一瞬、過ぎった。
「すぐ淹れるから待っててね」
「全然俺やるのに」
「ダメ、京平はまったり過ごして。危ない目にあったんだし」
こうやって京平とまた日常を過ごせて、本当に良かった。
凄く怖かった。京平が居なくなったら、って思ったら。
犯人の九久平を恨むより先に、京平がこの世界に居ないって事実が苦しくて、もう泣くしかなかったから。
この世界にまだ居てくれて良かった。
これからも一緒に生きていこうね。
「はい、お待たせ」
「ありがと。亜美のコーヒーは俺が淹れたいな」
「ゆっくりしてればいいのに」
「俺がそうしたいの」
無理しなくていいのに。
でも、京平の淹れるコーヒーは美味しいし、じっくり楽しもうっと。
コーヒー豆を砕く音も心地良いな。
思わず私は笑った。日常がとても愛しくて。
そしたら、京平も笑い返してくれて、私はとても安心したんだ。
「ほい、コーヒー」
「ありがと。また一緒にコーヒーが飲めて嬉しい」
「俺も。亜美と過ごせるのが幸せだよ」
そんな言葉を交わしながら、2人でコーヒーを飲む。
京平の淹れたコーヒーは美味しいし、京平は笑ってくれてるし、やっぱり安心する。
さっきまで気を張り詰めていたからかな。
安心から、そんな緊張の糸がプツンと切れて、私は眠たくなってきた。
「亜美、眠そうだな」
「京平がいるから、安心してさ」
「コーヒー飲んだら昼寝しようか」
「何処にも行かないでね」
「一緒に寝るよ。側にいるから」
良かった、ってまた安心して、私は眠ってしまった。
「心配させてごめんな」
京平に抱かれてるのも、心地良かったんだ。
◇
んん、すっかり寝ちゃった。京平が抱いてくれたから、凄く気持ちよかったし。
京平の寝顔を見て、また私は安心できたんだ。
京平も疲れてたんだね。お疲れ様。
これからも一緒に過ごそうね。何処にも行かないでね。
京平が愛しくて、私はそっと口付けをする。すると。
「亜美、おはよ」
「へへ、おはよ。京平」
キスと同時に京平が目覚めた。
ちょっと照れた横顔が、なんだか愛しいね。
「今何時?」
「20時。今からご飯作るからな」
「今日はなんか、豚の生姜焼き食べたい」
「お、いいけど、なんで?」
「京平が初めて作ってくれたご飯だから」
「よく覚えてたな」
忘れる訳がないよ。不安でいっぱいだった私達を、温めてくれたご飯だもん。
苦労しながら、私達が喜びそうなものを作ってくれたんだもんね。
今日は色々あったから、沢山安心したくって。
信次も居ないから、ちょっと寂しいしね。
「今だと逆に言われないと作らないしな。その、簡単だし」
「京平の豚の生姜焼き好きだから、また作ってね。美味しいし」
「またリクエストしてね」
私達はむっくり起き上がって、食卓に向かう。
私もキャベツを切ったりしたよ。
「亜美もキャベツの千切り上手くなったな」
「お弁当で最近よくやるからね!」
「いつもお弁当ありがとな」
「どういたしまして」
それとお味噌汁も作ったよ。京平とのばらに美味しく食べて欲しいから、出汁からこだわったんだ。
「味噌汁、いい匂いだなあ」
「出汁も取ったし、赤味噌だしね」
「赤味噌派俺だけなのに、ありがとな」
「美味しく飲んで貰えたらいいな」
愛知県出身の京平は、赤味噌が好きなんだよね。
でも、私達に合わせていつも白味噌でお味噌汁作るからさ。
だから私達が作ってあげるんだ。
信次なんて、朝ご飯はいつも赤味噌でお味噌汁作ってるし。
私達、京平の事愛してるもんね。
「よし、豚の生姜焼きも完成!」
「お味噌汁も出来たよー!」
私達は食卓に各々が作ったものを並べた後、ご飯やら箸やらも配膳して、ご飯の準備をする。
「「いただきます」」
「うん、やっぱり京平の豚の生姜焼き美味しい! ご飯とめちゃくちゃ合うんだよね。香ばしさもあって最高!!」
「それなら良かった」
と、やっぱり安心するんだ。京平の味って。
美味しいだけじゃなくて、ほっとするの。
京平だけだよ。こういうの。
「今日はこの後、走る?」
「遅くなっちゃうから、明日2倍走るよ」
「ん。予定ないだろ? 明日は」
「京平の事だから、どうせ明日も出勤するんでしょ? 朝ご飯作るからさ」
「お見通しか。半日だけ出勤予定だよ」
信次が入院してる状態で、京平が丸々休む訳がないのだ。
異能、落ち着けばいいんだけどね。
「じゃあ、お風呂入って寝ようか」
「うん。後……今日、良いかな?」
「亜美から誘うの珍しいね。良いよ」
疲れてるだろうに、はしたなくてごめんね、京平。
でも、今日は京平を感じたかったんだ。凄く怖かったから。
「今日は自分が止められないから、覚悟しとけよ」
「どんと来い!」
それから私達はお風呂に入って、繋がりあって、お互いを感じ合ったりした。
京平が生きてて、本当に良かった。
一瞬、本当に一瞬なんだけど、私も後を追おうかと過ぎったから。
そんな事しても、京平は絶対喜ばないし、泣かせちゃうだけだって、解ってるのにね。
でも、いつも側にいた京平が居ない世界を、生きる勇気が無かったのも事実で。
弱虫だね、私。京平が居ないと生きていけないや。
生きてても、伽藍堂だったよ。きっと。
私は馬鹿正直だから、その事も京平に話してみたんだけど。
「俺が死ぬより、亜美が死ぬ方がやだよ。俺の事は忘れて良いから、その時は笑って生きて欲しい」
って、京平を泣かせてしまった。京平も無茶苦茶な事言うなあ。忘れる訳ないし、京平が居ない世界で笑える訳ないのに。
でも、京平があまりに泣くもんだから、私は嘘を吐いて「うん」って頷いた。
でも、京平は悲しげな顔をしたから、私の嘘には気付いてたんだと思う。
解ってる癖に「ありがとな」って言うんだもん。
こんな話をしてしまった私がいけないんだけど、私達は寂しさを拭う為に強く抱きしめ合った。
愛してるを、お互い伝えているかのように。
信次「のばら、帰らなくていいの?」
のばら「もう少しだけ、信次と一緒に居たいのですわ」
作者「と、のばらさんは仕事終わりに信次の病室にいたので、帰りが遅くなりましたとさ」