」
「そうよ、圭ちゃんなんて……」
うんうん、のばらは何故かオッケーしたけど、もっと女の子が喜ぶ事を覚えた方がいいね。
「奈美、黙ろうね。これで話は終わりかな」
するとお父さんが立ち上がって、叫び出す。
「奈美、私は普通に振られたんだろうが、亜美と信次の事は大切にして欲しかった。特に亜美に対する態度は……」
お父さんは涙目になりながら、あの女の私への態度を戒めてくれた。
でも、あの女はあっけらかんとして、続ける。
「そうね、時任家を出る前から、信一さんには冷めてたしね。でも私も人間よ。好き嫌いだってあるわ」
そんなに嫌いだったのか。あの女は私のこと。
どうしよう、辛いや。何でか解らないけど。何でこんなに嫌われちゃったんだろう。
「亜美、大丈夫。俺はずっと亜美と居るから」
「京平……ありがとね」
震える私を、京平は抱きしめてくれた。
そうだよね、私には京平が、皆がいるもんね。
「失望したよ」
「あら、今更? おめでたい人ね」
「奈美、それくらいにしとけ。それでは私達は帰ります。あと、信次くん」
「はい」
「僕の葬式に来てくれたら嬉しいな」
「その時は連絡ください」
「死んだら連絡はできないけど、奈美がしてくれたら来てね」
次に信次が神宮寺さんに会うのは、お葬式かもしれないね。
信次にとって、本当にそれで良かったのかな?
私達に流されて選んだ、とかはないよね?
こうして、神宮寺さんとあの女は帰っていった。
「ふー、なんとか追い払えたか」
「信次、本当にそれで良かったの?」
「当たり前じゃん。僕は時任家で過ごしたいもん。流石に葬式に来い、って言われるとは思わなかったけど」
「神宮寺さんなりに、信次の事を愛していたのかもですわ」
最期くらいは信次に会いたかったのかもだね。
「それより亜美大丈夫? 震えていたけど」
「何で傷付いてるのかな、私。今更なのに」
「本当最低だよ、あの女。亜美にあんなこと言って」
「どこかで愛されるって信じてたのかな。バカだな、私」
今も京平に抱きしめられてるけど、私の中の小さな私が、あの女に愛されたかったと泣いている。
こんなに京平が、信次が、お父さんが、のばらが愛してくれているのに。
「これからも亜美と居るから」
「京平……」
京平は強く私を抱きしめてくれた。
「僕達も一緒だからね」
「のばらもいますわ」
「頼りないかもしれないが、父さんもいるからな」
「皆、ありがとね」
「家族ってやっぱりいいですね」
泣いてる小さな私を抱きしめたまま、私は幸せになるためにあの女を手離す。
こんなに私を思ってくれてる人達がいるから、大丈夫だよ、私。
さよなら、お母さん。愛されたかったよ。
作者「色々なことに決着がつきましたね。亜美の気持ち、信次の想い、そして神宮寺さんの意志とか」
亜美「悲しいけど、皆と幸せになりたいから先に進むよ」