シフォンケーキ
「京平、朝だよ」
「おう、おはよ。亜美」
「おはよ、京平」
今日は私が朝の家事やったもんね! と言いたいところだけど、のばらも早起きしてくれて、洗濯物はやってくれたんだよね。
のばらは朝イチで信次のお見舞いに行きたいみたい。
「深川先生、おはようございますわ」
「のばらさんも早いね。おはよ」
「この後、信次のお見舞いにいくんですの」
「退院できるかも今日次第だしな、元気付けてやってくれよ」
実は五十嵐病院、お見舞いは24時間オッケーだ。
看護師も誰かしらは居るし、医師も居るし、何より院長先生が家族の繋がりを大切にしていらっしゃるから。である。
のばらは昨日も勤務後に、信次とちょっと話して、信次がまた寝たのを確認して帰ったみたい。
「信次、何か欲しがってたか?」
「ご飯が足りないって言ってましたから、亜美にお弁当を作ってもらいましたわ」
「信次は糖尿病じゃないし、いっか。育ち盛りには、確かに入院食じゃ足りないよな」
大人ぶってる信次も、まだまだ高校生。だから、まだまだ育っていくのだ。
その為にも、栄養は必要だもんね。信次の好きなの詰めといたよ!
「昼くらいに私も信次のお見舞い行くね。シフォンケーキ渡すんだ」
「あ、俺の分も持って来て」
「りょっかい!」
「のばらも欲しいですわ、昼にはまだ病院いますし」
「じゃあ、みんなの分持ってくね」
シフォンケーキ、沢山焼かなきゃな。後、コーヒーと紅茶も水筒に入れて持っていこ。
「じゃ、朝ご飯にしよ!」
「「「いただきます」」」
今日の朝ご飯は、だし巻き卵と鯖の塩焼きとほうれん草のお浸しとお味噌汁。
美味しく出来てるといいな。
「だし巻き卵めちゃ美味いな」
「本当ですわ。亜美レベル上がったのですわ」
「えへ、ありがとね」
良かったあ。皆喜んでくれて。
私もちょっとずつ成長してるみたい。
「後、深川先生も亜美も大変でしたわね。信次から聞きましたわよ」
「犯人は捕まったし、俺も信次のおかげで生き延びたし、一件落着ではあるけどな」
「そうだ、勝田夫妻に助けてもらったから、お礼にシフォンケーキ焼かなきゃ」
事情聴取の時、私に気付いてくれて、慰めてくれたんだよね。
他にも九久平を捕まえてくれたり、九久平の犯行現場をスマホで撮影してくれたり、かなりお世話になった。
その撮影した映像に、信次が京平を抱き抱える姿も映ってたんだけど、私はそれを、天使が京平を異世界に連れてっちゃったって勘違いして、また泣いちゃったんだよね。
まさか信次だったとはなあ。
「じゃあ、勝田夫妻は被害に遭ったのが俺って事を」
「うん、知ってるよ」
「それなら、勝田夫妻の家には俺も行くよ。元気な姿見せたいし」
「病院終わったら一緒に行こうね」
シフォンケーキ、4つ焼かなきゃ!
どんな味にしようかなあ?
「ごちそうさま、やべ意外と時間ねえな」
「ごちそうさまですわ」
「私もごちそうさま! ケーキ作る準備しなきゃ」
「亜美、先に歯磨きな!」
そんな訳で皆で洗面所でわちゃわちゃする。
京平は時間ギリギリなので、かなり早く歯磨きしてるや。でも寝癖も直した方がいいぞ!
「はい、寝癖直し」
「ありがとな、亜美」
「あ、のばらにも下さいな」
「面倒いから頭に掛けるぞ」
私達は京平の寝癖直しビームを浴びた。
私頼んでないのにー! むきー!
まあ、掛けてくれたから髪直すんだけどさ。
寝癖がない訳じゃないし。
「いってきまーす!」
「「いってらっしゃーい!」」
「ですわ」
のばらは、歯磨きと寝癖直しが終わったら、メイクをはじめていた。
のばら、すっぴんでも充分可愛いのになあ。
「信次、どんなメイクが好きなのかしら?」
「いつものメイクでいんじゃない? 信次、のばらが好きって感じだし」
「やだ亜美、照れますわ!」
恋する乙女は可愛いなあ。信次も幸せ者だなあ。
「よし、可愛くなれましたわ。いってまいりますわ」
「いってらっしゃーい」
よーし、皆出かけたし、シフォンケーキ作るぞ!
エプロンに着替えて、三角巾を結んで、と。
じゃあ、早速始めよう。オーブンは170℃に予熱してっ、と。
今回は紅茶のシフォンケーキにしよう。
アールグレイを買ってあるから、ティーバッグから茶葉を出して。
ボウルにアールグレイと熱湯を入れて1分置き煮。これで紅茶の味わいが更に増すよ。
これに水を加えて冷まして。
その間に、別のボウルに卵黄を入れて泡立て器でまぜ、砂糖を少しずつ加える。
今回は四つ作るから、四つこれを作るのじゃ!
あ、アールグレイも四つ煮出してあるよ。
更にサラダ油を加えてさらにまぜまぜ。ふー、四つ一気にやると大変だね。
んでもって、薄力粉、ベーキングパウダーをふるっていれて、粉気がなくなったらアールグレイを入れて。
次はお楽しみのメレンゲづくり。卵白をハンドミキサーで泡立てて、砂糖を3回分けて入れて、蓮のツノ……じゃない、ツノが立つまでメレンゲを作っていくよ。
で、さっき泡立てた卵黄に1/3量のメレンゲを加え混ぜ合わせたら、残りのメレンゲもを2回に分け入れてさっくりと混ぜたら型へどーん!
さーて、後は四つの型を10cm程の高さから3回程落として空気を抜いて、1個ずつ170℃のオーブンで35分焼かなきゃ。時間かかるね。
「よく考えたら、1人1個は多かったかな? まあいっか!」
焼いてる間はティータイム。私はシフォンケーキ食べられないからね。可哀想でしょ。
ヘモグロビンA1c、今月こそは!
私は持っていく用のコーヒーと紅茶を淹れた後、それを水筒に入れた。
ケーキのお供にしてもらうんだ。
その後、じんわりとコーヒーを飲んで焼き上がりを待つことにした。
よし、1個目が焼き上がった! 1個ずつ逆さにして冷まさなきゃ。これは、信次にあげよっと。
うは、まだ三つある! どんどん焼かなきゃ!
◇
カフェインの摂りすぎは良くないから、途中で麦茶に切り替えながら焼き上がりを待ってたけど、ようやく焼き上がったぞ。
うーん、良い匂い。予め泡立てていたホイップクリームを、出来上がったシフォンケーキに添えて、と。
京平のはクリーム多めで、信次はホイップクリーム無しで。兄弟でも好みはそれぞれだね。
勝田夫妻のは、家に帰ったら包もっと。
はにゃん。やっと終わった。着替えてメイクして、信次のお見舞いにいかなきゃ。
そう言えばのばらがメイクを気にしてたけど、京平はどんな私が好きなのかな?
私らしい私を好きで居てくれてるといいな。
そんな私が、1番可愛い自信があるよ。
まあ、私が選んだ服は可愛くないというかセンス無いけどね!
最早センス無さすぎて、洗濯バサミで服のセットを毎回挟んで貰ってるし!
よし、私にしては可愛いぞ。よいしょ、シフォンケーキめちゃ嵩張るな!
信次、症状が落ち着いてるといいけど。
私は病院に向かって歩き出した。
ふいー、運ぶの大変だけど頑張るぞ。
明らかに作りすぎたあ!
ふー、病院にたどり着いた。信次の病室は、東棟の203だね。
受付をしに、窓口へ向かっていると。
「あれ、亜美じゃん。信次くんのお見舞……ちょ、大荷物ね!」
「あ、朱音! うん、信次と京平たちにシフォンケーキ焼いてきたの」
「信次くん、起きてからご飯食べてもお腹空いたって言ってたし、良いお見舞いだね。育ち盛りだもんね」
食欲はめちゃくちゃあるようで良かった。朝はのばらにお弁当も持たせたしね。
「ていうか、明日から深川先生と勤務一緒じゃなくなるらしいじゃん。ちょっと寂しいよね」
「うん、明日から中番で。看護師も少ないしね」
「確かに亜美が完全早番になってから、中番と遅番がよりキツくなってたしなあ。また頑張ってね」
「うん、ありがとね!」
朱音は東棟に、再び巡回をしに出掛けていった。
私も受付を済ませて、東棟に向かう。
エレベーターで2階まで上がって、信次のいる203の病室に入った。
因みに信次は、羽がしまえなくて危ないので、個室らしい。
「よ、信次」
「あ、亜美! お見舞いありがとね」
「ちょ、亜美。シフォンケーキいくつ焼いたんですの?!」
先に信次のお見舞いに来たのばらが、私の様子を見てびっくりしていた。
「はい、これ信次の分で、これはのばらの分ね」
「1人1個丸々なんですね。美味しくいただきますわ」
「お腹まだ空いてるから嬉しいや。ありがとね」
と、信次の様子を見ると、翼は鋼鉄のものから柔らかい翼に変化していた。
まだしまえないみたいだけど、症状は落ち着いてきたみたいだね。
「あ、コーヒーと紅茶も持ってきたよ」
「亜美気が利きすぎるよ。重たかっただろうにありがとね」
「本当に、朝のお弁当といい、亜美には感謝しきりですわ」
私は持ってきた紙コップに、コーヒーと紅茶を注いで2人に渡した。
病室でのティーパーティの始まりである。
「今日は紅茶シフォンケーキだね。アールグレイの香りがいいなあ。亜美のシフォンケーキすきだなあ」
「んー、美味しいですわ」
「喜んで貰えて良かった」
2人の喜ぶ顔が見れて良かった。量は明らかに多いんだけどね。
でも、見る見るうちに無くなってくから、なんか嬉しいな。
「兄貴からは、明日には退院出来るかもだって。取り敢えず鋼鉄の翼では無くなったしね」
「落ち着いて良かったのですわ」
「後はコントロールも覚えていかなきゃだよね。のばらも苦労してるし」
京平の治療法は、異能の攻撃的な部分を薬や持ち主のコントロールによって抑えるやり方で、これが最初のうちは大変だ。
「そうだね。今は維持出来てるけど、気を抜くと鋼鉄の翼になっちゃいそう」
「のばらも薔薇の棘を無くせるようになったのは最近ですわ。それまでは薬を多めに出して貰ってましたわ」
「じゃあ、薬はちょい多めで様子を見ていく形になりそうだね」
「既に多めだから、もうちょい頑張らないとなあ」
そんな話をしていると。
「信次、コントロールは上手くいってるか?」
「京平、お疲れ様」
「お、亜美。皆の為にケーキありがとな。そうか、1人1個か」
「遠回しに多いって言わないでよ」
「そんな事言ってないだろー! 一瞬で食い切るわ」
私のネガティブな思考を汲み取ってくれてありがとね。お昼に沢山食べてね。
「ありがとね。信次の状態はどうなの?」
「身体の限界まで抑える薬を入れてるから、この状態でのコントロールが出来れば退院は出来るよ。ただ、異能がしまえないと学校は厳しいかな?」
「自分理由の欠席はしたくなかったんだけどな」
「異能使えてた事を隠してた罰だな」
退院出来そうとは言ってたけど、前途多難ではありそうだ。
受験勉強かつ異能もコントロールしなきゃだもんね。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るな。鈴木先生に後は引き継いでおくから」
「コントロール頑張らなきゃ」
「亜美は休憩室で待ってて。ケーキ食べにいくから」
「うん、待ってるね!」
「のばらはもうちょっと信次と喋ってますわ」
「信次、コントロール頑張ってね」
私は京平と一緒に、病室を後にした。
「着替えたら休憩室に行くからな」
「うん、りょっかい」
私は先に休憩室に向かった。今日は土曜日なのもあって、人は疎らな感じ。
休憩時間もズレるだろうしね。
私は陽のよく当たる席に座って、京平を待つ。
うーん、気持ち良いなあ。うとうとしちゃう。
今日も早かったしね。
京平が来るまで、ちょっと寝てようかな。
むにゃむにゃ。
「すー、すー」
「全く、風邪引くぜ。亜美」
◇
「亜美……って、寝かせた方がいいな」
むにゃむにゃ、京平の声がする。あ、となりにいる。温かいや。
「誰かが亜美に白衣を掛けたみたいだけど、誰だ?」
京平「誰だ、亜美に白衣掛けたのは」
風太郎「我じゃないぞ?」