少しずつ、だな。(京平目線)
亜美の優しい感受性に触れた後、月日は流れて水曜日。
亜美も早番だから何とかなるかな。
正直、未だに水曜日が1番苦手だ。
棚宮さんとまだ解り合えないし、いつも17時になると怒鳴り散らされるし。
解り合えてない最中ではあるが、俺の出来る事は一通りやれた自覚はあるから、そろそろこの現場を離れたい旨も伝えてはある。
無理はしない、って亜美とも約束しているし。
なのだが、代わりの人材が見つからないという理由から、今日も俺は厨房に行かなければならない。
「京平、辛かったら逃げたっていいんだからね」
「怒鳴り散らされる前には逃げるよ。ありがとな」
いつだって俺は、亜美の優しさに助けられてるよ。
亜美に出会えて良かった。
いつだって甘えて、情けない俺でごめんな。
甘えたがりの俺は、亜美をポンポンして更衣室に向かう。
割烹着と三角巾姿にも、驚かれなくなってきたよ。
「ちっす、深川先生。今日は厨房すか」
「おはよ、落合くん。そんな感じ」
「医者らしくない仕事ですよね」
「ああ、普通医者はやらないだろうよ」
俺も診察業務や回診業務したいんだけどなあ。
まあ、落合くんは落合くんで医師会合もあるし、それも大変か。
「お互い頑張りましょうね」
「ああ、ありがとな」
頑張るしかないよな。俺は、厨房まで向かった。
「深川先生、おはようございますじゃ」
「おはようございます、加賀美さん」
「おはようございます、深川先生」
「春日井さん、おはようございます」
我ながら、棚宮さん以外とは仲良く出来てるんだよなあ。
まだまだ信頼するに値しないのかな、俺。
それならそれで、もっと頑張らないと。
みんな成長して、もう朝ご飯は半分仕上がってる。
最後の追い込みを手伝わなきゃな。
「加賀美さん、お味噌汁は大丈夫ですか?」
「はいですじゃ。後は煮えるのを待つだけじゃ」
今日は野菜のお味噌汁。中々野菜って煮えないからな。
「お、ぷかぷか浮いてきましたわい。お味噌をときますのじゃ」
「一旦火を切りますね」
よし、加賀美さんは大丈夫だな。
というより、大丈夫じゃないのは……。
「棚宮さん、皆さんを手伝いましょ?」
「俺はタバコで忙しいんだ。若造」
「若くないですよ、アラフォーですよ!」
「それ言ったら、俺は還暦すら過ぎたわ。ひよっこめ」
んー、今日も手伝う気はなし、か。
確かに皆慣れて来たから、助けはいらないんだけど、周りをみるだけでもしてもらえたら助かるんだけどな。
還暦過ぎたのに仕事すらしないなんて。と、言いたくなってしまう。
「それと、体調は大丈夫なのか? ひよこまめ」
「一応人間ですが、大丈夫ですよ」
「そうか、無理すんなよ」
仕事はしてくれないけど、俺の体調を気遣ってくれた。こんなの初めてだ。
少しずつ、距離は縮まって来たのかな。
人間扱いしてくれないのは、ちょっと悲しいけれど。遂に豆になったぞ、俺。
因みにひよこまめは、トマトスープにすると美味いぞ。
◇
「朝ご飯、間に合ったわい」
「皆さん、お疲れ様でした。30分休憩取ってくださいね」
最近は俺が手出ししなくても、充分間に合うようになったな。
テストの点数も安定して取れるようになってるし。
次のテストは、どんなのにしようかな?
成長が見られるから嬉しいね。
「ほう。あいつらも成長してんだな」
「うわお、棚宮さん。びっくりした」
「俺が散々言っても、参考書のひとつも読まなかったのに」
「解らないけど、楽しいからじゃないですかね?」
「楽しい、か」
そうか、最初のうちは指導しようとしてたのか。
でも、上手くいかなくて今に至る、なんだ。
教えるのが苦手な人って、一定数いるからなあ。
特に棚宮さんは、怒鳴り散らしてばかりだし。
「やっぱり、ひよこまめの力かね。悔しいがな」
「私は人間ですけど、皆さんも頑張ってくれてますから」
ここまで来れたのは、俺だけの力じゃない。皆が頑張ってくれたから。
「俺は不要なんだろうな」
「でも私が居ない時にサポートをして下さってるのは、棚宮さんですよね?」
水の汲まれた鍋を持ち上げたり、雑だったとは言えお米を炊いてくれたり、俺の居ない時は、動いてくれてるんだよな。
「少しずつ、少しずつですよ」
「ひよこまめが偉そうに」
「だから、私は人間ですってば」
そうだな、少しずつ、少しずつだ。
少しずつだけど、動いて来たものも沢山あるから。
周りの意識だったり、少し柔らかくなった棚宮さんだとか。
「今度のテストで、トマトの皮剥き入れてみようっと」
少しずつだけど、俺が来た意味もあったみたいで嬉しいよ。
◇
その後は前回のテストを採点して返して、再び俺は厨房に立ち向かうのであった。
昼ご飯が間近に迫っているからね。
手伝いに入ろうとした時、誰かが俺の肩を叩く。
「はい、なんですか? って、棚宮さん」
「ひよこまめ、俺に出来る事は何かあるのか?」
「私は人……もう豆でいいです。いつも通り、ご飯を炊いて欲しいのと、見回りをお願いします」
「俺らしくでいいんだよな?」
「怒鳴り散らさなければ大丈夫ですよ。後、タバコはダメです!」
そういうと棚宮さんは少し笑って、動き始めた。俺がいる時に動いてくれたのは、これが初めて。序でに笑った顔をみたのも。
棚宮さんも不安なだけだったのかな? 急にやってきたひよこまめ、違う、俺の存在が。
大丈夫、俺は見守って支えるだけだから。
「深川先生ー、ちょっとみてくれんかね」
「はい、今行きますねー、武市さん」
水曜日はいつもしんどかったんだけど、少し報われたかな。
俺も少し笑った。もう意味がないとすら思っていたけど、ちゃんと俺が居た意味はあったんだ。
◇
「京平、今日は良い事あったの?」
「あ、解る? 頑張って来たことが少しずつ動いて来てさ」
「それなら良かったね。頑張ってたもん」
亜美には隠し事出来ないね。
すぐ俺を見抜いてくるから。ただ唯一、俺の好意には鈍感な癖に。
「京平が楽しそうで良かった。いつも水曜日は辛そうだったから、看護師長に無理言って今日早番にしてもらったし……はっ!」
亜美のやつ、そんな事までしてたのか。
そこまで気を使わなくてもいいんだけどなあ。
でも、気を使いたくなるほど、辛そうだったのかもな、俺が。
「ありがと。心配させちゃったな」
「今日も時間まで寝とく?」
「うん、そうするよ。おやすみ、亜美」
「おやすみ、京平」
少しずつ進めた事と、亜美が側にいる安心感から、俺は眠りに着く。
亜美、いつもありがと。おやすみ。
京平「亜美、ありがとな。すやすや」
亜美「京平笑ってる。良かった」