亜美と生きていきたい。(京平目線)
亜美、大丈夫か……。
俺、気を失いそうだから、俺の手を握り続けたら、亜美も巻き込まれちまう。
意識のない人間って重たく感じるんだぞ、亜美、知らねーだろ?
だから、俺から手を離したから、自分のせいだって思うなよ。
俺の事なんてどうでもいいから、忘れたっていいから、幸せに生きて欲しい。笑ってて欲しい。
愛してるよ、亜美。最期まで言えなくてごめんな。
亜美とコーヒー、飲みたかったな。
あれ、俺、何で考えられてるんだ? 頭が痛い。
「あれ、俺、生きてる?」
「兄貴! 助けられて良かった」
「そっか、信次の異能が助けてくれたのか」
信次の隠し事はこれだったのか。片方だけでも2m弱ある鋼鉄の翼が、信次から生えている。
本当は叱らなきゃいけない所だけど、信次が異能を使えてなかったら俺は普通に死んでたからな。
翼を隠そうとしないって事は、しまえなくなってるって事だから、この後すぐ治療しなきゃだけど。
「ごめん、異能が去年の1月から使えて、閉じたくなくて黙っていたんだ」
「もう危ないことすんじゃねーぞ。この後病院行くからな」
「これからも異能を使いたいんだけど」
「解ってるよ。俺も助けられたし、亜美を一緒に説得しような」
と、1番大事な事聞かなきゃ。
「亜美は大丈夫か?」
「九久平のせいで吹き飛んでたけど、命に別状はないよ」
「ああ、亜美を吹っ飛ばしたのは俺。亜美の腕力じゃ、亜美もスクランブル交差点に放り出される恐れがあったから」
「馬鹿なの? 亜美を誰かが手助けしてたら、普通に2人とも助かるのに?」
「実際亜美を助けようとするやつは居なかったじゃねーか。亜美だけは助けたかったんだ。でも、亜美には内緒、な」
まあ、あの状況をすぐ周りの奴が把握するなんて難しいしな。
たまたま、そっか俺九久平に殴られたのか。
で、たまたま九久平に殴られてスクランブル交差点に放り出されて、たまたま気を失って、俺は動けなくなって、亜美の力じゃ俺を助けられない。
なんて、察しろというのも無理な話だ。
「バカバカバカ、そう言う時は手を振り解くんじゃなくて、助けてって叫べばいいのに。兄貴のバカ」
「気を失いかけてた割には、賢いと思ったんだけどな」
よく考えたら確かにそうだよな。
でも、思いついても俺はしなかったろうな。
だって、亜美が助かる可能性が100%じゃないだろ。
亜美が助かれば良かったんだよ。
どこまでもバカでごめんな、信次。
「でも良かった。兄貴が無事で。うわあああああん」
「こんな事くらいで泣くなよ」
信次が泣くなんて珍しいな。心配させてごめんな、そしてありがとな。
「ぐす、兄貴、下に降りよっか。亜美が兄貴を探してるよ」
「ああ、あるはずの俺の死体がないもんな」
「そう言う事言わないでよ、バカ兄貴!」
「と、その前にブドウ糖食べとけ。異能が溢れてるから、あるやつ全部食えよ」
「そんな急に低血糖に……あれ、フラフラする。目眩もしてきたような」
ほら、言わんこっちゃない。バッグは落ちずに済んで良かった。
俺は持っていたブドウ糖を、全部信次に食べさせる。
信次がこれ以上低血糖にならなきゃいいけど、病院に着くまでの辛抱だな。
信次の低血糖が落ち着くまで下を見てるか。
下では九久平が警察に捕まり、連行されていく。
女性の人が、俺が殴られてスクランブル交差点に押し出された瞬間を、スマホで撮影していたようだ。
ん、あれ小暮さん、じゃねえや、勝田さんじゃね?
九久平を捕まえてくれた人にも感謝……って、あれ武じゃね?
後でお礼のお菓子持っていこう。
事故に遭いかけたのが俺って事には、気付いてないみたいだな。後ろ姿だし。
幸いな事に、トラックの運転手は無罪放免のようだ。
皆さんに迷惑を掛けたのは九久平だから、あいつの罪をその分重くして欲しいね。
「少し落ち着いた、ありがと。じゃあ、降りるよ」
信次は俺を抱き抱えて、亜美の元に降りていく。
「うお、マジで飛んでる! 器用だな、信次」
「もう1年飛んでるしね」
そうだ、亜美は何処にいるんだろう。
下を見渡すと、亜美は俺の壊れたスマホを持って泣きじゃくっていた。
事情聴取が終わって、現実に返って泣いてしまったみたい。
しゃーないな。正直、生きられるとは思って無かったのだけど、どうやら俺が居ないとお姫様は泣き止まないみたいだから、もうちょっと生きてみるよ。
「亜美、ただいま」
「きょ、京平!!! 異世界転生したんじゃないの?」
「御伽話じゃあるまいし、そんな訳ないだろ」
「と、信次……その翼は」
「この異能があったから、兄貴を助けられたんだよ」
亜美は俺が助かった事と、信次の異能が使えるようになっていた事実を同時に受け止め、混乱しているようだった。
泣き止んでくれたのは嬉しいけど。
「えと、京平は助かって、助かったのは信次の、あれ、どういうこと?」
「ま、説明より先に、信次を病院に連れてくよ。亜美もおいで」
本当は亜美を笑わせたいんだけど、信次も一刻を争う状態だ。
このままでは酷い低血糖になって、発作も起きかねない。しかも、異能が止まらないと来てる。
どの方法が最適解かな。
異能で飛び続ける訳にもいかないけど、電車にもこれじゃあ乗れないしな。タクシーも、うん、翼がデカすぎる。
同じ理由で救急車も難しいな。
かといって、病院まで歩くには距離がありすぎるし……。
「あんまりやりたくないけど、これが最適解だな。信次、おやすみ」
俺は信次に、注射を打った。
「痛、何打ったの?」
「麻酔。その内効いてくるよ」
「眠った僕をどう運ぶのさ?」
「今から俺がおんぶする。よっこらしょ」
「あに……すー」
信次の事例があってから、医療用具はいつも持ち歩いてるんだよな。
改めて、バッグが落ちなくて良かった。
よし、信次が寝た事で信次の異能も止まったし、タクシーを呼んで病院まで行くかな。
「亜美、スマホでタクシー呼んで」
「ちょいやっさ!」
状況解ってないはずなのに、亜美は素直で良い子だな。
◇
「深川先生、休日出勤お疲れ様ですわ」
「信次の事だから平気。色々あったからまた話すよ」
信次が眠っている間に、より細かい精密検査をした所、信次の異能は年々育つタイプのようで、ただ止めるにしても毎月薬の分量を調整する必要があるようだ。
初めから検査してれば無理させる必要は無かったのだけど、信次が黙ってくれていたおかげで、俺は助かったようなもんだしな。
俺も念の為検査したけど、たん瘤だけで済んだし。
全てがいいように繋がったんだ。
「ごめんなさい、実はのばらも信次の事知ってたんですの。でも、言えなくて」
「信次に口止めされてたんだろ。仕方ないよ」
「信次、大丈夫ですの?」
「状況は解ったから大丈夫。後は治療方針、だな」
俺はのばらさんに亜美を呼んで貰って、亜美に信次の状態を説明する。
「信次の異能は年々育つタイプだから、異能を抑える薬と、コントロールしやすくする薬を出すよ」
「信次は、異能を使いたいって?」
「うん。亜美がどうしても嫌って言うなら、治療方針を変えるけど……俺自身は、信次の異能に助けられたから、信次には異能を使い続けて欲しいな」
信次の事だから、学校と家事を両立させる目的で異能を使いたいんだろうな。
それならそうと、相談して欲しかったけど。
「信次、苦しくないよね?」
「俺が主治医だぞ。ちゃんと治療する」
「それならいいよ。京平天然だから、また事故に遭いかねないし」
「俺を信用してるのかしてないのか、解らない回答だけどありがとな」
良かったな、信次。亜美も納得してくれたぞ。
「信次はこのまま入院になるから、家から信次の着替えとか持ってきて」
「京平は?」
「信次が目覚めたら病状説明して、薬を飲ませたら帰るよ」
「うん、解った。すぐ用意するね」
亜美は病室を後にした。
お料理会も延期だな。材料は全て粉々になったし、肝心の信次が入院だしな。
って、連絡したいけど、スマホぶっ壊れたから、亜美が戻って来たら伝えて貰おう。
「信次、入院ですの? すぐお料理会中止の連絡入れなきゃですわ」
「助かるよ。俺、スマホぶっ壊れてさ」
「またお話し聞かせて下さいね」
のばらさん、腰抜かさないといいけどな。
「さて、信次を病室に運ぶか」
「のばら達に任せて頂ければ大丈夫ですわ」
「信次が起きたら帰るし、これくらい手伝うよ」
「あら、有難う御座いますわ」
信頼出来ないやつに信次を任せたくないし、な。
大丈夫、今度は俺が助けるからな。信次。
俺達は信次が寝ているベッドを、病室に運んだ。
「点滴も準備完了ですわ」
「ありがとな。暫くは異能がしまえないから、異能を抑える薬とグルカゴンを入れてくよ」
「異能に支配されてる状態ですのね」
「覚醒状態って言って、そこまで進むと異能が優位に働いて自分の意思で動かせなくなるからな。のばらさんも気をつけろよ」
俺が受け持った患者様で、覚醒状態まで行ったのはこれが初めて。
対処法は解ってる。絶対助けるから。
「う、うう。兄貴……」
「信次、大丈夫か?」
「信次!!」
信次が目を覚ましたと同時に、異能の翼がガッと開く。
危ない、2人とも即座に離れられたから良かったけど。
抑える薬を点滴してるけど、まだ覚醒状態みたいだな。
「ここは病院だね。ありがとね、兄貴」
「信次も、助けてくれてありがとな。異能がしまえるまで入院な」
「ああ、だろうね。早く兄貴に相談すれば良かった」
「これからはそうしろよ。薬も飲むんだぞ」
のばらさんは今日分の薬を信次に手渡した。
「僕、今後も異能は使えるの?」
「おう、亜美も納得してくれたよ」
「それなら良かった」
程なくして、亜美も病室にやってきた。
「信次、これが着替えと歯ブラシとシャンプーと石鹸と、あと勉強用具ね」
「ありがとね、亜美。身体全体に倦怠感があるから、今日は寝てるよ」
「その方がいいぞ。寝てれば覚醒状態も解けるしな」
「僕、異能の事、何にも知らなかったや。こんな事になるなんて」
覚醒状態になる事は滅多にないし、そこまで放置する人も少ないから医学書にもほとんど書かれてない。
県外の研修でそんな話が出て、俺も学んだくらいだし。
「あーあ、カツ丼食べたかったなあ」
「退院したら、一緒に作りましょ」
「お、いいね。美味しいの作ろうね」
料理が出来ないのばらさんの提案に、サッと乗れる信次は優しいな。
こう言うのなんかいいね。
「じゃあ俺は帰るけど、早めに寝るんだぞ」
「ありがとね、兄貴」
「信次、無理しちゃダメだよ」
「深川先生お疲れ様ですわ」
明日は半日だけ出て、スマホ買いに行こうかな。
予定外の出費だけど、死ぬよりはマシだな。
亜美と信次を心配させまくった罰として受け止めよう。
「じゃあ私、緊急外来前で待ってるね」
「すぐ着替えていくよ」
こんな日常が、また味わえるなんて不思議過ぎる。
俺、思ったより生に執着してたんだな。
いや違うか、それだけ生きてる事を楽しめていたんだ。皆のおかげで。
ありがとな。こんな未来になる事を、あの時泣いてた俺に伝えたくなるよ。
「お待たせ、亜美。家に帰ろ」
「うん」
亜美はサッと手を繋いでくれた。辛い思いをさせちまったな。
俺も亜美の手を、握り返した。
「帰ったら、亜美としたい事があるな」
「ほえ? 何?」
「帰ったら、一緒にコーヒー飲も」
「うん、私もそうしたかった」
これからも亜美と生きていきたい。
亜美「京平が無事で良かった。えぐえぐ」
京平「心配させてごめんな、亜美」
作者「ちなみに九久平は、暴行罪で捕まりまして、京平も被害届を出しました。まあ、殺人未遂に切り替わるでしょうがね」