会いたかった(信次目線)
「会いたかったわ、信ちゃん」
「僕は会いたくなかったし、出来れば消えて欲しいんだけど?」
医師を目指す者として、嫌いな人は作らないようにしてるんだけど、こいつだけは話が別だ。
僕らを捨てたあの女だけは。
「親に対して、その口の聞き方はないんじゃない?」
「黙れ。僕達を……お父さんを裏切った癖に」
「信次、落ち着いて。あの女が最悪なのは、今に始まったことじゃないよ」
僕と亜美だけじゃなくて、真剣に愛していたお父さんを裏切ったことが僕は許せない。
未だにお父さんは、こいつを愛しているのに。
「仕方ないじゃない。信一さんは頼りなかったもの。今の旦那は社長だし、優しいし、男らしいし、良い所しかないわ」
「ただの自己中じゃん。人の気持ちも考えられないなんて」
「お父さんは最高だもん!」
ダメだ。話し続けるだけ時間の無駄すぎる。
けど、このまま後をつけられて、のばらや兄貴まで巻き添えを食らうのはもっと嫌だ。
「亜美、こいつと話つけてくるから、先に休憩室行ってて。昼ご飯までには片をつけるから」
「どこで話すの?」
「病院近くの喫茶店、ピアネスで話してくる」
「私も行こうか?」
「亜美はこんなクズと話す必要ないよ」
亜美だって巻き込みたくない。大体欲しいのは僕だけみたいだし。
さっきから亜美を無視してるのも気に食わないよ。
「信ちゃんに不自由はさせないんだけどなあ」
「その話は喫茶店で。ここは病院だし」
ばーか。誰がお前のところになんて行くかよ。
僕は、あの女と喫茶店に向かう。
「京平とのばらとお父さんにも連絡しなきゃ……!」
◇
「だから私は信ちゃんと暮らしたいのよ」
「僕はやだよ。大体お前の顔なんて見たくもない」
予想通りだけど、話は平行線。交わることはない。
そして、何故だか知らないけど、すぐ後ろの席で、亜美と兄貴とのばらが僕を見てる。
兄貴とのばらは、仕事どうしたんだよ。全く!
「まさかこんな最低な女だったとは、映出透、最大の不覚です」
「映出さんはなんも悪くないですよ」
「まさか探偵を雇っていたとはな。しかも、退院したばかりの映出さんを」
「依頼受けた時、亜美ちゃんも写真に写ってたから、亜美ちゃんも信次くんもお母さんに会えて皆がハッピーになると思ってたのに」
「そう上手くは行きませんわね」
で、他にも誰かいるけど、誰なんだろ? 亜美達は知ってるみたいだけど。
「大体、なんで今更連絡取ってきたんだよ。しかも、亜美の事無視じゃん」
「亜美は信一さんに似てて興味ないのよね。信ちゃんは私似だし、可愛いし」
「最低最悪。そんなバカと暮らしたいやつなんか居ないよ」
亜美、ショックかもしれないな。
あの女が僕らを捨てるまでは、亜美はあの女の事、大好きだったから……。
昔からあの女は、亜美に興味ない感じで、もはや育児放棄な勢いだったし。
僕が産まれたせいかもしれないけど。
「亜美、大丈夫か?」
「何故か結構グサって来たけど、私には京平も信次もお父さんものばらもいるもん」
「同じ人間とは思えないですわ、あの女」
「私が依頼さえ受けなきゃ。あああ」
「あ、すみません。大盛りパフェひとつ」
うん、亜美を愛してる人はたくさんいるからね。大丈夫だよ。
しかし、兄貴達隠れようともしないなあ。バレバレすぎるんだけど、突っ込んだ方がいいのかな?
しかもパフェ頼んでるじゃん。
「もうすぐ来るかしら?」
「ん、誰か呼んでんの?」
「圭ちゃん……旦那も呼んでるの」
「血の繋がりもない浮気相手を、この場に呼ぶなよバカ」
「そ、そう……だけど。信ちゃんも一緒に暮らすんだし」
僕は1人で……まあ、後ろに亜美達はいるけど、2人を説得か。正直ウザいなあ。
どうしよう。もう真っ正面から否定しても引き下がってくるし、苛々が止まらない。
出来ればもう話したくない。あの女が気狂い過ぎて、価値観がおかしくなる。
なんだけど、敵の援軍が来てしまった。
「お待たせ、奈美。この子が信次くんか」
「圭ちゃん、信ちゃん、中々「うん」って言わないの」
「僕達の子供だって話はした? 後、会社の後継にしたいって話も」
「え」
待て。今、なんて言った?
「その話はこれからだったんだけど……。そうよ。信ちゃんは私と圭ちゃんの子供なの。だから、家族で暮らすってだけなのよ」
「何嘘吐いてんの? 僕、性格はお父さん似だし、第一そんな前から」
「信次くん、嘘じゃないんだ。奈美とは、17年前からそういう関係で……。DNA検査でも、僕達の子供だって」
「つまり、この人が僕の本当のお父さんで……」
じゃあ、お父さんとは赤の他人って事? そんな、待ってよ、嘘だって言ってよ。
異様な静寂が、この事実が本当だって事を示していた。
今更この人をお父さんと呼ぶ気はない。僕のお父さんは、時任信一ただ1人だ。
けど、血の繋がらない僕を、お父さんは息子って呼び続けてくれるの?
呼びたくない、だとしたら……。
僕はお父さんの時間を、何時間も何年も奪ってしまってる。
「あの女、最低。信次を傷付ける真似をして」
「亜美、抑えろ!」
「そろそろ殴りたくなってきてる」
「あああ、人を見る目を持っていたかった!」
亜美、僕を心配してくれてありがとね。
でも、罪悪感は拭えないや。
「今更父親面はしたくない。が、僕も病気をしてて、先が長くない。だから、息子の君に私の財産、会社を継いでもらいたいんだ。奈美と幸せに生きて欲しいんだ」
「病気なんですか?」
「ああ、ステージⅣの胃がん。完治の見込みはないし、治療もする気もない」
そういえばこの人、かなり痩せ細っている。
「子供は僕だけなんですか?」
「奈美との間に産まれたのは、君だけなんだ。子宝に恵まれなくて」
そうか。あの女、バチが当たって、僕以降子供いないのか。
ざまあみろだね。
でも、僕は揺らぎはじめる。お父さんにとっての息子でいられないのなら、全て捨ててしまうのもありなんじゃないか、って。
って、おかしいぞ、僕。全て捨てるだなんて。
亜美と兄貴とのばらにお父さんに……自分の夢を捨てようとしてたよ。バカ。
後、お父さんに聞きたいよ。僕をこれからも、息子として見てくれるか、って。
けど、聞くのは怖いよ。「お前なんか要らない」なんて、お父さんから聞きたくないよ。
でも僕はそうだとしても、不器用でちょっと頼りなくて、誰よりも優しいお父さんを愛しているから。
「すみません、家族と相談させてください。初めて聞く話で、頭が混乱してて」
「そうか。連絡先だけ交換して、また後日返事を聞かせてくれ」
「はい」
「血の繋がりは切っても切れないものよ。信ちゃん」
頭がボーっとする。全てが虚ろに見える。
連絡先を交換した僕は、しばらくその場から動けなかった。
あの女達が帰ってすぐ、亜美が僕に駆け寄ってきた。
「信次!!」
亜美は小刻みに震える僕を抱きしめてくれた。
それでも、僕は何も言えない。存在してるのがやっとだ。
存在なんか、しちゃいけないのに。
「亜美、僕……」
「信次、まずは家に帰ろ」
◇
「僕、産まれちゃいけなかったんだ」
「信次くん、落ち込まないで」
「そんな訳ないだろ。信次は大切な弟だよ」
兄貴はそっと僕を抱きしめてくれた。
兄貴、泣いてるじゃん。ごめんね、泣かせちゃって。
てか、この知らない人、家にまで来てるじゃん。
今は家族とゆったり話したいんだけどなあ。
「僕、お父さんに話さなきゃ。血が繋がってないこと。……どんな結果になっても」
お父さんにだって選ぶ権利はあるもんね。ちゃんと話さなきゃ。凄く怖いけど。
「信次、震えてますわ」
「お父さんに拒絶されたら、どうしようかな、って。あいつらのとこに行くのもなくはないな、って」
「だとしても、信次はここにいれば……」
「ダメだよ。お父さんの帰る家が無くなっちゃう」
お父さん、鬱の治療を頑張っているんだ。家族に戻る為に。
その努力を、僕がふいにしちゃうなんて、絶対ダメだ。
「あの、信次……実を言うとね。お父さん、もう全部知ってるんだ」
「え、亜美が喋ったの?」
「違うよ。お父さんに信次があの女に見つかった事を話したら、お父さん、信次の事心配して、信次達の会話を電話越しで聞かせてくれって言われて、京平の携帯越しに……」
「お父さんは全部聞いてた、ってことか」
「でも、話が終わった時には電話切れてたから、お父さんがどう思ったかは聞けてない。架け直したけど繋がらなくて」
絶望感に溢れて電話を切ったのかな。そりゃそうだよね、息子だと思ってたのが赤の他人なんだから。
「お父さん……ごめんね」
「信次は何も悪くないのですわ! 悪いのは、あの女と男ですわ!」
「そうだな、信次は生きてるだけだしな」
「お父さんを傷付けるくらいなら、僕、産まれなければ良かった……」
「信次、大丈夫だよ。きっと上手くいくよ」
亜美は、また僕を抱きしめてくれた。
「過ごした時間に嘘はないでしょ。その時間で、京平だってお兄ちゃんになったし、家族になったんだもん。お父さんが信次を否定するなら、私がぶっ飛ばすから」
「だな。俺もお父さんが信次を否定したら、許せないな」
「亜美、兄貴、ありがとね」
そうだよね。過ごした時間は嘘をつかないし、お父さんを信じたっていいよね。
「信次がお父さんの話をする時、いつも嬉しそうでしたわ。だから、お父さんだって」
「僕の事、愛してくれてるよね」
少し元気が出てきた。
「やっと笑ったな、信次」
「うん、皆のおかげだよ。ありがとね」
不安がない訳じゃないけど、ね。
「じゃ、遅くなったけどお昼にしようか」
「お弁当楽しみですわ」
「私、サンドイッチ持ってきました」
皆でお昼ご飯にしようとしてたその時。
ドアを勢いよく開ける音が響き渡った。
「信次!!!」
え。今1番会いたかった人の声が、部屋中に響き渡った。
その人は、僕を強く抱きしめてくれる。
「うそ、なんで……」
「辛い思いをさせてごめんな、お父さんがついてるからな」
「でも、僕、お父さんと血が」
「信次は、私の息子だ」
「僕、これからも息子でいていいの?」
「当たり前だろ。愛してる」
電話が繋がらないわけだ。
お父さん、岡山から飛行機に飛び乗って、僕に会いにきてくれた。
じゃなきゃ、こんな早く着かないもんね。
「今更ながら、大切なものに気付けたよ。亜美と信次と京平が、私の1番大切なものだ。奈美じゃない」
「だよね、あの女見る目ないしね。こんな素敵なお父さんを、家族を捨てるんだもん」
亜美と兄貴も駆け寄ってきた。やっと家族がひとつになれたね。
「これからはずっと一緒だ」
「お父さん……!」
「ね、上手く行ったでしょ? 信次」
「亜美はずっと信じてたもんな」
作者「とんでもない事実が明らかになったね」
のばら「でも、家族がひとつになって良かったですわ」
信一「もう家族を手放したりしないよ」