嬉しいことがあったから(京平目線)
「おい、そいつ寝てんのか?」
「はい、いま寝付いたとこなんです」
「前より気持ちよさそうだな」
「少しずつ、物事が動いて来たみたいなんです。良かった」
「嬢ちゃんは、こいつの奥さんか?」
「な、なりたいですけど、まだ彼女です」
「そっか、幸せにな」
むにゃむにゃ。亜美が誰かと話してる?
亜美ごめんな、早めに迎えにいくからな。
俺の妻になる人は、亜美しかいないから。
こんなに落ち着く人は、他にいないから。
◇
「んー、おはよ。亜美」
「おはよ、京平。体調は大丈夫?」
「寝かせてもらったし、ばっちり」
後、亜美が居たからだな。とことんまで亜美に甘えてんな、俺。
「甘えてばかりでごめんな」
「何言ってんの。京平は頑張ってるんだから当たり前でしょ。私の事、頼ってくれて嬉しいよ」
「いつもありがとな」
本当は抱きしめたいんだけど、人前だから頭をポンポンする。
亜美が愛しすぎて困る。抱きしめたくなることが多くて困るよ。
◇
17時になった。怒鳴られる前に帰ろうかな。
でも、まだご飯出来上がってないし。
迷っていると、加賀美さんと武市さんが、棚宮さんに何か言ってる。
「棚宮さん、深川先生を怒鳴っちゃだめですじゃ」
「そうだよ、いつも悲しそうな顔してるし」
「怒鳴らねえよ。素直に帰ってくれたら。残業しようとするから」
「あれ、そうだったんですか?」
夜ご飯に間に合わせようとすると、残業は当たり前かな? と思っていたんだけど、それを心配してくれていたのか。
「双極性障害なんだろ。無理すんな。しかも鬱症状も出てるんだろ」
「でも、まだご飯が」
「いつも俺らだけで作ってるわ。心配すんな」
「有難うございます。お先に失礼します」
そうか、皆優しかったんだ。不器用なだけで。
それを俺は勘違いして……申し訳ないな。
厨房を出ると、誰かが俺に話しかけて来た。
「上手く出来たじゃないか、深川」
「院長、いらしてたんですか」
ということは、さっきのも見られていたのかな。
ちょっと照れくさいな。
「少しずつ、物事が進んだだけですよ。私は器用じゃないから、時間が掛かって」
「それも深川が、皆さんに優しく接して来た結果だぞ。よくやったな」
そうだな、俺のやり方は間違ってなかったんだ。
「それより院長、ここに居て大丈夫なんですか? 医師会合の途中では?」
「心配いらん。早めに終わったからな。飲み会は苦手でな。来週からは、深川も来いよ」
「有難うございます」
ようやくお役御免か。寂しくもあるけど、思い描いた通りに、厨房は回ってる。もう大丈夫だ。
「今日は家族と鍋をつつこうと思います」
「深川らしくていいな」
◇
「ただいまー」
「おかえり、亜美」
「今日はお鍋だよー」
「材料は信次と2人で買って来たんですの」
今日は亜美も早番で、のばらさんは休みで、皆揃う日だったし、良い事あったから鍋にしたかったんだ。
シンプルな鶏肉の鍋だけど、出汁にはこだわったんだぞ。
「寒かったから嬉しいな。なんか良い事あったの?」
「うん。だから皆で鍋をつつきたくて」
「だよね。京平良い顔してるもん」
亜美がにっこりと笑い返す。
亜美には色々お見通しだったみたいだな。
「手洗っといで」
「うん、ちょっと待っててね」
亜美は駆け足で、洗面台に向かう。
亜美が手を洗い終わったのを見計らって、鍋の器とご飯を並べる。
「おまたせ」
亜美はいそいそと血糖測定と、インスリン注入を始める。
「よし、亜美も準備オッケーだな」
「「「「いただきます」」」」
俺は鍋の蓋を開いた。うし、今日の鍋も美味しそうに仕上がったぞ。
「出汁めちゃ美味しい! 白滝のぷりぷり感に、鶏肉のジューシー感に、花形の人参も可愛いし、豆腐もう最高! 白菜も汁を吸って……」
「亜美ありがとな。でも落ち着いて食べろよ」
毎回思うけど、よく亜美は火傷しないなあ。
皆でふーふーしながら、1つの鍋をつつくのって安心出来るからすきなんだ。
皆で笑いながら鍋を囲むって環境も、大好き。
今日もそんな鍋を作れて良かったな。
「ところで兄貴、良い事ってなんなの?」
「ずっと頑張って来た事が、やっと花開いたんだよ」
「ああ、水曜は厨房だもんね」
「それも今日で終わり。もう俺が居なくても回るようになったよ」
「そうなんだ! おめでとう、京平」
「いつも辛そうでしたものね、水曜日」
俺の身体と心的にも、この件の蹴りがついて良かった。
「あ、深川先生、もう鍋の具材がなくってよ」
「すぐ新しいの持ってくるよ。鍋の出汁も足そうかな?」
「美味しいとすぐ無くなるよね」
こんな時間が、いつまでも続きますように。
家族と過ごすこんな時間は、いつだって愛しいから。
「のばらはどの具がすきだった?」
「白滝がすきですわ。出汁が美味しいから尚更ですわ」
「そんな訳だから、兄貴、白滝多めにね!」
「了解」
のばらさん、家族で鍋した事ないって言ってたけど、気に入ってくれてよかった。
もうのばらさんも、家族の一員だよ。
それとは別に、のばらさんの家族の問題も解決はして行かなきゃだけど。
居なくなると寂しいよな、って動けてないからなあ。
近いうちに、冴崎家に挨拶に行かなきゃだな。
って、色々考えすぎだな、俺。具材はもう切ってあるから、鍋に入れなきゃ。
白滝はもう一袋開けようっと。鶏肉と出汁も足して。
「ほい。第二弾。煮えるまで待っててな」
「楽しみ!」
二陣が無くなったら、うどん入れよっかな。
いや、雑炊も悪くないよな。悩ましい。
とか、考えてたら。
「兄貴うどん入れていい?」
「締めにしようと思ってたけど」
「締めは雑炊食べたいし、今うどん食べなきゃ!」
そうか、信次のやつ、どっちも食べたいのか!
育ち盛りだもんなあ。大きくなったなあ。
俺はうどんを2玉信次に渡したら、信次はすぐうどんを鍋にぶち込んだ。躊躇いがないな。
そして、煮えるか煮えないかのタイミングで。
「亜美、それは私のうどんですわよ!」
「私のが近いもん!」
すかさず俺はうどんを追加した。
忘れてた。うちのお姫様達も、食欲旺盛だったわ。
◇
それから皆、鍋を第三弾まで作ったのにペロリと食べてくれて、締めの雑炊も2回作った。
皆良く食べてくれたな。やっぱりこれがあるから、料理辞められないんだよ。
「あー、美味しかった!」
「少し休んだら、走りに行こうな」
「うん、京平と久々に走れるの嬉しいな」
「じゃあ、のばらと信次はお風呂入ってますわ」
「え、いいの? じゃあ入ろうかな」
信次とのばらさんは、足早にお風呂へ向かう。
俺と亜美は2人きりになった。
亜美は洗い物をしながら、俺に話しかける。
「改めて良かったね、京平」
「俺のしてる事って無意味なのかな、って悩んだこともあったから、本当良かったよ」
「無意味な訳ないじゃん。ご飯も美味しくなったし!」
「亜美のおかげだよ。いつも支えてもらってるから」
本音だよ。亜美が居たから、ここまでやってこれたんだ。
「京平だからだよ。いつもそうだよ。これからも守るから」
「じゃあ、守ってもらおうかな。これからも」
俺は亜美を抱きしめた。
世界で1番愛しい人だから。
のばら「信次、だいすき」
信次「僕もだいすきだよ、のばら。いや、僕は愛してるよ」
のばら「のばらも愛してますわ」
作者「2人はこんな感じで、お風呂でいちゃついてます」